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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第6章 相棒、は順調ですが。

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(6-3)ディアナのいないロニーの日常①


 朝。いつもだったら、ディアナが起こしてくれる。

 けれど、彼女はこの1週間、不在だ。


 地方裁判所の視察だそうで、上司とともに王都を離れている。

 ロニーは部屋の湖にぷっかりと浮いて、目を閉じたまま、ディアナの守護ブレスレットに異変がないかを探った。

 問題ないことを確認して、少しだけ体の力を抜く。

 今回、第1魔術師団から護衛として兄のアーサーが同行している。

 だから、問題ないのはわかっていても、心配になるのは仕方ない。自分でも過保護だと思っても、止められないのだ。ディアナのことになると、もう、どうしようもない。


 ディアナがいなくなって3日。

 ロニーは一歩も家から出ていない。


 いつもだと、朝、裁判所に送り届け、そのまま家に帰る。3日に一度くらいは、王宮に寄って魔術師団に顔を出す。

 それでも問題ないのだ。自分の仕事は、基本的には情報収集。寝ているうちに、欲しい情報が集まっている。

 たまに捜査現場に駆り出されるが、たいていそれより情報収集の方を求められる。ロニーほど一気に大量の情報を集められる手法を持っている魔術師は他にいない。


 大量の力を使えば、それだけ体の負担になる。負荷のかかった体は、休息を欲する。眠くなるのはそのせいだ。

 それがわかっているから、第4魔術師団長である父親も、ロニーの不在を(とが)めない。

 力の限界ギリギリを見定めて、使い続けている。

 だから、いつも、体がだるい。

 でも、それがなんだというのだ。使い続ければ、その分、自分は魔術師として大きくなる。

 それでディアナを守れる手段が増えるのだったら、まったく問題はない。


 4日目の朝。父親の伝令鳥に起こされた。

 さすがにそろそろ団に顔を出せ、ということらしい。

 ちょうど今の任務上、必要な情報も出揃ったタイミングだった。

 ロニーはしぶしぶ起き上がり、ゆっくり金魚に餌をやる。それから支度を整えて、魔術師ローブを羽織った。

 ディアナのいない日常は、どうにも腑抜(ふぬ)けて味気ない。


 移動魔術で、魔術師団に直接飛んだ。

 団長の執務室に向かう廊下で、副団長のミラード・カーターとすれ違った。


「おや、ロニーくん、お疲れさま」

「お疲れさまです」


 ロニーは頭を下げた。

 厄介な人に会ったな、と思う。

 カーターは40代半ば。ダニエルの右腕として働く男だった。父より何歳か若かったはずだ。

 どんなシビアな現場にも動じない冷静さが持ち味で、父は「使いやすいんだよ、彼、能力高いしメンタル強いから」と身も蓋もないことを言っていた。

 その有能なカーターが、ロニーにとっては非常にめんどくさい。


「入手情報を提出しに来たんでしょう? ありがたい。これで捜査がはかどるよ。それでどうかな、考えてくれているかな。第5魔術師団への異動の話」


 またこれだ。

 魔術師団に新たに団が新設されるかもしれない、という話は前々から囁かれていた。

 それが本格始動することになったらしく、その団長を、この男が務めることになるという。

 最初に声をかけられた時、


「まだ内密な話なんだけどね。ぜひ、ロニーくんには新しい団に参加してもらいたいんだ」

 

 そう言われて、ロニーは困惑した。

 自分の能力はどう考えても第4魔術師団向きだ。

 だから、尋ねた。


「何を専門とする団なんです?」

「影」

「第4との違いは?」

「第4は諜報活動だよね。第5が目指しているのは、影に徹した貴人の警護。場合によっては、国際問題や戦争への強制介入」

「あー、なるほど?」


 ロニーは昔、ディアナがハマっていた隠密一族の小説を思い出す。夢中になったあまり、金魚にマサルさんという名前をつけてしまった例のアレだ。

 あまりにマサルさんをほめるから、むかついてロニーも読んだ。小説自体は面白かった。面白かったが、やっぱり隠密のマサルにはむかついた。


 たぶんその一族の真似事のようなことを求められているのだろう。

 姿を見せずに王族を警護する。戦いの現場に忍び込んで、こっそり敵将を暗殺して、平和を得る。

 姿を隠す魔術に長けているロニーだったら、確かにやれるだろう。でも、やれるということと、やりたいことは、まったくの別ものだ。

 絶対にやりたくない。


 そういえば一昔前、マルタ帝国で、圧倒的な力で敵を殲滅(せんめつ)する正体不明の魔術師がいたという。

 当時、父は深刻な顔で話していた。「ああいうことをやられてしまっては困る」と。

 あの魔術師のようなことをすると、普通の魔術師まで同類ではないかという偏見に(さら)されかねない。

 でも、たいていの魔術師は、一般人と同様に非力だ。人を一瞬で殺せるほどの魔術は使えない。

 その魔術師の通称は——


「……鬼火の悪魔、みたいなことを?」

「まさか。あれほどの魔術師はめったにいないからね」


 そう言って、カーターは笑顔で受け流した。

 受け流したが、「あんなことはしないよ」とは決して言わなかった。


 ロニーは、カーター副団長と組んで捜査現場に潜入したことが何度もある。

 この人の判断は、ルールから外れない。捜査のセオリーに乗っ取り、きちんと考え、判断し、行動に移す。魔力が多く、業務に不足がない程度の高度魔術の知識に富んでいる。

 良くいえば、手堅い。

 悪くいえば、凡庸だ。


 もしも、彼の誘いに乗ったとして。ロニーの人間離れした力のことを、もし、知られたら——

 確実に、人間兵器扱いしてくるだろう。穏やかな言葉に包み込んで、ロニーにしか出来ない過酷な任務を与えてくる。自分は安全なところに立ったまま。

 それが、国の利益に則った、手堅い、凡庸な判断だ。

 反吐(へど)が出る。


 たとえ、そうでなかったとしても。ミラード・カーターは足りていない。

 ハーフォード・カワードのようなカリスマ性はない。

 フィリアス・テナントのような常軌(じょうき)を逸した独創性もない。

 ダニエル・ボージェスのような人を喰った態度に隠された観察眼もない。

 こんな人が総大将を務める組織で働いても、面白いことなどひとつもない。


「お断りします」

 

 その時、ロニーは簡潔に答えた。


「俺には、今の環境と任務内容が合っている。俺を評価していただいたことには感謝します。けれど、どうぞ他を当たってください」


 しかし、カーターは諦めなかった。


「そうか。まぁ、いきなりの話で驚いたよね。一度ゆっくり検討してくれないか」


 それから彼と顔を合わせるたびに、この話になる。

 撤退の判断が遅すぎる。

 ロニーは内心の苛立ちを抑えながら、この日もカーターの勧誘をやり過ごした。


 父親の団長執務室に顔を出す。

 必要な情報の受け渡しと申し送りが済んだ後、ロニーが浮かない顔をしていることでからかわれた。


「どうせディアちゃんがいなくて寂しいんだろ」

「わかってるんなら、いちいち突っ込まないでください。ディアのいない今の俺は、単なるでくのぼうですよ。到底お役に立てませんから、もう帰りますね」


 鼻で笑って返して、団長室を出る。

 夕方から、エドワードと飲む約束がある。

 とっとと帰って、しばらく眠ってしまおう。


 ディアナが帰ってくるまでは、ロニーはほとんど人じゃない。ほぼ冬眠したアナグマみたいなものだ。

 じっと眠って春を待つ。

 ディアナの作りたてのイチゴジャムが食べたい。




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