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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第6章 相棒、は順調ですが。

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(6-2)週末のふたり


 ディアナはお酒があまり強くない。ロニーもそこまで飲まない。

 お互いビールのジョッキ1杯もあれば、すっかり満足できてしまう。

 その日も5月の夜風に吹かれながら1杯を楽しんで、ほろ酔いで家に帰ってきた。


 こういう時は、朝と大体真逆の現象が起きる。

 朝はディアナがロニーの面倒を見るけれど、夜のディアナはたいていフニャフニャだ。

 一日の疲れやら、体に回った酒の酔いやらで、何をするのもめんどくさい。

 半年前くらいまでは、お酒も飲まずに夜も家で勉強していたけれど。魔術裁判所での仕事が一通り体に染み込んで、気持ちが楽になってからは、こんなフワフワな生活になっている。

 おうちの居心地が良過ぎて完全に気が抜けて、とにかくひとまず爆睡したい。


「ほら、ディアナ、風呂の湯入れたから、さっさと入れ」

「やだー、めんどくさいー」

「俺に入れられたくなかったら、とっとと行けよ」

「ロニーが入れてくれていいー」

「くっそ、この小悪魔が!」

「あ、ひとりでに歩いてるー?何これ、風まじゅつーー??」


 寝そべっていた居間のソファから強制的に魔術で追い出され、ケタケタとディアナは笑った。


「いいから。風呂入ってこい、この酔っぱらい」

「はーい!出たら冷たくてシュワシュワしたやつ飲みたいでーす!」

「酒以外な」

「シャンパンでもいいよー!」

「シャンパン禁止」

「えぇーー?!」


 まだお酒を飲み慣れていなかった頃、口当たりの良いシャンパンを飲み過ぎて、ぐでんぐでんになってしまった。あまりその時のことを覚えていないのだけれど、どうやら自分はひどく酔うと何かに抱きつきたくなってしまうらしい。

 そのお店の入り口にあった石の彫像に抱きつき、引き剥がしてくれたロニーに抱きつき、ふわふわとたぶんエドワードかフィリアスあたりに抱きつこうとして、完全に青筋を立てたロニーがフィンガースナップで大きなぬいぐるみの鳥さんを取り出して、ディアナに押し付けた。

 綿がぎっしり詰まったモッチモチの巨大な鳥さんは、一瞬でディアナを(とりこ)にして、気づいたら朝まで抱きしめたままベッドでぐっすり眠っていた。

 それ以来、ディアナがうっかり飲み過ぎそうになると、ロニーはその鳥さんを取り出して、問答無用でディアナに渡してくる。


「ロニー、お風呂出たー!」

「全然髪の毛拭けてねぇだろ、ちゃんと拭け」

「だって、寝てるうちに乾くーもういいー」

「もういいじゃねーだろ」


 強制的に椅子に座らせられて、ディアナはご機嫌で鼻歌を歌う。用意されていた冷たくてシュワシュワしたものを飲んだ。ぶどうの味がする。


「これ、すっごくおいしーい!」

「味もちょっとシャンパンっぽいだろ」


 ロニーの器用な指先が、長い髪の水分を拭き取り、さっと風魔法で乾燥させてくれる。

 それから丁寧にブラシで髪をとかして、特製のヘアオイルを塗ってくれた。


「お前、化粧水は?クリームは?」

「化粧水はバシャっとやったー。あとはやってなーい」


 顔にクリームを伸ばされて、柔らかくマッサージしてくれる。

 手もクリームを塗って、爪周りや指をマッサージしてくれる。

 心地よい。最高すぎて、もう寝そう。でも、


「ロニーのも、私やりたーい、マッサージするー!」

「いい。我慢できなくなる」

「くすぐったいの、ちょっと我慢するだけだよー?」

「無理。ほら、とっとと寝ろ」


 抱き上げられて、次の瞬間、自分の部屋にいた。

 ベッドに寝かされる。

 ロニーは本当にすごいなぁ、とディアナは思う。

 魔術の勉強をしはじめて初めて知ったけれど、こんなふうに魔法陣を使わずに瞬間移動できてしまう人なんてほとんどいない。


「ロニー、てんさーい!かっこいいー!」

「いいから、寝ろ」

「ん、明日は休みだからゴロゴロしようねー」

「そうだな、おやすみ」

「おやすみー」


 ディアナは目を閉じると、すとーんと眠りの国へと落ちていった。

 だから、知らない。眠りにつく彼女の顔を見ながら、ロニーが毎晩のようにうめいていることなど。


「ディア、お前……ほんといい加減にしろよ。かわいすぎんだろ」

 

 翌日は週末で、ふたりとも仕事はお休みだった。

 昼過ぎまで寝坊して、ディアナはようやく起きた。ロニーも起こす。

 ふたりしてぼーっとしながら、ダイニングルームでコーヒーをすすってパンを齧っているうちに、だんだん頭が動き出す。


「ロニー、今日の予定は?」

「ない」


 まだぼーっとしながらロニーが言う。

 ロニーは、学院の時の授業もほとんど寝ていたけれど、最近輪をかけてよく寝ている。

 仕事やディアナとの予定がない時は、完全に寝ている。たぶん業務時間内も寝ているんだと思う。そんなようなことを、直属の上司になったダニー父さまが笑いながら言っていた。


「別に寝ててもいいんだよ。必要な業務さえしっかりしてくれればさ。なんならもっと癖の強い人間が第4魔術師団にはウヨウヨしてるし」


 ということで、それだけ寝ていても業務はしっかりこなしているらしく、昨年などは、年末にびっくりするくらい高額のボーナスをもらっていた。


「ロニーの情報収集能力は、今や第4でも一番だからねぇ。その働きにふさわしい額が支給されただけだよ」


 そのダニエルの言葉に、ディアナはとても誇らしい気持ちになった。

 本人はやる気がなさそうな顔をして、あくびひとつで聞き流していたけれど。


 その時と同じように眠そうな顔で、ロニーはひたすらパンを齧っている。


「ロニーはこれからまた寝る?」

「いや。ディアの予定は?」

「お庭のイチゴを摘む!ジャムを作る!スコーンを焼く!それを持って、ゴロゴロする!」

「はは。忙しいな。手伝うわ」

「私、あさってから1週間出張だからね。1週間分のジャム作るね」

「え、そうだっけ?」

「うん。私いなくてもちゃんと食べてね?」

「あー……」


 露骨に目を逸らされて、ディアナはむくれた。


「すぐそうやって、食べるのめんどくさがるー」

「だって、ひとりでずっと食い続けてても、楽しいことなんてひとつもないだろ」

「わかった、エディに連絡しとく」

「えぇー?めんどくせぇー。あいつと食うと食事じゃなくてフードファイトになるじゃん」

「じゃぁ、ひとりでもちゃんと食べてね」

「えぇー?」

「わかった、フィリアスくんに連絡する」

「やめてくれ、あいつがくると勝手に魔術談義ふっかけてきて飯食うどころじゃなくなる。わかった。ひとりで食う。食えばいいんだろ」


 ヤケクソのようにロニーは宣言すると、立ち上がった。


「はぁー、すっかり目が覚めたわ。イチゴ摘みするんだろ。行くぞ」

「うん!かごは」


 パチン、と指鳴りひとつで、ディアナの腕にかごが現れる。


「ありがと。いっぱい摘もう!」


 今や前庭の花壇の半分以上が、完全にイチゴ畑になっていた。

 ディアナの実家から持ってきた1株は、次の春に可憐な花を咲かせた。最初に咲いた数輪は、ロニーの魔術で保存して、居間に飾ってある。

 その1株と、翌年追加で種から育てた10株ほどを地植えした。それから5年以上かけて、じわじわと増やしてきた。今では地植えだけでなく、棚を作ってプランターでも育てている。

 イチゴの花壇には魔術が施され、寒さにも暑さにも耐えられるようになっている。4つのスペースに区切られていて、順番に花が咲く。1年いつでもどこかのスペースでイチゴの花が開き、ぷっくりと赤い実がなっている。

 

 今が食べ頃のエリアに行って、次々と実を摘んでいく。

 それが終わったら、キッチンで摘んだばかりのイチゴをつまみ食いしながら、調理に取り掛かる。

 ディアナはジャムとスコーン作り。ロニーは夕飯のポトフの仕込み。

 適当におしゃべりしながら、進めていく。


「夕飯も、外でテーブル出して食うか」

「いいねぇ。風が気持ちいい季節だもんねぇ。そのうち庭にテント出して寝ちゃう?星見えるかな」

「いや、それくらいだったら、どっか山に行こうぜ」

「山かぁ。今年の夏休み、旅行したいなって漠然と思ってたんだけど、そっか、そういうのも楽しいかも」

「旅行?ディアが?本気で?」


 ロニーが心底驚いた顔をした。

 今までディアナが自分から旅行したいと言い出したことはない。

 毎年、アカデミーの学会に顔を出すために秋にケイネスに行って、ついでに温泉を楽しんだりはする。ボージェス家が夏の避暑地の別荘に行くときに、一緒に連れていってもらったりもする。

 一度、エドワードに誘われて、彼の赴任地の地方都市に行ってみたこともある。

 でも、それくらいだ。自発的な旅行は、一度もしたことがなかった。


「心にちょっと余裕ができたからなのかな。次は勉強以外のことも色々してみようかなー、と思うようになってさ。ずっと勉強漬けで必死の毎日だったでしょ?ロニーにも付き合わせちゃって。本当に、ありがとうね」

「……いや、いいけど、それは」


 ロニーが何かを考え込むように途切れ途切れに返して、それからディアナの表情をうかがった。


「どこか面白い滞在地があるか、魔術師団の連中に聞いてみるか? 歴史的な逸話があるとか、うまくて珍しい食い物があるとか、ディアの希望はそんなとこだろ??」

「うん、あと、できれば馬に乗れるところ! 私も探してみるね」

「馬?!」

「うん、王宮ってさ、騎乗した近衛騎士が門を守ってるでしょ? 時々仕事で行くと、馬がね、ぺこって頭を下げてあいさつしてくれるんだよね。近衛の人がくれた角砂糖を手のひらに乗っけて、馬にあげるんだけど。目が優しくておっきくて、すっごくかわいいの!」

「……へぇ?」

「よかったら今度、馬に乗ってみませんか?って誘ってくれる近衛さんが結構いるんだけど、でも、さすがにそれは図々しすぎるでしょー。だから、どこか保養地の乗馬クラブで体験させてもらいたいな、って」


 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、とロニーは急に盛大なため息をついた。

 ひたすら眉間のシワを指先で揉んでいる。


「え、なに?どうかした??」

「いや、わかった。よーくわかった。ディア、近衛の野郎どもに誘われても、絶対ついていくなよ?」

「あ、うん。もちろん。そんな厚かましい真似はしないよ!」

「近衛の奴らに、おすすめの乗馬クラブとかも聞くなよ?」

「え?だめ?」

「ぜ・っ・た・い・に・ダ・メ」


 くっきりぱっきり言われて、ディアナは慌ててうなずいた。


「わ、わかった……??」

「わかってねぇだろ。ああもう、いいけどさ。事前に防げりゃそれで」

「???」

「ほら、そろそろスコーン焼き上がるんじゃねぇの?」

「あ、ほんとだ!」


 幸い、スコーンは理想の焼き加減よりほんの少し強めに火が入ってしまった程度で、十分美味しく焼き上がった。

 山もりにカゴに入れて、ジャムとクリームもバッチリ持った。


「よーし、ゴロゴロ部屋に移動しよー!」


 ゴロゴロ部屋は、もともとは空き部屋の一つだった。

 2階のディアナの部屋の隣にある。


 社会人になって少したった頃。砂漠の大国・マルタ帝国の大衆料理が食べられるレストランに興味本位でロニーと行って、ディアナは度肝を抜かれたのだ。

 レストランを入って少ししたところが一段高くなっていて、絨毯が敷き詰められ、クッションがゴロゴロ転がっていた。マルタ帝国の典型的な庶民の住居スタイルらしい。

 靴を脱いで上がり、クッションにもたれる。床に銀のトレーを置いて、そこに食べ物が乗っている。手づかみで食べるのが正式な流儀だと聞いて、これまたディアナはぶっ飛んだ。世界は広い。広すぎる。

 マルタ帝国の貴族の生活を描写した小説は読んだことがあったけれど、目の前にあったのは全然知らない世界だった。

 おそるおそる流儀に従って食べてみる。

 手づかみは、不思議な感覚で、でもとてもワクワクした。

 そして何より、クッションにもたれながらリラックスして食べられるのが気に入った。


 それで帰ってきてすぐに、ゴロゴロ部屋を作ったのだ。

 家具をすべて取っ払って、部屋に毛足が長めのふかふかのラグを引いてみた。それだと床の硬い感触が気になったので、緩衝材になるコルク材のマットを下に何枚か重ねて高さを出した。

 ラグの上には、大小様々なクッションが転がっている。

 天井からはマルタ帝国風のモザイクガラスが鮮やかなランプ。

 たったそれだけのシンプルな部屋だけれど、ゴロゴロ横になりながらリラックスするのにぴったりな、たいそう怠惰で快適な部屋に仕上がっている。

 

 ラグの上にトレーを置き、スコーンとお茶をとっても美味しくいただいた。

 お腹が満たされたところで、さっそくゴロンと横になる。


 ちょっと前だったら、ここで勉強の本を開いていたけれど、今日は小説をチョイスした。

 それでも、お腹がいっぱいになったら、読書欲より先に眠気がきた。ディアナにしては、珍しい。


「なんか、ねむーい!読みたい本あるのにーなんでー」

「これまで頑張りすぎてたからじゃねぇの。眠いんだったら寝とけよ。それを体が欲してるってことだろ」

「そうかなぁ。少し休んでも、いいのかなぁ」

「いいに決まってる。人間、ごほうびも大事だろ」

「そっか、これ、ごほうびかぁ」


 だんだん舌が上手く回らなくなってくる。

 パチン、と、ロニーの指が鳴る。

 とたんに部屋が暗くなって、一面の夜空に星が見えた。


「ああ、星だぁ……」

「さっき見たがってただろ」

「うん……ねぇ、夏の、せいざの、だいさんかっけいって……」


 舌が重い。もっとロニーとおしゃべりしていたいのに。


「休め」


 やさしいロニーの声がする。

 もう眠すぎて、口が動かなくて、かろうじて自由の効く手をじんわり動かす。

 ロニーに伸ばす。

 腕に届く。あたたかい。確かに、これは、ごほうびだ。


 世界で一番心を許せる場所を確かめて、ディアナはひとつ満足のうなずきを残して、目を閉じた。

  




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