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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第5章 友だち、をとっくに過ぎたその先で。

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(5-7)6年前——王立学院5年生⑦


「最後の最後にロニー先生まで参戦ですか」


 エドワードは好戦的な笑みを浮かべながら、正装の上着を脱ぐ。シャツを腕まくりした。

 フィリアスはいつもの制服姿で平然としている。

 その一方で、なんとロニーまで制服のジャケットを脱ぎはじめた。挑発的な表情でエドワードを見やる。ディアナは笑いを押し殺す。こんなにやる気まんまんな彼は学生生活で初めてみた。いつもの気怠そうなロニーはどこに行ったのか。そんなにミートパイが好きだったっけ?


「そりゃ参戦するぜ、ミートパイだからな。今回の審判はディアで。勝者への褒美(ほうび)は……」

「来年このメンバーで集まったとき、無料で飲み食いできる、でどうだ」


 ロニーの言葉にかぶせるように、エドワードが勢いよく提案する。


「来年の秋までにはみんな成人してんだろ。酒でも飲もうぜ」

「いいねぇそれ!はりきって審判するよ」


 ディアナは手を打って喜んだ。みんなでお酒を飲めるなんて、すっごく楽しそうだ。


「じゃあ、みんな、最初の一個を持って。いい?では……勝負スタート!」


 ディアナの号令で、3人がいっせいにパイにかじりつく。

 いきおいよくガブリと行きすぎて、エドワードのパイから中からフィリングがこぼれ出て、手を汚した。「もへぇ」と口の中でうなるエドワードの前にナプキンを置いてあげてから、ディアナも自分の分に慎重に取りかかる。


 そのミートパイは、中身がぎっしり詰まっていた。そっと食べ進める。

 甘味が強くて、挽肉が細かい。なぜかジャガイモまで入っている。ディアナのバイト先だったペストリーショップと全然違う味わいだ。

 生地がどっしり厚くて、パイというよりパンに近い食感だった。

 子どもの頃の憧れのパイ。あの頃に食べることができなくてよかった。今、初めて食べるから、こんなにも楽しい。

 総じてボリューミーな一品だった。ディアナのお腹はこれ1個でもう限界だ。


「えっと、いま、ロニーが5個め、エディとフィリアスくんが4個めの半分、だね」


 男子のお皿にあったパイは、それぞれ10個。

 ディアナがひとつ食べ終わる頃には、もう半分近くが無くなっていた。


「すごいすごい、がんばれがんばれ」


 言いながら、3人のグラスに水を注いで回る。

 下のフロアでは一段とスピードの速いダンスナンバーがかかっていて、テンポよく食べるにはまさにうってつけの伴奏だ。

 ディアナはリズムに合わせて、指先で机を叩く。ンタタン、トト、ントトン、タタン、トト。踊り狂う変拍子に乗る。楽しい。本当に地元の祭りみたいだ。応援の楽団が奏でる音楽を、手拍子をする人たちを、昔は遠くで眺めていた。今は、お祭りのただなかにいるみたい。楽しい。本当に楽しい。


 無邪気に笑うディアナに目を細めたロニーが、ますます快調に食べ進めていく。最後の1個に手をかけたときには、エドワードとフィリアスと1個以上の差ができていた。


「冗談だろぉ、ダークホースすぎるだろ!」


 ぼやくエドワードを尻目に、ロニーが最後のひとかけを口の中に入れる。最後は丁寧に味わうように噛み締めて、ゆっくりと飲み込んだ。


「勝者、ロニー!!」


 ディアナの声に、9個目を半分食べ終わっていたエドワードは、がっくりと肩を落とす。

 フィリアスは、その隙に、エドワードの皿に残っていた最後の1個をさっと自分の皿の上へとかっぱらった。


「え、なに、フィリアス閣下、まだ食えんの?!」

「食べれる。まだまだ」

「フィリアス、そのへんにしとけー。また来年な」


 絶句したエドワードと、物欲しげなフィリアスと、あきれはてたロニーを順番に見て、ディアナは心からの拍手を送る。

 普通の学生生活とは全然違っていた気もするけれど、下のダンスフロアで踊るような学生じゃなかったけれど。自分たちの5年間の締めくくりに、ぴったりの終わり方な気がする。

 ディアナは空っぽになったお皿を眺めて、晴れ晴れと笑った。


「また来年!すっごく楽しみだね!!」


 その日の夜は、寮で最後の時間を過ごした。

 両隣の部屋の女の子と連絡先を交換し、談話室では寮母さんとのお別れ会が開かれて、いろんな人と会話して。

 入学式のひとりぼっちが嘘みたいに、ディアナの周りには人がいた。

 翌朝は早めに起きて、朝食前に部屋を掃除した。ルール上はそのまま退去して良いのだけれど、どうしても自分の手で綺麗にしたかった。

 ちりひとつ残らないようにと床を掃き清め、机と棚を拭く。夜遅くまでかじりついて勉強した机だ。持って帰れないのが残念なくらい、すっかり愛着がある。


「いっぱいいっぱいお世話になりました。ありがとうございました。すっごく幸せでした」


 部屋に向かってぺこりとお辞儀をする。

 この部屋を次に使う人にも、どうか幸運がたくさん訪れますように。


 王都に来た時と同じ小さなカバンひとつ持って、寮を出る。


「お、来たか」


 門のところにもたれかかって、ロニーが待っていた。

 学院生活で最初にしゃべったのはロニーだったな、と懐かしく思い出す。

 次の生活で初めてしゃべるのも、この人でよかった。


「これからいっぱいお世話になります」


 ロニーに向かってぺこりとお辞儀をする。


「何を今さら」

「ほんと今さらだけどねぇ」


 言い合いながら、ロニーの家に向かって歩き始める。

 実は、裁判速記官の独身宿舎に入ろうか、少しだけ迷った時期もあったのだけれど。


「なんでわざわざ? 俺の家に私物ぜんぶ置いてあるんだから、うちに来ればいいんじゃねぇの。ディアの物をその宿舎とやらに運ぶのがめんどくせぇ」


 その一言で、ディアナの居候(いそうろう)生活が正式に決定した。

 確かに、たとえ独身宿舎に入ったところで、しょっちゅうロニーの家かボージェス家に入り浸る自分の姿が容易に想像できる。

 先日、ロニーのお兄さんの婚約が決まったばかりでもある。婚約期間を満喫したい浮かれたアーサーは、休日まったく全然これっぽっちも実家に帰ってこなくなった。

 ずっと婚約者のローザの家に入り浸って、踏まれても蹴られてもテコでも動かず離れずニコニコ彼女にしがみついているらしい。

 その話を両親から聞いたロニーは「こっわ!」と鳥肌をたて、結婚式の準備をさっさと進めたいダニー父さまは「もうちょっとしても帰ってこなかったら、締めようかな」と極上の笑顔でポキポキと指を鳴らしていた。

 ジェニー母さまからは、「お願い、ディアちゃんはまだ親離れしないで家に遊びに来て。寂しすぎるから」と泣きつかれている。

 長男の結婚に向けて忙しくなりそうなボージェス家を、ちょっとでもお手伝いできたらいいな、とディアナは思っている。

 

「ただいまー」

「おかえり」


 ロニーの家のドアを開ける。

 そのとたん、ディアナは目を疑った。


 玄関のドアから入ったつもりだった。

 なのに、なぜか、ディアナの部屋に立っている。


「え?」


 振り返る。部屋の扉から、いつもの2階の廊下が見えている。


「何ごと?!魔術よね、これ???」

「面白いだろ」


 ロニーはニヤニヤ笑っている。


「望んだところに、直接行けるように術をかけてみた。うちの中限定だけど」

「え、なんで?」


 ディアナは部屋のドアを閉める。開ける。

 キッチンがあった。確かに「キッチンに行きたい」って心の中で思ってみたけれど。


「え、なんで??????」

「便利だろ?」

「便利っちゃぁ便利だけど……あったま混乱するーぅ!」


 ディアナはひとまず叫んだ。叫んでみたけれど、実は意外と落ち着いていた。


「まぁ、ロニーの部屋が湖になってた時ほどの驚きはないね」


 あの時は、さすがのディアナも絶句した。

 ある日、ロニーの部屋を開けたら、湖になっていた。誰にも信じてもらえそうにないので、誰にも言っていない。

 言葉が見つからなかったので、とりあえず湖の上を歩いて、ロニーの隣に寝転がってみた。

 完全に、極上のベッドだった。

 ウォーターベッドが気持ち良すぎて、うっかりすっかり熟睡してしまった。

 起きたら青空が目の前に広がっていて、爽快な気持ちで、ディアナは悟ったのだ。


 ——うん、だって、ロニーだもの。これくらいのこと、びっくりしてても仕方ないよね。


 それ以来、勉強に疲れて頭を休めたくなった時、ちょくちょく昼寝に利用させてもらっている。

 普通のベッドで寝るより快適で、疲れがよく取れるような感覚がある。

 慣れたらとっても便利になった。

 きっとこの不思議なドアの術も、慣れたら便利になる、はず。


「真面目な話をすると、魔術の訓練でさ」

「訓練?」

「大量の魔力を使っていると、魔力保有量が少しずつ体内で増えていく感覚があって。もっと継続して増やしたい」

「それって、強い魔力を使って鍛えると、それだけロニーが強くなる、ってこと?」

「強くなる、っていうより大きくなる、だな」

「エディの筋トレと筋肉みたいなもの?」

「あの脳筋と一緒にされたくない。けど、まぁ……似たようなもんか」


 ロニーは非常に嫌そうな顔をして、しかし、しぶしぶうなずいた。

 ディアナは、なんの変哲もなさそうで、実は奇想天外な術が掛けられたドアを見る。


「えへへ」

「なんだよ」

「だって、」


 あんなにも魔術の才能を隠そうとしていた人が、今やディアナを巻き込んで訓練しようとしている。それが一番の驚きかもしれない。信頼してもらえて、とてもとても嬉しい。

 ディアナはロニーの右手を取った。

 いつもフィンガースナップでディアナを驚かせたり喜ばせたり、寄り添ったりしてくれる。昔からずっと格好良くて不思議で大好きな手だ。

 この手が成そうとしていることに、ディアナだって全力で協力したい。


「私に何かできることはある?」

「常識外れな術かもしれないけど、諦めてくれればそれでいい」

「諦めるなんてそんな。むしろ面白いし楽しいから大丈夫。もっといろいろしてくれていい」

「そうか」


 ほっとしたような、ゆるんだ顔で、ロニーはディアナの手をやんわりと握り込んだ。

 ディアナはその手をしっかり握り返して、ぶんぶんと振った。


「ロニーと一緒だったらなんだって楽しいから大丈夫! これからも、いっぱい迷惑かけちゃうかもしれないけれど、よろしくね、私の相棒!」





 

学生編、お楽しみいただきありがとうございました!

当初考えていた倍くらいの分量になってしまった……(汗)

明日から、現在編をお届けします。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
学生編、お疲れ様でした! ディアナとロニーの関係が少しずつ変わっていくのを、ホッコリしながら拝読していました。 現在編で、ふたりの関係がさらにどう変わっていくのか、あらすじにあるドキドキの展開がどうな…
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