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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第5章 友だち、をとっくに過ぎたその先で。

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(5-6)6年前——王立学院5年生⑥


「嘘でしょ、もう5年も経っちゃったっけ?!」


 ディアナはテーブルに行儀悪く頬杖をつきながら、ぼうぜんとつぶやいた。


「卒業パーティーの最中にいうセリフじゃねぇだろ、それ」


 ロニーは苦笑いしながら、色鮮やかな野菜のゼリー寄せを口にして、「あ、うま」とつぶやいている。

 ディアナはゆっくりと、階下のフロアを見下ろした。


 王立学院にあるレセプションホール。今日は卒業パーティーの日だ。

 1階の大フロアでは、大きなステージが組まれ、さまざまな出し物が行われている。

 卒業生を送り出す在校生からのメッセージ大会や、卒業生自身による楽器演奏や声楽披露。魔術研究会による幻影魔術パフォーマンス、軍事科による剣舞など、とにかく雑多で華やかな要素をこれでもかと盛り込んだパーティーだ。在校最後のお祭り騒ぎともいう。


 今は、パーティーも終盤。

 プロの楽団がステージ上で弾むようなダンスナンバーを次々と演奏し、卒業生たちが楽しそうに踊っている。特に女の子たちは色とりどりのドレスに身を包み、花が咲き誇ったようにフロアが鮮やかだ。


 ディアナがいるのは、1階の吹き抜けに張り出すように設けられている2階のエリア。

 ビュッフェスタイルでさまざまな食べ物が並び、食事ができるテーブルスペースになっている。

 パーティーが始まる時からテーブルのひとつに陣取って、階下の様子を楽しみながら、ひたすら美食を味わっている。

 そろそろ満腹だけれど、ミニケーキだったら、あと3個くらいは胃袋に押し込められるかも……。

 ディアナは今流れているダンスナンバーに鼻歌で参加しながら、そんなのどかな葛藤を抱えている。


 ダニー父さまが嬉々として後見人を引き受けてくれたおかげで、ディアナのその後の学生生活はいたって平穏だった。実家からの連絡は一切ない。

 鉱山の開発事業が順調に進んでいることをダニー父さまから聞いて、「ボージェス家の親戚の商会が儲けられてよかったな」とは思った。あれから実家関連でディアナが心を動かされたのは、それくらいのものだ。


 早く卒業して成人になって実家と完全に縁が切れるのがとても待ち遠しいような、それでいて永遠に学院で勉強していたいような。そんな複雑な気持ちで、ディアナは今日のパーティーに参加している。

 王立学院に来なければ、今の自由を得られなかった。ロニーとも出会えなかった。ここはディアナにとって、自由の象徴で、とても大事な場所なのだ。

 だから今日は制服を着ている。

 ディアナにドレスを着せたいロニーの両親はがっかりしていたけれど、今日で最後なのだから、どうしても、制服を着たかったのだ。

 ロニーも付き合って、制服を着てくれている。


「なんだ、制服だけだとちょっと味気ないな。せっかくだから飾っとけ」


 そう言いながら、ロニーは今朝、ディアナの真っ黒な髪に、髪飾りをつけてくれた。

 イチゴの花と葉っぱを模した金細工の髪飾り。

 事前に用意してくれていたらしい。ディアナは嬉しくて嬉しくて、何度も鏡をのぞきこんでしまった。

 そういうロニーの制服のジャケットの胸には、早咲きのダリアが飾られている。

 ロニーの家の庭でディアナが咲かせた、淡いオレンジ色のダリアだ。

 昨日、ディアナが摘んで玄関ホールに生けておいたものを、そのまま胸に挿してきたらしい。

 そういうの、めんどくせぇ——といつものロニーなら言いそうで、ディアナは花を用意していなかった。

 ロニーの胸で咲く小ぶりなダリアをチラリと見つめて、とても幸せでくすぐったいような、自分で選んであげたかったような、そんな気持ちになっている。


「なんだ、ディアナ師匠はもう食べないのか?」


 大皿に載せられるだけの食べ物をてんこ盛りにして、エドワードが帰ってくる。

 彼も、パーティーの最初から同じテーブルで食べている。

 いつまでもずっと居座っているからさすがに心配になって、先ほど「軍事科の友だちのところに行かなくていいの?」と尋ねたとたん、盛大に顔をしかめられた。


「どうせあいつらとはこれから2年、朝から晩まで陸軍学校でみっちり顔を突き合わせなきゃなんないんだぜ? なんで卒業パーティーまで一緒にいなきゃいけないんだよ」


 そういうエドワードは黒の正装の胸ポケットに、小さくて可憐なすみれの花束を挿している。

 卒業パーティーでは伝統的に、恋人同士が花を贈り合い、身につけて参加する風習がある。

 必然的に、花を身につけていない人は現在フリーということになる。ずっと片思いしていた相手にパーティー中に花を贈り、告白する猛者(もさ)も毎年一定数いるらしい。


「はっはっは、どうだ見てくれ、誰からも花をもらえなかった哀れな俺を!」


 エドワードは今日、やけくそみたいに胸を張りながら現れて、ディアナたちが確保していたテーブルにどーんとふんぞり返って座った。


「卒業パーティーの1カ月くらい前から、誰かに告白してもらえるんじゃないかってソワソワしながら待ってた俺を笑うがいい!」


 そういうエドワードの目の前に、すみれの花束が差し出される。

 

「えっ、俺に?くれるの?!」


 満面の笑みで花束の持ち主を見たエドワードは、そのまま凍りついた。

 フィリアスが立っていた。


「……フィ、フィリアス閣下、す、すまん、俺、そっち方面の恋愛の趣味は……!」

「レイから」


 切り捨てるように、氷点下の冷たさでフィリアスがすばやく言う。

 とたんにぱあっとエドワードの顔が輝いた。花束を受け取って、いそいそと胸ポケットに差し込む。


「うちのお姫さまはなんて気遣いのできる子なんだ!ありがとう、スッゲェ嬉しかった、ってレイ姫に伝えておいてくれよ。はぁ。本当にいい子だなぁ。あと10年くらいすればもうモッテモテだろうな。きっと気立てのいい彼氏を捕まえられるぜ!」

「エディ、そういうことはレイちゃんの前で言わないほうがいいと思うよ……?」

「え、なんで?」

「なんでも」


 ディアナは言葉を濁してやんわり微笑んだ。

 あれから何度かエドワードとレイが一緒にいるところを見たことがあるけれど、レイはずっとエドワードにべったりだった。どう見ても、レイはエドワードのことが大好きだ。

 歳の差がすごくあるからエドワードは信じないだろうけど、なんとなく、レイはちょっとやそっとのことじゃエドワードのことを諦めない気がする。


「で、フィリアス、お前の持ってる花束はなに? 誰かから告白でもされたのか?」


 ニヤニヤと笑いながらロニーがフィリアスを見ている。

 その冷やかしの態度をものともせずに、白い小さな花束を持ったフィリアスは、ディアナたちのテーブルに座った。

 ロニーの目がわずかに丸くなる。


「なんだそれ、薬草じゃねぇか。あんたにそれを渡すとか、ずいぶん好みのツボを押さえてんなぁ」

「消化促進、消化器系の不調改善、抗炎症作用、鎮静効果」

「ああ、うん、効能はそうだな……で、誰から」

「レイから」


 言うなりフィリアスは大きな口を開けると、モシャァと花束を口の中に押し込んだ。

 もっもっもっとよく噛んで、ごくんと飲み込む。

 顔を覆い尽くしている前髪の隙間から、あぜんとしているロニーたちを見て、モゾっと言った。


「フィー(にぃ)は食いしん坊だから、ついでにこれを持っていくといいよ、だそうだ」

「レイ姫、ほんといい子だな!」

「あぁ、消化促進なぁ……」

「ついで、ね……」


 ほぼ同時に3人で反応してしまった。

 その薬草の効果があったのか、フィリアスも最初からずっと食べ続けている。

 とにかく男子3人がよく食べるから、周囲からはチラチラと驚愕のまなざしが向けられ続けている。


 時々、勇気を出したように声をかけてくる同級生もいる。たいていはディアナの顔見知りで、ふたことみこと、笑顔で言葉を交わす。「じゃぁ、卒業しても元気でね」と明るくあいさつして、手を振って別れる。


「ロニー先生ってば、ディアナ師匠の花髪飾り、相当の威力を発揮しておりますなぁ」

「エディの分際でうるせぇんだよ」

「……しないのか」


 唐突にフィリアスが口を開いて、驚いたロニーとエドワードは舌戦を一瞬にして終了する。

 フィリアスは、魔術関連以外で自発的に会話をすることはほとんどない。

 その彼が、何かを言った。

 ロニーとエドワードは顔を見合わせて、結局ロニーが尋ねた。


「何をだよ?」

「勝負」

「……勝負って、なんのだよ……あ、早食いの?!」


 結局、ここまでエドワードとフィリアスの早食い対決の戦績は、五分五分。引き分けだった。

 エドワードは、フィリアスの細い肩をドンと叩く。


「なんだ、閣下、引き分けのままだと嫌だから、ここで最後の一戦をしてしておこうって? いい度胸じゃないの。よーし、やってやるよ!」

「え、二人ともすでにすっごい食べてるのに?!」


 ディアナは目を剥いて、二人のお腹を交互に見る。確かに膨らんだりはしていなさそうだけれど。いったいどんな胃袋をしているのか。

 エドワードは平然と、ディアナの驚きを受け流す。


「4時間くらいダラダラと食べてるからな。もう最初の方のやつは消化されてるだろ。それで、今回のテーマはどうするよ。いつもは学食3人前だけど。何を食う?でも、もうそろそろビュッフェのやつは食い飽きてきたよなぁ。ディアナ師匠、なんか考えてくれよ」

「じゃぁ……パイの早食い競争?」


 ディアナはイタズラっぽく笑った。このビュッフェにパイ料理はない。

 二人とも引き分けで卒業するのが平和じゃない?と思ったのだ。


「わかった。パイな」


 なぜか、ディアナの隣でロニーが決然と言う。

 パチン、と指が鳴る。


「うぉ、出てきたー!美味しそうー!でも量はんぱねぇー!」


 エドワードが手を打って喜んでいる。

 男子3人の前に、それぞれ山盛りのパイが置かれていた。

 そして、ディアナの前にも、パイがひとつ。


「これ、ディアの実家近くのミートパイな」

「え、あの……?!」


 結局、あれから一度も故郷の街には行っていない。当然、憧れのミートパイもまだ食べていなかった。


「本当に!?いつ買ってきたの?!」

「秘密」


 ロニーはニヤリと笑った。




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