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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第5章 友だち、をとっくに過ぎたその先で。

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(5-1)6年前——王立学院5年生①


「模擬剣戦部門、優勝、防衛軍事科5年、エドワード・アッテンボロー!」


 表彰台に上がったその最上学年の生徒は、大きく片手を突き上げた。

 拍手と歓声が、熱狂的な渦のように彼の姿を包み込む。

 11月、ディアナたちの在学最後の学院祭。

 模擬戦の勝者を讃える表彰台にのぼったのは、さらに一回り体が大きくなったエドワードだった。


「それにしてもエディ、ぼろぼろだねぇ」

「そりゃそうだろ、最後は親父さんと戦ったんだから」


 しみじみとエドワードを見るディアナに、ロニーは苦笑を返す。

 模擬剣の優勝者と近衛騎士団員との間で行われる手合わせの一戦。

 その対戦者として現れたのは、なんとエドワードの父親のアッテンボロー団長だった。

 通常は一般団員が相手を務めるはずなのに、突然出てきた大物に場内は大きくざわめき、それはすぐに熱狂に変わった。

 エドワードは父親相手に一歩も引かず、剣を受け、自分の剣先で果敢に狙う。

 何合も斬り結び、なかなか勝負がつかなかった。


 最後に地面に転がっていたのはエドワードだったけど、「くっそー!負けたー!」と客席のディアナたちにも聞こえるくらいの大声で()えたけれど。

 首を持ち上げ、腕のところでぱっくり裂けた父親の近衛団長服を見て、ニヤリと笑いながらがばっと腹筋を使って身を起こした。

 アッテンボロー団長も満面の笑顔を浮かべながら、起き上がるエドワードに手を貸している。

 熱闘に、その日一番の拍手が送られていた。


「あれ、エディ、頬のところの傷が治ってる……?」

「フィリアスが治癒魔法で治したんだろ」


 ディアナは表彰台のエドワードをまじまじと観察し、ロニーはさっきまでフィリアスが座っていた隣の空席を見る。


 手合わせの最後の方で、団長の模擬剣がエドワードの頬をかすめ、血が吹いた。

 その瞬間、フィリアスの膝に座って一生懸命に応援していた5歳のレイが、泣き出したのだ。

 ハーフォードの娘たちは、父親に連れられて、昨日の文化系の出し物をルミレイそろって楽しんでいた。今日の模擬戦は、妹のレイだけがフィリアスをお供に観戦している。

 血が流れても平然としているエドワードを張り裂けんばかりに見つめて、レイの大きな目から涙がこぼれる。ボロボロボロボロ泣き止まず、試合が終わった瞬間、


「レイ、エディのとこにいくー!やだー!いくのー!」

「ん」


 フィリアスに抱っこされて、ぐずりながらレイが消えていく。

 そうしてやがて始まった表彰式では、すっかりエドワードの頬が癒えていた。


「レイちゃん、泣き止んだかな?」


 ディアナの言葉に重なるように、フィールドを銀色の影が横切っていく。

 美しい銀髪をなびかせた小さな女の子が、全力で表彰台を駆け上がり、「エディ!」叫びながら足に抱きついて、きゃっきゃと笑った。


「なーんだ、レイ姫、来ちゃったのか」


 笑いながら軽く身を屈めると、ひょいっと肩に乗せる。


「どうだ、優勝の景色だぜ。最高だろ」

「さいこー!」


 ふたりしてニコニコ無邪気に満面の笑みを浮かべるその姿は、アクシデントの驚きよりもかわいらしさの方が遥かにまさっていて、客席に笑い声が広がっていく。


「なんだあの美少女!エドワードの妹?」

「かっわいー!!」


 そんなことをみんな口々に言いながら、あらためて大きな拍手が湧き上がる。

 優勝メダルの授与では、肩の上のレイが受け取って、それをエドワードの首にかける愛らしさで、観客みんなの心をかっさらっていた。


 すべてが終わった帰り。寮に向かう道をロニーに付き添ってもらいながら、ディアナは軽くため息をつく。


「はぁー、学院祭、終わっちゃったねぇ。さびしいなぁ」

「俺たち、なんの出し物にも参加してないけどな」

「今さらだけど、どこかクラブ活動に参加してればよかったかなぁ」

「いいんじゃねぇの、ガリ勉ちゃんで。おかげで裁判速記官の内定もぎとれたんだろ」

「えへへ、もぎとれちゃいました。でもまだまだこれが始まりだからねぇ」


 照れてぺろっと舌を出してみせる。

 ちょうど2週間前、内定の通知をもらったばかりだった。

 卒業したら1年間、裁判速記の養成所で研鑽(けんさん)を積むことになる。

 正式な所属が決定するのは、その後のことだ。その人の適性を総合的に判断して配属が決まるから、一般裁判に回されることだってありえる。魔術裁判の速記官になるためには、まだまだ勉強しなくてはいけないことが山積みだ。


「でも、悪いね。明日の貴重な休日、私の勉強につき合わせちゃって。ロニーもとっくに王宮魔術師の採用試験に合格してるのに」

「別にいい。お前に教えながら魔術知識を復習できて、自分のためにもなる。俺、座学はほぼ寝てたからなぁ」

「それね。1年の時は寝てるロニーしかほとんど記憶にないわ」


 寮の前で、手を振り合って別れる。

 明朝はロニーが迎えに来てくれる。喫茶店でモーニングを食べて、少しだけ街をぶらぶらしてから、ロニーの家で勉強する。夕飯は、ふたりで手分けして作る。ディアナにアルバイトがない日の、いつもの休日だ。


「あら、ディアナちゃん、お家から特急便でお手紙が届いてるわよ」


 寮に入ったとたん、寮母さんから声をかけられた。

 心配そうな顔で、手渡される。


「……手紙?」

「何かあったら、遠慮なく相談してね」


 その封書を見る。宛名の文字が、母の字だった。

 この5年。実家から手紙が来たことなど一度もない。ディアナも一度も出していない。

 定期的に手紙を出しているのは、後見人になってくれている母方の祖父母にだけ。

 なのに、急ぎの手紙とは。

 嫌な予感しかしなかった。


 飾り気のない自室に入る。ディアナの私物のほとんどは、ロニーの家か、ボージェス家に置いてある。

 ふう、と、一息、空気を吐き切る。

 ゆっくりと、手紙の封を切った。  

 

 祖父母が亡くなった、と書いてあった。

 目が滑る。

 もう一度見る。

 その文字は、消えてくれなかった。

 葬儀は、2日後の昼。

 だから、帰ってこい。

 そう、書いてある。


 目をつぶる。

 世界が、一瞬、真っ白だ。


 次の一拍で、いろんな思いが沸き出てきて、ディアナを押し流した。

 後見人が、いなくなってしまった。

 学院の授業を、もう受けられないかもしれない。

 卒業に必要な単位は、実はもうすべてとっている。

 後見人もいない今、前倒しで卒業しろと言われるかもしれない。

 あの実家に、帰らないといけない。

 実家に帰ったら、そのまま帰れなくなるような気がする。

 あの人たちが、便利なディアナを手放すだろうか。

 チビでガリガリで空気みたいだった時ですら、家を出る時にあんなに罵られたのに。

 普通の娘になったディアナには、何を言うだろう。

 すぐに働け?家に金を入れろ?金持ちと結婚しろ?

 あと半年ちょっとで高給な職に就けると知ったら、王都に返してくれることは返してくれるかもしれない。

 でも、きっと、給料をむしり取られるだろう。脅されて、たかられて、絞りとられる。

 ディアナに、ほとんど何もくれなかった、あの人たちが。


「絶対に、嫌だ」


 床に手紙を投げ捨てて、とにかく部屋着に着替える。ベッドに手足を広げて寝転がる。

 祖父母には、感謝している。

 いなくなって、寂しい。辛い。

 でも、それ以上に、ここにいられなくなるかもしれないことが、耐えられない。


 今日の祭りは、あんなにも楽しくて、最高の気分だったのに。

 見慣れたはずの天井が、重く冷たく視界にのしかかる。どこか違う世界に突き落とされたみたいだ。

 ディアナの立場は、あまりに(もろ)い。

 手が震えていることに気づいて、ぎゅっとこぶしを握りしめる。

 さっきまで話していた、ロニーの顔を思い浮かべる。とたんに少しだけ、冷静になれた。

 

 この5年で丁寧に積み上げた日常が、一気にディアナの周りからこぼれ落ちていっても。

 絶対に、そばにいてくれる人がいる。

 絶対に、無くならないものがある。

 すがるように、誓いの言葉を口にする。


「なんとしても、戻ってくる。絶対に、裁判速記官になる」


 家族を振り切って、王都に戻ってきたとして、学院に戻れなかったら家が必要だ。

 完璧に、安全な、隠れ家が。


「明日、ロニーに相談しよう」


 ロニーの家に、住みたいって、お願いしてみよう。

 口に出したら、こんな時なのに、少しだけ、幸せな気分になった。


「大丈夫。私には、信頼できる人がいる」


 荷物をまとめて、明朝には実家に向けて出発しなくてはいけない。

 でも、少しだけ、眠っておこう。

 明日から、いっぱい、戦わなくてはならないかもしれない。

 だから、せめて今は、体を休めないと。

 ……全然眠れる気が、しないのだけれど。



 

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