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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第4章 友だち、っていうよりむしろ。

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(4-7)7年前——王立学院4年生⑦


 遅まきながらディアナやエドワードとの初対面のあいさつが済んで、あらためて席についてからも、アーサーの動揺は収まらなかった。

 ぎこちなく首をめぐらせて、目を見開いて尋ねる。


「ロニー、お前……なんでそんなに大きくなってるの?!」

「兄さん……俺、もう、16歳ですよ」


 硬い声で答えるロニーに、アーサーはぶんぶんとちぎれんばかりに首を横に振った。


「なんで兄さんに向かって敬語なんて使うのさ!昔のあのかわいいロニーはどこに行ったんだ!細くてちっちゃくて俺が追いかけると泣きべそかきながら走ってた妖精みたいにかわいいロニー!!」

「……誰だよそれ」

「……アーサーさん、それ、ロニーがかわいそう」


 異口同音にロニーとディアナは言ってしまう。


「だって、えぐえぐ泣きながら柱の陰からこっちを見てくる小さなロニーのかわいいことと言ったら!」


 アーサーの言葉にうっとりした様子が混じる。宙を見つめる瞳が確実にここではないどこかを見ている。

 「うわぁ、ヤッベェ」——口の中で小さくうなりながら、エドワードがぶるっと身震いした。


「兄さん……俺、それ……すごく嫌でした」


 静かにはっきりと、ロニーが言う。アーサーは愕然(がくぜん)として大きく両手を広げた。


「それ、って何が?!」

「追いかけられるのが」

「嘘だろ?!お前、いつでもちゃんと一緒に走ってたじゃないか!」

「それはあんたがいつでも追いかけてくるからだろ!」

「追いかけっこが終わったら、一緒に美味しいアイスを食べたじゃないか!」

「それは俺が大泣きするから母さんが食べさせてくれたんだろ!」

「私はあのアイスをお前と一緒に食べるのが大好きで!」

「こっわ!きっも!そんなのあんただけだろ!うっお!やめろ、しがみついてくんな!」


 みるみるエキサイトしてくるボージェス兄弟に、苦笑いしながらハーフォードが言う。


「おい、兄弟げんかだったら実家に帰ってやってくれ。うちの娘たちがポカーンとしてる」

『あ……』


 フィリアスとハーフォードの手が、小さな娘たちの両耳を塞いでいる。

 音が聞こえないルミとレイは、しゃりしゃりとリンゴのウサギを齧りながら、世にもまれな珍獣でも見るようにアーサーとロニーを眺めている。

 その澄んだ瞳たちにジィーっと見つめられて、我に返った兄弟は声をそろえて一言うめき、急にしぼんで沈黙した。


「アーサー、お前さぁ。子どもの頃からおんなじだったのかよ」


 あきれきった口調でハーフォードに問いただされて、アーサーはびくりと身を震わせた。


「おんなじ……って、もしかして……私は昔から、そう、だったのでしょうか……」

「聞いてる限り、そうだったんだと思うがな」

「……ああ、なんてことだ……」


 急に絶望的な声を上げると、アーサーは頭を抱え込む。

 そのままうなだれて、ぴくりとも動かなくなってしまった。


「……あ、あの……アーサーさん、どうしたんでしょう……?」


 黙り込んだままのロニーに代わって、ディアナはおそるおそる尋ねてみる。


「アーサー、俺の口から言っちまっていいの?」

「……自分で言わなきゃいけないんでしょうが、今の私の口からはとても……」

「んじゃ、俺から話すな」


 蚊が鳴くようなアーサーの返事に、ハーフォードはひょいっと肩をすくめた。


「こいつさぁ、こないだ、うちの団の女の子から強烈な平手打ちを喰らったばっかりなんだよね」 

「え、平手打ちを?!」

「なんでまた」


 ディアナとエドワードのほぼ同時の反応に、ハーフォードは苦笑しながらアーサーを見る。


「こいつ、2年前にフィリアスに負けた時、目も当てられないくらいに落ち込んでさ——」


 2年前。それまでのアーサー・ボージェスは、人一倍、攻撃魔術に自信を持っていた。

 魔力は第1魔術師団の中でもトップ5に入るくらいに強い。

 威力の強い上級攻撃魔術を多彩に使いこなせる。

 訓練で対戦しても、団長・副団長以外のほとんどの相手に勝てるし、魔力切れを起こすまでもなく短時間で片をつけられる。

 剣術や体術はかなり苦手な方だが、それを補ってあまりある攻撃魔術を身につけていたから、気にもしなかった。


 だが、フィリアス・テナントには、一切それが通用しなかった。

 技が効かないことで頭に血がのぼり、次々と大技を繰り出してもまったく届かず、訳のわからないうちに地面に膝をついていた。

 たかだか14歳かそこらの少年相手に。


 アーサーはどん底にまで転がって、絶不調に陥った。

 気持ちに影響されて、それまでのように、うまく上級魔術を扱うことができない。

 火炎の攻撃魔法を無理やり発動させ、暴走して自分の身に跳ね返ってきて、自慢の長い髪を燃やしてしまうことまであった。


 そんな彼を腫れ物扱いする者も多いなか、同期の魔術師に、それまでとまったく態度を変えない女性がいた。


「ローザ・スティングレーっていう子なんだがな」


 ハーフォードの言葉が聞こえた瞬間、ガバッとアーサーが顔を上げた。

 うっとりと熱烈に微笑んで宙を見上げる。


「ああ、私のローザ!私の女神!」


 うわぁ、とディアナは思わず身を引いた。

 同時に左右のロニーとエドワードも身を引いて、盛大に顔を引き攣らせている。

 突然の陶酔がすごい。アーサーの周りだけ桃色の空気が見える。

 事前にロニーから聞いていた話より、アーサーの個性がマイペースかつ強烈すぎやしないだろうか。

 こういうのをなんて言うんだっけ。えっと、そうだ——天然さん?

 

「なんか、話の流れが見えた気がするんすけど……」


 絶句しているロニーとディアナをチラリと見て、ひとりだけまだ冷静なエドワードがしぶしぶ口を開いた。


「落ち込んでいるところに、ローザさんが普通に接してくれて、励ましてもらって、それでロニーの兄ちゃんは元気になって、彼女をすっごい好きになっちゃって、しまいに追いかけ回してビンタされたとか、そういう流れですかね…………」

「まっ、そういう流れだな!」

「う゛ぁぁぁぁぁ、私のローザぁぁぁ」


 清々(すがすが)しくうなずくハーフォードと、泣き出すアーサー。

 いつの間にかフィリアスは部屋の端っこに移動して、娘たちと黙々と魔術で遊んでいる。

「俺もあそこに行きてぇ」

 フィリアスの背中を見つめてロニーが小さくつぶやいて、ディアナも深々とうなずいた。

 エドワードが諦めたように続きを口にする。


「そんなにしつこく付け回してビンタされたんだったら、接触禁止とか、ロニーの兄ちゃんが団を移動するとか、そういう処分になるんですか?」

「いやぁ、それがなぁ。ローザに『処分しようか?』って聞いたら、『私たちふたりの間のことなんだから、団長は何もせずにほっといてください!』って烈火のごとく怒られちまって。人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくないから、俺はもうなーんにも知らないことにした。ははっ」

「う゛ぁぁぁぁぁ、私の女神ぃぃぃぃぃぃ」

「ほんとめんどくさいから、早く仲直りしてくれ」


 最後だけ真顔でいうと、ハーフォードはぱちんと指を鳴らした。

 アーサーの前に大量に積まれていた食べ物が消えて、代わりに布の包みが現れる。


「お前の分は包んでやったから、泣き終わったら寮の部屋に帰って食いな。俺たちみんな食べ終わっちまったから。せっかくの午後休なんだから、俺は嫁と娘たちと動物園でデートすんの。ほら、そろそろ解散しようぜ」


 再びぱちん、と指が鳴る。

 テーブルクロス含めてすべてのものが消えて、そこはすっかりただの打ち合わせ室に戻っている。

 ハーフォードは娘ふたりを再び抱きかかえながら、上機嫌で別れのあいさつをした。


「じゃあな。エディ、外での訓練の日程、あらためて連絡するな。フィー、お前に友だちができてスッゲェ安心したわ。ロニー、兄ちゃんのこと、適当によろしく。ほら、ルミとレイ、みんなにバイバイしときな」

『バイバーイ!』


 声をそろえて姉妹が手を振った瞬間、カワード一家の姿は立ち消えた。


「はぁぁぁ、突然消えられても、なんかもう全然驚けないわ。濃いランチタイムだったな」


 エドワードはため息をつきながら立ち上がる。


「そんじゃ俺、ちょっくら親父さまの顔を見てから帰るわ。陸軍に行きたいって宣言したらどう言われるかなー。殴られるかなー」

「殴られたら、明日、魔術科の教室に来い。打撲に効く薬草、用意しとくから」

「おお、ロニーってばやっさしーい!んじゃぁ、また明日な」


 ひらひらと手を振って、エドワードが出ていく。

 その後ろに、無言のフィリアスが続いた。

 パタン、とドアが閉まって、室内は3人だけになる。


 ロニーは静かに立ち上がると、泣き疲れた様子で座る兄から少し距離を取る。

 慌ててディアナも立ち上がって、その斜め後ろに寄り添った。

 

「ああ、取り乱してすまない」


 鼻をすすり、ハンカチを当てて涙を拭いながら、アーサーが頭を下げる。


「昔のことも。すまなかった。そこまで嫌がっているなんて、思わなかったんだ。お前があんまりかわいいから」


 しょんぼりと告げられて、ロニーはがくりと肩を落とす。


「もう、いいです。ずっとトラウマになってたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。でも、あんたのその視野の狭さ、もうちょっと考えた方がいいよ。実際に戦闘に駆り出されたとき、命取りになりかねない」

「ローザからも、同じことを言われたよ!ああ、なんて運命的なんだろう!私の女神と弟が同じことを言ってくれるなんて!!」

「いや、だから、そういうとこだよ……」


 急に生き生きしはじめた兄に、げんなりとロニーは首を振る。

 なんの前触れもなく、ロニーの手だけが後ろにわずかに伸ばされて、そっとすがりつくみたいにディアナの手を握った。

 自分の背中にその手を隠したまま、ロニーは緊張したように口を切る。


「兄さんに、聞きたいことがあります」

「なんだい。なんでも答えるよ」

「なんで、あんなに必死になって訓練してたんですか。泥にまみれて。今までの兄さんと別人みたいだった」

「自分でも別人みたいだって思うよ」


 アーサーは、晴れ晴れと笑った。


「彼女を守りたいとか、そう言う理由ですか?」

「いいや?全然?だって、ローザは私より強いもの。なんせ副団長に抜擢されたばっかりだからね!」

「……なるほど?」


 得意そうに胸を張る兄に、ロニーはかろうじてそれだけ返す。


「ああ、彼女より強くなりたいわけでもないよ?彼女にはいつまでも強く輝いていてほしいからね!」

「……へぇ?」


 その口調に、ディアナは悟る。——わあ、ロニー、だんだんめんどくさくなってきたね?


「私が強くなりたい理由はね、彼女とカワード団長に使ってほしいからさ!」

「……」

 

 完全に、ロニーが沈黙した。ぎゅう、とディアナの手を密かに握る。その手が「クッソめんどくせぇ」と言っている。

 ディアナは握られたのと逆の手で、ぽんぽんとロニーの手の甲を叩いた。

 ——あとちょっとくらい、がんばって!


「ローザに何度も言われたんだ。私の視野が狭い。そんなんじゃいずれ命を落とす。そりゃ、最初に言われた時はショックだったよ。でもこの間、彼女に思いっきりひっぱたかれて、完全に目が覚めたんだ!」


 にっこりと、とても優雅に華やかに、ロニーの兄は微笑んだ。


「私の視野はそんなに簡単には開けないだろう。だって、とうとうひっぱたかれるくらいなんだから!だったら、いざとなったら、ローザに私を使ってもらえばいい。彼女の命令どおりに忠実に動く駒になる。それで命を落としたって私は本望だ。だからその時に役に立つために、私は全力で強くならないといけないのさ」

「……うっわぁ、クッソ重てぇ……命ぜんぶ無条件で彼女の手に預けてんだろそれ……」

「そうなるね」


 平然と言い切る兄に、ロニーの手がじんわり汗ばんでいる。


「彼女はともかく、カワード団長にも使ってほしい、ってのは、どういう了見なんだよ」

「だって、彼は強いだろう?」


 その声に、また陶然とした色が乗る。


「魔力も武力もケタ違い。私と違って視野も広いし、判断が早い。くわえてあの気さくな人柄だ。第1魔術師団で彼を慕わない人間はいないよ。いざとなったらカワード団長のもとで戦えば、生き残れる確率が一番高いとみんな本能で悟っている。もし魔術師たちがいずれ悲願の独立王国を作れるのだったら、王には彼がふさわしい」

「兄さん」


 ロニーの鋭い声がさえぎった。


「めったなことは、言わない方がいい」

「ああ…………そうだったね」


 夢から醒めた表情で、気まずそうにアーサーはつぶやいた。

 それから気を取り直したように、弟を頭のてっぺんからつま先までつぶさに見つめる。

 感慨深そうに、うなずいた。


「お前は本当に大きくなったね」

「4年も経てば、変わります」

「あと2年も経たずに、学院を卒業か」

「そうなりますね」

「卒業の後は、王宮魔術師になるんだろ?」


 びくり、と、ロニーの手が震える。ディアナの手を握る力が、強くなる。

 わずかにかすれを帯びた声が、尋ねた。


「もし、俺が、第4魔術師団に入ることになったら、兄さんはどうしますか?」

「ああ、確実にそうなるだろうし、ちょっと前の私だったら、確実に嫉妬しただろうね。王宮ですれ違うたびに、お前に当たり散らすくらいのことは、したかもしれない」

「……でしょうね。それで、今の兄さんだったら?」


 ははは、と軽快にアーサーは笑い飛ばした。


「嫉妬なんて、するわけないじゃないか!ぜーんぜん!するわけがない!だって第4には、ローザもカワード団長もいないだろう?」

「………………まぁ、いないですけどね」


 気の抜けたように、ロニーは答える。


「ま、そんなわけだから。お前は遠慮なく、父さんと働いたらいいよ。その頃には、私は絶対ローザと結婚してみせる!」

「アア、ソウデスカ」


 完全に棒読みでロニーは答えた。

 ディアナは笑いをこらえて、ぎゅうぎゅうロニーの手を握る。

 ——よくがんばりました。帰りに公園にでも寄って、のんびりぼんやりリフレッシュしていこうね。

 

「そうだ。私からもひとつだけ、聞いてもいいかな」 

「なんです?」


 すっかり明るさを取り戻したアーサーが、ゆったりと上品に首をかしげてみせる。

 対するロニーの声も、角が取れて、あっさりとしたものだった。

 もうどうでも良くなった、と言い換えてもいいかもしれない。


「お前がそうやってこっそり大事に大事に手を握りしめているそこのお嬢さん——ディアナさんって、一体お前の何なんだい?」


 とっさに振り返ったロニーと、ディアナの目が合う。


 ——どうする?!なんて言う?


 言葉でなんて説明したらいいんだろう。

 この手を離したくないディアナと、手を繋いでいてくれるロニー。


 ——ずっと一緒にいたい私たち。


 ディアナの目が言っていることを正確に読み取ったように、ふうっとロニーの目が柔らかくなる。

 自然と心がほころぶように、ロニーが力を抜いてゆるゆると笑った。ディアナもつられて、笑ってしまった。

 背中に隠していた手を、堂々と脇に出す。

 ふたりで一緒に肩を並べて、当たり前のように、ロニーは言った。


「ディアナは、俺の、相棒です」



    

第4章、お読みいただきありがとうございました!

明日から続いて第5章を投稿します。

ディアナたちの学院最後の1年、お楽しみくださいませ。

続きが楽しみだな〜、と思っていただけたら、ブックマークなどしていたけたらとっても嬉しいです!

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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