(4-6)7年前——王立学院4年生⑥
「やっぱりパパには敵わないなぁ。俺、部下だもんな」
エドワードが明るく笑い飛ばしながら、テーブルにコップを並べていく。
「エディ!レイにはオレンジジュース!」
「かしこまりました、姫さま」
大好きなパパに抱っこされてご機嫌なレイが、容赦なく指示を飛ばす。
「なんだ、ずいぶん仲良くなったんだな」
左右の腕に娘たちをひとりずつ座らせたハーフォードは、先ほどの合同訓練の疲れも見せずに陽気な声を張り上げた。
「さ、みんな食おうぜ。せっかくのうちの嫁さんのランチボックスだ。うっまいぞー」
『うっまいぞー!』
ルミとレイが声を揃えて元気に復唱するものだから、ディアナは軽くめまいがした。
小さい子って今まで身近にいなかったから、衝撃がすごい。凶悪なまでにかわいい。
——っていうか、もはや、かわいすぎるの超えてない?!
訓練の終了後、面会室にやってきたメンバーを見た瞬間、ハーフォードがにっかり笑って言ったのだ。
「よーし、みんなで昼飯食おうぜ」
そしてやってきたのが鍛練場の打ち合わせ室。
広々とした机の上に、さきほど白いテーブルクロスを被せたばかりだ。
姉妹を挟んでハーフォードとフィリアスが座り、向かいにロニー、ディアナ、エドワードが座った。
ロニーの隣は一席空いている。一人分の食器が置かれている。
フィリアスがフィンガースナップで取り出したのは、大きな蔓編みのバスケットが3つ。
これでもかというほど大量のサンドイッチと、ピクルス、魚の燻製のマリネが大瓶で2つずつ。それから大きなチーズのかたまり3つと、ごろごろとトマトとリンゴとオレンジが転がり出てきた。
それから、瓶にぎっしり詰められた、食後のおやつのクッキーも。
「フィーはサンドイッチを分けてくれ。俺はピクルスとマリネとチーズとトマトな。ロニーはリンゴとオレンジいけるだろ」
「……俺まで?」
とロニーはもぞもぞ小さく口の中でつぶやいたけれど、一呼吸のうちにふわりとテーブルから沸き上がるように青い光が満ちて、バスケットのものはすべてお皿に取り分けられていた。
「リンゴ、うさぎさんになった!」
「ロニー兄、天才ね!」
一瞬のうちに、リンゴは切り分けられて、皮がウサギの耳みたいにカットされていた。
レイとルミに口々にほめられて、ロニーはすっかり固まっている。
「ロニー、ちょっと、本気で天才じゃない?!こんなかわいいこと出来るなんて聞いてない!」
「……昔すっげぇ練習したんだよ」
隣に座ったディアナに肩を小突かれたロニーは、ボソボソと言い訳しながら目が泳いでいる。
そうして皆でさっそく食べ始めたけれど、エドワードひとり、身じろぎしない。
ロニーが怪訝そうに声をかける。
「おい、どうしたエディ、食わねぇのかよ」
「……うっは、何これ、魔術師の家ってこれが普通なのか?!」
絶句していたエドワードが、ようやく息を吹き返した。
当たり前のように魔術で取り分ける光景に、一瞬順応できなかったらしい。
そういえば、それが普通の反応だよね、とディアナは思う。よくあることだから、すっかり馴染んでしまった。当たり前になってしまったことが、ちょっと誇らしい。
サンドイッチを一つ、食べる。
ハーフォードの奥さんが具材を用意してくれて、フィリアスとルミが挟んだというサンドイッチは、中身がたっぷりと詰まっていた。野菜が新鮮で、全体の味付けが優しくてホッとする。食べる人に美味しく食べてほしいと願って作られたのが、とてもよく伝わってくる。
実家の味気ない食事を、ふと、遠く思い出す。作ってくれた母には申し訳ないけれど、どんな味だったのか、もう、よく思い出せない。
そのことにむしろ安心して、ディアナは自分のサンドイッチを一切れ、ロニーのお皿に乗せた。
すかさず、ロニーの皿からリンゴのウサギが一切れやってくる。
こうやって食べ物を分け合うのも、すっかり当たり前になっている。
「エディ、部下だからこれ食べて。レイちゃんきゅうりキラーイ」
エドワードにサンドイッチを一切れ突き出して胸を張るレイの腕を、隣に座ったお姉ちゃんのルミが引く。
「だめだよ、レイ、ちゃんと食べなきゃ」
「やだー」
「レイ姫、きゅうり嫌いなのか。じゃあ、俺のと交換しようか」
エドワードは自分の皿にあった、きゅうりのサンドイッチをひとつ開く。ハムときゅうりの具材にチーズを一切れ足して、きゅうりを見えないようにする。
はい、と、レイのサンドイッチと交換した。
「俺のサンドイッチは特別製だからうまいぞー」
「たべるー!」
そのサンドイッチにきゅうりが入っていたのを目の前で見ていたはずなのに、レイはニコニコしながら齧り付いている。
見守っていたハーフォードが吹き出した。
「はは!ずいぶん手慣れてんな」
「下に妹がふたりいるんですよ。うちの姫さまたちはすっかり大人っぽくなっちゃって、全然俺に構ってくれなくなっちゃったからなぁ。楽しいです、こういうの」
「へぇ、アッテンボロー団長のとこは4人兄弟か。上にお兄さんいるんだろ?」
「はい。剣を握るのが好きじゃないって、さっさと王宮の文官になりました」
「じゃ、エディが跡を継いで近衛になるのか?ずいぶん良いガタイしてるもんなぁ。親父さんに似て、すっごく強くなるだろ。さっきの勝負、俺、1本しか取れなかったからなぁ」
「親父に1回勝てるだけですごいですって。近衛では副団長しか1本取れないって聞いてるし」
合同訓練の締めくくりに、団長同士の手合わせが行われた。
刃を潰した模擬剣での撃ち合いで、剣を落とすか、急所を押さえられて身動きが取れなくなった方が負け。
3回行って、ハーフォードは1回勝った。
その1勝に、場内の近衛・魔術師団員双方おおいに盛り上がっていたのだけれど、本人的には、まったく納得いかない出来らしい。頭をガシガシと掻きながら「まだまだだなぁ、外の剣技場に武者修行しにいくか」などと苦笑いしている。
エドワードはそれを聞いた瞬間、目を輝かせて身を乗り出した。
「うっわ、武者修行するなら、俺、くっついていってもいいですか?!いろんな人たちと手合わせしてみたくって」
「いいけど、俺が行くのはガイザーブル商会の私兵の訓練場だぜ? せっかく騎士の綺麗な剣技が身についてるところに、私兵のえげつない流儀が混じり混むのはもったいなくないか?」
「ああ、それでハーフォードさんの剣筋、あんなに容赦がなかったんですね。確実に相手の急所を突こうとしてた。痺れたなぁ。魔術師には見えなかった」
「完全に傭兵の剣だっただろ。品がないってよく言われる」
「品なんて、どうでもいいじゃないですか。大事なものが守れれば」
エドワードは背筋を伸ばす。大きく息を吸い込んだ。
「実は、ここに来るまで悩んでたんですけど……決めました。俺、近衛じゃなくて、陸軍に行きます」
「陸軍に?近衛だって楽じゃないだろうが、輪をかけてシビアなところだろう」
「うーん、それもあって、ずっと決めかねてたんです。親父の近衛服にも憧れてたし。……ほら、これ食いな」
エドワードはふっと腰を浮かせた。サンドイッチを食べ飽きた顔をしているルミとレイの皿に、瓶に入ったままだったクッキーを取り出して1枚ずつ置く。
その隙に姉妹たちはハーフォードに口の周りを拭かれて、嬉しそうにキャラキャラと笑っている。
「今日の見学の間、ずっとレイちゃんを肩車してたんですけどね」
「それはすまない。重かっただろ」
「いえ、ちょうどいい感じに負荷がかかってトレーニングになりました。ちっちゃい子を肩車するのが久しぶりで、この感じ、懐かしいなぁって思っているうちに、だんだん初心を思い出したっていうか……。なんだ、クッキーもっと食べたいのか。あと1枚だけな。お口の中の味が変わったら、もうちょっとサンドイッチ食えるだろ」
追加のクッキーを置きながら、エドワードはとても優しい顔をした。
「俺、なんのために軍人になりたいのかなー、ってあらためて思い返したら、そうだ、妹たちやこういう子たちを守りたかったんだよな、って。だったら、王宮を死守する近衛じゃなくて、いざという時に前線で戦える陸軍の方が俺の性に合ってる。そう思ったら、スッキリしました。レイ姫のおかげです。って、おいこら、ちゃんときゅうりも食べるんだぞ」
「バレたー!」
「バレバレだっての」
自分のサンドイッチからきゅうりを抜こうとしているレイを中腰で止めて、エドワードはせっせとそこに別のサンドイッチの中から抜いた鶏肉を挟んでやっている。
ロニーはそんなエドワードに、複雑そうな顔を向けている。
その口が、何かを言おうとした時、ドアがノックされ、バタン、っと勢いよく開いた。
「失礼します。遅くなりました」
その声に、ロニーの顔から表情が消える。
きっちりと品よく王宮魔術師ローブを着込んで、アーサー・ボージェスが立っていた。
ハーフォードが笑顔で片手を上げる。
「おお、お疲れ。片付け任せてすまんな」
「いえ、私の仕事ですので」
「お前の飯、そこな」
「はい、ありがとうございます」
「アーサー!」「おつかれ!」
「ルミさんも、レイさんもお疲れさまです」
嬉しそうに手を振っている姉妹に涼やかな声で返事をしながら、空いている席に座る。
一口グラスの水を飲み、ゆっくりとサンドイッチを口に運んで、咀嚼する。
上品に微笑んだ。
「このサンドイッチ、美味しいですね」
「お前さ」
ハーフォードが笑うのをようやっと堪えている顔をする。
「久しぶりなんだろ?4年ぶり?」
「何がです?」
「会うのが」
「誰とです?」
「だから、お前の弟」
「弟?」
「横に座ってるだろが」
「……はい?」
不思議そうにゆったりと首を傾げて、アーサーはハーフォードの視線を追う。
そして、隣を見て、固まった。
ロニーはとうに、固まっている。
そのまま10秒ほど、ただ顔を見合わせて——
「……え?………は?………はぁぁぁ??!誰だよ、お前!!!」
アーサーのその言葉と表情が、さっきのロニーとあまりにそっくりすぎる。
くふ、っとディアナは吹き出した。




