(4-4)7年前——王立学院4年生④
王宮の一角には、室内型の鍛錬場がいくつかある。
普段は関係者のみしか立ち入れないが、近衛兵や魔術師団の家族や王立学院の学生は、事前に申請すれば見学できる。
「おいおい、フィリアス閣下よ!そのちんまいのはお前の妹たちか?かっわいいなぁ!」
見学席エリアにフィリアス・テナントが姿を現すなり、エドワードはすっとんきょうな声をあげて立ち上がる。
ロニーとディアナも、目を丸くした。
フィリアスの前と後ろに、女の子がべったり張り付いている。
片腕で抱っこし、片腕でおんぶするという芸当を平然とやってのけながら、フィリアスは淡々と答えた。
「ハーフォードの娘」
「ルミ、5歳ですよ!」
背中におぶわれている女の子が、おしゃまな口調で名乗りながら、やってきたエドワードに向かって片手を差し伸べる。
赤毛をふたつに分けて綺麗に編み込んで、ふんわりとしたチュール生地の青いリボンをつけている。
大きな青色の目がキラキラ輝いて、たいそう愛らしい。
「ルミちゃんか。俺はエディだ。よろしくな」
小さな手を取って、エドワードが甲にちゅっと大げさにあいさつのキスをして見せる。女の子はきゃっきゃと楽しそうに笑いながら、ごしごしと手の甲をフィリアスの服で拭いた。
「レイちゃん、4歳!」
抱っこされている女の子は、エドワードに両手を元気いっぱい差し出した。
両手を取られた瞬間にその体がふわりと宙に浮いて、こちらの愛くるしい女の子もきゃっきゃとご機嫌だ。
銀髪を姉とおそろいのスタイルで編み込んで、目の色と同じ緑色のリボンをつけている。
「閣下、この子、魔術で浮かしてんのか?!」
「うん」
「エディ!レイちゃんにもチュッチュして!」
「承知しました、お姫さま」
リクエストをもらって調子に乗ったエドワードが、レイの両手の甲にちゅっちゅっと音を立ててキスを落として見せる。
ケタケタと笑い崩れた女の子は、そのままエドワードの首に両手を回してしがみついた。
「エディはレイちゃんの部下!」
「え、俺、就職決まっちゃったの?!かしこまりました。じゃあ、レイ姫、次はどうしたいですか」
「肩ぐるま!」
「おっけ!全力で乗っけちゃうよ〜?」
「ふぅわぁぁぁー!」
そういえば、エドワードには妹がいると聞いたことがある。
一瞬にして仲良くなったエドワードとレイをみて、ロニーが納得したようにうなずいている。
「あいつ、精神年齢4歳くらいだもんな」
「こら、聞こえてるぞ」
「なんのことやら」
「とぼけんの下手すぎかよ」
エドワードの頭をポンポンと叩いてレイが楽しそうに叫ぶ。
「ヘッタスギカヨ!」
「レイ姫、真似がお上手ですね〜」
「レイちゃん、天才なの」
「そうだな、天才だな」
軍事訓練の見学に来たはずなのに、すっかりほのぼのしてしまって、ディアナはフィリアスに持ってきたクッキーを一袋、手渡した。
「はいこれ、ルミちゃんとレイちゃんのおやつにどうぞ。お腹の足しにもならないかもしれないけど」
「……助かる。これで十分。あとはランチボックスをハーフォードの奥さんから預かってる」
「ルミとフィー兄で一緒にサンドイッチ作ったんだよ!」
ひょっこりフィリアスの頭の脇から顔を突き出して、ルミはたいそう得意そうだ。
「そうなの?すごいね?!フィリアスくんも料理するんだ?」
「……具を挟んだだけ」
「フィー兄、挟むののプロなんだよねー。ハムも卵もみーんな空中にふわふわーって浮かせちゃうの」
「すごいプロだね?!」
驚いているディアナの肩を、ロニーの手がぐいっと引き寄せた。元いた椅子に座らせる。
「ほら、そろそろ始まるぞ」
カランカランカラン、と始まりを告げる鐘が鳴る。
今日は、一般向けの公開日ではない。
それでも客席は、ぱらぱらと見学者で埋まっていた。
団員たちがフィールドに入場してくると、客席のおしゃべりの声も自然と引いて、ガラリと場内の空気が引き締まる。
これから、分野の異なる二つの団が合同訓練を行う。
近衛騎士団は、王都の守護の花形だ。王族の警護を中心に、王宮の警備を担当している。
一方の第1魔術師団は、王宮魔術師の中でも実戦を預かる部隊。純粋な戦闘技術を磨く訓練として、あえて一時的に魔力を封印した状態で、定期的に近衛と手合わせをしているという。
魔術師の先頭に、第1師団長のハーフォード・カワードが見える。
近衛の先頭にいる大柄な男性と、ガッチリと握手を交わしている。
「あの近衛団長さんが、エディのお父さん?」
「そうそう。うちの親父さま。ダンディだろ。レイ姫のパパもかっこいいなぁ」
「レイのパパはママにしかキョーミがないぜ!」
「それはハーフォード団長の口ぐせなのかな。熱烈だね」
エドワードは肩車のまま頭にしがみついてすっかり居座ってしまったレイの背中を、笑いながら軽くポンポンと叩く。
「始まった。レイちゃん、ほら、見てみろ。最初はウォーミングアップの剣あわせからだ。団長戦が楽しみだな。うちの親父とレイ姫のパパが戦うんだぞ」
「レイのパパ強いよ!」
「うちの親父も強いからなぁ」
「エディも強い?」
「そこそこ強いな。でもいつか親父たちより強くなる」
「エディさいきょー?」
「そのうち最強になる」
「そしたら、レイ、エディとケッコンしてあげてもいい!」
「おお、部下から旦那さんにしてくれるの?!」
「エディは部下!」
「そこは部下のままなのかよ」
エドワードとレイの会話が息ぴったりすぎて、ディアナはくすくす笑ってしまう。
「エディ、出会って10分しないうちに結婚決まっちゃったね」
「20年後にあらためて相談するわ。あ、ほら、あそこにいるの、ロニーの兄ちゃんじゃねぇの?髪の毛の色がそっくりだ」
エドワードが指差す方を見て、ロニーは深く長い息を吐いた。
ディアナはちらりとその顔をうかがう。
ロニーが兄のアーサーに苦手意識を持っているのは、前から知っていた。
以前の学院祭の模擬戦では、兄が出場しているというだけで、会場から逃げ出しかけていたくらいだ。
でも、今日はただじっと、アーサーの動きを見つめている。
エドワードは、ばっさりと評した。
「お前の兄ちゃん、剣の扱いは普通だな。下手じゃないけど、そこまで上手くもないってとこか。でも、ガッツはあるなぁ」
その言葉の通り、アーサーは何度も地面になぎ倒されては、素早く立ち上がって相手に食らいついていく。
2年前には長く艶やかだった髪が、ばっさりと刈り上げられている。遠目でも、頬が以前より鋭く削げているのがわかる。
「誰だよ、お前」
ぼそり、と、ロニーがつぶやいた。
「あんなアーサー……誰だよ、お前」
「模擬戦でフィリアスくんに負けた後に、お家を出て寮に入ったんだっけ?」
ディアナは、ロニーの両親から教えてもらったことを思い出す。
2年前の模擬戦の魔術勝負で派手に負けたのがよほど悔しかったらしい。
自分を鍛え直すと宣言し、すぐに実家を出たのだそうだ。
ダニー父さまが言っていた。
「たまーに帰ってきて僕たちと遊んでくれるんだけど、最近は仕事の方が楽しいみたいでねぇ。親としては、長男が親離れしつつあって、寂しいような、嬉しいような、だね」
目を凝らして、アーサーを見る。
2年前の印象と、ずいぶん変わっている。
「前はずいぶん華やかな人だなぁ、と思ったんだけど。今みたいになりふり構わない、がむしゃらな感じの方が私は好きかも」
「本当は、ダサいことが嫌いな奴だ。がむしゃらに必死でジタバタもがくとか、我を忘れて熱中するとか、そういうことは品格がない、見苦しい、無能の者のやることだ。そうなる前に事前に十分対処してから臨むべきだろう——そんなことを平気で言ってたんだ。アーサーって奴は」
「……なんだか、今は真逆じゃない?」
「だから、本当に誰なんだよ、あれ」
ぼやいてから、ロニーはふと顔を巡らせる。離れたところに座ったフィリアス・テナントに視線をやる。
「あいつに負けて、兄貴の何かのスイッチが入ったんだろうな……って、二人とも、全然演習見てねぇな」
フィリアスは、膝の上に女の子を乗っけていた。
広げた子どもの両手のひらに、するすると草の茎が育っていく。つぼみができて、ぽん、っと弾けた。ぼんやりとした輪郭の、青い小さな花が咲く。
フィリアスの手が、そっとその花にかざされる。
次の瞬間、ひとまわり花が大きく、はっきりとした形を見せた。
「フィー兄、もういっかい!」
はしゃいだルミの声がする。
「レイもやりたいー!」
「よし、じゃあ、姫さまをお連れしましょう」
肩に乗せたレイを落とさないように慎重に立ち上がったエドワードが、フィリアスの方に歩いていく。
「あいつの師匠と同じ遊び方だな」
ロニーはぼんやりと目を細めた。
「師匠?」
「俺もああやって遊んでもらったことがある。ちょうどあの子と同じ歳の頃だ」




