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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第4章 友だち、っていうよりむしろ。

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(4-3)7年前——王立学院4年生③


「で、なんでお前はそんなにイラついてるわけ? いつもでも何でもめんどくさそうに斜に構えてるロニー・ボージェスはどこ行った」


 エドワード・アッテンボローは、面白そうに言いながら、どん、とハチミツの瓶をロニーの目の前に置く。


「ま、糖分でも取っとけよ。たった一日ディアナ師匠がいないくらいでそんなにイライラするな」

「うるっせえな。お前は黙ってパンでも食っとけ」

「食いたいのは山々だけどな。そこのフィリアス・テナント閣下が食っちゃってるんだわ、俺のパン」


 昼休み、大にぎわいの学院の食堂。

 4年生に進級して半年。16歳になったエドワード・アッテンボローは、防衛軍事科の生徒の中でもかなり恵まれた体格をしていることで有名になっていた。

 がっちりとした肩幅に、全身にしなやかについた筋肉が制服のシャツの上からでも分かる。

 体だけなら今すぐ軍属になってもおかしくなさそうだ。

 だが本人いわく「まだまだデカくなるぜ!」とのことで、ランチの食事量が半端ない。


 ところがそのエドワードと同じくらい、魔術科のフィリアス・テナントはよく食べる。

 体格は、エドワードにまるで及ばない。魔術師にありがちな、ほっそほそヒョッロヒョロ体型だが、とにかくよく食べる。

 去年、それを知ったエドワードが、面白がって早食い勝負をふっかけた。

 名付けて、「学食3人前どっちが早く食べられるか勝負」。

 勝った方が負けた方の食事代をおごる、という条件で、何やかんや1カ月に一度くらいは開催されている。


 前回は、エドワードが勝った。

 今回は、フィリアスが凄まじい速さの食べっぷりを見せつけて勝利した。のみならず、勝手にエドワードのパン皿に手を伸ばし、無言でモッキュモッキュと食べている。

 毎回、勝負審判として無理やり立ち会わされるロニーとしては、心底どうでもいい。が、それでも今回のフィリアスの勝因は分かりきっている。


 ——こいつ、こっそり魔術で食べ物をちょっとずつ圧縮しながら、食ってやがる。


 おそらく、前回の負けが悔しくて編み出した秘術なんだろう。

 指摘するのもめんどくさいから言わないが。

 さすがにフェアじゃないので、次回やろうとしたら無効魔術をかけてやる。

 そう内心で考えているロニーの横で、エドワードも何かうさんくさいものを感じていたらしい。


「閣下、まさか魔術使ってないだろうな……」


 去年の学会以降、ロニーは不本意ながら、フィリアスと時々一緒に食堂でランチをとっている。

 それをきっかけにフィリアスと知り合ったエドワードは、彼が近い将来に特級魔術師になるだろうという噂を知っていた。

「どうせそのうち特級閣下になるんだろ? じゃぁもう、今のうちから閣下って呼んどこ。就職してから敬称間違えなくて済むし」と非常に合理的なことを言い出し、実行している。


 魔術の不正使用を疑われたフィリアスは、モグっと口を止めた。

 首をわずかに傾げてから、パチンと指を鳴らす。

 エドワードの前に、たんまりとフレンチトーストの盛られた皿が現れる。


「お? これをやるから閣下の魔術不正は追求するな、って? ははっ、めっちゃ美味そうだな!よし、乗った。アッテンボローの名にかけて、これ以上は聞かないことにしてやろう。いっただっきまーす!」

「……あんたたち、どんだけ食うんだよ。ってフィリアス、こっち見るな、俺にまでフレンチトースト出す気だろ。いらねぇ!俺、そんなに甘いものは得意じゃねぇ」


 のけぞって全身で拒否するロニーを見て、エドワードはフォークに刺していたフレンチトーストをぽろりと落とした。

 あぜんとして、問いただす。


「嘘だろまじで?……ロニー、お前、ディアナ師匠と一緒の時はめっちゃデザート食べてるじゃん?何なら一口ずつとか交換してるよな?」

「……」

「あぁあぁ、愛だねぇ」

「……エディ黙れよ本当に」


 そのフレンチトーストは相当美味しいらしく、エドワードの前からあっという間に消えていく。

 フィリアスは、自分の前にも同じトースト皿を取り出して、同じく盛大に食べている。

 ふたりが食べ終えて、「ふう」と満足の息を漏らした頃には、見ているだけのロニーの方が胸焼けを起こしそうだった。

 エドワードがコップの水を飲んで、腹をさすりながら首を傾げる。


「んで、愛しのディアナ師匠って、今日はアカデミーの速記者研修だっけか?」

「違う、裁判所の速記研修」

「へぇ、そりゃまた難しい専門職を目指してんだな。でもいいんじゃないの、裁判所に就職できたらアカデミーの速記官よりも給料いいだろ」

「……そうらしいな」

「浮かない顔だなぁ。何か問題でも?」


 そこでロニーはフィリアスに視線を転じた。どうしても、聞きたいことがある。


「フィリアス、あんたさ。放課後、ディアナと何してる」


 すっかり灰銀色の髪に覆われた顔が、こちらを向く。でも、何を言う様子もない。沈黙が落ちる。


「図書室で、よく、ディアナと一緒にいるだろ」

「……ひとりで本を読んでいる。彼女が前に座ってくるだけだ」

「でも、ディアナは何か熱心に質問していたみたいだった」

「『魔術基礎演習』76ページ、光魔法の中級魔法陣に共通して使われる魔術語とその語順について」


 とうとうと、流れる水のようにフィリアスの口が言葉を紡ぐ。


「『魔術史概略』126ページ、26代王朝末期の魔術師制度の一時崩壊について」

「……学院2年の授業かよ」


 ロニーは、天井を仰いだ。両手で自分の顔を揉みしだく。そのままの姿勢で、うめいた。


「なんで、俺に聞かないんだよ」

「心配するから、と言っていた」

「あ゛ーーーー」


 力無い声が勝手に漏れて、脱力してしまう。薄々、気づいてはいたのだ。だが、冷静なフィリアスの口から聞くと、刺さるものがある。

 エドワードの驚きの声が尋ねる。


「えぇ、どういうこと?ディアナ師匠、魔術師でも目指してんの?でも、魔力は持ってないだろ」

「ディアが目指してるのは、たぶん魔術裁判の速記官だ」

「おぉ?」

「魔術裁判での速記は、魔力の影響を受けたり与えたりしない状態で正確に行われるのが絶対条件。だから、魔力を持っていない人間が最適。だが、魔術師でもないのに魔術裁判の内容を理解できる人間は少ないから、弱い魔力を持つ魔術師が一時的に魔力を封じて速記をしていることが多い」

「なるほど……? じゃ、魔術の知識さえあれば、ディアナ師匠は速記官として適任ってことか。いいじゃん。なんでロニーが心配するようなことがあるんだよ」

「私生活で、狙われることがある」

「……はぁ?」

「裁判の内容を有利な記述に変えたくて、速記官に精神系の魔術をかけようと事前に狙う(やから)がいる。時々」

「なんだそれ怖すぎるだろ。時々ってそんな」

「人間、極限の状態に追い込まれたら、考えることなんて似通ってくるもんだ。当然、襲撃に備えて対策はいろいろ取られている。けれど……心配にならないわけがない」


 ディアナはきっと、リスクを全て理解した上で、裁判速記官を目指している。

 ロニーは、つぶやかずにはいられない。


「なんで、普通にアカデミーの速記官じゃダメなんだよ……」

「そりゃ、なるべくロニーの近くで働きたかったんだろ。お前、親父さんの後を継いで王宮魔術師団に入って捜査官になるんだろ」

「……決めてない」

「はぁ?だって、ここのところ、頻繁に親父さんの仕事の手伝いしてるだろうが。この1年で2級魔術師の資格も取ってたし。誰がどう見たってお前が親父さんの背中を追い始めたんだって思うぞ?」

「……金が欲しかっただけ」


 そうだ、自分は金が欲しかっただけなのだ。

 昨年、あの学会の後。父親に、仕事を手伝わないかと打診された。

 その時、ロニーは言ったのだ。


「働いた分だけ、しっかり金をくれるなら、やります」

「へぇ? でも、毎月の生活費は十分渡しているだろ?」


 父親の面白がる顔を見据えて、ロニーは言い切った。


「俺が働いた分の金を、ディアナに使ってください」

「ほぉ? ディアちゃんに? なんで?」

「一流の人間になりたいんだそうです。でも、俺だとその経験をさせてやれない。一般的な上流階級の令嬢だったら体験しているようなことを、何一つ俺は知らない。王立劇場の、3階の一番安い桟敷(さじき)席にだったら連れて行ってやれる。けれど、一番高い2階のボックス席がどんなものなのか、幕間の社交場でこの国トップの文化人たちがどんな会話と交流をしているのか。父さんと母さんだったら、ディアナに見せてあげられるでしょう?」

「へぇ。なんでそこまでしてあげたいのかな?」


 父親は、陽気な笑顔を崩さずに、じっとロニーを見ている。

 けれど、その目は、ロニーを試している。


「自分でも、よくわかりません」


 だからロニーは正直に、まっすぐに答えた。


「でも、今、俺がやるべきことは、これだと思っています。そうじゃないと、今、俺が生きている意味がない」

「……そうか。わかった」


 父親は、まぶしそうに目を細めた。


「お前、いい顔になったなぁ」

「それはよくわからないけど……どうかよろしくお願いします」


 ロニーは深々と頭を下げた。

 誰かに頭を下げたのは、初めてのことだった。



「……へぇ、じゃぁディアナ師匠のために必死で親父さんの下でアルバイトしてただけって?」


 かいつまんだ話を聞いて、エドワード・アッテンボローはのけぞった。


「なんだよそれ。お前、むちゃくちゃかっこいいな! もうそのまま王宮魔術師になっちまえばいいんじゃないの?」

「なるつもりなんて、なかった」

「はぁ?」

「でも、今はわからなくなってる。……みんな、将来の進路とか、どういうふうにして決断してんだよ。もう、わけがわかんねぇ」


 頭を抱えた瞬間、ぶっふぉー、とエドワードが吹き出した。


「んだよ、失礼だな!」

「だって、お前みたいに気配隠すのが大得意のミステリアス野郎が、そーんな普通のガキみたいな悩み抱えてるなんて思わないだろ!はぁー面白い!」

「完全に馬鹿にしてんだろ」

「してないしてない。安心した。お前も案外悩んでたんだな。よかった。単なる人間だった」

「あんたな、俺をいったいなんだと」

「まぁまぁ。俺もちょっと悩んでたからさ。仲間がいてよかったよ」


 さんざっぱら笑ってから、エドワードは、ぽんっと両手を打ち鳴らした。


「思い出した!そしたらさ、進路に悩める者同士、今週末、一緒に見学に行かないか。第1魔術師団と王宮近衛騎士団との魔術なしの軍事訓練。お前の兄ちゃんのいる団だろ? 気分転換になるかもしれないぞ?」





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