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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第3章 友だち、ってなんだっけ。

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19/70

(3-7)8年前——王立学院3年生⑦


「ほらほら、フィーもこっちにおいで。目を疑うくらいかわいいな!その金魚が欲しいのはわかったから、もうちょっと待っていて」


 突然現れたおじさまは、水槽の上に手を伸ばしかけていたフィリアスをひょいっと引き剥がすと、のけぞる体を無理やりにハグし、よいしょと持ち上げると水槽の横に立つロニーの隣に並べた。


「ロニー君、フィーをよろしく!」

「……ハイ」


 ロニーはフィリアス顔負けの無表情になった。

 お構いなしにおじさまは、ディアナと商会員に向き合う。


「やあ、話は聞いたよ。ダニエル・アッシャーだ。うちの娘たちにすてきな金魚を見せてくれたんだって? 僕は娘のおねだりに弱くてねぇ。ディア、欲しいのかい?」


 そう言っていたずらっぽく微笑む顔は、やっぱり特に目と鼻がロニーによく似ている。

 なのに商会の男はまったく気づかないらしい。

 姉妹の父親だと信じきっている様子で、丁寧にお辞儀をし、自分の名刺を渡している。


 パッと目に飛び込んでくる外見の印象——髪の毛とか目の色って、人を判断するのにそんなに重要な要素なのか。

 そういえばディアナも外見の印象が変わったとたん、周りの人たちの反応がガラッと変わったんだっけ。

 でも、このおじさまのディアナと同じ黒髪黒目より、ロニーに似ている目と鼻と、温もりのある笑顔の方が信じられる。


 あらためて、その横顔を見る。

 今この時は、この人がディアの父親なのだ。

 ディアナの知らなかった、たぶん本当はとっても欲しかった、優しいやさしい父さまなのだから。

 今は何を言ってもきっと、笑って受け止めて、抱きしめてくれる。


 ディアナはとっておきの親しみを込めて、ダニエルに笑いかけた。


「ええ、父さま、この金魚、2匹とも欲しいの!いいかしら」

「いいとも!でも家の外だからって、(かしこ)まらなくていいんだよ。いつもみたいにパパって呼んでくれ、我が家のかわいい小鳥さん?」


 そこでチラッとダニエルは、ロニーの方を流し見る。

 ほんの少しだけ、なぜか得意そうに、なぜか見せつけるようにその口角が確かに上がって、ロニーの目がたちまち半分死んだ。

 少年のこわばった唇が、何かを音もなくゆっくりひっそりつぶやいた。 

 ディアナは密かに横目を凝らす。


 ——この、くそ、おやじ……?……やっぱり!!!このおじさまは、ロニーのお父さん!!


 密かに(ののし)られたダニエルは、息子の怒りを悠然と受け流し、何かを待つ笑顔でディアナをじっと見つめている。

 うん?

 これって、もしかして、パパって呼んだ方がいい流れなの……?

 今まで誰もそんな言葉で呼んだことないけど……。


「……あ、あの……パパ……?お外じゃ恥ずかしいわ……?」

「ああ!うちの娘はなんてかわいいんだ!」


 感極まった声で叫んだかと思うと、再びガバッと抱きしめられる。その温かさと力強さが嬉しくて、ディアナは我慢できずに声を立てて笑ってしまった。


「父さま、ちょっと力を緩めて?痛いの」

「うん、父さまって響きもいいな!父さまでもがぜんよくなってきた!!」


 そのまま勢いよく何度も頭に頬ずりされて、ディアナの視界の端で立っているロニーの目が、完全に死んでいる。


「こんなかわいい子の望みだったら、全部叶えてあげたくなるね。君、他の金魚も何かあるかい?じゃんじゃん持って来てくれ!ディアとフィーが気にいるものを好きなだけ選ぶといい」


 その景気よい言葉にあおられるように、奥の衝立ての向こうから、銀のワゴンが3人がかりで次々運ばれてくる。

 

 ソファーセットは壁際に寄せられて。空いた応接室の中央の空間に、ずらりと6台のワゴンが並べられた。

 上機嫌なダニエルが、満足げにうなずく。


「これがすべてかな?」

「さようでございます」


 ワゴンの上にあるのは、最初のものと同じように、黒い箱で隠された水槽ばかり。2匹ずつ、6つの水槽でゆったりと泳ぎ回っている。


 不思議なことに、さっきまで金魚に齧り付いていたはずのフィリアスは、今度はまったく動かなかった。

 壁際にたたずんで、表情筋ひとつ動かさず、じっと床を見つめている。

 一見すると、もう商談に飽きてしまったように見えなくもない。


 一方のロニーは、


「ああ、これ、すべてか」


 そう淡々と言いながら、静かに水槽に歩みよる。腕を組んで、じっと水槽を覗き込んだ。

 隣に立って、ディアナも同じように金魚を眺めてみる。

 たちまち目を奪われて、うっとりとため息が漏れた。

 ディアナの頭に浮かんだ問いかけをそのまま写し取るように、ロニーが聞く。

 

「こちらの鮮やかな青銀色の金魚は?」

「シルバースカイという品種でございます」

「こんな青いの、見たことがないな」

「ロニーでも?見たことないの??」


 驚いて、ディアナは声をあげてしまう。


「ああ、ない。これは、どこから輸入した?どうやってこの青を出してる?」

「こちらも東方の皇室経由でお譲りいただけたものでございます。どのように品種改良して鮮やかな青を実現したかについては、門外不出の秘儀となっておりまして、わたくしも詳しいことは存じ上げません」

「この2匹はメスとオスか? このまま繁殖したら、子どもも同じ色が出るのか?」

「東方で生まれないと、この青は出ないと聞いております。我が国で生まれたシルバースカイは、成魚になると赤や白になるそうです」

「……なるほど。それは面白い」

「うん、それはとても面白いな!」


 ロニーが口の中でつぶやいた言葉にかぶせるように、明るくダニエルが手を打った。


「この国でも青色の金魚の子孫が流通するように、試行錯誤してみるのもいいかもしれない。よし。商機を感じる。ぜひ買おう!」

「即決をいただきありがとうございます。こちらのシルバースカイとクロガネの4匹をお買い求めで……」

「いや、それ以外も全部」

「……全部、でございますか?」

「そう、全部。いくらになる?……ああ、なるほど、総計でこれだけね。わかった。大丈夫。小切手をすぐ切ろう。今すぐ契約書と品質保証書を持ってきてくれ」

「………本日、お持ち帰りになるおつもりで?!」

「だって、大した金額でもないだろう? 別荘がここから近いんだ。すぐに持って行ける。ロニー君、外に僕の秘書が控えているから、小切手帳を持ってくるように言ってもらえるかな」

「わかりました」


 短く答えると、するりとロニーが衝立ての向こうに消える。


「なるほど、品質保証書に、東方のアカツキ国の皇室印が押してあるね。これはすごい。真品証明の魔術印までついている」

 

 受け取った書面を上から下まで眺めて、ダニエルはこの上なくにっこりと口元を持ち上げた。

 ディアナには、見覚えがありすぎる。そうやって笑うと、ますます何かを企んだ時のロニーの顔にそっくりだ。


「本当にすごい。これがこのまま僕の手に入るのかと思うと、ゾクゾクするね。ああ、ディー、来たか。小切手帳を」

「こちらにございます」


 ロニーが連れてきたのは、キビキビと姿勢正しく歩く中年の男性だった。無駄のない動きで、革の書類ケースから小切手帳とペンを取り出してダニエルに渡している。

 ディアナは内心で首を傾げた。

 中肉中背の秘書だ。外見に見覚えはない。でもこのキビキビ感……最近どこかで見たような……?


「確かに満額一括にて頂戴いたしました。ありがとう存じます」


 部屋の隅の応接セットであれよあれよという間に売買契約が進み、小切手を受け取った商会の男の声が弾んでいる。

 革の書類挟みに大切にしまわれた小切手は、男の部下がすぐに受け取りに現れ、衝立ての向こうへと消えていった。 


 ——あれ、本当に本物の小切手なのかな?!


 ディアナは内心の動揺を押し隠し、すまし顔を保つのに精いっぱいだ。

 あれがあったら、王都で何軒も家が買えてしまう。

 本当に、このままこの高級すぎる超高級金魚を丸ごと買ってしまうのだろうか。

 宝石以上にお高い子たちだ。もしロニーのお家にやってきても、確実に心穏やかにお世話できない気がする……!!


「こちらこそ、ありがとう。大変いい買い物ができた。満足しているよ」

 

 ほがらかに感謝の言葉を返しながら、ダニエルは目の前の書類ファイルから、しまったばかりの書類を1枚、なぜか取り出した。

 極上の笑顔で、ぽんぽんと紙面を指先で叩く。


「念のために一応確認しておくがね。こんな珍しい書類に、見たことのないような珍品の金魚だ。まさか何か不正しているなんてことはないよね」

「ご冗談を。そちらの品質保証書には、先ほどご覧いただいたとおり、魔術の証明印も刻まれております」

「そうだね。僕の魔力を軽く通しても、ほら、このとおり。本物を証明する緑色で光ってくれる」


 すうっとダニエルは目を細めた。


「でもね」


 獲物を見定めた猫のような眼差しが、デメラー商会のマイク・バージと名乗る男をつらぬく。


「僕は、精巧に隠されたものを見つけるのが得意でね。この証明印は、確かに本物だ。だが、本物の魔術印の上に、別の魔術が施されている。真偽を隠して、別のものに見せる術。例えば、今は正しい緑色で光っているように見えるけれど。薄皮一枚剥がしてやれば」


 軽く手をかざす。とたんに品質保証書が青みを帯びた光に全面覆われる。

 ダニエルは、静かに言った。


「ほら、赤い」


 今まで柔らかく清々(すがすが)しい緑色に輝いていた魔術印が、今は禍々(まがまが)しい真紅に変わっている。


「偽物だね」

 

 この上なく楽しいおもちゃを手に入れたように、ダニエルはその書面をつまんで、目の前でひらひらと揺らして見せた。


「この品質証明書も、あの金魚も、みーんな偽物だ」


 ガタン、と、表情を消したマイク・バージが立ち上がる。


 次の瞬間、部屋のあちこちから同時に青い光が渦巻いて——


 ディアナの目の前は、一瞬にして、様変わりを遂げていた。

 ……目を疑うような光景に。

 

 

 

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