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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第3章 友だち、ってなんだっけ。

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(3-5)8年前——王立学院3年生⑤


「……嘘でしょ?! ちょっと私服に着替えてきた、ってレベルじゃないよね!?」


 待ち合わせの場所で、ディアナは思わず叫んだ。

 学会2日めの午後、仕事あがり。

 ロニーと誰か見知らぬ人が、連れ立って廊下の向こうからやってくる。

 やってくるのだけれど、


「むしろ、俺たちだって、よく一目でわかったな?」


 ロニーは口の端で笑って、ひょいっと肩をすくめてみせる。


「そりゃ分かるよ。だってロニーはロニーだもん」


 なぜか髪と目が金茶色と夜空色ではなくて、すっかり落ち着いた茶色に変わっている。

 着ているものが、制服から落ち着いた地味な黒色のジャケットに変わっている。

 髪がいつもより伸びて、後ろで結んでいる。

 それでも。

 ロニーの顔なのだ。見間違えようがない。


「で、あの、お隣の方は……?」


 ロニーは自分より少し背の低いその子を、ニヤリと笑いながら見る。

 そして、衝撃的な一言を吐いた。


「フィリアス・テナント」

「…………!!!??」


 すべての言葉がかなたに吹っ飛んで、ディアナはぼうぜんとその子を見る。


 肩近くまであるストレートさらさらの黒髪、大きな黒い目、そして何より人形のように整った美しいその顔。

 シンプルな白いシャツと、首元に黒いリボンタイ。黒いズボン。

 男の子だか、女の子だか、一見わからない。

 わからないけれど、とにかく目を引く。

 何の感情も浮かべずに、ただ立っているだけだから、ますます芸術的な人形みたいに見える。

 廊下を歩く人たちが、二度見して振り返る。 


「え………………魔法?」


 ぴくり、と、人形の眉がわずかに動いた。 


「……こんなの、大した魔術じゃない。髪型と髪色、目の色を変えただけ」

「いやいやいやいやいやいやいやいや」

 

 ぼうぜんとしたままで、何度も手を横に振ってしまった。そうして打ち消してみても、その子は消えない。驚くべきことに、これは夢じゃないらしい。

 さっきのボソボソとした声は、確かにフィリアス・テナントだ。たぶんきっと。いや、だんだん自信がなくなってきたけれど……。

 

 ディアナはハッとして、フィリアスから目線を無理やり引き離す。このままだと、半日突っ立って驚いたまま日が暮れてしまいそうだ。

 

「ろ、ロニー? 何でふたりしてそんな変わった格好してるの……」

「こいつが昨日の学会で目立ちすぎたから」


 すっかり苦虫を噛み潰して吐き出して火あぶりにしそうな勢いで、ロニーがフィリアスを(にら)んだ。


「おかげさまで、どこにいっても注目の的だ。少しくらい姿を変えとかないと、落ち着いて見て回れねぇだろ。せっかくの自由時間なのに」


 そうかな……?と再びうっかり性別不明のフィリアス・テナントに視線をやってしまい、ディアナは慌てて目を逸らす。

 いつもの灰色もじゃもじゃ爆発頭は目立つ。けれど、この美少年と美少女を掛け合わせて10倍濃縮させたような子だって、十分すぎるくらい目立つ気がする……。


「ま、5分もすれば見飽きる。耐えろ」

「なにその耐久チャレンジ。って、待って!ちょっと!一緒に行こ?!」


 言い合うディアナとロニーを置き去りに、フィリアスがすたすた歩いて会場の中へと吸い込まれていく。

 ディアナは慌てて、ロニーはうんざりと、その後を追いかけた。



 ——20分後。


「すっごい!わ、これも、すっごい!!」


 さっきからディアナはそれしか言っていない。

 こういう時の自分の言葉の乏しさが情けない。けれど、凄いものは凄いのだ。

 

 お目当ての生物学の展示コーナーは、かなりの規模の大きさだった。小ホールを丸々ひとつ使っている。

 手前に説明文やイラストが描かれたパネル展示。

 それから淡水の生き物を間近で見られる水槽の数々。

 世界中から集められた珍しい魚がたくさんいて、ディアナはいちいち立ち止まっては熱心に見入ってしまう。

 そればかりか、大小さまざまなトカゲやヘビ、カラフルな鳥の籠。さらには見たこともない姿をした植物まである。

 今回のあまたの展示の中でも、とりわけ熱い注目を集めているようだ。あちらこちらで人がパネルや水槽に齧り付き、あれやこれやと論じ合っている。


 その隙間を縫って歩きながら、ディアナの手帳はたちまち速記文字で埋まっていった。

 王都に帰ったら、図鑑でいろいろ調べてみたい!!


「おい、こっち」


 ロニーがホールの奥で手招きしている。フィリアスは、すでにその水槽のコーナーにかじりついている。

 ディアナも急いで近寄って、目の中に飛び込んできた色とりどりの美しさに、思わずうっとりとため息をついた。


「金魚!」

「壮観だな」


 ロニーは目を細めて、次々と金魚たちを観察している。

 ディアナも、並べられた水槽を次から次へと夢中で眺めた。

 ロニーの家の10匹とは、色や形が違う金魚もたくさんいる。水槽ごとに、同じ種類の金魚がまとめられている。まるで同じ魚だと思えないくらいの多彩さだ。


「もしかして、この子たち、すべて売り物?!」


 思わず小さくつぶやくと、


「さようでございます。こちらの水槽にいるのは、コメットバタフライと申しまして、最近品種改良で生まれたばかりのものです」


 振り向くと、スーツを隙なく着込み、胸に名札をつけた男が礼儀正しく微笑んでいる。40代後半くらいだろうか。商会の販売員だろう。


「コメットバタフライ?」

「彗星のようにすばやくまっすぐに泳ぎ、蝶々のように美しく広がる長い尾が特徴です」

「うちのロマーノだわ!」


 販売員に指さされた水槽を覗きこんで、ディアナは歓声をあげる。思わずロニーの服の袖を引っ張って呼びかける。


「ねぇねぇ見て!ロマーノの親戚がたくさんいる!」

「そうだな。どれか気になるのはいるか?」 

「おや、お嬢様はすでにコメットバタフライをお持ちでいらっしゃいますか」


 販売員の目が光った。


「他にどれかすでにお持ちの品種はございますか?」

「そうですね……」


 ちらり、と隣のロニーを見る。

 任せる、とその顔に書いてある。ディアナは代わってうなずいた。


「あちらと、あちら。それから、あちらと……」


 ディアナが水槽を指さすたびに、販売員の目の色が変わり、相槌(あいづち)を打つ姿勢がより低くなる。


「……ここにはいない」

「……だな」


 小さな声でささやきかわすロニーとフィリアスの声が、販売員と会話をするディアナの耳にもわずかに届いた。

 後ろのふたりに一瞬気を取られ、それから一拍遅れて気づく。


 ——私の手帳、どこだろう?!


 しっかり手に持っていたはずの大事な手帳が、いつの間にか消えている。

 ヒヤリとお腹の底が凍る。どこで落としてしまったのだろう。きっとこの会場内にはあるはずだ。この人との話が終わったらすぐに探さないと。


「もしよろしければ、お嬢様」


 気もそぞろになりかけながらディアナが10の水槽を指さし終わった頃には、販売員の腰がこれ以上ないくらいに低くなっていた。

 最上位の顧客を目の前にしたような、この上なく恭しい態度で男はディアナに一礼する。


「この奥の別室に、さらに珍しい品種がございます。ぜひお嬢様には特別にご覧いただきたく、貴重なお時間を頂戴できますでしょうか。もちろん、そちらの妹様と、お友だちの方もご一緒に」


 ぐっふ、とロニーの喉が小さく鳴った。


 ——妹?!妹なんていないけど!?


 思わず口を開こうかと思ったとき、きゅっと小さく手のひらをつねられる。

 そのまま、ディアナの口が動く前に、ロニーが言った。にこやかに。


「僕もご一緒していいんですか?嬉しいなぁ。()()()()()()()()()()()()()()金魚が大好きなんです。ここでも良い金魚をお迎えできるといいね」


 ぐっふ、とディアナの喉まで小さく鳴りかけて、なんとか根性で口の奥に押し込む。


 ……そりゃ今はふたりそろって黒髪黒目の外見だけれども!!!

 ディアナとテナント君が姉妹設定って…………いやいやいやいや無理すぎない???!!!


 なのに、エセさわやかすぎるロニーと、目をギラギラと輝かせた販売員は、にっこりと微笑みあって、何やら通じ合っている。


 ——なんで?どうして??やっぱりこれ夢??????????


 頭の中にうずまく疑問符の嵐で、ディアナはもはや吹き飛ばされそうだ。


「それでは、ご案内いたします。どうぞこちらに」


 販売員の男が背を向けた瞬間、ロニーの手がそっと伸びてきて、手のひらにぎゅっと何かが押し付けられる。

 いつの間にか消えていた、ディアナの速記手帳だった。


 最後のページに、自分で書いた覚えのない速記文字が7行。

 ロニーが書いたものとしか思えない。

 それにすばやく目を走らせて、ディアナは真顔になった。


・お前の名前は、ディア・アッシャー。

・金魚を買いたいふりをして。

・必要なのは、金額、買った国、輸入方法、生産者情報。無理のない範囲で。

・最終的に、親に購入相談すると言え。

・今後の連絡先を聞き出せ。

・何を言われても動揺しないこと。

・安心しろ。ブレスレットがあればお前は無敵。


 ——こんなに香ばしい速記、ある??!!


 完璧に、物騒な香りしかしない。怪しい匂いでぷんぷんだ。まるでスパイ小説みたい。香ばしすぎて、もはや面白くなってきた。

 

 ディアナはロニーをちらりと見上げる。

 こういう時って、どうするのが正解だろう?

 どうやったら、「了解!」って無言で伝わるだろう。

 

 そうだ!できる女スパイ風に、にっこり余裕たっぷりで微笑んでみせようか。

 ついでに生まれて初めて、パチンとウインクをかましてみた。

 思ったよりもバッチリできて、有頂天のディアナは、ロニーの耳がすっかり赤いことには気づかない。


 クラスメイトのお金持ちのお嬢様たちの口調を思い出す。

 ゆっくりと、おっとりと。声はちょっとだけ高めにしよう!

 なんだか本当に、すっごく楽しくなってきた!!


「まぁ、どんな金魚に出会えるのかしら。とっても楽しみだわ♪」






いつもお読みいただいて、ありがとうございます!

ブックマーク&いいねも、ありがとうございます。毎日励みになります。すっごくありがたいです〜!

申し訳ないのですが、明日あさっては投稿をお休みさせていただきます。週明け火曜日、続きを投稿予定です。

毎日暑いですね。うちで飼っている金魚さんたちは元気いっぱい、食欲が底なしです。

夏バテ知らずで羨ましい……!

みなさまも、どうぞ良いお盆をお過ごしくださいませ〜。

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