(2-6)9年前——王立学院2年生⑥
——守らなきゃ!
その言葉すら、たぶん数秒遅れて後からやってきた。
それくらい、その瞬間のディアナは何も考えていなかった。
気づいたら、本能みたいに立ち上がって、ぎゅうとロニーの頭を抱きしめていた。
——星に背中を焼かれる。
そう思っても、全身で抱きしめる。
「……ばっかやろ!」
ロニーの怒鳴り声がする。
よかった。元気だ。ロニーさえ無事だったら、自分はどうでもいい。
生まれて初めての大事な人を、ちゃんと少しも損なわなかった。
安堵感で、ディアナは笑った。笑って、ぎゅうぎゅうとロニーを抱きしめた。
「このばか!ちょっと、おい、離せって!やめろ!お願いだからやめてくれ!!」
じたばたとロニーに身動きされて、ようやくディアナは体を離す。
流れ星みたいな氷の凶弾は、こちらに襲いかかることなくどこかに消えてくれたらしい。
「あれ?明るい?」
思わず目をぱちくりさせる。
ロニーと自分の周りだけが、明るかった。
あとの世界は変わらず真っ暗だ。凶暴な星たちが、遠くでやっぱり跳ねている。
「結界を張ったからな」
ロニーの声が、わずかに震えている。
きょとんとして、ディアナは座ったままのロニーを見下ろした。
……もしかして、すごく……すっごく怒っている?
ロニーもディアナの顔を見上げた。
そして、何かを押し殺したように、深く深く、息を吐いた。
ぬっとロニーの両手が頬に伸びてくる。
と思ったら、
「その顔、わかってねぇな……?」
いらりと眉を寄せたロニーに、にゅん、と、思いっきり両頬を引っ張られた。
「あんたさ、何で俺の前に飛び出した」
「イヒャイイヒャイ」
「ん?」
「ヒャへレナイ」
「そうだな」
頬をつまんだ力が緩む。おかげでしゃべれるようにはなったけれど、
——でも、つまむのはやめてくれないのね?!
「あの、その、あんまり何にも考えなかったというか……」
「考えずに、あんな危険なことをしたのか」
「あんまり危険とも思わなくって……」
「は?」
「だって、ロニーのくれたお守りのブレスレットもあるし、たぶん何とかなるだろうって、思った、のかも、しれない、です」
言っているうちに、自分でもみるみるうちに自信がなくなってしまって、ディアナはしょんぼりと肩を落とした。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、と、ロニーは肺の空気を全部出し切って、びたん、と今度はディアナの両頬を手のひらで挟んで押した。
唇がぴょっこり前に飛び出してしまって、たぶんこれ、人に絶対見せちゃいけない顔な気がする……。
「そのブレスレットは、俺がいない時にあんたを守る用だ」
「んん」
「……守護と防御と攻撃反転と位置情報発信と音声転送と映像記録が組み込んであるからな……もっと攻撃系の要素も入れるべきか、いやでもな……」
「んん?」
ボソボソと早口で何かをまくしたてられて、ディアナは聞き取れずに目を白黒させた。
そもそも頬を押さえられっぱなしだから、ちゃんと返事もできない。
ロニーは大きく息を吸った。
そして、ディアナの目を見据え、ひとことひとこと噛んで含めるように、はっきりと、ゆっくりと、確かめるように言い切った。
「俺がいるときは、俺がディアナを守る。だから絶対、いきなり俺の前に飛び出すな」
頬を押しつぶす力が、不意に消える。代わりにそっと、顔を撫でられる。
でも、ディアナは困ってしまう。だって、
「さっきは何にも考えていないうちに、とっさに体が動いたから……また、やっちゃうかも、しれない」
「やめてくれ」
ロニーはうめいた。うめきながら、夜明け前の綺麗な空の色をした瞳が、ディアナの目の奥を覗きこむ。
「魔術で結界を出そうとした瞬間に、あんたが目の前に飛び出してきて、肝が冷えた。術が変なふうに当たってディアナを傷つけたら、俺は自分を許せない」
言いながら、ハッとしたようにロニーはディアナの腕に両手を置いて、くるりとその体を回した。
「大丈夫か?何も傷ついてないか?どこか痛いところは?苦しく感じるところは?」
「な、ない!大丈夫!ごめんね、心配させて」
何度もくるくる回転させられそうになって、ディアナは慌てて謝った。
今までこんなに深く心配してもらったことなんてない。
どうしていいのかわからない。
わからないけれど、胸があったかくって、嬉しくって、幸せで、ディアナは笑ってしまう。
「ああ、もう、笑ってんじゃねぇよ」
ぐいっと手を引かれたと思ったら、ロニーの肩口にぎゅうっと頭を押しつけられる。
そのままぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
「ろ、ロニー、苦しい……」
「さっきの仕返し」
「こんなに強くぎゅうぎゅうしてなかったよぉ」
「嘘つけ」
「でも、こういうのって、すごく、なんというか……」
ディアナは考えた。
全身があったかくって、ドキドキして、自分はロニーを守りたくって、たぶんロニーも同じくらいディアナのことを考えてくれていて、すごく幸せで——
こういうのって、すごくいいな。ずっとこうしていたい。
最近読んだ小説だと、こういうのって、
「ええっと……マブダチ?…ズッ友?……あ、親友?」
「…………まじかよ」
ロニーが急にのけぞって、ディアナの顔を覗きこむ。
「え、違った?」
不安になってしまって、おずおずと自信なくロニーを見上げてしまう。
なぜか、うっとロニーが小さく呼吸を止めて、またぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
「あー、もう、とりあえずそれでいいわ。……ああ、もう!なんだよ!くっそ!かわいいな!!」
「え……?」
「何だよ」
「そんなはずないもん」
「何で?」
「だって、父さまが、お前はかわいげがないって、毎日言って……」
「は?………………クッソ親父が!」
ディアナは知っている。自分がかわいいはずがないのだ。
だから家族から愛されなかった。かわいいはずがない。
「ばーか」
いきなり頭を乱暴に撫でられる。
何度も何度も撫でられた。
「そんな親父の呪いは忘れろ。ディアナはかわいい」
「う、嘘だよ」
身を離したロニーに、また両頬を捕まえられる。
ぎゅうっと左右に引っ張られて、
「こんなんでも」
ぎゅうっと挟まれて押しつぶされて、
「こんなんでも」
パッと離される。
「こんなんでも、全部かわいい」
「ぜ、ぜったい嘘だぁ」
こんな変顔が、かわいいはずがないのに!
でも、ロニーの顔は、真剣だ。
「よく考えてみろ。ろくでもないクソ親父の言葉と、大親友の俺の言葉、どっちを信じる?」
「……ろ、ロニー」
「だろ!よくできました!」
今度はふんわりと、頭を両腕で抱きしめられた。
「ほら、言ってみろ。『ディアナはかわいい』」
「ひょ、ひょえ……む、むり……」
「無理じゃない。『ディアナはかわいい』」
「でぃ、ディアナは、カわイい……?」
「発音おかしい!もう一回!『ディアナはすごくかわいい』」
「ひょ、ひょええええええ……」
その日、ディアナは初めて知った。
人間、想定外のことが重なりすぎると、最後は「ひょええええええ……」しか言えなくなるっていうことを。
これもまた、大人になるための経験を一つ積んだってことなんだろうか。
ひょええええええ……。
ちなみに、前代未聞の事態となった魔術戦の最後には——
カワード団長が特大の雷をテナント少年に落とし。
ビリビリ痺れて動けなくなった灰色のもじゃもじゃ頭に、団長が見事なヘッドロックを決めていた。
『こら!俺以外の人に迷惑をかけちゃダメだろ!きちんと謝れ!今すぐに!』
そう言われ、首根っこを捕まえられ、引きずられてディアナたちの前に現れたフィリアス・テナントは、
「……すまなかった。一応、客席には防御結界を張っておいたんだが」
とモゾモゾしながら謝った。
そのままロニーは憧れのカワード団長に、結界術の見事さをほめられ、言葉を失っているうちに、4級魔術師以上の能力があると即座に見抜かれて——
別の事態に巻き込まれるのだが、それはまた、来年の話だ。
第2章、お読みいただきありがとうございました!
3章の投稿まで、少々お時間を頂戴します。
引き続き、お楽しみいただけますように……!




