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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第2章 友だち、のはずですが。

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(2-4)9年前——王立学院2年生④


 円形の競技場(スタジアム)には、熱気が渦巻いている。


 階段式の観客席は、王立学院の学生や関係者たちで満席だ。目の前の熱戦一つひとつに大きな歓声をあげている。

 その客席エリアの一番後ろ。

 競技フィールドをはるか遠くに見下ろしながら、ディアナはひさしぶりにのびのびとした気持ちを味わっていた。


 9月に2年生に進級して、あっという間に2カ月が過ぎた。

 11月、王立学院では3日間にわたって学院祭が行われる。

 最終日、一番の熱狂のうちに開催されるのが、競技場での模擬戦だ。


 行われるのは、体術戦、模擬剣戦、魔術戦の3部門。

 腕に自信のある学生たちがエントリーし、一対一でのトーナメントが行われる。

 優勝した学生には、ごほうび、かつ最後の難関として、王宮所属の騎士や魔術師と手合わせの一戦に挑む栄誉が与えられる。

 もしそこで本職相手に勝てたら、卒業後の王宮勤務が内定するようなものだ。

 気合いの入った勝ち抜き戦が繰り広げられていた。


 ——誰も、私を見ていない。


 ディアナは、ほっと肩の力を抜いて、終わったばかりの一戦に笑顔で拍手を送った。


 新学期、周囲の態度がガラリと変わった。

 ほんの少しだけ、見た目が変わっただけなのに。


 新たにクラスメイトになった普通科の同級生たちは、毎日あれこれ親しげに話しかけてくるし、授業中でもちらちらうかがうような視線を感じる。

 廊下ですれ違った1年生の時のクラスメイトには、三度見されて驚かれる。

 アルバイト先のペストリーショップでは、厨房手伝いからカウンターでの接客に配置換えになった。

 ただでさえ慣れないお客様対応でへとへとなのに、店を出て街を歩くと、若い男性からしょっちゅう道を聞かれる。


 ——そんなに人が良さそうに見えるのかな、今の私?


 ディアナには、よくわからない。

 わからないのに、いきなり、何もかも変わってしまった。

 変わらないのは、今日も隣に座っているロニーと、相変わらずおおらかなエドワードくらいなものだ。


 そのエドワードですら、新学期の朝、初めてディアナを見た時は、かっぱーんと口を開けた。

 まばたきも忘れて無言でディアナを凝視してから、少しだけ我に返って隣に立っているロニーを見る。

 ディアナとそろって髪の毛サラサラツヤツヤ族になったロニーの顔を、さらに目をかっぴらいて見つめ、


「……へー?」


 じんわりニヤァ、と得体の知れない笑いが顔に広がっていく。

 再び確かめるようにディアナを見て、


「ほー?」


 再びロニーをがっつり穴が開くほど見て、


「ふーーーーーん?」


 ニッヤァァァ、とこれ以上ないほど破顔した。

 ロニーがあからさまにチッと大きく舌打ちして、体半分ディアナの前に出る。


「んだよ、ニヤニヤすんなよ、気持ち悪りぃ」

「ロニーさぁ、お前なぁ、どうすんの? ディアナ師匠、こーんなピカピカかわいく磨いちゃって」

「どうもしねぇよ!」

「クラス別々になっちゃって、気が気じゃないだろー? 大事なランチ時間だって、うっかり誰かに横取りされるかも知れないぞー?」

「余計なお世話だ。昼は教室まで毎日迎えに行く」

「……へぇぇぇー? でも授業中はそばで見てられないだろ?」

「だから無用の心配だ。護符を渡してある」

「……へ?……うっへぇぇぇー?!」


 ロニーの視線を追って、ディアナの手首にあるブレスレットを見つけたエドワードは、ぶるるっと大きく身震いした。


「その護符とやらの機能を聞きたい。が、怖い、怖すぎる……うん、聞かないことにするぞ、怖すぎる。……ディアナ、本当に嫌だったらちゃんと嫌っていうんだぞ……?」 

「え、なんで?ロニーの作ってくれたお守りなんて最強じゃない?」

「あー……うーん、そう言い切っちゃうディアナ師匠が一番最強だって話だな」


 あきれたような面白がるような、なんとも言えない笑みを浮かべるエドワードから目を離して、首を傾げたディアナは手首のブレスレットを大事に撫でた。


 この護符がわりのアクセサリーにどんな効き目があるのか、実はディアナも知らなかったりする。

 見た目が変わり始めた頃、バイトの帰り道でいろんな人に声をかけられるようになってびっくりしていることをロニーに話したら、速攻で作って渡してくれた。

 これさえあれば大丈夫、と言われて、喜んでずっとつけている。自分のために誰かが手作りしてくれるなんて、初めてで、嬉しすぎて。

 細い銀の鎖に、夜明け前の空みたいな深い青の魔石が3つ。すっかり馴染んで、手首の一部みたいになってしまった。


 でも、何が大丈夫なんだろう……?


 そういえば、ロニーもすっかり綺麗な髪の毛になり、かなり外見の印象が変わったのに、しれっとクラスで存在感を消して生活できているらしい。

 隠密魔術をしょっちゅう繰り出す成果だろうか。正直、うらやましすぎる。


 あれからロニーとは毎日、エドワードとも時々、一緒にランチを食べている。

 要は、1年生の時から、そこだけは何も変わっていない。


 そのエドワードは、今日の学院祭の試合に、張り切って出場している。

 何やかんやで根が真面目な彼は、1年間、今日のために放課後コツコツ稽古を重ねていた。

 ディアナは戦いについてはど素人だ。けれど、剣を握るエドワードの手の皮が擦れて、しばしば血が滲んでいたことは知っている。

 そして、それを何でもないことのように、底抜けに明るい笑顔でふるまっていることも。

 彼の努力はぜひとも報われてほしいと願う。

 一方で——


「ねぇ、ロニーは出場しなくてよかったの?」

「4級魔術師の俺に、勝ち目のひとつもねぇだろ」


 めんどくせぇ、と顔にデカデカと書いたような態度で、ロニーはほとんど試合を見ていない。

 ひときわ大きな歓声が沸いたタイミングで、パチリと指を鳴らして、小ぶりな袋を取り出した。

 中から取り出したクッキーをポンっと自分の口に放り込むと、「ん」と目を見開いた。

 そのまま、ディアナの口にもクッキーを放り込む。


「わ!すっごい!美味しい!レーズンたっぷり!」

「な。適当に買ったやつだけど意外といけるな」


 口の中の甘さにお茶が欲しいな、と思ってしまった瞬間、隣からマグカップが差し出される。

 受け取って飲んだら、ミントティーの清涼な香りが口いっぱいに広がった。


「いい香り!これ、ミルク入れても合いそうだね」

「ん」


 どこからかミルクピッチャーを取り出して、ロニーがたっぷり牛乳を入れてくれる。

 ついでのように、ハンカチで口の脇も拭いてくれる。クッキーのかけらが付いてしまっていたみたいだ。


「えへへ、ありがと」

「ん」


 またひとつ、口の中にクッキーがやってくる。

 他の人たちは試合に熱狂しているのに、ふたりだけ隅っこでのんびりクッキーを食べて、マグカップのお茶をいただく。

 すっかり急にロニーの部屋でくつろいでいる時みたいになってしまって、ますますディアナはほっとした。


 この2カ月、バイトあがりにロニーの家に寄って、お花に水をあげ、部屋で少し勉強して、金魚を眺めてから帰る。

 それが一日でいちばんほっとできる時間になっている。


「あ、ねぇ!エディが出てきたよ!」

「3回戦か。案外ねばってるな、あいつ……あ」

「……負けちゃったね」

「負けたな」


 エドワードは近衛騎士の父親に憧れて、小さい頃から剣術に熱心に取り組んでいたという。

 2年生の中ではかなり強い方らしい。剣の刃を潰した模擬剣で戦う部門に出場して、今まで勝ち残ってきていた。

 しかし、3回戦で当たった相手が悪かった。

  

「相手の5年生の人、優勝候補なんでしょ。エディ、悔しそうだな。……大丈夫かな」


 試合終わりに、対戦者同士、向かい合って礼をする。

 そのエドワードの顔は、ぎりりと歯を食いしばって、今まで見たことないほど本気の悔しさでいっぱいだった。見ているディアナの方が戸惑ってしまう。


 ディアナはこれまで、何かを悔しいと感じたことがない。

 家族の間で空気みたいに生きていた時だって、それを悔しいと思う前に、さっさと諦めて前を向くほうが楽だったから、かもしれない。

 だから、エドワードの心情が図りきれなくて、余計に心配になる。


 ロニーはじぃっと探る目つきで退場するエドワードの様子を眺めて、それから鼻を鳴らした。


「ま、大丈夫だろ。ありゃ腹減ってて余計に気持ちが落ち込んでるだけだ。あとで食堂でランチおごってやったらケロリと復活する」

「ロニーやさしい」

「は?」

「おごってあげる気なんでしょ?」

「ん゛ん゛」


 変に喉に何かが詰まったような音を立てて、ロニーがそっぽを向く。

 そのままパチリと指が鳴り、ディアナの手元が急に温かくなった。

 持っていたマグカップが、なみなみとおかわりのお茶で満たされている。


「ありがと」


 ディアナは微笑みながら、やさしいそのお茶に口をつけた。




 結局、エドワードに勝ったその学生が模擬剣戦の部門で優勝。そのまま王宮の近衛騎士と対戦して、あっさりと負けた。

 体術戦部門の勝者は4年生の男子で、王都警備の軍人と戦って大接戦。結局は負けたけれど、大声援をかっさらっていた。


 そして、最後に魔術戦。

 優勝者の対戦相手として、ひとりの王宮魔術師がフィールドに現れる。とたんに客席がどっと沸いた。


「アーサー先輩!頑張ってー!!」

「先輩かっこいいー!こっち向いてーーきゃー視線きたーー!!」


 高学年のお姉様方から、ひときわ黄色い歓声が飛ぶ。


「アーサーせんぱい?」

「……まじかよ。アーサー・ボージェス1級魔術師、王宮第1魔術師団所属。おととし魔術科を主席で卒業」


 わけがわからず首を傾げるディアナの隣で、いかにも嫌そうな声が渋々ぼやくように解説してくれる。


「へぇ。エリートさんだ。ロニーとおんなじ髪の色の人だね。……って、ボージェス?」


 ディアナはまじまじと、その魔術師を見た。


 すらりと背の高い、若い男性だ。

 綺麗に手入れされた長くつややかな髪を丁寧に編み、後ろに一つにして流している。

 その髪の色は、金茶色。

 身にまとっている魔術師ローブは、黒地に銀糸の刺繍。さすがは王宮魔術師だけが着用を許されている特製品で、気品があって美しい。

 目鼻立ちがくっきりと整った顔に、手入れの行き届いた眉と肌。

 客席のあちこちに明るい笑顔を振りまき、手を振るたびに黄色い悲鳴が上がる。

 なんというか……とても華やかな人だった。

 ロニーと全然似ていない。

 似ていないけれど、顔の造りと髪色だけは、似ている気がする。


「もしかして…………お兄さん?」

「もしかしなくても兄。残念ながら」


 晴れやかに手を振り続ける兄に、うんざりしたようにロニーはかぶりを振った。


「めんどくせぇ」


 小さくつぶやくと、せっかく櫛を入れて綺麗にとかしていた髪の毛を、ぐしゃぐしゃと手で無造作にかきまぜた。

 ひさびさにボサボサ頭のまま、ぱちりと指を鳴らして二人分のマグカップを消す。


「ディアナ」

「なーに?」

「この試合、もしかしたら俺、途中で逃げるかもしんねぇ。気にするなよ」

「え?」


 なぜ?と問おうとした時、会場が大きくどよめいた。


 試合開始の一礼が済んだとたん、アーサー・ボージェスの対戦相手の学生が、地面に座り込んだのだ。


 座り込んだだけではない。

 なんと、分厚い魔術書を取り出して、あぐらをかいて黙って読み始める。

 まるで試合など、していないように。


 ひょろりと細身の男の子だ。

 背を丸めて一心不乱に本を読みふけるその顔は、鼻の下あたりまでモジャモジャとボリューミーな灰色の癖っ毛に覆われていて、まったく表情がわからない。

 そんなに前髪が長くて本が読めるのか、と目を疑うけれど、たしかな手つきでページがめくられていく。


 はは!っと声を出してロニーが思いきり吹き出した。

 いつでも去れるようにと客席の外に半分足を向けていた体を、すとんと正面に向けて座り直す。


「おもしれぇ!やるな、テナント」




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