あたらしいものウシナイタクナイモノ
ザーッザーッ……
雨が降る夜。
俺の大好きな時。
この雰囲気が、独りだからこそとても心地よく感じる。
具体的なことなんて考えなくていい。曖昧でいいんだ。
この不規則で、曖昧で、全てを投げ出したくなるような音に浸されていたい。
めんどうなことは全部放っておいて、
ただこの時に、ずっといたい
窓の横に設置されたベッド。
その上で座りながら外を見つめる。
街灯に照らされた夜道。
たまに通る車の音と雨が窓を打ち付ける音に耳を傾けながら、目を閉じる。
グゥ…
起きてから何も食べていない。腹を満たそうと冷蔵庫へと向かう。
「……………………」
冷蔵庫の中からは、ただただ冷気が溢れるばかり。何もない、からっぽ。
少し考えたあと、コンビニに行くことにした。
「ぃらっしゃっせー……」
面倒そうに対応する店員。
残業をさせられているか、代わりたくもないシフトに入ったのだろう。
そのぐらいの雰囲気だ。
コンビニには俺と店員しかいない、面倒事にはならないだろう。
それでもここには長居したくない。
すぐに済ませようと、早足で必要なものを取ってくる。
『……袋はお付けしますか』
「いえ」
『……こちらは温めますか』
「だいじょぶです」
『……箸はお付けしますか』
「はい」
……………
店を出て、自分を落ち着かせるために一呼吸する。
あんな短い会話だけでも、鼓動が早くなる。
……人と話すのが怖い。
昔よりは楽になった方だ。
昔なら、こんなに弱い俺は何で生きてるんだろうとか、何が楽しくて生きてるんだろうとか無意味なことを考えて、
また自分を卑下して迷っていただろう。
でも今は違う。
どんなに反省しようと、どんなに自分を責めようと、何も変わらない。何も得られないって。
そんなことを考え始めてから、何かと無駄に思うことが減った気がする。
どんなことにも無関心で、動じなくなった。
これでいい、この方が楽だ。
ザッザッザッ…
雨が激しくなっていく。
静かな音色を奏でていた水色は、次第にサビへと移り変わりつつあった。
水溜りを避けながら、家へと帰る。
「………………ッ………」
………何かが聞こえた。
雨音にかき消されながらも、確かに聞こえた。
この雨に似つかわしく、この場所に似つかわしくないそんな音が。
周りも警戒しながら、音の方向へ進む。
「ヒッグッ………………グスンッ」
少し進んだところで、木々の間から人の手が見えたと同時に、少女の泣き声のような音が聞こえた。
「……………………はぁ」
ため息が出た。
面倒事が嫌いな俺には直感でわかった。これは面倒な事だと。
本来なら無視して去っていただろう。
でもなぜか、体が吸い寄せられるようにその少女へと歩み寄る。
パリンッ
少女の目の前まで来たと同時に、何かが割れる音がした。
「……ウゥ……スン………ハァ………」
少女の外見を見て、一瞬思考が停止した。
白髪、猫のような耳、謎の光、そのどれもが、この子は“この世界”の子ではないと思わせるには十分だった。
どれもアニメでしか見たことのないような光景。
その普通ではない光景に、俺は少し、見惚れていた。
ガチャッ…
「…………ふぅ」
結局家に連れて帰ってしまった。
側から見たら完全に誘拐だが、そんなことどうだっていい。
とりあえず、外を警戒しつつ少女をベッドに寝かせた。
幸い、周りの木々が雨を防いでいたらしく、少女は全くと言っていいほど濡れていない。
濡れていたら濡れていたで、その後の処置が面倒だったのでありがたいことだが…。
かといって、地面に横になっていたんだ。土や泥で汚れているところもある。
拭き取れる部分は取っておいて、少女が起きた時用にパジャマを用意しておくことにした。
少し前に、可愛いと思って買ったパジャマ。
もふもふで暖かいのだが、いかんせん前の頃のサイズのままなので着れないでいた。こんなところで活躍するなんて思わなかったが気にしないでおく。
帰りに買っておいたカイロを毛布の中に引き詰める。
外の気温は4度。
真冬の日中より寒い。こんな気温で放置されていれば、風邪なんて簡単にひくだろう。
念には念をと思い、マフラーやもう一枚の毛布を被せる。
「…………これでいいか」と小言にしながら、風呂に入る準備をする。
シャーッ……
風呂で唯一好きな時が来た。
風呂自体は面倒で嫌いだが、体を洗い、髪を洗い、全て洗い尽くした後にすることがある。
それはシャワーの勢いを強め、シャワーヘッドを上に向け擬似的な雨を降らすこと。
雨に打たれるのも好きだが、時には暖かい雨に打たれるのも心地良い。
全裸ということもあって開放感もある。
自分だけの特別な時。
………かと言って、ずっと出しっぱにしておくと水道代がひどいことになる。
あまり長くできないのが残念だ。
ポタッポタッ……
風呂から上がり、服を着てから少女の様子を見にいく。
寒いからと言って、手を施しすぎて暑くなっていないか確認するため、少し早足で行く。
「…………………………」
「ハムッハムッ…モグモグ……………ア…」
そこには、コンビニで買っておいた5日分の食料の半分ほどが食い散らかされていた。
スサササッ!!………ボフッ…
少女は無言で後退りながら、布団の中に潜っていった。
警戒しているのか、それともまだ寒いのか、体を震わせながらこちらを見てくる。
その瞳は青く、小さい体ながらも鋭く見つめてくる威圧感。
ただただ続く無音。
流石に気まずく思い、少女には何も言わず無視をした。
「……………………?」
唖然としている少女。
それでも警戒を一切解かない少女。
そんな状態で近づいていっても怪しまれるしかない。
適切な距離を取る。
離れすぎず近寄りすぎず、話しかけず話しかけられず、気づけば、隣でまた黙々と食べ始めていた。
よほどお腹が空いていたのだろうと思い、カップラーメンを取り出し湯を沸かす。
少女のことはまだ良くはわからないが、今はこれでいい。
食事が終わり、自分も寝るため布団を敷く。
少女は相変わらず睨んでくるが、関係なしに進めていく。
ある程度、寝床の準備ができたところで、ふと少女の方に目をやる。
少女はベッドの上に座りながら、雨が打ち付ける窓を見つめていた。
おそらく、異世界から来ているのだろう。
窓の作りや外の景色が元いたところと違うから、もの珍しく見ているのだろうと、そう思っていた。
…けれど、そんな雰囲気じゃなかった。
もっと別の、見ているというよりは、感じているような……
「………………………」
俺はそのまま、コンビニ行く前と同じように窓を見つめていた。
その少女がいる窓の隅とは逆に座り、外を見つめていた。
雨が窓を打ちつける音に耳を傾けながら、お互いがお互いをいないものとして、この音に浸っていた。
視界がぼやける。深夜1時頃はもう過ぎていた。
とっくに眠気が来る時間だ。さらに、クーラーや防寒着のおかげで暖かく、毛布がなくても眠れるほどの快適な温度に包まれていたのだ。
そろそろ今日も終わり。
目を閉じて、この音と一緒に沈んでいこうと思った。
その時、急に体が重く感じた。
幻覚か、それとも少女が毛布でも投げたのかと思い、目を開ける。
…少女が俺の体の上に乗っていたのだ。
座った状態の足の上にさらに足があり、胸の部分には少女の頭がある。
そしてそのまま押し倒されるような形でベッドに横になる。
眠気のせいで判断は鈍っていたが、襲われるような気配はしなかった。
逆に、少女からは離れないで欲しいと感じるほど力強く抱きつかれ、体を寄せてくる。
こんなに大胆に動いているが、寝ぼけているのか、意図的なのかはわからない。
誰かと勘違いをしているのかもしれない。それでもよかった。
俺は離れないよと伝えるほどの力で、かつ強過ぎないよう優しくハグをした。
お互いがお互いを縋りつくよう、ベッドの上で水色の音に包まれながら、深く沈んでいった。
「…………………ん………」
朝目覚めると、昨日の少女の姿は愚か、布団やゴミなども綺麗さっぱりなくなっていた。
昨日のことが嘘だったように、そこには何もなかった。
全て夢だと思えるかのように。
ある友人との企画で作ったものです
好評なら続き書くかも