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星の守り人  作者: quo


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黒い涙

オルグの視線の先には獣の傍らに座り込んでいる魔女と、それに寄り添うようにしているリオンが居た。


彼は思い出していた。故郷で狩人として生きてきた日々を。彼は代々、狼や熊を狩る一族に生まれた狩人だ。狩人を守る狩人。相棒は幼い頃から一緒だった猟犬だった。すらりとした無駄のない体躯に、まだらの白を加えた灰色の毛並み。穏やかな顔つきのそれは、いつもオルグの傍にいた。ある日、彼は油断し狼の群れに囲まれた。相棒は逃げるオルグをかばうために、狼達に飛びかかった。彼は逃げおおせたが、相棒は無残な姿で見つかった。彼は悲しみ泣いたが、黒い魔女は涙を一滴も流すことがないと言った。オルグは、それがどんなに辛いのか想像もつかなかった。


オルグは影がリオン達の居場所を探している間に、食器を片付けに来た看守の顔面に肘を入れると牢を飛び出した。油断していた看守に得物はいらず、腰を抜かして命乞いをする看守は自らオルグに監獄と憲兵の棟の鍵を差し出した。監獄に看守たちを閉じ込めると、途中の厨房で肉切包丁とナイフを数本仕入れ、憲兵の執務区を突き進んだ。何事かと飛び出てきた憲兵は、食肉の気持ちを味わうことになった。


少し走ると、ほの暗い洞穴に出た。慎重に進むと壁の松明が映し出したオルグの影から声が聞こえてきた。あの影だった。

しゃべる影がもたらした情報は、黒い魔女が囚われたといいう事だった。彼はルナヴェールに近づこうと円陣の下に潜ったが彼女には意識が無かった。まるで、深い眠りについているかの様だったそうだ。そんな彼女を包む従者が影を見つけて言った。一瞬でいいから本来の姿に戻る時間をくれれば、自らの咆哮で円陣を吹き飛ばすと。

そこまで話すと影は従者のために隙を作るから、従者の咆哮を聞かぬようにリオンを守れと言い残し消えていった。


その咆哮とは従者自らの命と引き換えに繰り出される力だった。従者は命を捨てる覚悟だった。それに気付かなかった影は、もっと自分に力があればとオルグの影の中で泣いている。そして、リオンは黒い魔女にかける言葉が見つからないでいる。

床に散った石の粉がまだらに薄く光っている。ふと見ると、グレナスが倒れている。近づいて襟をつかんで引き起こすが、四肢の力を失って立つどころか息も微かで、今にも止まりそうだった。オルグは、このような姿の兵士を戦場で幾人も見ている。体の中身があちこちで傷ついている。そして、間もなく事切れる。


ルナヴェールにグレナスから何も聞けそうにないと言うと、彼女は黒い獣をなでるのを止め、ゆっくりと立ち上がるとオルグのほうへ歩み始めた。獣の黒い血は漆黒の髪の髪を黒く染め、白い肌を伝って床に滴り落ちてゆく。彼女の薄いレースのような衣は黒い血にまみれ重く、裾が床を引きずり黒い道を描いている。

ルナヴェールの白い肌はより一層白く際立ち、浅い青を漂わせている。その姿はまるで墓碑の群れを漂う幽鬼のようだった。オルグは初めて恐怖で立ちすくんだ。


「問題ない。直接記憶を(さらう)うだけだ。」

「動かないように抑えていろ。」


そういうと、ルナヴェールはその黒い血にまみれた手のひらをグレナスの頭に添えた。意識が戻らないはずのグレナスは目を見開き悲鳴を上げた。激しく抵抗するグレナスをオルグが抑える。その叫び声が洞窟に響き渡る。リオンは耳を塞ぎ、恐怖と絶望に満ちたグレナスの顔を見まいと目を固く閉じた。


どれくらいの時が流れたであろうか。二人には永遠に感じられた悲鳴が途絶えると、ルナヴェールはグレナスの頭から手を離した。すると、グレナスは元のように意識を失い体から力を失うと、床に崩れ落ちた。オルグが見下ろすグレナスは、まだ息をしている。むしろ、さっきよりも呼吸が深くなったように見えた。


「ここから出る。」


そう言って出口に向かうルナヴェールに、オルグは討たないのかというと、ルナヴェールは立ち止まり少しだけ振り返り肩越しにグレナスを見下ろした。その目は氷のように冷たく、見る者の心に氷の刃を突き立てる。そのうち、グレナスの呼吸は激しくなり胸を掻きむしり苦しみ始めた。


「問題ない。」


そう言うとまた、ルナヴェールは出口に向かった。オルグは徐々に激しさを増すグレナスの苦しみ悶える姿を横目に見ながら、まだ耳を塞いで目をつむっているリオンに駆け寄った。声をかけても聞こえない彼女の肩をつかむと、悲鳴を上げてオルグを突き飛ばした。油断していたオルグはリオンの手掌を顔面にくらってしまった。

気を取り戻したリオンは、オルグの事など気にも留めずにルナヴェールに走りよると後ろを指さしながら言った。


「ご友人だったのでしょう。あの亡骸をここに置いてゆくのですか?」

「あなたの力なら、ここから弔える地に連れてゆくのは易いのでは?」


ルナヴェールはリオンの言葉に何も答えない。また声をかけようとするリオンの口をオルグが後ろから塞いだ。オルグはリオン耳元でささやいた。


「いらん事を言うな。悲しんでもいるし怒ってもいる。」

「大人しくついていくぞ。とばっちりは御免だ。お前もああなりたいか。」


オルグが指さす先には、いまだ苦しみ悶えるグレナスの姿があった。その手は自らの胸を掻きむしり血が滲み始め、体中の筋肉が意に反して体を硬直させ自らの骨を折ろうとしている。悲鳴すら出せなくなったグレナスからは骨のきしむ音だけが絶え間なく流れ出ている。その姿を見たリオンは絶句し頷くと黙り込んでしまった。


出口の扉が勝手に開いてゆく。そこには数名の衛兵が倒れている。オルグが倒した衛兵たちだ。ルナヴェール達がそれを無視して進むと、兵たちが現れ盾を構えて行く手を阻む。盾の隙間から巨大な弓矢の先端が覗く。城門を突き破るための巨大な弓矢だ。兵長の合図で放たれた巨大な矢は、ルナヴェールに届く前に炎に包まれ炭になって消え去った。その次の矢も、またその次の矢も。兵たちは恐怖し逃げだしてしまった。


誰もいなくなった長い廊下を見てルナヴェールはため息をつくと言った。


「面倒だ。」


彼女が片手をかざし振り払うと天井も壁も吹き飛び、砦の中腹がえぐり取られ瓦礫のバルコニーが出来上がった。砦の奥ではわからなかったが、外は暗い雲に覆われ霧のように小さな雨が風に舞っていた。ルナヴェールはその風に乗ると、瓦礫のバルコニーに立ち周りを見渡した。広がる森は靄に覆われ、微かに向こう岸に砦が見える。眼下にはルナヴェールを見上げて騒ぐ兵たちがいる。ルナヴェールが天を仰ぎ見ると、雨は優しくルナヴェールを包み黒い血を流し始めた。


「オルグ。お前はナイフを持っているな。」


瓦礫をかき分けてルナヴェール元に進むオルグは、雨に打たれるがままの彼女に、初めて名前を呼ばれた。瓦礫の頂に立つ彼女を見上げると、流れ落ちる黒い血が頬を伝い、まるで黒い涙を流しているように見えた。オルグは奪ったナイフを差し出した。適当に奪ったナイフは二本で使い込まれていたが、よく手入れされていたのか、暗い雨の中でも鈍く光った。


ルナヴェールは片手で一本を受け取ると、息を吹きかけ瓦礫の中に放り投げた。もう一本を受け取ると、自らの首筋にあてがって血を吸わせた。そのナイフは砦の中庭に投げすてられた。その光景をオルグとリオンは無言のまま見ていた。


一陣の風が吹く。雲の流れが速くなる。ルナヴェールを見つけた兵士たちが集まり、瓦礫のバルコニーへと殺到する。二人はその光景をまるで他人事のように見ていた。何かが起こる。自分たちが抗う事が出来ないような出来事が。リオンは意識せずオルグの腕にしがみついた。オルグもまた、リオンを引き寄せた。


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