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星の守り人  作者: quo


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悪い水

日が暮れる。


清廉な朝を迎えて緑の道を進み、暖かな日の光を浴びてたどり着いた先には、深い黒に塗られたような山を背にした砦があった。厚く高い塀が取り囲むそれは五層の塔から成り、夕日の赤に染められまるで人を斬った剣が大地に突き立てられているようだ。


小高い丘の上から見た砦を前に、オルグは来るんじゃなかったと思った。彼が人生の中で培った危険を感じる力は、背中に忍び寄る狼の存在を知らせてくれた。今はここから立ち去れと言っている。隣にいるリオンも同じことを思っているのか表情が硬い。オルグが見つめていることに気付いたリオンは、自分に言い聞かせるように大丈夫と言うと馬を駆って砦へ向かった。


二人は砦に着くと直ぐに、門番達に補給部隊からの使者で部隊が全滅したと伝えると、彼らは慌てて詰所に走り伝令を出して上役に報告を上げた。門番の一人が二人を詰所に案内し、水とパンを差し出し労をねぎらった。補給は滞っていないが前線なだけに贅沢品はない。恐らくは、この水とパンは彼らにとって最上の持て成しなのだろうと二人は大切に頂いた。

門番は何が起こったのか聞きたいようだったが、誠実な彼は詰所を出て仕事へ戻った。リオンとオルグが詰所で待っていると、生気のない濁った眼をしたの兵士たちが現れた。彼らの鎧の胸には、藍色の鮮やかな花が小さくあしらわれていた。それは、神の住まう野に咲き魔を払うと言う花。


憲兵だ。


二人は顔を見合わせる暇もなく取り押さえられて、外に待たせてあった馬車に放り込まれると、そのまま砦の中に連れて行かれた。それを横目で見ていた門番たちは、いつものように敵が来ない事を祈りながら交代が来るのを待った。


二人は両手両足を縛られ口を布で塞がれた。憲兵は抵抗する隙を与えることなく捕縛する事に長けている。場数を踏んだ戦士のオルグですら手も足も出せなかった。布で覆われた馬車の荷台は鉄の檻になっている。外からはただの荷馬車に見える。しかし、砦の中で行き交う兵士や人夫達は、またかと前を行く憲兵に眉をひそめ、荷馬車に放り込まれている人間に同情した。


はじめは人気を感じていたが、次第に静かになっていく。馬車は一旦止まり、扉が開く音が聞こえた。どうやら建屋の中に入ったようだ。荷馬車の布が外され檻から引っ張り出された二人は、荷車に乗せられると、そのまま監獄に入れられ、そこでやっと手足が自由になり話すことが出来るようになった。

見渡すと牢には窓がない。蝋燭の灯りが薄く壁を照らすだけだ。リオンが自分の名と僧兵であることを叫ぶが誰も来ないし返事もない。無人の様だ。リオンがまた叫ぼうとすると、オルグが口を塞いで言った。


「問題ないんじゃなかったのか?」

「それに騒ぐな。こうなった以上は体力を無駄に使うな。寝ていろ。」


オルグが口から手を離すと、リオンは確かにそうだと言って石の床に寝転んだ。オルグが冷たい床には出来るだけ触るなといい、膝を抱えて座るように言うとリオンは大人しくそうした。


「冷たい石の床に体温を奪われるのだろう。そのくらいの事は知っている。」

「オルグ殿は知っているか?身を寄せ合う事で寒さから身を守ることが出来るのだぞ。」


そう言ってリオンは隣に来いとばかりにオルグに手招きをした。オルグは遠慮すると言うとリオンから離れて座った。オルグは粗野だが誰もいない部屋で、会って間もない女の隣には座らない位の礼儀はもっていた。それに、なぜかは分からないが座ったらリオンに負けた気がする。オルグは釈然としない気がしながら、壁に映るリオンの影にしゃべりかけた。


「居るんだろう黒猫さん。これから何が起きる?」


すると影の中から黒猫が飛び出してきた。黒猫は捕まえようとするリオンの手をすり抜け、二人の前に座った。


「誰かが来るな。私はこの人間の女の影にいる。」

「お前には誰か付けてやろう。仕事が捗るようにな。」


黒猫はそう言うとオルグに飛び掛かり、その鋭い爪で腕をひっかいた。傷からしたたり落ちた血が数滴、オルグの影に落ちていった。


「礼儀正しいヤツだ。仲良くするがいい。」


オルグは黒猫に何をしたかと聞こうとしたが、その前に黒猫はリオンの影に飛び込んで消えた。その時、音もなく現れた看守達が牢の扉を開けた。その後ろには憲兵の男が立っている。鎧ではなく城内をうろつくための黒い制服を包み、憲兵の証の花のペンダントを下げている。


男は屈強な戦士ばかりの憲兵の中で、細身で青白い顔をしている。垂れた細い目が柔和さを醸し出しているが、その奥の瞳は見る者の意識を吸い込むかのような漆黒をしている。

男はその薄い唇を少しだけ開けて、か細い声で看守に何事かを指示した。看守の一人が牢に入り込むとリオンに出るようにと言い、それに従ったリオンは立ち上がると自ら外に出た。


「リオン・クレシア。神にその人生を捧げ、祈りの言葉と剣をもって誓いとする僧兵。リオン・クレシア。」

「間違いありませんね。」


リオンは目の前の青白い顔をした憲兵が吐く、もったいぶった言い方に嫌悪感を抱きながらも間違いないと言った。すると男は手違いがあったと詫び、補給部隊の話を詳しく聞きたいと派遣団長の部屋に案内すると言った。リオンは意外にも早く牢から出られることを喜んだが、オルグも一緒にっと言った瞬間、看守たちが牢になだれ込みオルグを警棒で組み伏せた。オルグはその拍子で顔面を硬い床に打ち付けられ鈍い音がした。リオンが憲兵の男に抗議すると彼はその細い目を見開き、静かに押し殺すような声で言った。


「彼には脱走の嫌疑がかけられています。あとは情報漏洩。反逆罪に内乱罪です。」


彼は怒りが抑えられないのか、その歯をがちがちと言わせながら震えている。その豹変ぶりにリオンは唖然として言葉を無くした。男は表情を直すとリオンを半ば無理やり監獄から追い払った。リオンは何度も振り返った。最後に視界に入ったのは額から血を流しながら、もつれる足で無理やり歩かされるオルグの姿だった。



オルグは看守たちが襲い掛かると同時に、自ら地に伏し頭を床に押し付けた。その後に警棒が背中を打ち、頭に肘を入れられ体重をかけて取り押さえられた。頭は打ちはしたが初めから伏していたので打撃は最小限だった。打たれた背中は幾度もかいくぐった戦いの中での一撃に比べたらどうということは無い。

あとは両手を抱えられ、連れてい行かれようとするとき、足をふらつかせるだけで意識を保ったままでいられる。幾度も敵に捕まって覚えた彼の技だ。


看守たちはオルグの意識がはっきりしているとも知らずに、談笑しながら牢獄の奥へと連れて行った。奥の階段から地下に降りると、幾度か道を折れながら大部屋の牢に着いた。部屋は松明が掲げられ明るく、空気穴があるのか清浄な空気に満たされている。牢の中には二十個程の簡素なベッドが整然と並べられ、それぞれに男女が腰かけている。オルグはその牢に放り込まれると、看守が警棒でベッドを指して大声でオルグの居場所だと叫んだ。看守たちははやっと仕事が終わったと帰っていった。


オルグは打ちのめされた芝居を続けながら周りを見渡した。牢の中にいる誰もがオルグに関心がないかのように座っている。オルグは芝居を止めて、看守が示した自分のベットへと進み腰かけると、隣に見た顔の男を見つけた。それは、前の戦場で一緒だった男だ。目に精気はなく虚ろに床を眺めているだけだったが見間違いではない。大して仲が良かったわけではないが、彼は豪胆に笑う死を恐れない戦士だったはずだ。

オルグは周りを気にしながら小声で男に話しかけるが男の反応は薄い。仕方ないので肩に手をのせると、やっと振り向いた。男もオルグに気付いたようだったが、やはり反応が薄い。


「おい。分かるか?北の戦線で一緒だっただろう。」

「どうしてお前がここに居る。」


男はたどたどしく、そして、ひどくゆっくりとオルグの問いに答えた。それは、ここに居る者は皆、砦の見張りで、特に上層を担当していた事。そして、光の柱と遠くに立ち上った爆炎を目にした者達である事だった。オルグは聞き終えると、この牢に連れて来られた意味を考えた。


あれを見た者が軟禁されている。それだけ知られたくないのか。その状況を報告しに来た俺たちも同じか。

ならば、リオンは何処に連れて行かれた。


考えているうちに衛兵たちが現れ、牢に入ると「食事だ」と言って、パンと水の入ったコップを配り始めた。オルグにも与えられたそのパンは柔らかく暖かい。そして、コップの水は澄んでいる。見渡すと全員が大人しく、粛々とパンと水を口に運んでいる。


オルグは毒は無いと思ったが、引っかかるものがあり口に運ぶことをためらった。その時、低く重厚な声が足元から聞こえてきた。


「その水。悪い水ゆえ飲むべからず。」


オルグが驚いて足元を見ると、自分の影に目が二つ並んでいる。それは瞬きもせずにオルグを見つめている。


「驚かせたことをお詫びする。しかし、貴殿の身を案じての事。ご容赦願いたい。」


オルグは、なるほど礼儀正しいヤツだと思った。

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