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星の守り人  作者: quo


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時が来るまで

どうしたものか。


ヴェルシダは朝食をとりながら思った。向かいにはマリエルが居る。二週間程が過ぎたが、彼女はここの生活に満足している様だ。いつものマリエルなら、ルナヴェールが居ない事で夜も眠れないだろう。しかし、相変わらずルナヴェールの事は思い出さない。

父のエイリクは、別人になった事は否定したが、別の存在になった可能性があると言ったが、さっぱり理解できなかった。


別の存在ってなんだ。神にでもなったのか。


食事が終わると、マリエルが一緒に森行こうと誘ってくる。近所の森では飽き足らず、馬で駆けて遠くの森に通い始めた。

ヴェルシダの家は領地の町とは離れている、郊外の自然豊かな場所にある。父は静かに研究できる環境を望み、母のイヴァは有事の事を考えての事だ。


「不利になれば、森から山にかけて領民を守り、後退しながら相手の力を削ぐ。」

「友軍の応援の見込みがなければ、山に籠って時が来るまで籠城する。」


イヴァは山に隠れ家を幾つも用意している。そこには武具や食料、医薬品が蓄えらている。幼い頃からヴェルシダがイヴァから言い聞かされている戦略だ。幼心に「時が来なかったら?」と聞いたとき、母は「時は来る」と言い切った。明日も日が昇ると言う位に「当たり前だ」という目をして。


時は来る。


この言葉を思い出したヴェルシダは、きっとルナヴェールと再会できる。

きっと、マリエルは元に戻る。

そうだ。「その時」はきっとくる。


ヴェルシダは焦ることなく、時が来るのを信じて歩み続けるのも良いと考えた。

早速、マリエルが森に一緒に行こうと誘ってくる。いつもように断ると、残念そうな顔になる。セフィルは、そそくさと剣の鍛錬と言って衛兵の詰所に行く。いつもの日課になりつつつある。

こんな事を、いつまでもやっていても仕方がない。マリエルが出かけた後に、ヴェルシダはセフィルを応接室に呼び出した。そして、単刀直入に言った。


「ルナヴェールはここには現れない。進むことを考えよう。」


ヴェルシダは、ルナヴェールとマリエルが旅をしている理由について話をした。あの、魂と肉体。そして、流れ込む”力”の存在だ。


「私はマリエルを連れてナギルナ連合王国へ向かおうと思う。」

「前に”龍の道”だとかいうモノを研究している人間がいると聞いた。」

「気にしては無かったが、竜の巣の出来事から何かの手がかりになると思う。」


そう言うと、セフィルに協力を仰いだ。ナギルナの一国で有力者の子弟であろう。ならば、彼の領地内での移動はたやすくなる。これまで、行動しやすかったのはルナヴェールの存在と、今と比較にならい程の慎重さをもつマリエルのおかげだった。今回はセフィルという後ろ盾があれば、事は易く進む。そう、ヴェルシダは考えていた。この話に、セフィルはあっさりと協力すると言った。


「僕は国に帰るつもりだった。それに、マリエルの話には興味があるね。」


ヴェルシダが安堵して、段取りについて話しをしようとすると、それをセフィルは遮るように言った。


「ついで会ってもらいたい人が居る。父だ。」

「君の領地とナギルナは近い。昔の戦争のときに、後方の君の領地が要となって苦戦を強いられたと聞いたよ。」

「僕は平和を望んでいる。父に会ってもらいたい。勿論、非公式だ。何か約束するわけじゃないよ。」

「ただ、ヴェルシダという存在を知って欲しいんだ。僕と魔族である君が、共に竜と戦った事実を。」


ヴェルシダは戸惑った。前の戦争と言えば、母親が武勲を立てた戦争だ。領主の娘が勝手に相手国の有力者に会いに行くことは憚られる。ヴェルシダは迷いつつも父と母に相談することにしたが、そもそも、セフィルのナギルナでの立ち位置がわからない。これまであまり興味がなかったが、立場の弱い衛星国の出身では意味がない。ヴェルシダが聞くと、セフィルは自分の緊張を解きほぐすように深呼吸をして答えた。


「僕はナギルナ連合王国の中央国。ナギルナ国の第二皇子だ。」

「会ってほしいのは父のバルハラルだ。」



ヴェルシダは言葉を失った。冗談かと思ったが、セフィルの表情はこれまで見たことないように真剣な顔だ。もし、本当なら大変なことになる。敵国。それも、親玉の国の王の息子だ。人間と行動を共にしているのが許されているのは、イヴァが「黒い魔女に救国のために人質となっている」という形式を喜んでいるからだ。それが敵国の皇子と一緒に敵地に行く。敵の王に会う。それ以前に知らなかったとはいえ、領地に招き入れている。


「君の父上に会って話したい。僕の気持ちを理解してもらいたいんだ。」

「人間と魔族の共存は可能だと。」


セフィルの申し出に、ヴェルシダは思った。「馬鹿かこいつは」と。父は穏便に済まそうとするだろうが、母はセフィルが領地にいたことを無かったことにするだろう。それは彼を闇に葬るという意味だ。ナギルナが皇子奪還を名目に戦争を始めるかもしれない。

母は無用な殺生は嫌いだ。だから、人間の捕虜収容所に入れるかもしれないが、あそこは情報が漏れやすい。たまに、脱走者に気付かないことがある。無いとは思うが、ほかの捕虜が引き渡れた時、セフィルがここに居る事が人間にばれるかもしれない。


どう考えても、いい方向には転ばない。せめてバレないうちに、こいつを領地から追い出さねば。


ヴェルシダが唸りながら頭を抱えているのを見て、セフィルは身分を隠したまま、自ら一人で領地から出ると言った。迷惑になると。ヴェルシダは、セフィルに空気が読めることに驚いた。しかし、ナギルナへ旅立つのに案内は、どうしても必要だ。セフィルがどこかで落ち合うことを提案した。彼の父である国王に会って欲しいいう願いも忘れてほしいと言った。


「僕は少々、先走り過ぎた。悪い癖なんだ。気にしないでくれよ。」


悪い癖どころではない。ヴェルシダは、力なく椅子にもたれかかるとため息をついた。ルナヴェールの気持ちが分かったような気がする。本当に千年も生きているなら、人間や魔族の行う事は全て稚拙に思えるのだろう。

しかし、セフィルのことは置いておいて、ナギルナに向かうことを母が許すだろうか。多分、無理だろう。ベルシダは、マリエルを故郷に送り届けるために、もう一度、人間の領地に立ち入ると言って許可を取ることを考えた。

ヴェルシダは立ち上がるとセフィルに部屋で大人しくしているように言い、父の居室に向かうことにした。何事にも根回しが必要だ。父は寛容だ。きっと、理解してくれる。母もマリエルを気に入り、ルナヴェールの記憶がないことに同情している。父が理解を示せば母も許可してくれるかもしれない。


ヴェルシダは、そう考えながら父の居室に向かっていると、ちょうどイヴァが自分の居室から出てくるところに出くわした。


「ヴェルシダ。マリエル様は屋敷を出ていない様です。お引止めしなさい。」

「人間の収容所に彼女の友人が居たでしょう。お会いになればきっと喜ばれる。心が休まることでしょう。」

「それに、あの青年はナギルナ地方の出身と聞きました。同じ出身地の捕虜が居たはず。」

「同郷の者と会えば、捕虜も喜ぶかもしれません。彼が橋渡しになって帰郷できるかもしれませんし。」


ヴェルシダは、思わず「あっ」と声を上げてしまった。ナギルナの捕虜が居ることを忘れていたのだ。捕虜はセフィルのことを知っているかもしてない。なにせ中央国の皇子だ。セフィルの性格なら、向こうが知らなくとも自ら名乗って労をねぎらう言葉をかけるかもしれない。

苦悶の表情を浮かべたヴェルシダの様子を見て、イヴァの顔色が変わった。


「どうしたのです。そんな声を上げるとは、はしたない。」

「いつも言っていますが、隠し事はいけないことです。何事も相談することが大事です。」

「特にこの母にはね。」


そう言いながらイヴァがヴェルシダとの距離を詰めてくる。ヴェルシダの手から汗がにじみ出る。彼女は思わず目をそらした。


「ヴェルシダ。この母の目を見なさい。手のひらを見せてごらん。」

「怒りませんから。」


絶対に怒る。絶対にだ。


ヴェルシダは死を覚悟した。


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