魔族の領主
「魔族の都市まで案内して。」
ルナヴェールはマリエルに言った。マリエルは驚いた。この森の事は知っていると思っていたからだ。そう言えば、魔族が現れたときに領主の事を知らないと言っていた。まさか、ここから出たことが無いのだろうか。それに、マリエルを含めて大体の人は魔族の住処など知らない。
マリエルが知らないと言うと、ルナヴェールは溜め息をついて書斎に向かった。マリエルも一緒に付いて行った。ルナヴェールが大きな本を持ち出して本をめくり始めた。マリエルはそれを覗き込んだ。どうやら地図帳らしい。ルナヴェールは突然、わからんと言って本を音を立て閉じると椅子に座り込んだ。マリエルが一緒に座ろうかとしたが椅子が出てこない。ルナヴェールの機嫌が悪いと出てこないのか。
「如何せん昔の記憶だ。ここに来てから外に出なかったのが良くなかった。」
マリエルは記憶という言葉が妙に引っかかった。これは日記なのだろうか。とりあえずは、魔族の領地が近いはずだから領主に聞けばいいと言った。それもそうだと言ってルナヴェールは庭に出ると、手を横に伸ばした。すると大きなカラスが腕に止まった。マリエルはカラスをよく見ると目が四つあるのに気付いた。もしかすると、あの黒猫のような魔物がそこら中にいるのだろうか。
カラスが空に舞い上がると、ルナヴェールは手のひらて片目を隠した。しばらくすると「あった。」と言いマリエルをみた。マリエルは目をそらしたが、ルナヴェールは何かの役に立つかもしれないと言って、マリエルの手を掴んで屋敷に連れ込んだ。
嫌がるマリエルを無視して、ルナヴェールは一つの部屋に入った。書斎と同じく薄暗く棚には何か不思議なものが無造作に置かれていた。石ころや使いかけの蝋燭、獣の骨に古びた剣や文字の入った木の棒。何も統一性が無い。マリエルが手に取ろうとすると、ルナヴェールが止めておけと言った。彼女自身、何に使うか知らない物があると言う。マリエルは恐ろしくなって手をひっこめた。
ルナヴェールは奥からフードの付いた黒い外套と、奇妙な文様の入った面。古びた短剣を持って来た。外套は着ると大きさがぴったりになった。短剣は抜くと本に書いてあった文字が所狭しと刻まれているが刃がない。面は無理やり着けられたが不思議なことに目が見えるし呼吸もできた。
「外套は刃も魔法も通さない。剣は人間以外は大抵切れるし、炎を出して敵を焼き払う事も霧を出して身を隠すことも出来る。面は毒を浄化し見えない物を見る事が出来る。」
「これで、一人になっても安心だろう。」
マリエルは安心などしなかったし、一人になるつもりもなかった。ルナヴェールが魔族にしたように、おそらくは領地に行き次第、用事が済むまで魔族を握りつぶし続けるのだろう。その時は出来るだけルナヴェールから離れない様にしようと思った。
装備が整うと、ルナヴェールはまた庭に出て今度は空に向かって手を上げた。その手を振りかざすと竜巻のような強風が二人を包んだ。あまりの風の強さにマリエルは目を硬くつぶった。ふわりと体が浮く感覚がしたが、すぐに風はおさまった。恐る恐る目を開けると、そこには大きな屋敷があった。そして、鎧をまとった魔族と思しき者が二人いた。
「領主に会いたい。森の中でお前らを追い払った者だ。」
「不遜な振る舞いについて蒸し返すつもりは無い。安心して良い。」
握りつぶしの間違いで、いきなり風に乗って現れて安心できるわけがない。マリエルはそう思いながら、いざと言うときの為に短剣の柄を握り締めた。そんなマリエルの考えに反して魔族は屋敷に入ると、偉そうな魔族が現れた。領主の下へ案内するそうだ。マリエルは罠だと思ったがルナヴェールは屋敷に入っていった。
貴賓室に案内され、ルナヴェールは豪華な椅子に座った。マリエルは椅子にも警戒して座らずに彼女の傍らに立った。お茶が運ばれてきた。運んできたのは女の魔族だが、ほとんど人間と違わない。しいて言うなら瞳の色が赤く、髪と肌が真っ白な程度だ。人間でもここまで白くはないが、赤い瞳を除けば居ないわけではない。
いつから人間と魔族を分けたのか。
それはルナヴェールの言葉だ。人と同じものを食べ、魔女に握りつ潰されるのを恐れ、人間と同じ様式の家に住んでいる。言葉も癖があるが、地方の人間よりか聞きづらい程度だ。マリエルは魔族を目の前にして、本質的な部分では人間と魔族は同じではないかと思った。
扉が開いて背の高い、青白い肌の魔族が現れた。顔のにはあの文様が入っている。そして、自らをこの地の領主と言うと、ルナヴェールの向かいに座った。ルナヴェールは早速、魔都の場所と出来れば王への紹介状を書いて欲しいと言った。領主はそれは出来るが対価が欲しいと言った。
領主は長年、近辺を治めているが森の奥までは手を出していない。最近、森の奥と聖王国方面へ領地を拡大せよと王から命じられたと言った。聖王国方面は軍備が不足しているので様子見に留めていた。森は瘴気が濃すぎて立ち入れなかったが、急に瘴気が薄くなり探索可能となってルナヴェールの屋敷にたどり着いた。
領主はルナヴェールを森の支配者と思っているらしく、森への立ち入り許可とわずかでいいから土地を借りられないかと言った。名目は領地とし百年単位で借りると言った。それが成立すれば、ルナヴェールの要求をのむと言った。マリエルはこの領主が王の命令通りに領地を拡大させている体裁が欲しいのだと思った。どこの領主も王には頭が上がらないのも人間と同じだ。
「森に入り好きな場所に壁を作りなさい。そこを百年貸していいわ」
ルナヴェールが、さも森の支配者のように言うと、領主は喜び使用人に契約書を持ってこさせた。ルナヴェールは中身も読まずにサインをした。マリエルは面の力で契約書に魔法をかけてあるのが分かった。この世界には契約を履行しない者を問答無用で罰する魔法がある。主に神官が立ち合い魔法をかける。これは魔族の高位な者が予め魔法をかけて発行しているに違いない。ルナヴェールの肩越しに見ると罰則の欄に石になると書いてあった。
まずいと思ったマリエルはルナヴェールの服をひっぱたり、背中を叩いてみたりした。ルナヴェールは無視して話を続けた。領地拡大の理由についてだ。領主は各地で聖王国が魔族の国を襲っていると言った。魔族も人間同様に大陸に散らばっている。それを警戒して領地を拡大して国力を増強していると言った。
ルナヴェールは礼を言うと、戦には関与しないが我が森に火の粉が舞い落ちるなら払うまでだと、協力関係をにおわせるた。領主は興味が無さそうに礼を言った。そして、後ろの小さな者は何者かと聞いてきた。
ルナヴェールは、奇妙な仮面をかぶったマリエルをじっと見つめて動かなくなった。貴賓室に沈黙が流れる。ルナヴェールは、そんな問いかけが無かったように領主に紹介状を持ってこいと言った。