とある少女
セフィル達は早速、竜の巣の手前の村へ行くことにした。今から飛べば夕方には村に入ることが出来る。ルナヴェールがセフィルとマリエルを。ヴェルシダは自分で。ヴェルシダは自分が着くのは翌日で良いかと言った。ルナヴェールが風で移動できるのは三人。ヴェルシダは一人で飛ぶが距離が短い。急いで連続で飛んで深夜だ。それなら、明日の朝から休憩しながら飛べば翌日の夕方には着く。正直、ルナヴェールに連れて行ってもらう二人は元気だろうが、こちらは疲労困憊だ。着いて早々、何かあれば疲れたまま戦う羽目になる。
マリエルもヴェルシダの事を分かっている。村でヴェルシダをゆっくり待つのが良いと言った。セフィルは異存ないと言い、ルナヴェールは勝手にしろと言った。ヴェルシダは、あと一日を、この街で過ごすことにした。
街の外れに移動しマリエル達が先行しようとする時、セフィルはマリエルの影からゆっくり出てくるルナヴェールを見た。それは、さながらに地獄から黒い悪魔が顕現するかのようだった。漆黒の髪と衣。そして白磁のような肌をした美しくも慈悲のない顔をした黒衣の魔女。それが、生命力と優しさに満ち溢れる爛漫なマリエルの背後に立ち、肩に手を添えている。マリエルは意識をしているのかは分からないが、黒衣の魔女の手の上に自身の手を添えた。まるで二人が繋がっているように感じる。
ルナヴェールがゆっくりとセフィルの側に立ち、マリエルも同じように立った。セフィルは男性でも背の高い方だが、ルナヴェールの方が頭ひとつ高い。セフィルがルナヴェールを見上げると、ルナヴェールもセフィルの視線に気付き目が合った。目の奥に金色の炎を蓄え、見下ろす目はまるで物を見るかのようだ。
セフィルは初めてルナヴェールを間近にみた。怖くはない。ただ不安だけがある。こんな存在の次元が違う存在と一緒にマリエルはずっと一緒にいたのかと思うと、彼女に畏敬の念しかない。そんなセフィルの姿をみてヴェルシダがからかうように言った。
「なに怯えているんだ。人間でも男だろう。私なんか、そいつと対等な存在だ。」
「私を敬え。人間の男よ。」
セフィルは次元の違う者の存在の前にして意識を奪われているところに放たれた言葉に、思わず顔を赤らめて「違う!」と声を荒げてしまった。マリエルは、くすりと笑い、ルナヴェールは怖くないとセフィルに言うと、彼はますます顔を赤くした。
「そろそろ行くぞ。少し土が舞うから注意しろ。」
ルナヴェールが会話を打ち切るように言うと、急に空気が澄んで静かになったかと思うと一気に周囲の風が竜巻のように流れだし空間を遮断した。急な突風に見舞われたセフィルは目をつぶっていたが、風の流れがわずかに緩やかになったのを感じると、ゆっくりと目を開けた。足元を見ると遥か下に森が、丘が、山が流れてゆく。走る雲間をまるで風の大鳥の背に乗って飛んでいるかのようだ。好奇心旺盛なセフィルは流れゆく雲をつかもうと手を伸ばそうとすると、ルナヴェールが手がちぎれるから止めておけと言った。セフィルは慌てて手をひっこめた。マリエルはずっと目をつむってルナヴェールにしがみついている。セフィルは流れゆく景色を目を見開いて見ていた。
ヴェルシダは盛大に巻き上がった土と木の葉にまみれた。取り付いたそれらを払いながら、絶対にルナヴェールがわざとやったと思った。おおよそ、同族に見せられない位に土と木の葉だらけの姿のまま、いつか復讐してやると呟きながら街に戻って言った。
街に戻ったヴェルシダは、街を散策しながら「しまった」と思った。ゆっくり休める事は出来ても口に合う食事が無い。どうしたものかと考えていると、金がたんまりとある事に気付いた。そして、思い通りの食事を誰かに作らせればいい。そう思ったが、おおよそ人間の口に合わない料理を旨そうに頬張る姿を見られれば、きっと奇異に見られて魔族とみられかねない。仕方ないので食事は出来るだけ人間の味付けをしていない物を選ぶしかないと思った。
折角、ルナヴェールがいない一日を過ごそうとしたが気が削がれてしまって、機嫌が悪くなったヴェルシダが通りを歩いていると、向かいから歩いて来る人間と肩がぶつかった。
「ごめんなさい。」
人間の女。少女の様だ。その少女は足早に立ち去った。ヴェルシダは腰に下げていた物入れから金を掏られたが気付かないふりをした。先ほどから人を探すように辺りをそれとなく伺いながら歩く数人の男とすれ違っていた。念のためにローブを被っていたが、自分の事とは思っていなかった。金を掏られた瞬間、目的はあの少女の事だと思った。
ヴェルシダは大通りから路地に入ると、壁にもたれ掛かって目を閉じた。意識を解き放ち拡散させる。意識は拡大する程に薄くなってゆく。そろそろ元に戻さねばと思っていると、あの少女の気配を感じた。その少女に自らの意識の一部を、首輪をつけるようにつけると意識を自身の身に戻した。これで、余程遠くに行かない限り居場所が分かる。金は返してもらわなければならないが、騒ぎを起こすことは出来ない。
ヴェルシダは溜め息をつくと、少女のいる方角へと向かった。




