行商人
ルナヴェールが机の上の本を手に取ってめくりながらマリエルに内容が分かるか聞いてきた。マリエルは当然、分からないと言った。そして、出来れば読み方を教えて欲しいとルナヴェールにお願いをした。
ルナヴェールは分かったと言うと机に座った。マリエルは、また無かったはずの椅子が出てきた事を不思議に思った。
「屋敷自体が用意してくれる。綺麗好きだし気が利くから重宝しているよ。」
ルナヴェールはマリエルに食器の片付けをしていないだろうと言った。全部、屋敷自体がやってくれているそうだ。マリエルは黒猫同様に気味が悪くなった。
ルナヴェールは、文字が昔の文字だと言った。この本の内容は当時の天候に関する本で、天候に関する基礎的な事柄が書いてあるそうだ。現在の構文と同じではあるが、文字自体に文脈から複数の意味があり、例えば、この本だと水と雨が読み分けられるそうだ。マリエルが文字に属性があると言う事かと言うと、ルナヴェールはその通りと言った。
とりあえずは、この本を教材に読み進める事になった。先ずは単語と発音を学ぶことになった。十ページも進むと、何となくわかり始めた「水は霧になり雲となる。温度により地に留まるか空に舞い上がり雲になるかが決まる。」そんなことが書かれているようだった。マリエルは水に関する魔法と詠唱に似ていると思った。
「魔法と言うのは、理を示して、星から力を引き出して使う事さ」
ルナヴェールがそう言うと、マリエルは魔法について考えを改めないといけないと思った。特別な呪文ではなく意味があり、そうして星から適切な力を引き出す。つまりは星にお願いをすると言う事かもしれない。この事を言うとルナヴェールは、概ね合っていると言った。
しかし、それには対価が必要であると言った。マリエルが知ら無さそうだったので、ルナヴェールは理に一部についてマリエルに説明した。
「井戸から水を汲んで入れたコップの水。それとマリエルが居る。貴女が水を飲んだ後、水とマリエルの重さは変わるか。」
マリエルは水が体の中に移動しただけで、重さは変わらないと答えた。ルナヴェールはその通りと言うと、
「だが、井戸から水を汲むのは重労働だ。そこまで考えると、何かが減らないか?」
マリエルは神の恩寵があるので労働で減る物はない。だから考える必要はないと答えた。ルナヴェールは溜め息をつくと、とりあえずは本を読み進めようといった。マリエルはルナヴェールの言った意味がよく分からなかった。
他にすることが無いので、昔の文字の勉強が日課になった。マリエルは聖王国での日々よりずっと楽しかった。意味を理解せずにひたすらに文言を覚え、詠唱を諳んじて事象が発現しないとやり直し。苦行でしかった。午前と午後には休憩と言ってお茶も飲めたし、日が暮れると終わりになった。しかし、寝る頃になると空虚と孤独に襲われた。この先、一生この屋敷から出る事が出来ない。他人と会う事もない。仲間との日々を思い出し涙する日もあった。
一週間ほどすると、ルナヴェールが行商人が来ると言った。マリエルは久しぶりに人間と会えると喜んだ。門の前で待っていると昼くらいに行商人がやってきた。太った髭のおじさんだった。マリエルは笑顔で挨拶をした。行商人はモランと言った。ナギルナ地方から来たと言った。
ルナヴェールが出てくると、やうやうしく頭を下げて挨拶をした。ルナヴェールがマリエルのための荷物を下ろすように指示すると、終わったら貴賓室に来るように言った。モランが運び込む荷物の中には人の食べる野菜と干し肉、お菓子に衣類が入っていた。衣類は後で調整すると言った。マリエルは何よりお菓子が入っていることを喜んだ。
モランとマリエルは荷物を運びながら話をした。モランは代々、ここの出入りの商人で、たまに呼び出されては外の物を売りに来るといった。少なくともひい爺さんのころには出入りしていたらしい。取引は主に本で、対価に希少な鉱石や宝石、金をもらうそうだ。
人間のものを頼まれるのは初めてで驚いたと言った。マリエルがどうやって森を抜けるのかと聞くと、モランは懐から銀の手のひら大の板を取り出した。板には文様が刻まれている。これがあると普通の森を行くのと同じになるそうだ。
荷物を運び終わったモランは貴賓室に入った。ルナヴェールがお茶をだして大粒の金をモランに渡した。モランは礼を言うと、鳥の伝言にあったように毎週は来れない。二か月に一回が限度だと言った。ルナヴェールは分かったと言うと、聖王国の動きについて聞いた。
聖王国は各地に出向き、素養のある人間を集めている。最近は強引でナギルナの国でひと悶着あった位だと言った。そして、税が上がり通常の兵力を強化している。それは最近の不作の原因が魔族のせいで、討伐を行うとい噂が出回っている。ルナヴェールが遺跡調査の件はどうかと言うと、分からないが鉱物探査が頻繁に行われ、これもナギルナの一国で紛争になりかけたと答えた。
ルナヴェールは話を聞くと溜息をついた。用があればまた呼ぶと言うとモランはそそくさと部屋を出て行った。ルナヴェールは立ち上がると、外で聞き耳を立てているマリエルに部屋に入るように言った。そして、申し訳なさそうに入ってきたマリエルに言った。
「魔族の町に散歩に行くかい?」
マリエルは分かりましたと言う他ないと思った。