疑い
ヴェルシダはセフィルの後を付いて行く。昼飯を食べて銅像の広場に行く。長期滞在は想定していない。セフィルは相変わらず、鼻歌交じりに隙だらけで歩いている。セフィルは急に立ち止まると、魚か肉かどっち良いかと聞いてきた。
「どっちでもない。そのまま止まらずに路地を歩け。」
ヴェルシダはローブ下で短剣を抜いている。気付いているか分からないが、セフィルは大通りから路地に入った。人通りは一気に少なくなる。ヴェルシダは距離を開けてセフィルの後を付いて行く。
「水路の仕組みに詳しいじゃないか。本を読んだって?国の書庫にあるような専門書を読むとは驚きだ。」
「地図と重ねて、水路を歩測で計っていたな。しかも、水路の出入り口を外れなく開けていった。」
「密偵が城に入って地図を作る方法だ。それも本で読んだのか?」
ヴェルシダが言うと、セフィルは「やれやれ。」と言って振り返った。正面には直ぐにでもとびかかる事が出来るように立っているヴェルシダがいる。
「密偵なんかじゃない。エルドナーラは魅力的な街だけど、どの国も駐留すべきじゃない。」
「自由な交易が周辺国に富をもたらせている。」
「今度は経済学か。何でもありだな。それで、どこの国の者だ。聖王都かナギルナか。それらに属しない国は幾らでもあるな。」
セフィルは、金があるならさっきの剣を買ったと言った。そして、なにか企んでいるわけではないと言った。ヴェルシダがさらに問い詰めようとすると、セフィルは勘弁してくれと言った。
「君たちだって秘密があるんだろう。なんで魔族がこんなところまで来ているんだい。」
「それに、マリエルの魔力は国が管理する程の力だろう。」
「君たちに興味はある。でも、お互いの秘密には不干渉でいよう。」
ヴェルシダは分かったと言った。どのみち、何かあってもルナヴェールの餌食になるだけだ。ただ、ヴェルシダ自身が、飄々とした掴みどころのない男が嫌いなだけだ。
ヴェルシダが短剣を収めると、セフィルが改めて魚か肉かを聞いてきて来たので「どちらもだ。」と答えた。
マリエルは二人と別れると、酒場の前の宿屋に向かった。進むにつれて、昼間に関わらず人通りは少なくなっていった。さらに進むと昼間から酒を飲む者や、たむろして大声で話す者。そして、物乞いがいる。
少年が小さな木箱を前に座っている。服はボロボロで髪は伸び放題だ。マリエルは聖王都から追い出された仲間と少年の姿を重ね合わせた。そして、ポケットの中から小銭を出そうとした時、声をかけられた。
「やめときな。危ないんだからね。」
振り返ると、赤い髪に化粧をした女性が立っていた。給仕の服を着ている。この辺りの食堂で働いているのだろうか。マリエルは彼女の姿に心を奪われた。体の線の出た服にショールを羽織っている。長くて手入れされた長い髪。色を塗った爪。大人の女性だ。
マリエルが彼女をみて動かかないでいると、赤い髪の女はマリエルの手を引いて、小走りにその場を離れた。
「この辺は初めてなのかい?あれはね、あの子にお金をあげようとした瞬間に、財布をひったくる連中がやる罠だよ。」
「ここじゃ、出来るだけ他人に無関心でいるのが、長生きする秘訣なんだよ。」
そして、マリエルを広めの通りに連れてくると、この近辺には近づくなと言って。戻ろうとした。マリエルは宿に行かなければならない。思わず赤い髪の女を呼び止めた。
「ありがとうございます。でも、行かかなくっちゃならないんです。」
「シーバスと言うお酒屋さんを知りませんか?その向かいの宿に泊まりたいんです。」
赤い髪の女は立ちどまって振り返ると、マリエルをじっと見つめた。そして、ついて来いと言うと歩き始めた。
女はサラといい、シーバスで働いていると言った。治安が悪いと言われるが、気の荒い連中のたまり場で、さっきのような犯罪者が潜む貧民街ではないと言った。その証拠に、彼女の通る道は補修がされていない位で普通だ。町並みは古く子供が地べたに絵を描いて遊んでいる。寂れてはいるが商店ある。パンの焼けるにいが香ばしい。
サラは、逆から来たから危ない目に会ったのだと言った。セフィルも街全体を把握しているだけではないから仕方がない。サラは歩きなが、なぜ、こんなとことの宿を取るのかと聞いてきてきた。マリエルは返答に困った。シーバスを見張るとは言えない。仕方ないので、安いからだと言うとサラは笑い出した。
「確かにあそこは安いね。酔っ払いが帰れなくなった時に、私が放り込むんだよ。」
「だから、普通の旅人は寄り付かない。居心地は最悪だろうね。」
マリエルは下見が如何に重要か思い知らされた。何日間か分からないが、酔っ払いが占拠した宿に泊まるのだ。あの影に入る魔法で、店の前の影に入っていては駄目なのだろうか。
マリエルが、そんなことを考えているうちに宿に着いた。カウンターに酒瓶後抱いて眠っている青年がいる。サラが起こして、マリエルが泊まる手続きをするようにと青年に行った。命令口調だから、シーバスの酔っ払いの売り上げで成り立っているのだろう。
記帳が終わると青年がが鍵をくれた。その間、サラは宿の入り口に立って辺りを見渡していた。マリエルが部屋に上がろうとした時、サラが声をかけた。
「お腹すいてないかい?ちょと仕込みで忙しくなるんだ。手伝ってくれたら、晩飯を奢るよ。」
マリエルは、集合まで時間があるので、助けて道案内してもらったお礼に手伝うことにした。それに、酒場の間取りを知っておくことは重要だ。マリエルはサラと一緒に店に入った。
青年はサラ達が酒場に入ったのを確認すると、宿帳からマリエル達の名前が書かれたページを外した。折りたたむと、奥から現れた男に部屋の合鍵と一緒に渡した。青年は飲んでもいない空の酒瓶を抱いて目をつむった。
「床を拭いておいてちょうだい。掃除具は出しといたから。」
「終わったらテーブルに上げといた椅子を降ろして、拭いておいてね。」
マリエルは掃除をしながら店の中を見回した。カウンターにお酒が並ぶ。奥に厨房があってサラの声が聞こえる。わずかに見える扉は裏口だろうか。厨房からサラが話しかけてきた。
「ねえマリエル。あなたは何処の出身?」
「はい。森に住んでいました。色々あって旅をしています。」
「そうなんだ。後の二人と一緒に旅をしてるの。一人で宿を取って来いってひどいわね。」
「お仲間は、どこをほっつき歩いてるの?」
マリエルは何となく妙に思った。なんで私たちが三人だと知っているのだろう。マリエルが、どう答えるか迷っていると、サラが厨房に来てくれと言った。厨房に行くとサラがいない。奥の倉庫にいる様だ。
「小麦の袋を運ぶの手伝って。汚れるからローブは脱ぎなよ。」
倉庫の中から声だけがする。そして、唯一の守りであるローブを脱げと言っている。なにも答えないでいると、指輪をはめた指が痛み始めた。マリエルがフードを目深に被って床に伏せるのと同時に、暗闇から何かが飛び出てきた。肩をかすめたが、弓矢を受けた時の様にすり抜けた。カウンターに積んであった皿が落ちて割れる音がした。
マリエルは床を転がって、テーブルの下に飛び込むと辺りをうかがった。床に散乱した皿だけしか見えない。テーブルから出ようとすると、横腹を蹴られた。勢いで壁に叩きつかれたが、目の前には何もいない。そして、気付くと尖った爪の生えた手が、マリエルの頭を掴もうとしていた。あの赤く塗られた爪だ。
やられる!
そう思った瞬間、マリエルは影の中に落ちていった。
サラは焦っていた。最初の一撃で捕まえよとしたら、腕がすり抜けた。カウンターを蹴って天井にぶら下がり、勢いでわき腹を蹴って動けなくしようとしたが、ほとんど手ごたえがなかった。あのローブのせいだ。今度は頭を鷲掴みしようとしたら、影の中に消えていった。魔法使いと言うのは本当だった。しかも、突っ立て呪文を唱えるような魔法使いじゃない。森の生まれだと言っていた。だとすれば、魔法が使えない分、自分は不利になるかもしれない。
逃がしてしまうと面倒だ。捕まえようとしたが間違いだった。少女である事に情をかけるべきではなかった。後の二人に感づかれると計画に支障が出てしまう。彼は姿を見られている。今更、ここをたたむ事など出来ない。
サラは窓から差し込む日に飛び込んだ。影に潜んでいるなら日の光から飛び出すことは無いだろう。そして、どこから現れてもいいように息を殺して待った。しかし、一向に出てくる様子はない。まさか、影伝いに外に出たのか。
サラがしびれを切らして動こうとした瞬間、影になった。背後に何かを感じた。動けない。振り向てはいけないと、本能が警鐘を鳴らし続けている。背後から頬を触られる。氷の様に冷たい手だ。
「男は見たが女もいるのか。獣人とは分からなかった。かなり血が薄まっているな。」
「お前の生き死にに興味はない。いまから人間の娘が出てくる。仲良くしてやれ。」
そして、冷たい手の主の気配は消えていった。前を見るとテーブルの影から、あの娘が出てきた。床に突っ伏して咳き込んでいる。自分から飛び込んでおいて「死ぬかと思った。」とつぶやいている。そして、サラに向けて一言、「水を貰えませんか。」と言った。




