謎の男
マリエルとヴェルシダはマルス商会の倉庫に行きマントの男を追う。セフィルはもう一度、アーガソンに会いに行くことにした。マルス商会が襲われたときの状況を聞くためだ。伝聞のようだが足がかりにはなる。
セフィルはグレン商会の娘の屋敷に向かいながらマリエルとヴェルシダの事について考えた。マリエルは間違いなく森の部族の出身だ。ここから一か月はかかる。歳は少なくとも十代後半。彼らは魔法と無縁の存在だ。森が聖域で、守り守られている。大地と風、水の声を聞いて、災害を予知できる。大昔は彼らを信仰する者達がいたほどだ。
それが、国宝級の魔道具を持って魔法を行使し、使い魔を使役する魔法使いなのか分からない。小国なら一級魔導士として仕官できるだろうに。
そして、あの暴力娘だ。初めて見た時、どこかの貴族の令嬢かと思った。だが、言葉遣いは粗暴で剣ではなく拳で襲ってくる。あの夜、手合わせしたときに強いと思った。場慣れしているし闘拳士として訓練されている。
それに、確実に魔族だ。一般的に魔族の方が身体能力が高い。戦っているときに牙を見た。口を大きく開ければ見える程度だが、人の姿に近い魔族だ。魔族と森の部族の魔法使い。どんな目的で一緒に旅をしているのか分からない。
魔導士は魔法を行使する際に隙ができやすい。戦争では歩兵の円陣の中にいる。ヴェルシダはマリエルの盾の役割なんだろう。組み合わせとしては悪くない。
セフィルは、ある思いに駆られた。二人を手に入れたい。この仕事が終わったら頼んでみよう。
そう考えているうちに屋敷に着いた。門番が「もう諦めたのかい?」と笑うのを無視して、アーガソンに取り次いでもらいと言うと、エリスに伴われて外出していると断られた。護衛隊も引き連れて言ったので、屋敷には使用人しかいないそうだ。
セフィルは、使用人と話したいと言うと門番は首を振った。
「あいつらは何も知らないさ。お嬢様がどこに向かったのか、何時に戻ってくるのか。」
「だから、戦々恐々だよ。いきなり戻ってきて夕食を出す。食べて来たからいらない。客を伴って帰ってくる。無茶苦茶だよ。」
「俺は契約が切れるまでいるが、更新はしないね。」
なんだ。こいつは斡旋所あたりからきた雇われか。良くしゃべると思った。安い奴を雇ったな。あのお嬢様がケチったんだろう。
セフィルは傭兵の世界に詳しい。いい人材は高いし雇い主を選ぶ。安値で名乗り出る間は、それなりだ。傭兵でも自前の組織を形成する者達もいる。そう言った者達は金を二の次にしてのし上がる。
セフィルは門番にタバコを差し出して詰所で話を聞くことにした。彼自身はタバコを吸わない。だが、この手の人間の警戒心を解くには最適な代物だ。
「マルス商会も襲われたって聞いたけど、正直、本当かどうか分からない。」
「まさか、お嬢様が殴り込んだんじゃないだろうね。」
セフィルが笑いながら言うと、門番は声を殺して言った。
「実はマルス商会が襲われる前に、人集めをしてた人間がいたらしい。」
「もちろん、斡旋所なんて使わない。かなり高額だったそうだ。知り合いが手を上げたが、締めきった後だったそうだ。」
「俺もそっちに行けばよかったよ。なんせ、屋敷に松明を放り込むだけだったんだからな。」
多分、そいつがマントの男だ。松明を庭に放り投げても、被害はたかが知れている。お嬢様を襲った時もそうだ。大事に聞こえるが、実際は嫌がらせに近い。
「その男は何処で人を募ってたのかい。金がいいなら話を降りて、その男に雇ってもらいたいよ。」
セフィルが冗談交じりに言うと、門番は旧市街にある「シーバス」って酒場だと言った。そして、そこはゴロツキの首領の店だそうだ。
セフィルは礼を言って、もう一本、タバコを渡した。
「ありがとよ。また人集めの話が出たら誘ってくれよ。」
セフィルは、笑顔で分かったと言って門番と別れた。タバコ二本にしては良い情報を得た事に満足した。そして、エリスお嬢様の動きを探るなら、あの門番に高い酒を一本くれてやればいい。だが、憂鬱でもあった。
剣の手入れをしたい。いや、買い換えたい。必要とはいえ、酒代に袖の下。荒事になれば、得意じゃないナイフを使う羽目になる。
セフィルはヴェルシダの色仕掛けで何とかならないかと思ったが、手が出る方が先だと思ってあきらめた。
マリエルとヴェルシダは、マントの男を見つけた場所に着いた。そして、マリエルが短剣を突き立てて、男の気配を探ろうとしたが徒労に終わった。常に居るわけではなさそうだ。ヴェルシダはめんどくさいと言って、街全体を見れないかとマリエルに言った。
頭と足を使えと言われたのに。私が疲れるだ。
マリエルは不満に思いながらも黒猫に聞いた。一気に街を探したいと。黒猫は何も言わない。気付くと二人の背後にルナヴェールが立っている。あまり機嫌は良くないように見える。ヴェルシダは目を合わせようとしない。
「せっかくだ。影の中に入ってみるか。」
影の中?暗闇に飛び込むってことだろうか。怖すぎる。
思わず逃げようとするマリエルの襟を掴むと、ルナヴェールは建物で出来た影に放り込んだ。マリエルは水の中に落ちたような感覚に襲われた。息は出来るが足がつかない。下を見ると底が見えない。溺れるようにもがいていると。ルナヴェールが手を差し伸べた。
「落ち着け。下を見るな。上を見て見ろ。」
マリエルは水の中にで浮かぶように力を抜くと、落ちも浮きもしない状態になった。上を見ると暗闇にいくつもの光が差し込んでいる。よく見ると地上の光だ。その中で影が動いている。人が動いているんだと思った。
「地上の雑多な音が入り込まない。あの男の足音を思い出せ。」
マリエルは目をつむると耳を澄ました。そして、あの男の足音を思い出していた。このまえ、地上で剣を突き立てているよりも集中できる。より遠くまで意識が広がっていく。徐々に影の中になれてきて、人々の足音を聞けるようになってきた。
マリエルが集中すると、あの足音が聞こえた。何処にいるのだろうか。石を踏みしめる音。石の階段を降りているのだろうか。差し込む光が消えた。そして何か流れている。
なんだか、その場所に泳いで行ける気がしてきた。そうして、手を伸ばそうとした瞬間、ルナヴェールがマリエルを影の中から引き上げた。
「上出来だ。これ以上いると影の中に意識が取り残される。」
「影のあるところなら何処からで抜け出せる。だが、影のないところからは出る事が出来ない。」
「知っている者なら、光で影の中に閉じ込める事が出来る。」
ルナヴェールが、どんな感覚で影のいるかが分かった。近くにいれば会話が丸聞こえだ。だから機嫌が悪かったんだ。そして、マリエルは力が抜けていた。影から抜けると体が重い。頭がぐるぐる回る。
ヴェルシダがどうだったと聞いてきた。状況を説明すると地下水路かもしれないと言った。この街は水路が整備されている。だから広場に泉がある。中央に行けば、建物の中に水が引かれているそうだ。
ヴェルシダは立ち上がった。水路の入り口を探そうと言うと、マリエルの腕を引いたが疲れて体が動かない。
「次はお前だ。」
ルナヴェールはヴェルシダを影の中に放り込んだ。




