厄介者
ヴェルシダは路地裏を早足で宿に向かっていた。収穫はあった。セフィルは使える。お互いに弱点を補える。勿論、私の方が強いのは当たり前だが。しかし、ルナヴェールが現れたのは誤算だった。何をされるか分かったものではない。もうすぐ大通りだ。宿までもうすぐ。マリエルの目の前では大人しくしているだろう。
ヴェルシダが急いでいると何かおかしな感じがした。まだ大通りに出ない。同じ道をぐるぐると回っている感じがする。振り向くと曲がり角がある。木箱が積まれている。進んでいるうちに同じ木箱が積まれている曲がり角に着いた。
空間が閉じている。ヴェルシダは急に怖くなった。ルナヴェールの仕業に違いない。
とにかく脱出しなければと壁を登ろうとした瞬間、足に焼けるような痛みが走った。「熱い!」。思わず叫んで倒れ込んでしまった。倒れたままのヴェルシダの視界に黒い人影が見える。
「お前には首輪をつけておこうと思う。」
「どうだ?」
見上げるとルナヴェールが見下ろしている。
「うるさい!早くここから出せ!」
冷静さを失っている。出られないと焦った分、言葉を荒げてしまった。しかし、いつも思うのだが、この「熱い」のは、どういいう原理なのだろうか。回避する手段はないのか。
「あの人間の力量が気になるのは仕方がない。だからと言って、殺し合う必要はない。」
「言葉に嘘はない。お前が去った後に見てみたが邪気もない。」
分かった時に言ってくれればいいものを。ヴェルシダは自分は道化の様だと思った。
ルナヴェールはセフィルと一緒に旅をするかと聞いた。ヴェルシダは利害が一致すればと答えた。
「ならば、ナギルナ地方に行くように人間の男と話し合え。」
「お前らが死なない程度に手を貸してやる。」
「マリエルの事に関係あるのか?マリエルに聞かなくていいのか?」
ルナヴェールはヴェルシダの問いには答えず、暗闇に溶け込むようにして消えていった。
ヴェルシダは立ち上がると慎重に歩み始めた。するとあっさりと大通りに出た。ルナヴェールの気が変わらないうちにと宿に向けて走った。
ヴェルシダが宿に戻るとマリエルはぐっすりと寝ていた。ヴェルシダも寝ようとしたが指が痛い。血が滲んでいる。元々、あれは剣を殴るようには出来ていない。喧嘩に使う武器だ。ふと立て掛けている魔道具の剣を見た。本当に役立つのか怪しい。何か他の武器が欲しい。何かないか探してい見よう。
傷を洗っておきたい。ベルシダは主人に水を貰いに下階に降りた。主人は夜更けにも関わらず、水場を貸してくれた。ベルシダが傷口を洗っていると主人が言った。
「君は魔族だろう」
ヴェルシダは構わず傷口を洗った。
「私は昔、辺境で行商をしていたんだ。取引相手は魔族だった。主に工芸品を扱っていた。」
「勿論、禁止行為だが利益が出る。その金で宿屋を開いた。」
「君を見た時、何となく魔族だと思った。だが、出来れば早々に立ち去った方が良い。」
「断っておくが、私に魔族に対する偏見はない。市中で魔族狩りと称して官憲が目を光らせている。これまで無かったことだ。」
「君の友達はとてもいい子だ。だが、私達には家族がいる。お互いのためだ。」
「考えておいてくれないか。」
ヴェルシダは傷口を洗い終わると、何も言わずに部屋に戻った。
魔族狩りだと?
魔族は人間を見ても襲わない。いつも面倒事だけ運んでくるから追い出すだけだ。だが、人間は違う。魔族とみれば襲ってくる。なんの意味があるのか分からない。だから、魔族は人間の領地に立ち入らない。野蛮としか言いようがない。
明日、宿を引き払おう。どうせ、金が入るしセフィルの言っていた護衛の仕事なら、一か所に留まる必要がない。
ヴェルシダはベッドに腰かけると荷物から手鏡を取り出した。髪をほどいて鏡を望みこむ。そこにはマリエルと大差ない顔が映っている。銀髪に青い目。暗いと混じり合った金の瞳が光って見える。それだけだ。口元をあげると少し牙が見える。ベルシダは鏡をしまってベッドに寝転んだ。この牙で人を噛み殺すとでも思っているのか?堅パンでも難儀するのに。人間は愚かな生き物だ。
帰りたい。王城で人質でいた日々が恋しいくらいだ。ベルシダはベッドにもぐり込むと、どうにかルナヴェールを出し抜く方法を考え始めた。
朝がやってきた。ヴェルシダはローブを羽織ると下階で水を汲んできた。主人がいたが何も話さなかった。一々顔を隠すのが面倒くさい。顔を洗って髪をとかしているとマリエルが唸りながら起き上がった。頭が痛いそうだ。酒は好きだが弱い。そして、記憶を失う。それが今のマリエルだ。
マリエルは自分の荷物から薬草を取り出すと、昨日採った解毒の薬草を生のままかじり始めた。二日酔いに良く効くそうだ。
水を多目に飲んで落ち着いたマリエルに、ヴェルシダは宿を引き払うと言った。マリエルは怪訝な顔をしている。ヴェルシダは何も言わない。マリエルは頷いて荷物をまとめ始めた。
二人は荷物を持ってカウンターに鍵を返しに行くと、主人の息子が忙しそうにしている。「エウルバータに寄ったらまた来てくれ!」そう言って先に払った一日分を返してくれた。初回特典だそうだ。ヴェルシダは名残惜しそうにしているマリエルの手を引いて宿を後にした。




