調査団
魔族が逃げ帰った後、すぐに魔女が言った物が届けられた。魔女はそれを受け取ると、何も言わずに持ってきた魔族を鬼人と同じように握り潰した。マリエルは自分の食料を確保してもらって感謝する半面、魔女の本質を見たような気がして恐怖した。もしかすると、所有物でいるのが安全なのかもしれない。
魔族が持って来た物は魔女がみてくれて安全だと分かった。しかし、肉と一部の野菜以外は匂いと味が酷く、口にできなかった。魔女は人間でも土地によって食べる物が変わると言って、好き嫌いをせずに全部食べろと言った。マリエルは渋々分かったと答えた。しかし、塩と胡椒が手に入ったのは良かった。これがあれば不味い野菜もカラスの肉も何とか食べる事ができる。
「それで足りるのか?」
魔女が聞いてくるのでマリエルは一週間分と言った。野菜は日持ちしないから肉を刻んで食べるしかない。魔女は暫し考えると落ちている木の葉をとって手のひらに乗せた。彼女が息を吹きかけると空を舞いながら鳥の姿になった。頭上を一回りすると空に消えていった。マリエルは口を開いてその様子を見るばかりだった。
「人の町に出入りの行商人がいる。必要な物を買い入れよう」
そう言うと、魔女は屋敷に戻っていった。マリエルは魔女の後ろ姿を見ながら思った。あの魔族を生かしておいて、定期的に食料を持ってこさせれば良かったのではないだろうか。
何とか食事が終わると、魔女がマリエルについて来いと言った。マリエルは何をされるのか急に恐ろしくなった。あの容赦のない魔族への行い。そして、詠唱もなく使われる魔法。マリエルは小さな声で分かりましたと言うと、魔女の後をついて行った。
長い長い廊下を進む。マリエルの足音だけ響き渡る。魔女の後ろ姿を見ていると、一瞬だが二つの光る眼を見たような感じがした。それは闇夜に潜む猫の目の様だった。あの服の中に何かが居るのだろうか。それとも見間違いだろうか。そうしていると魔女は部屋の前で立ち止まった。そして、マリエルに入るように言った。
部屋には天井にまで届きそうな本棚がいくつも並び、中には隙間なく本が整然とおさまっている。一体、何冊の本があるのだろうか。マリエルは本棚の横の列を覗き込んだが、暗いせいもあってどこまでも続いて見えた。本の背表紙を見ると見たことない文字が書かれている。ずっと見ていると魔法に使う記号のようなものが混ざっている本があった。
魔女は窓辺まで来るとテーブルと椅子が一脚ある。魔女が座るとマリエルに座るように言った。すると、一脚しかなかった椅子がいつの間にかに現れていた。恐る恐る座ると、だだの椅子の様で安心した。
「お前は何者で、此処へは何しに来たんだい。教えてくれないか」
魔女が聞いてきた。マリエルは自分自身の事とこれまでの経緯を話し始めた。
マリエルは聖王国エルドナーラのから遠くの森の部族の出身だと言った。森は深く土地は肥え、農業と狩猟で成り立っている。両親を病気で亡くした後は親戚に育てられた。エルドナーラは魔法技術の開発に熱心で、各地を周って遺跡踏査をしている。調査団が調査の為に森に入ろうと拠点を作っていた。色々と食料など買ってくれるので、マリエルも調査団の所に行ったときに、調査団の人間に魔法の素養を認められ、なかば無理やり連れ帰られた。
エルドナーラでの日々は過酷で、勉強と魔法の訓練が休みなく続けられ、成長の見込み無しとされると雑用係となってみんなの世話をさせられる。食事の量も減らされる。ついには王都から追い出され、故郷に帰ることが出来るならいいが、マリエルのように辺境の人間は近隣の町や村で下働きでもして暮らすしかない。
マリエルは幸いなことに下級の僧侶として認められたが、それから伸び悩み下級僧侶のなかでも雑用係となっていた。いつ、王都から追い出されるのか怯える日々を送っていたと語った。
「僧侶とか言ったね。エルドナーラには神がいるのい?」
マリエルは大神官がいて、神の代弁者で色々な奇跡を起こし国民から尊敬されていると言った。そのためには魔力を制御し神聖な力にまで昇華しなければならないと言った。魔女は「へー」と言っただけだった。
ここに来た経緯についての話が始まった。一年前、この森を調査することが決定されたが、調査団が帰ってこない。次も調査団が編成されたが同じく帰ってこない。国は調査団の編成を変える事にした。偵察部隊が安全を確認しながら、それから本隊が進む形にした。その偵察部隊にマリエルが選抜された。友達の雑用係と一緒に。
魔女はそこまで聞くと溜息をついて言った。マリエル達が襲われたら本隊が逃げ帰る。要は囮みたいなものだと。そして、一次も二次の連中はマリエルたちが同じ襲ってきた連中におそわれ、全滅するのをみた。そして後片付けで灰にしたと。
マリエルは小声で魔女に聞いた。何かあれば救助隊が来ると聞かされていたが、寝ている間に来ていないかと。魔女は首を横に振った。マリエルは、そうですかと言うと俯いてしまった。
魔女は励ましや、いたわりの言葉を忘れてしまっていた。頭を搔きむしるが思い出せない。そうしているとマリエルは魔女のその姿を見て吹き出した。魔女はマリエルが笑ってくれて安堵した。