帰還
マリエル達はエルバータの近くに降り立つと、遠くに門とそれに続く人の列が見える。マリエルはそれを見ただけで胃がキリキリ痛み始めた。あの衛兵の顔と、連れて行かれた、何もない部屋の不気味さ忘れられない。
ルナヴェールが予め見えないようにしておくから大丈夫と言うが、ならば最初にそれをして欲しかった。
ルナヴェールの言う通り衛兵たちは、マリエル達に気付かないかのように中に通した。途中で旅人に押されてぶつかったが、振り向きもしない。それどころか、多くの人でごった返しているのに、マリエル達が居ないかのように振る舞う。おかげでぶつかるわ足を踏まれるわで酷い目にあった。捕まるよりはましだが、そう、何回も出入りをしたくない。
マリエルが雑踏から逃れると、ヴェルシダは先に脱出していたようだ。彼女は存在が無くなったことを良いことに、人の頭を踏み台にして人の群れから飛び出たそうだ。そう言えば、なにか悲鳴が聞こえたが頭を踏まれた人の声だったのかもしれない。
先ずはカエロの店にリンネカグラを持っていくことにした。新鮮なままが良いだろう。もしかしたら一日放置すると枯れて使い物にならなくなるかも知れない。二人はカエロの店に向かった。日が傾くと職人たちの商店街は高い塀に日を遮られて、時間にしてはもう暗くなっていた。どの店にもランプの光が灯っている。カエロの店にも灯りがある。「閉店」の看板もないので店に入った。カエロ以外に人はいなかった。カエロにリンネカグラを採ってきたと言うと、驚き足元の木箱を踏み抜いた。カエロは足が出血しながらも、看板を「準備中」にしてマリエル達を奥の部屋に押し込んだ。
「やはり、あの地図は正しかったのか!」
マリエルがリンネカグラを渡すと、カエロはしげしげとリンネカグラを見ながら言った。リンネカグラもそうだが、地図が正しいかどうか不安だったらしい。マリエルは、そんな怪しい地図を渡してきたのかは聞かずに、生えている場所にはもう行けないと言った。橋が壊れていと言おうとした瞬間、マリエルは不味いと思った。橋が壊れているなら、私たちはどうやって谷を渡ったか説明がつかない。マリエルは帰り道で壊れて落ちたと説明した。
カエロは、魔族が頻繁に現れるので、橋の補修が長年されなかったのだろう。そして、危険な目に会わせて申し訳ないと謝った。マリエルはグード族に申し訳ないと心の中で謝った。
カエロは手にしたリンネカグラを水に浸けると、根に付いた土を丁寧に落とした。使うのは根で、乾燥させてすり潰して粉にしたり、酒につけたり、あるいは他の薬と調合するそうだ。貴族に売るつてが無いので、出入りの卸業者に売るそうだ。マリエルが量が十分か聞くと、半年は仕入れに困らない位の量だと言った。小指の先くらいの大きさで取引されるそうだ。何しろ、万農薬で長寿の薬なのだ。
カエロは早速、卸業者を呼んで換金するから明日の夕刻にまた来て欲しいと言った。報酬は売れた金額の半分ではどうかと提案してきた。マリエルは半分は多すぎると思ったが、ヴェルシダが頷いているのをみて「それでお願いいたします。」と言った。
取引の話が終わったところでマリエルは、グード族が言っていた土の研究者と「龍の道」の事を思い出した。気になって、まだ、興奮冷めやらぬカエロに何か知らないか聞いてみた。
「地質学も農耕学も当てはまらないな。そもそも、地下を通る不思議な力を研究するなどと言う事は、すでに学問として成立しない。」
「全ては経験ではなく実験で証明されるべきことだ。魔法も近々に原理が解明されるだろう。」
カエロは、その男を異端児と呼び、学院に知るものは居ないだろうと言った。マリエルは「魔法も」と言う言葉に引っかかるものを覚えながらも、カエロに礼を言うと彼の店を後にした。外はもう暗くなっている。ヴェルシダがマリエルにリンネカグラの事で話しかけてきた。
「不思議なもんだな。確かに体にいい薬だろうが高い金に見合うほどではない。」
「しかし、良い事を知った。金に困れば採ってくればいいだけの話だ。」
マリエルは、その手は使えないと言った。
「橋が落ちて行けないと行っちゃったし。それに、頻繫に採ってきたら怪しまれる。」
「沢山採れると分かれば安くならない?」
ヴェルシダは「なるほどな」と言って、腰の剣を抜いた。ルナヴェールがくれた「魔法を斬ることが出来る剣」だ。「売れるかな?」と言った瞬間、「熱い!」と言って胸を押さえてうずくまった。ルナヴェールの仕業だ。ヴェルシダは脂汗をかきながらやっと立ち上がった。マリエルは短剣も指輪も大事に使おうと思った。
暗くなった街の建物にランプの灯りが灯ってゆく。昼間の店は片づけを始めている。すでに労働で疲れた男たちが夜の出店で酒を煽っている。みんな日焼けして肌が赤くなっている。マリエルとってはお祭りの日の様だ。みんなが歌って大声で話している。森のみんなはどうしているだろうか。マリエルは立ち並ぶ店の灯りをぼんやりと見ながら、故郷の事を思い出していた。ヴェルシダはマリエルの横顔をみて、気が済むまで声をかけないでやろうと思った。二人が賑やかな夜の通りを見ていると、ヴェルシダの名前を呼ぶ者がいる。あの黒髪の青年。セフィルだ。
「やっぱりヴェルシダだ。そちらは森の子の友達だね。」
「君たちも仕事帰りかい?」
セフィルは汗と埃にまみれ、褐色の肌が赤みを帯びている。日雇いで古くなった集会所の取壊しの仕事をした。そう屈託ない笑顔で言うと、二人に晩飯はまだかと聞いた。二人がまだだと答えると一緒に食べようと誘ってきた。
ヴェルシダは面倒だと思った。襟を立てて隠している口元。慎重に食べないと牙が見えてしまう。しかも、人間と一緒なら口に合わない料理が出て来た時が難儀だ。断って宿に帰ろうとマリエルを見ると、なんだか緊張している。
そういえば、宿でいい具合に反応していたな。
セフィルがいれば、マリエルは少しでも気がまぎれると思ったヴェルシダは、提案を受け入れると言った。
「食事は大勢と楽しくだべるのが一番!」
セフィルは笑顔で歩き出した。ヴェルシダは固まるマリエルの手を引いてセフィルの後に続いた。




