ヴェルシダと友達
マリエル達は日が暮れるまでにエルバータに着いた。高い城壁で囲まれ大きな門がある。マリエルは思わず口を見上げてしまった。ヴェルシダが準備を始めると言った。入り口には衛兵が立っている。商人と旅人は違う門から入るようだ。「身分証と金だ。」ヴェルシダが言う通りに二つ用意した。商人は頻繁に出入りするからか通行証だけ見せて出入りしている。
夕刻に着いたので行列が出来ている。マリエルは順番が来るにつれて不味いことに気が付いた。みんなフードを取り、荷物の中を検められている。武器は出されて、何か聞いている様子だ。マリエルの短剣は普通の剣ではない。ヴェルシダに与えられた剣もそうだ。しかも、フードを取ればヴェルシダは魔族とバレる。
マリエルが焦っていると、荷物の中から黒猫が這い出してきた。
「焦るな。剣は荷物の中に入れろ。工芸品で鑑定に持って来たと言え。ヴェルシダはしゃべるな。牙が見えなければいい。」
「いざとなれば、私が何とかするさ。」
そう言うと、また荷物の中に潜り込んだ。不安と緊張の中、マリエル達の番になった。衛兵が台帳に名前を記入しろと言うので書いていると、違う衛兵が荷物を乱暴にかき回し始めた。イライラしている。混雑する旅人用の門で十人がかりでさばいている。無理もないが見落としてくれないか。
マリエルが祈っていると、衛兵が荷物の中からマリエルとヴェルシダの剣を取り出した。衛兵がマリエルにこの剣は何だと言い始めた。鑑定に出すためにエルバータに来たと言うと、衛兵は何も言わずにじっと剣を見つめている。そして、通りかかった若い衛兵を呼んだ。何か小声で話している。マリエルの心臓は張り裂けんばかりに早鐘を打ち始めた。
「魔道具の一種だな。向こうへ行け。詳しく取り調べる。」
「どうしよう。」マリエルの顔は見る見るうちに青くなった。詰所に向かう途中、衛兵がベルシダにフードを取れと言うと、大人しくフードを取った。ヴェルシダの容姿をみて少々驚いた様子だ。
「お前は何者だ。」
衛兵が剣に手をかけながら言う。しかし、ヴェルシダは何も答えない。衛兵が今度はヴェルシダのローブに手をかけようとしたした瞬間、マリエルがとっさに「彼女はしゃべることが出来ないんです!」と言った。
衛兵はマリエルの言葉を聞くと、ヴェルシダに「本当なのか?」と聞いた。ヴェルシダは目を潤ませ怯えたような素振りでうなずいた。若い衛兵はヴェルシダの容姿と、そのか弱い姿に目を奪われているようだ。そのうち、ヴェルシダの涙が頬を伝う。若い衛兵は「すまなかった。」言うと詰所の中の部屋にマリエルにだけ雑な扱いで部屋に押し込んだ。
なんで私だけ雑に。マリエルがヴェルシダを見るとまだ小芝居をしている。マリエルは大声で「この人は魔族です」と叫びたかった。
しかし、どうした良いのか。部屋には机と椅子があるだけだ。きっと尋問のための部屋だ。荷物は手元には無い。きっと全部見られるだろう。マリエルは嘘をつき通す自信がなかった。牢屋に入れられるのだろうか。ヴェルシダを見ると、人の顔を見て今度は笑いをこらえるのに必死の様だ。とりあえずヴェルシダは魔族だと言おう。
マリエルがそう思っていると、荷物を持った衛兵を伴って文官のような者が部屋に入ってきた。
「こちらの手違いだ。商会への検定依頼書を持っているのに、こんな扱いをして申し訳ない。」
「通行税は払わなくていいよ。その代わり、このことは秘密にしておいくれ。」
文官が言ったが、鑑定依頼書なんか持っていない。それに、何となく目がうつろで精気がない。まさか、ルナヴェールの仕業だろうか。マリエルが考えているとヴェルシダが肘で突っついてくる。そうだ、そんなことより早く立ちさらないと。
マリエルは荷物を受け取ると、ヴェルシダと一緒に詰所から出て街に入った。マリエルはべっとりと手に汗をかいている。もう、あんな目を見るのは御免だ。とにかく休みたいとマリエルは目についた宿に入り込んだ。そして忙しそうにカウンターで作業をしている主人に「二人です。とりあえず三日分でお願いいたします。聖王国の銅貨で払います。いくらですか?」とまくしたてた。マリエルの様子に気圧された主人が金額を言うと、金をつかみ取ってカウンターに置いた。出された鍵をとると、階段を駆け上がり部屋に入った。
主人が呆れた顔をしている。「あの嬢ちゃん。大丈夫かい?」と声をかける主人に、ヴェルシダは疲れているんだと言って、宿帳にマリエルの名前も書いてやった。ヴェルシダが部屋に入るとマリエルは荷物とローブを放り出してベッドに潜り込んでいる。傍らに黒猫が座っている。マリエルは泣いている様だ。
ヴェルシダは参ったなと思った。マリエルへの気遣いに欠けていた。ヴェルシダにとって検問は魔都で人質になっているとき、何度も突破している。見つかって官憲と殴り合いになったが。マリエルは森の部族で平和に暮らしていた。今日のような経験なんてしていないだろう。マリエルの怯える姿を笑ったことも良くなかった。
「マリエル。ごめんな。」
ヴェルシダは謝ったがマリエルは答えない。何か買ってくると言って部屋を出た。ヴェルシダは外を歩きながらマリエルの事を考えた。彼女が「友達」だから一緒にいたいと言ってくれたのを思い出した。それで、家に監禁されずに済んだ。マリエルに礼を言っていないし、自身の行為は「友達」への配慮に欠けている。
「友達か。」
思わずヴェルシダはつぶやいた。彼女は他の貴族の子弟と交流はあるが、友達と言える者はいない。それは相手も同じだ。立場がそうさせている。平民が友達と遊んでいるのを羨ましいと思ったことは無い。だけど、マリエルと魔女の屋敷で暮らすうちに、なにか特別な感情を抱いたのかもしれない。マリエルが嘘をついていないか警戒したことなどなかった。それに一緒に料理もしたし、体術と剣技の練習をした。振り返ると楽しかった。
謝るって、あんなんでよかったのか。
ヴェルシダは、こんな時にどうすればいいのか分からなった。俯いて歩いていると肉を焼いている匂いがした。そう言えば、マリエルの好物なんて知らない。家で出したのは手に入るものを捕虜に聞いて料理しただけだ。
分からないが何か買って帰らねば。
ヴェルシダは匂いのする食堂に入ることにした。




