人間と魔族の村
客間は静寂に包まれている。ルナヴェールは全く喋らない。お菓子の甘みが口の中に残っている。途中で使用人がお茶のお代わりを持ってきて、お菓子はどうだったかと聞いてきたが、ありがとうと言って、口の中の甘みをどうにかしようと、二人ともお茶を口に流し込んだ。
そうしているうちに、ヴェルシダと両親が入室してきた。領主自らが客間に現れるのは、ルナヴェールを恐れているからかもしれない。両親ともにヴェルシダとよく似ている。正確に言えばヴェルシダが両親に似ている。どちらとも銀髪と白い肌、父と母に違いがあった。母親は父親に比べて体格がいい。
「遠いところはるばるお越しいただきまして、ありがとうございます。」
「私はナクタリス家の当主でありますエイリクと申します。こちらは妻のイヴァでございます。」
「娘から聞きました。あの村のへの居住させたい人が居ると。それはご自由にどうぞ。娘が案内します。」
領主たる父親が、ルナヴェールを賓客としてもてなす。やはり、王国の最後の砦と言われる魔法使いを、あっさりと下したのが耳に入っているのだろう。機嫌を損ねて領地を燃やされてはかなわない。領主は娘と妻が村まで案内すると言い、馬を用意していると言った。ヴェルシダがマリエルとユーリに頭を下げると、「どうぞこちらへ。」と言った。入室したときからそうだったが、借りてきた猫の様だ。両親の前では、大人しい令嬢なのだろう。
マリエルがルナヴェールを見ると、「行ってきなさい。」とだけ言った。領主は部屋から出る様子はない。多分、ルナヴェールと二人で何か話すのだろう。マリエルが気になってみていると、ヴェルシダがローブを引っ張る。「早くしろ。」と、小声で急かされてしまった。
マリエル達が屋敷から出ると、馬が用意してあった。ユーリは恥ずかし気に馬に乗れないと言うと、母親のイヴァがヴェルシダに一緒に乗るように指示した。ヴェルシダは馬に乗るとユーリを引き上げて後ろに乗せた。
「では、行きましょうか。村まではここから遠くはありません。」
「ヴェルシダは、私とマリエル様の少し後に付くように。」
マリエルは不思議に思った。なぜ、ヴェルシダを遠ざけるような事を言うのだろうか。歩みを進めると、その理由が分かった。
「ヴェルシダは暴力など振るっていませんか?」
イヴァはヴェルシダの普段の様子を聞きたがってい様だ。しかし、直に「暴力」と聞いてくると言う事は、色々なところで問題を起こしているのだろう。イヴァは笑顔だが何か圧力を感じる。
「いつも守ってもらって感謝しています。」
「暴力と言いうか、最低限の力で相手を退けています。」
マリエルは必要以上に、かつ積極的に盗賊を拳で何人も殴り倒していて、自身は腹を蹴られて未だに痛みが引かないなどと正直には言えないと思った。きっとヴェルシダの身が危ない。そっと振り返ると、ヴェルシダの口が声を発せずに「黙っていろ。」と動いているような気がする。
「そうですか。どこに行っても暴力的だと言われて、人質なのに返されてしまうんですよ。」
「どうしてあんな落ち着きのない子に育ったのでしょうか。」
原因は分からないが、粗暴極まりないのは確かです。マリエルはそう思った。
「私の家は武門の家系です。あの子を厳しく育てたのですが。」
「たしなみとして剣と体術を教えるのですがでも、ちょっと教えようとすると逃げ出してしまうんです。困ったものです。」
多分、ヴェルシダが逃げ出すくらいなのだから、ちょっとではないのだろう。そもそも、気軽に反乱を起こしている。だから人質になっている。ヴェルシダが粗暴なのは親のせいではないだろうか。
ヴェルシダの生い立ちが分かってきたところで村に着いた。害獣除けの木の柵に囲まれて、畑と質素な家々が並ぶ。不思議なのは真ん中にも木の柵があるが、周りの木の柵より高くなっている。そう言えば、人間の捕虜と魔族の罪人がいる。分けて管理されているのだろうか。
「はじめは捕虜に労働をさせていましたが、その分領民の仕事が減るので止めさせました。食料の供給も馬鹿にならない出費なので、自給自足するようにさせました。」
「管理も兵を配置していましたが、捕虜から管理者を指定すると、自分たちで管理するようになりました。一応、こちらか監視役を配置していますが、今日は見当たりませんね。後でお仕置きです。」
イヴァのお仕置きとは何だろう。あのヴェルシダが大人しくしているのだ。マリエルは監視役の無事を祈った。しかし、魔族は適当と言うか大らかだ。人間ではこんなことはしない。捕虜は逃げたりしないのだろうか。イヴァは人間の管理者にユーリを紹介すると言って、ひときわ大きな家に向かった。行きすがらに畑仕事をしている人達がいる。イヴァに膝をついて頭を下げる。やはり、捕虜と領主の関係は保たれているのだ。
家についてはいると、人間の男と魔族が仲良く談笑をしていた。魔族の男の顔が見る見るうちに青ざめる。なにか言おうする前にイヴァに顔を鷲掴みにされた。魔族の男の悲鳴と共に、木が軋むような音がする。
「あとで話したいことがあります。詰所で待っておきなさい。」
魔族の男は鷲掴みから解放されると、涙を流しながら家から飛び出て言った。マリエルは、あの鷲掴み以上のお仕置きが想像できなかった。
「ソルバーグさん。貴方もしっかりしてください。捕虜であることを忘れないように。」
直立不動で立っている男はソルバーグという。人間の中で指定された管理者だそうだ。もとは聖王国で歩兵の分隊長をしていたが、五年前の紛争で捕まり現在に至っている。イヴァは早速、ユーリをソルバーグの前に連れ出した。
「人間の領内で罪を犯したそうです。いずれ捕まり罰を受けるところ、我が娘の温情でここに連れてきました。」
「ここに居るのも罰を受けているも同じ。捕虜交換からは外れます。甘やかすことが無いように管理してください。」
捕虜交換とは外れる。その言葉にマリエルはユーリにとんでもないことをしたと後悔した。ユーリは一生、ここから出る事が出来ない。愕然とするマリエルにユーリは「大丈夫。心配してくれてありがとう。」と言った。
「ソルバーグさんは彼女の話を聞いてやってください。マリエル様はここでお待ちください。ヴェルシダをつけておきますので、何なりと申し付けてください。」
「私は詰所に行ってきます。」
ヴェルシダは何も言わずに立っている。マリエルと目を合わさない。申し付けたら何をされるか分からない。マリエルはヴェルシダも一緒に連れて行ってほしかった。
「さて、ユーリさんだったね。話を聞きましょうか。」
ソルバーグはユーリに座るように勧めると、彼女にすべて話すようにと言った。




