恐怖と魔法
ヴェルシダが廊下に躍り出ると誰もいない。確かにマリエルは指輪に反応が出たと言った。全く役に立たない指輪だと思っていたら階段から男たちが駆けあがってきた。昼間の自警団もいる。手には棍棒と縄を持っている。
「私一人に大人数か。弱い奴ほど徒党を組みたがる。」
「一気にかかってこい!」
ヴェルシダの言葉に奮した男たちが次々と襲いかかる。ヴェルシダは瞳を輝かせながら、今日はなんていい日なのだろうかと男たちを次々と殴り倒していった。
マリエルは黒猫について来いと言われて、部屋の窓から外に出ると屋根を這って宿の裏手に回った。黒猫は積み上げられた木箱を伝って下に降りた。マリエルはそのまま飛び降り一段だけ木箱を蹴ると、そのまま着地した。森で生活していただけに身軽だ。黒猫はその姿を見ていたが「ひやひやさせるね。この子は。」そう呟いて宿の倉庫に向かった。
マリエルが黒猫を追って倉庫に着くと中でユーリが木箱や封筒を漁っている。ユーリはマリエル達に気付くと「もうちょっと待って!」と言って、木箱をひっくり返して書類を漁り始めた。黒猫は便利そうなものは頂いて帰る。そしてユーリを連れて出るギルの下に届けると言った。マリエルは頷いた。
マリエルの背後から男の声が聞こえた。ライシンだ。三人の男と一緒にこっちに走ってくる。マリエルはユーリを守らなければと短剣を抜いた。しかし、どうすれば分からない。
「さて、霧を出しても真直ぐ走って来るぞ。三人同時に空気の弾をぶつけるか?焼き殺してしまうか?」
マリエルは首を振った。人は殺さないし気付つけないと言うと黒猫は言った。
「驚かせて逃げ帰らせるか。逃げ帰るほどの恐怖を与えればいい。お前の中の恐怖を思い浮かべろ。」
黒猫は私が手伝うと言って、マリエルが思う恐怖を強力に念じさせた。マリエルは人の恐れる事を想像した。
マリエルが幼い頃、勝手に森の奥に入って道に迷った。周りは薄暗く日が少し傾くと一気に暗くなった。誰もいない。どこに行けばいいか分からない。聞きなれた動物や鳥の鳴き声が化け物の叫び声に聞こえる。木々が風に揺れざわめく音が、魔物のささやきに聞こえる。日が落ち一瞬で暗闇になる。一粒の星も見えない。大声で助けを呼んでも誰も来ない。暗闇で独り。
ルナヴェールは影の中でマリエルの恐怖のイメージを感じた。上出来だと今度はその中から純粋な「恐怖」を取り出し光の水に流し込んだ。ルナヴェールは影から静かに出るとマリエルの両肩に手を添えた。
マリエルは両肩から何かが流れ込んでくるのを感じた。それらマリエルが子供のころに経験した「恐怖」だ。そして流れる先の短剣に暗闇の言葉を詠唱した。発動した魔法は男たちの頭の中に、純粋な「恐怖」として流れ込んだ。男たちはいきなり恐怖を感じて混乱し、叫び声をあげてそれぞれがばらばらに逃げていった。
「大事なのはイメージする事。知識に頼っては駄目。そして、純粋な力を導き出して魔力に乗せれば完成さ。」
ルナヴェールは、そう言うとまた影に入り込んだ。マリエルは体に残った感覚を忘れないようにと目をつぶって、放った魔法の事を頭の中に刻み込んだ。




