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星の守り人  作者: quo
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マリエル

マリエルはベッドから飛び起きた。


汗をびっしょりとかいている。何が起きたのか思い出せない。彼女は何か怖い者から逃げ切れずに闇に落ちていった。ただ、自身が生きている事に安堵し、それが夢であることに安堵した。深く息を吸い込んでまたベットに横たわる。冷静になってくる。ここは何処だろう。


うす暗い寝室にランプが一つだけ。外は夜の様だ。彼女は急に思い出す。化け物達に襲われ腕に矢を受け、この世のものとは思えない激痛の中でみた黒い影。急に体が恐怖で震えだした。友達のアネット、父親代わりのグンナー。みんなは何処へいるのだろうか。生きているのだろうか。


あの恐怖と孤独感がマリエルの心を押しつぶそうとする。思わず友の名を叫びそうになった時、寝室の扉がゆっくりと開いた。最後に見た黒い影。それはマリエルに近づいてきた。ランプの光に照らし出されたのは黒髪の女だった。


女はマリエルの頬を撫でた。白磁のように白い指は冷たく、精気を吸い取られそうだ。そして、マリエルは女の瞳に釘付けになった。絵画から抜け出してきたような美しい顔と金色の瞳。マリエルがいた国でも高位の僧侶でも、瞳に日が差せば薄く金色がのぞく程度だ。魔力を蓄えられる者ほど瞳の色は金色に輝くと言われている。ここまではっきりと見えると言う事は、溢れんばかりの魔力をためる事が出来ると言う事だ。


教書にある魔女だ。


マリエルは思った。私はなんて言う者に助けを求めたのだろうかと後悔した。きっと、何かの生贄にされるに違いない。そして、魂は暗い闇の奥深くの牢獄に閉じ込められるのだ。永遠に。

絶望に打ちひしがれるマリエルをよそに、魔女は言った。問題ないと。


「人の形を保っている。魂も固定されている」


そう言うと魔女は彼女の亜麻色の髪を撫で、深い緑色の瞳を覗き込む。最後は柔らかな手のひらを指で押した。マリエルは辺境の森の民族らしいい凛々しい顔立ちをしている。しかし、今は恐怖で固まってしまっている。魔女は満足したのかマリエルから手を離した。


「言葉を失ったのか?」


魔女がベットに腰掛けると、マリエルを見つめてそう言った。マリエルは自分が助けられた事を忘れていた。これから何が起ころうとその事実は変わらない。下級とは言え神に身を捧げる者として、礼を失したのは戒められる行為だ。


「助けてくれありがとうございます」


マリエルは頭を下げた。魔女は約束を覚えているかと聞いた。なんの話だか分からないと言う顔をしていると魔女が言った。マリエルが自分の所有物だと。マリエルは約束の話もそうだが、所有物と言う事が分からなかった。魔女は動揺するマリエルに言った。


「人の形に留めておく。それが今のお前だよ。」

「その対価として、お前はお前を差し出した。覚えていないのかい?」


マリエルは思わず反論した。人を、命あるものを所有などと言う魔女が許せなかった。


「助けてくれた事に感謝します。混乱してたとはいえ、そのような約束をしたのであれば、私を如何様にされても結構です。」

「ですが、私は生きています。命あるものはすべて自由で平等です。」


魔女はそれを聞くと首を傾げた。そしてマリエルに「生きている」の定義を問うてきた。マリエルは返答に窮した。「生きている」の定義など考えもしなかった。ただあるのはあらゆる生命は、命を授かり自然に生まれ出て土に還るだけの話しだ。


「お前と約束をした後、心臓の鼓動は止まり息もしなくなった。ただの肉になったんだよ。」

「肉が腐らないうちに毒を抜き、魂を新しい物と交換した。お前は私の物だ。自由でも平等でもない。」


魔女は腕組みをしながら、自分の考えが正しいご満悦なようで少し笑みを浮かべていた。マリエルはそんな魔女が憎たらしくなった。そした言った。


「私は私です。一時(ひととき)、鼓動が止まろうが息を吹き返した事例は幾つもあります。教書にもたくさん載っています。」

「そして、私は今までの記憶をすべてもっています。ただ、毒が抜けて息を吹き返しただけです。」


またも魔女は首を傾げた。


「お前は自分の頭の中身を見たことがあるのかい?」

「記憶があると言う事が生きているって証拠ならば、接ぎ木した木はどちらにも同じ記憶があるの?接ぎ木した方に記憶が宿るのか、刈った方には記憶は残らないの?」

「そもそも、お前の記憶自体が作られたものだとしたらどうなる?」


マリエルは詭弁だと思ったが、言い返すことが出来なかった。確かに記憶を操作する魔法があると言う。記憶を失ったままになる病気もある。自分が自分である事の証拠なんて曖昧だ。しかも、それを生きている事の回答とはならない。

マリエルは繰り返し教書を読み、教えを解して神に近づこうと勉強した日々が、あっさりと無駄になった感じがした悔しくなった。


魔女はうつむいてしまったマリエルを暫くの間、見つめていた。魔女はやり過ぎだと思った。久しぶりに他者との問答が楽しかっただけだが、傷付けたようだ。

所有物と言う言葉は使わないようにしよう。それに、彼女がどんな背景で暮らしてきたかを知らない。もっと知ってあげるのもよいかもしれない。そう思いながらマリエルに出来るだけ優しく言った。


「私には時間がある。沢山ね。そのうち、お前なりの答えが出たら教えてくれ。」

「それより、腹はすいてないかい?もう二回目の新月だ。」


マリエルは驚きの声を発した。魔女も目を見開いて驚いた。

そして、震える声でマリエルは言った。


「そんなに私は寝ていたんですか?」

「みんなはどうなったんですか?」


魔女は毒抜きと魂の固定に時間がかかったと言い、仲間は森で悲鳴を聞いたから駄目だろうと言った。すると、マリエルは泣き出してしまった。魔女は泣くマリエルに仲間の事を軽々しく言った事を後悔しながら、涙を止める方法が思いつかずに慌てふためいた。そして、自分も泣きたい気分になった。


泣く少女と泣きたくなった魔女は、うす暗い部屋で一緒に夜を明かすことになった。


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