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2―46・The Free―shooter







 それは彼女が経験したものの中でも最悪の戦場だった。

 辺り一面怪我人ばかりが転がり、無傷なものなど一人としていない。片腕がまるまる欠けたものがいれば、耳や目を失ったものもいる。もはや命が消えるのを待つだけの人間も少なくはない。

 まさしく最悪で……そして最低の戦場だった。

 一度はなんとか敵を撃退したものの、圧倒的な物量差を生かした消耗戦を仕掛けるつもりならば、次の襲撃はもはや時間の問題だろう。

 そんな中で、皆が皆暗い雰囲気で最後の時を待っていたのだ。

 一度は敵を打ち破り、勝利を得たはずなのに、戦勝ムードなど欠片もないまま重苦しい空気が仲間達を覆っていた。暗い先行きに対する気持ちの澱みは、いつ暴発するか分からない不安定さで緊張感を辺りに満たす。

 もはや最後の時が間近である事は疑いようがなく、その場には紛れもなく濃厚な死の臭いが漂っていた。

 ここにいる仲間達はみんな殺され、黒鉄は関西軍に敗れる事になるだろう。それがエリカには分かった。戦術眼などなくともその結果が分かる圧倒的な数の違いは、もはや笑うしかないほどに絶望的な差だったのだから。

 それでも……それでも彼女には諦めきれないものがあった。諦めたくないものがあったのだ。

 この部隊の指揮官にして彼女の師である男が、こんな場所で死ぬ事だけは許せなかったのである。

 彼がいたからこの部隊はまだ部隊として機能していた。彼がいたからこそ全滅だけは避けられた。

 彼がまだ生きているからこそ、仲間達は絶望に押し潰される事なく部隊の形を保てていた。

 今の状況でも死の恐怖に負ける事なく、黒鉄の戦士として存在しえていたのだ。

 そして一番危険で一番重要な場所を任されるこの『黒狗隊』がなんとか生き残ったという事は、そのまま街にいる仲間達の首を、例え皮一枚であろうと繋げているという事実に繋がる。

 この場所さえ陥落しなければ街は無事だろう。この場所は街の入り口で正面玄関に近い場所だ。ここを落とされない限り、大部隊は街の中心には近づけない。下手に近づけば後方を切り取られ、挟み撃ちにされてしまうからだ。

 何より後方に『宵闇』と『錬血』という黒鉄が誇る二枚看板を残して街に深入りなど、敵方からすれば恐ろしくて出来るはずもない。


 ……彼さえ生きていれば、あの街は今後も無事でいられるに違いない。

 その考えは戦術と戦場を冷静に見た結果ではなかったかもしれない。エリカの希望とちょっとした感情によるものに過ぎず、冷静で理論的であるべき戦術家としては落第物の考えだったに違いない。

 それでもエリカにとってその考えは絶対だった。

 何者に対する信仰や、どんな方程式の上に立てられた立派な理論よりも絶対だった。

 だから彼女は言ったのだ。彼女自身も片腕の骨を折られ、重傷者の一人だったからこそ言ったのである。


 『あなた達だけでもこの場所を離れてくれ』と。


 『もう動けない怪我人達だけでこの場を守る壁となるから』と。


 そして『足手まといにだけは死んでもなりたくない』とも。


 その言葉の全てが、その場にいた仲間達――特に怪我をして、足手まといとなりうるメンバー全員の意思を代弁したものだった。

 そこにいる誰であれ、今の時代に……世界に抗ったという意地がある。プライドがある。

 彼の足を引っ張り、その結果として仲間達の足をも引っ張り、さらには街の人々を自分達が足手纏いとなったせいで危機にさらすなど、『黒鉄』を名乗り、宵闇のシャクナゲと呼ばれる男の部隊にいた者として我慢出来る事ではない。

 今まで黒鉄最精鋭の部隊だの神杜を守る最後の盾だのと呼ばれてきた自負を、最後の最後で裏切れはしない。それは今まで歯を食いしばって戦ってきた生き様に、最後の最後で拭いきれない汚濁を落とすに等しい。

 例え死ぬとしても……いや、絶対に死は避けられそうにないからこそ、最後に汚点を残すような真似などしたくはない。希望ぐらいは後に残したい。

 それは人間として当たり前の考えであっただろう。

 だから彼女は皆を代表してそう言った。

 この部隊の指揮官である男と、その相棒であり副官格でもある女に、自分達に死に花を咲かさせてくれと。

 いまだ生き残っている仲間達の為にも勇気ある死を選択させてくれと。


 でもその男はあっさりと拒否してみせた。

 そしてその隣の女までも肩を竦めるだけで何も言わなかったのだ。


 ――おいおい、お前らだけカッコ付けて俺達には尻尾を巻いて逃げろってのか?俺にももうちょっと見せ場ぐらいくれよ。


 なんておどけてみせて、チラッと隣の副官を見やる。


 ――まっ、こいつにだけ下がれったって下がるワケないっしょ。底無しのバカちんなんだからさ。


 副官であり相棒である彼女は男の視線にそうあっさりと返すと、エリカを見つめてニッと笑う。

 『こいつを下がらせたいならアンタが言い負かしてみせなさい』

 そんな言葉が見て取れる笑みだ。

 男が拒否しても――その性格を考えたならまず拒否するだろうが、彼女は同意してくれるのではないか……そんな風に考えていたエリカは、その笑みにグッと言葉に詰まった。

 そしてエリカが口をつぐんだ隙に、その男は信じられない真似をしたのだ。


 ――それに怪我人は足手まといになるから……だっけか?ならこれで俺も足手まといとなりうる怪我人の仲間入りだな。


 そう言って、彼は自らの武器である銃でその二の腕を撃ち抜いてみせたのだ。

 思わず呆気に取られるエリカと、軽く天を仰いでから彼を小突く少女。

 そして茫然とする仲間達に彼は言った。腕を自ら撃ち抜いて……二丁の銃を操る事が出来なくなった怪我人となった上で、それでも笑って彼は言ったのだ。


 ――ここで仲間達の為に死ね、なんてくそったれな命令をするぐらいなら、ここで俺と一緒に死んでくれって言う方がまだマシだ。


 そう言って、その男は不敵で凄惨な笑みを浮かべてみせる。


 ――お前らが絶対にここで死ぬつもりだってんならさ、その命、俺にくれよ。それは俺には必要なもんなんだ。だからここで落とすはずだった命は俺にくれ。


 そう区切って、皆を見渡してから胸を張るようにして彼は続けた。恥ずかしげもなく言ってのけた。


 ――分かってないかもしれないから言っておくけどな、お前らが死んじゃったら俺は絶対泣いちゃうぜ?もう戦えなくなっちまうどころか、立てなくなっちまうぜ?


 その言葉に、めちゃくちゃな行動にエリカは呑まれた。

 そして彼はまさしくリーダーの器だと思った。

 打算はなく、演出でもなく、計算をしてそうしたワケではないだろう。

 それでも彼は仲間達を『笑わせてみせた』のだ。


 ――あんたってホントにバカよね。でもこんなバカちんを一人になんて出来ない。そうでしょ、あんた達。


 その男の相棒がそう口にした時、皆が皆頷いてみせた。エリカも自然な流れで、でも真剣に頷いていた。そこに先程までの悲壮感はどこにもない。

 命の危機が間近にあり、いつ死神の鎌が降り下ろされるか分からない状況は変わっていない。そんな状況下で、他人を笑わせる事が出来る人間などどれほどいるだろう。

 ましてや彼は、冗談を口にして仲間達を笑わせたワケではないのだ。

 本音としか思えない言葉を口にして、信じられない馬鹿げた事をしただけなのに仲間達を笑わせた。

 そして今までいかに死ぬかを考えていた人々に『絶対死ねない』と思わせた。死にたくないと思わせた。

 相棒が乗っかって話を持っていった事は事実でも、彼がいなければ――彼が言った言葉がなければ、誰も前向きにはなれなかっただろう。



 その時の事をエリカは今でもはっきりと覚えている。もう三年近く前の事なのに、その時の空気や匂いまで覚えている。

 きっと一生忘れられないほどにしっかりと記憶に刻まれている。


 ……何故なら、その時こそが自分は彼の全てを受け継げないのだ、と理解した時だったのだから。


 






 カーリアンの手で光る赤は闇を染め、黒を塗り潰す。

 剣と呼ぶには拙い、短き刃の群れ。それはどこから見ても『錬血の剣』には見えないだろう。

 だが、それは確かに粗悪で本物には到底至らないものではあったが、必死に本物に至ろうとする偽者だけが持つ輝きを放っていた。

 そしてカーリアンが望んだ対象にだけ着火する紅を、針金を支点として留めただけのそれは、確かに彼女だけの剣だと言える。針金には熱を通さず、それに触れたものだけに力を発揮する炎など彼女でなければ現せないものだ。


「そんな力があなたの奥の手だというの?」


 しかし、その紅の剣が戦闘に役立つ力を持つかどうかは別の話だ。

 正直な話、一瞬面食らいはしたものの、到底脅威になりうるだけの力だとはエリカには思えない。例えその紅の剣が死を避けられない強大な力を持っていたとしても、食らわなければいいだけの話だ。

 彼女からすれば周囲一帯に無差別に力をばらまかれる方がよほど脅威であり、そんな風に一点に力を留めるなど力を制限しているだけとしか思えないのである。


「そうね。これを剣として扱って肉弾戦をするのならあたしに勝ち目はないでしょうね。でもこれは剣として使うワケじゃないの。

 これはね……こんな風に使うのよっ!」


 しかしカーリアンは不敵な笑みを洩らして、両手に握ったそれを投げる。

 エリカに向けて投げたワケではない。ただ無造作に投げただけとしか見えないのに、それらは四方八方に散った後、真っ直ぐにエリカに向かって走る。

 しかしその程度は予測の範囲内だ。だからエリカはあっさりとかわしてみせようとして……かわそうとしたそれらから、『新たな紅の光』が迸る事まではさすがに予想が出来なかった。

 炎を撒き散らしたワケではない。その刃に籠められた紅が避けたエリカを追うように宙に線が瞬いたのだ。

 ただ炎を撒き散らすよりも的確に、避けたエリカをピンポイントで狙う力が放たれたのである。


「……魔弾タスラム。『これ』を知ってるあたしの『妹』はそう名付けたわ。

 残念ながらあたしには剣を使う才能がないっぽいからね。剣の形はしていても使い方は錬血のそれとは違うの。これはそれ自体が媒介になり、敵を追尾して紅の魔弾を放つ『自走式の砲台』のようなものなのよ」


 シュンシュンと音を立て、夜闇を切り裂く八対の魔弾はよく見ればごく細い赤い線でカーリアンと繋がっていた。

 まさしく有線式で『自走式の砲台』だ。

 ただしそこから放たれるものは、弾丸よりもたちの悪い煉獄の炎だ。

 その砲台――魔弾の軌跡が辺り一帯を紅に染める。それらはまさしくカーリアンの色を辺りに広げていたのだ。

 あの剣の園には及ばない。辺り一面に紅を放ち制御するだけの力は自分にはまだない。

 ならばどうするか。カーリアンの出した答えがこの魔弾だった。

 紅を放つ支点を自分以外にも作る事。それによって攻撃の手を増やし、剣の姫が使った剣の数に迫る事。

 最初は一本の魔弾から始め、時間をかけて二本に増やした。制御を失って廃都の郊外を焼原に変えた事もある。初めの頃は訓練用の服がしょっちゅう炭になり、やがては服がなくなってしまうんじゃないかと恐怖した。

 そうやって訓練を続け、今ではなんとか八本……剣の姫が扱った数の何百分の一をなんとか制御しきれるようになったのだ。



「タスラム……確かケルト神話のルー神が使った邪眼殺しの飛礫、だったかしらね?」


「そんな由来のある名前なんだ?聞いた事ないわね」


 神話になんてまるっきり興味ないと言わんばかりのカーリアンに、エリカはくくっと小さく笑いを洩らす。

 邪眼のバロール。ダーナ神属の王たるこの魔神を殺したのは、その孫であり光の神と言われているルーが持つ『ブリューナクの槍』だったとも、この『魔弾タスラム』だったとも言われている。

 そしてこの魔弾の別名は『太陽弾』。つまりは炎の魔弾だ。そういった経緯から名付けられたものであろうに、当のカーリアン自身がその名前におざなりな事が可笑しかったのだ。


「さしずめあなたは魔弾の射手……Der Freischutzと言ったところかしら。ウェーバーよ。知ってる?」


「それも知らないわね」


 スッとその剣先、あるいは砲口を向ける魔弾にもエリカは不敵に笑ってみせる。避け損ねて、ぼろぼろになった外套に黒く穴を開けられたというのに、そのスタイルにはなんの変わりも見られない。


「カール・マリア・フォン・ウェーバー。ドイツオペラよ。

 ならこれも知らないわね。魔弾の射手はね、たった一発を除いて放った弾丸の全てを望んだ的に当てられるの。でもその残り一発は悪魔が望んだものに絶対に命中する。さて、この場合その悪魔は一体誰にその必中を約束された魔弾を放つのかしら?」


 ――ウチかしら?それとも魔弾を奥の手まで取っておいた……取っておかざるを得なかった射手たるあなた自身?


 そんな無言の問いかけを見て、その意味を理解してもカーリアンは一笑に附した。


「確かにあたしはまだこの子達を使う事に不安があるわよ?……でも、悪魔?あんたが悪魔なんて言葉を使うの?

 はん、忘れちゃったっていうのならあんたにはこの言葉を贈ってあげる」


 それどころかエリカに、何故か不敵に笑みを返して。

 むしろその台詞を待っていたと言わんばかりの勢いで言葉を続けた。


「この世界に神なんかいない。悪魔もいない。いるのは人間だけ、ここにはあたしとあんただけよ」


 そう言って『一回この台詞を言ってみたくてたまらなかった』という色をありありと浮かべたカーリアンに、エリカは思わず呆気に取られて……そして次の瞬間には爆笑した。


「あはっ、あはははははっ!そうね、まさしく、まさしくその通りね。これは一本取られたわ。彼の後継を名乗りたいと言った側から『悪魔』だなんてちゃんちゃら可笑しいわね」


「そうよ、あんたはやっぱりあいつにはなれない。あいつは死んでも『悪魔』がどうとか『神』がどうとかなんて口にしないわ。そんなものはどこにもいないんだ、なんて罰当たりな事を言ってのけるだけ」


「……そうね」


「あたしもね、ミヤビにはなれない、彼女そのものには絶対になれないんだって事を知らなかった。気付かないフリをしてたわ。

 でも今は違う。『剣匠にはなれなくても、彼女を超える事なら出来るんだ』ってそう信じてる」


 カーリアンの言葉にも頷いて。

 否定を返す事なく頷いてみせて。


「でも決着は着けないと、ね?ウチにも彼を目指したという自負があるもの。それだけは曲げられない。だから――」


 ――あなたの手でウチを止めてみせなさい。


 その言葉を最後にエリカは再び戦場を駆ける。黒き閃光たるその身を宵闇に染めて。

 対するカーリアンは八つの剣を舞わせ、その進行方向を塞ぐかのようにタスラムを飛ばすと、自らは距離を取るべくギリギリまで後方に下がった。

 深く底の見えない木々の群れと大地から突き出た岩に囲まれた場所の隅。そこまで下がり、魔弾達に戦場を託す事にしたのだ。

 本来ならば彼女自身も前線に出て戦うスタイルを取る。紅を自らの手で直接相手の体に叩きこむ方が無駄に力を使わなくて済むし、何より他に力を撒き散らさなくても済むからだ。

 しかし、自分ではエリカにまだ勝てない事はすでに分かりきっていた。共に相手の体に手をあてれば絶対に倒せるだけの力を持ちながら、それを成す為に必要なスキルには大きすぎる差がある。

 彼女を相手に接近戦などを挑めば勝ち目はまるでない。自分が勝つイメージすら浮かばないのだ。

 本当の事を言えばカーリアンはエリカに一度勝てていた。勝てる機会があった。

 その勝機とは、先程エリカに拳を叩きつけたあの時だ。その時に紅を直接身体にぶつけていれば恐らくは勝てていただろう。

 あの攻撃は何故かカーリアンが考えていた以上にエリカの意表をついたらしく、びっくりするぐらいクリーンヒットしたのだから。

 しかし彼女は、エリカを一度単純にぶん殴る方を選択した。エリカと向き合い、一発思いっきり『この先輩』をぶん殴ってやる方を選択したのだ。

 その代価はひょっとしたら自らの命であがなう事になるかもしれない。あの時、勝てる時に勝たなかったがゆえに後悔する可能性は決して低くない。

 それでも迷いなく拳を振り切った。

 その一発は非常に気持ちよく決まった。だから後悔などは全くない。

 もう一度エリカの意表をつけばいいだけの話であり、宵闇の後継を自称する彼女とて完璧ではなく、新入りに毛が生えた程度のカーリアンにも意表をつかれる事が分かったのだから、意味のない攻撃でもなかったはずだ。

 そして意表をつく為の手段もある。それが剣匠に追い付く為に考え出した魔弾の手数であり、広範囲を自在に飛ぶ事で補える汎用性だ。


「アインス、ツヴァイ、ドライっ!」


「魔弾の射手は知らないのに、呼び名はドイツ語なのね?」


「これも命名者の趣味よっ」


 エリカの軽口に答えながらも先行する三体の魔弾を撹乱役として縦横無尽に舞わせた。その動きに規則性はない。単に目眩ましだ。

 しかしそれもただの目眩ましのみしかこなせないワケではない。この三体を単なる目眩ましだと油断すれば、この一番から三番の射手はアタッカーへとその役割を変え、紅を放つ砲台へと変化して牙を剥く。


「フィーア、フュンフ、ゼクスっ!」


 続く三体は先行する三体の動きに紛れて、実際にエリカを攻撃する役割を持つ。

 エリカの周囲に紅を乱射してその動きを制限するだけではなく、いざとなればその真紅の体を持ってぶつかっていく突撃兵である。

 いまだ『魔弾』を完璧に扱えるワケではないカーリアンが、その未熟を補う為に考えた方法がこのような魔弾達の役割分担だった。

 それぞれの魔弾にメインとなる役割を与える事で、細い紅で繋がった有線式であるそれらを、マスターであるカーリアンの思考によって完全に支配する方法ではなく、役割に沿うという支柱を与えてそれに沿った形で使役する。そうする事によって不安がある制御への負荷を軽減させているのだ。

 カーリアンの魔弾達を初めて見たカクリが、それを『自走式』の砲台だと評価した理由はそこにある。

 そして理論的に力を鍛えたワケでもないのに、本能的に巧く力を使う方法を導きだしたカーリアンに舌を巻いたものだ。


 しかし、そんな能力を持ってしてもエリカの動きは止まらない。むしろそれら六体の魔弾を翻弄するほどのものだった。

 魔弾達の動きは決して遅いものではないのに、閃光の名に相応しきスピードであっさりと凌駕してみせたのだ。

 その速さと複雑さはカーリアンの予想の斜め上を平然といく。最初の三体を早々に目眩ましだと見切ってあっさりとかわしてみせると、それらが回頭するよりも速く地を這うような低い姿勢でその囲みを突破する。

 後ろから飛ばされる魔弾からの紅ですら、背中に目でもあるのかという正確さで避け、突撃してくる四番と五番を嘲笑うかのようにかわすと、かわしきれなかった六番はぼろぼろの外套を犠牲にして払うと一気にカーリアンへと肉薄した。


「ズィーベンっ!」


 そして残る二つの内の一つ。最近になってようやく扱えるようになった『七番』は、まだ複雑な動きをさせられない。カーリアンが持つ制御力を動き回っている最初の六体に取られるからだ。

 しかし、与えられた役割からか込められた紅の力は最も大きい砲台だ。真っ直ぐに迫るエリカに紅を乱射して牽制するそれは、カーリアン直属のガード役の魔弾なのである。

 もし間近まで敵に迫られた時には、この七番が炎をばらまいて牽制する間に最初の六体が態勢を立て直す形を取る。

 しかし今回は相手が悪かった。なんとエリカはカーリアンに迫りながら拾い上げたありったけの石ころ(爆弾)をその七番にぶつけ、生まれた粉塵でその後ろにいるカーリアンの視界を塞いだだけではなく、七番に込められた力をも『爆破力』で相殺してみせたのだ。


「残念ね。これでチェックよ、カーリアン」


 そして七体を背後に回し、視界を閉ざされたカーリアンの腹に手を当てようとして――

 『アハト』という言葉と共に、戦闘開始早々上空に上っていた八本目が頭上から急降下してエリカの歩みを一瞬だけ遮った。

 そして――


「そうね、終わりよ、エリカ。

 ――『ヌル』っ!」


 熱を持たず、ただ光だけを放ってエリカの視界を焼くアハト――閃光弾と照明弾の役割を持ち、戦場の上で辺りを紅く照らしていた八番が、一瞬で燃焼しきる事でエリカの視界を奪う。それと同時に、『カーリアンは自分自身を零番(ヌル)目の砲台として』その指先から紅の光を放ったのだ。


「甘い、でも惜しかったわ」


 しかし至近から迫るその一撃ですらも、紙一重でなんとかかわしてみせる辺りが、この宵闇の後継を名乗る女の実力を示していた。

 その上で今が勝機だと一瞬で判断したのだろう。闇に慣れた視界をアハトの光に潰されながらも振るったエリカの腕は、確かにカーリアンの肩を捕らえた。


「――っ!?」


 いや、捕らえさせられていた。

 視界が定まりきらないエリカの表情が、その時初めて驚愕に歪んだ。魔弾達を見ても、先程殴られた時でさえもここまで驚きを露にはしなかっただろう。

 なぜならカーリアンは迫るエリカの腕を自ら肩に当てさせると、彼女が逃れられないように腕一本を使ってその手を絡めとっただけではなく、自分はほぼ同時にもう片方の腕をエリカの腹に当てていたのだ。

 エリカが爆破するよりも早く、腕一本をあっさりと捨てる覚悟を決めて、だ。

 カーリアンが最初からその形に持っていくつもりだったとは思えない。

 恐らく切り札は、ヌル――つまり零番の魔弾の射手たる自分自身と、一瞬で熱を光に変えて燃焼しきって意表をついたアハトだったはずだ。そう考えたからこそ、エリカは視界を焼かれながらも下がらなかった。

 紙一重ながらもヌルの一撃をかわしてみせた時点で、もはや勝ちだと判断していたのだ。

 でもその勝敗は一瞬で覆された。ほんの一瞬でカーリアンは自分の腕一本を質に入れると、勝機を力ずくで引き寄せたのである。

 そしてその行動にエリカが目を見張った時点で、勝敗の流れはもはや覆しようがないものとなっていた。


「あたしの勝ちでチェックメイト。そうでしょ、エリカ?」


 ニッと笑うカーリアンを見るまでもなく、エリカはそう理解するしかなかったのだ。




フリーシューター、つまりこれも魔弾の射手という意味になるんじゃないかな、という表題です。


カーリアンの魔弾について。

アインス(1)から順番にアハト(8)までの八本。

(ドイツ数字はさすがによくわからなかったのでネット調べによるもの。

間違ってたら教えてください)

それぞれが20センチほどに切られた太めの針金を支柱として紅が細長い刃を模しており、それが細い紅の線で繋がれた形をしている。

カーリアンと紅という能力で繋がれている為、距離的に制限がある。現在の制限距離は約30メートル前後ではあるが、これも発現させた本数とカーリアンの感情次第であり、カーリアンの紅の基本設定通りにムラがある。

魔弾自体は基本的に熱を持たず、紅の光に包まれた形をしているだけであるが、それもカーリアン次第であり、炎の矢(ただしリード付き)となる事も。

ただし、あまりに強い熱を持たせ過ぎると力を集める支柱の針金が持たなくなる為、炎の矢とする使い方は本来しない。

本来の在り方はあくまでも砲台であり、『これ自体が射手』である事。

魔弾を作り出すに当たってカーリアンが考えたのは、『ミヤビに比べてまず手数が足りない、手数が』であった為、魔弾はあくまでも手数を増やす為に作り出されているのだ。


基本設定としてカーリアンは制御力に問題ありとした弊害で、自力だけでは魔弾を産み出せないが、カーリアン自身は最終目標として『千本の魔弾を寄り代なしで産み出して、となりの戦都ぐらいは魔弾達に空爆させられるようにする』という、遠大な目標を掲げていたりする。


余談ではあるが作り出した経緯としては、ミヤビが『剣界』を作り出して全てを自分で使うなら、カーリアンは使い手自身を作らせよう、だけだった気がする。

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