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2―45・Never―say・Never―again







 ――俺はね、理想なんか追っちゃいけなかったんだ。それを許されるのは、ほんの一握りの時代に生まれた僅かな人間だけだって事を分かってなかったんだ。あんな時代……しかも俺みたいな弱いヤツには、そんな資格なんてなかったんだって事を理解するべきだったんだよ。



「あんたがさ、あいつに憧れた気持ちは分かるよ。あたしもそうだったからさ」


 あちこちで起こる発破音。それに追いたてられながらも、天性の直感と紅による自動防御でなんとか直撃をかわしつつカーリアンは口を開いた。


 あの光都からの帰り道。隠していた事を話してくれたあの時。

 そんな時でも彼は笑っていた。自嘲と自虐と悔恨を滲ませながらも、彼は浅はかな己を笑うかのように笑っていたのだ。

 話を聞いていたカーリアンが、悲しみからか怒りからか、それとも別の何かによるものなのか涙が浮かんで止まらなかったというのに、彼は笑って『なんでお前が泣くんだよ』なんて言ってみせたぐらいだ。


 ――あんたがヘラヘラ笑ってるから代わりに泣いてやってんのよ。


 そう言ってやりたかったけれど……あんたは泣いてもいいんだよとそう言ってやりたかったけれど、そんな事を彼女が言えるはずもない。

 彼女は奪われた側で、彼は間接的ながらも奪った側だ。奪われた側の彼女から泣いてもいいなどと諭されたならば、彼はきっと弱みを見せている自分を抑えつけるだろう。

 あの男は何者にも屈しない信念を持つ誇り高い人間でも、過去を顧みず憐れみを乞うような下劣な人間でもなかったが、被害者である彼女に卑屈な態度は見せない程度の意地は持っている。そして涙で過去を濁さない程度の覚悟も持っているだろう。

 彼が変に意地っ張りで、強がりな性格をしている事をカーリアンはよく知っていた。

 だからこそ言えなかった。だからこそ赦しは口に出来なかった。

 それをする資格は、きっとカーリアンにもなかっただろう。彼を断罪出来るのも、赦しを与えられるのも、彼の間違いで命を散らした者達だけの特権だ。

 手を血の赤で真っ赤に染めたカーリアンは、すでにそんな資格を放棄している。


 ……でももし叶うのならば、彼に赦しを与えたかった。

 彼の中に勝手な理想を見ていた自分にはそんな資格などないと分かっていても、過去を背負って喘いでいる男にほんの僅かな救いでも与えてやりたかった。


 彼は正義の味方はおろか、ただの人間としてさえも存在出来なかった。それを時代に、仲間達に許されなかった人間だ。

 そんな自分を覆そうとして足掻いて、過去に絡まれながらもただ足掻き続けてきただけで、それがドン底に沈んだ他人から見れば――その足掻きに救われた人間から見れば綺麗に見えただけでしかない。腐った時代には尊く見えたに過ぎないのだろう。

 今のカーリアンにはそれがよく分かった。

 そして目の前の女には、それがいまだに見えていないのだろうという事も。


「あなたもあの人に手を差しのべられたらしいものね」


 カーリアンもそんな彼に救われた人間で、勝手に理想を押し付けた人間だ。

 彼女もそんな彼を追いかけた一人だった。

 だからエリカが追いかけた背中が、救われた人間にとってどれほど大きく見える事か、それはカーリアンにもわかっている。

 彼は誰からも頼りにされ、必要とされている英雄だった。街を守る正義の味方だった。

 自らの存在価値を見失ったものからすれば、その在り方は眩しすぎる。憧れても仕方のないものだろう。

 エリカはその意味でもカーリアンとよく似ていた。共に追いかける側の人間で、『他人に理想を見て、理想を押し付けた人間』だ。

 『迎えにきたよ』。

 あの言葉に救われて彼女は今の場所にいる。

 仲間がいて、友人がいて、妹分がいて……そして好きな人がいる場所に立てている。

 エリカもきっと、その言葉に代わるものを胸に抱いているのだろう。


 ――でも。


 バンっ!

 軽い音と共に弾ける礫を紅の熱気で燃やす。それに紛れて空から降ってくる小石(爆弾)をかわしざま、熱線をエリカに向けて放つもそれはあっさりとかわされた。

 まるでそこに攻撃が来る事を読んでいたかのように――そこにカーリアンの攻撃を誘導したかのようにあっさりと。

 押されているのは分かっていた。分かりきってしまうほどに押されていた。

 エリカは早い。エリカは正確だ。エリカはその経験と知恵で戦場を支配している。闇に包まれた戦場を駆ける黒き閃光は、まさに『宵闇』という闇を抱く名前に相応しい強さだ。


 でも負けられない。

 より強くそう思う。

 カーリアンはエリカにだけは負けるわけにはいかないのだ。エリカに共感を覚えていても、彼女にだけは負けられない理由があったのである。

 そう、カーリアンはすでに『エリカ(そこ)』から歩き始めている。恐る恐るながらも、手探りで先へと歩を進めている。

 ならば負けるわけにはいかないではないか。

 過去で止まったまま他人に理想を押し付けて、その理想が築いたものを戴こうとする女などに負けては、『最強の相棒』で最強の女性だった師を超える事など出来るはずがない。


「言っておくけど、今のあたしとあんたじゃ違うわ。決定的に違う。今のあたしはね、あいつの後ろを歩くつもりなんかサラサラないの。

 ――意地でも真横を歩いてやるって決めてんのよ!」



 ――ミヤビなら正義の味方にもなれただろうさ。スズカなら英雄にもなれただろうし人々の救いにもなれたんだろう。だけど、俺には……俺だけはそんな存在にはなれないんだ。

 なっちゃいけなかったんだよ。



 彼の後継を自称する彼女は、彼の暗い部分を受け継ぐとそういった。それを継ぐ覚悟があるように見えた。

 ならば何故彼女は、彼の弱さと葛藤を受け継いでいない?

 何故彼の強さの原因にもなっていて、でも『最も暗い部分』たるそこを引き継がない?守る為に誰かを殺す矛盾に苦悩する弱さを持たない?

 それもカーリアンには我慢がならない。

 エリカは暗くとも黒き光を放つ『宵闇』という部分を引き継ごうとしているだけだ。盗賊どもに悪魔のように恐れられ、強者達にもまるで死神のごとく怖がられた『宵闇』という過去を引きずっているだけだとしか思えないのである。

 もしそれを望んでいると――暗き光を放つ部分を望んでいるとはっきり自覚していたのならばまだ許せた。そうはっきりと口にしたのならば、共感は理解に変わっていただろう。

 強者である彼に憧れたと言葉にしたならば、だ。


 でも彼女は、『彼の一番暗い部分を受け継ぐ』という言葉で自分を誤魔化した。

 彼の全てを学んだというのなら、その弱さにも気づいていないはずがないのに、エリカはカーリアンが最初に惹かれたその部分を無視して、『名高き宵闇』を『一番暗い部分』と位置付けたのだ。

 神杜の守護者(ヒーロー)にして街の英雄たる名前と、そこに付随する役割を一番深い闇だと言った。

 それがカーリアンには許せない。

 彼を正義とし、憧れの対象としながら、その彼が持つ人間くささをないがしろにした言葉は、そこに惹かれたカーリアンには決して無視出来ないものだったのだ。

 だからカーリアンはエリカを否定する。

 力の限り、声を枯らして否定してみせる。


「あいつはね、英雄とか正義の味方(ヒーロー)とか、そんなワケのわかんないものじゃないよ。

 だってあいつはさ、戦いの後はいつも悲しそうにしてる。迷って迷って迷い続けて、それでもそれしか出来ないから戦ってる。

 あいつは勝った後に勝鬨を上げて、『正義は勝つ』なんて陳腐な事を絶対に言わないわ。そんな言い訳は使わない。『どんな理由があっても人殺しは最悪だ』って顔をして、今にも死んでしまうんじゃないかって暗い顔してんのよ。あんたもそれを知っているんでしょうが!

 そんな後ろ向きなヤツが英雄なんてヤツであるもんかっ!」


「違うっ!あの人はヒーローだった!間違いなくそうだった!ウチはあの人に助けられた、スズカもそうだったし、あなたもそうだったんでしょう!?街もあの人に何度も救われたっ!今の神杜があるのは彼のおかげに他ならない!なら、あの人が英雄でないはずがないっ!」


「違うよ。あいつは英雄なんかじゃない。あいつは正義の味方なんかじゃないっ。あいつは単に『仲間達の味方』で――苦しんでもがいているヤツを放っておけないだけのお節介よっ!」


 淡々と戦場を組み立て、的確にカーリアンを追い詰めていきながらも、思わず声を荒げて否定を返すエリカに重ねて否定を告げる。

 彼は『正義の味方』なんてものじゃないと告げる。

 彼は戦いに思想をいれない。正義を語らなければ、理想も語らない。それどころか自分の我が儘を戦う理由にいれて、生の感情を殺し合いにいれるようなドロ臭い男なのだ。

 支配されたくないから戦って、仲間を傷付けたくないから敵を倒す。居場所を失わない為に銃を手にして、その手を血に染める。

 ただそれだけで、それだけだからこそ自らの手で生みだした犠牲を悲しんで、せめて味方だけでも犠牲を出さないように強くあり続ける。心が軋むほどに辛くても自らを強く見せる。


 そして――そして、敵でなければついその手を差しのべてしまうのだ。

 放っておいても構わないような『死にたがり(狂犬)』や『京の変種殺し(復讐者)』にも、手を差しのべてしまうような甘さが顔を出すのである。


 そんな事すら彼だけを追い掛けた彼女は忘れてしまったのか。

 忘れたふりをして、勝手な理想を重ねたのか。その背中(幻)を追ってきたのか。

 あの男が本当に正義の味方で、英雄のような非ののうち所がない存在なら――そんな人間だったのなら、彼と共に戦って死んでしまった人間はどうなる。

 彼らも正義なんて立場によって変わるものの為に死んだとエリカはいうのか?

 理想なんてあやふやな言葉をよりどころに命を落としたエリカ(仲間だった彼女)がいうのか?


 ――ふざけるな!


 カーリアンの感情に従い紅が猛る。

 熱線が猛火をあげ、紅き熱風が地を舐める。


 脳裏には、生徒達を逃がす為に一人剣の世界に残った女性が浮かんだ。

 似合わない儚さを持った笑みを背中越しに浮かべ、一人死地に残ったその女性は、カーリアンや他の生徒達の為に戦ったのだ。

 正義や理想の為だったのなら……その為の戦力を考えたのなら、彼女こそが生き残るべきだった場面だ。


 今後の事を考えるのなら――多くの仲間達や街の人間達の考えを優先したならば、問題児や戦力的に劣る者達なんかより、彼女一人が生き残った方がずっと有益だったはずだ。

 彼女はあの男の唯一の相棒で、黒鉄という組織の中核で、生徒達の全員よりもずっと強かったのだから。ずっと強くて、ずっと大きくて、ずっと暖かで、一年経った今でも全然敵わないとカーリアンが思うような女性だったのだから。

 それでも彼女はただの人間として、師として、姉として、仲間として、そして未熟者達を守る母として、正義や理想をそっちのけにし、先の事や打算などを捨てて自らの命を賭した。全てを賭けた。

 いかに大軍を向こうに回しても、彼女一人だったならば切り抜けられただろう。それが名高き彼女一人を狙った狡猾な罠であったとしても、『剣匠』とも『剣の姫』とも呼ばれたあの黒鉄なら、その罠ごと斬り払って逃げ延びられなかったはずがない。

 でもそうしなかったのは、彼女が英雄でも正義の味方でもなく、理想にすがった者でもないただの人間だったからだ。

 恐怖もあっただろう。困惑もあったはずだ。

 弱みが顔を出して誘惑もしたと思う。

 自分だけなら逃げられるという考えが浮かばなかったはずがない。

 しかし彼女は自分一人でそれらをはねのけて、自分だけでそう決めて、笑って一人死地に立ったのだ。

 決して自らの力を過信しての事ではない。

『後は頼んだから』

 そんならしくない言葉を残したのは、自らの最期を予見していたからに他ならない。それでも彼女は全てから逃げ出さなかった。どこまでも彼女らしく最期まで全力で走り抜けた。


 ――そんな最期が、あの在り方が、正義や理想の為だったなどとは絶対に言わせない。そんなものがあの場面に入る余地など欠片もない。


「勝手にあいつを『正義』なんて、ワケの分からないものの味方にするな。

 あいつを『英雄』なんて名前で括って、自分の理想を押し付けんな」



 ――俺は仲間達しか守れない、自分の周りだけしか見れない、でも仲間達は絶対に守れて、自分の周りだけはしっかりと見る事ができる……そんな人間になりたいんだ。そうすればきっと、もう二度と一番大事なものを失わなくて済むから。



 そんなものとして彼は仲間達の為に戦ったわけじゃない。そんなものになりたくて救ってくれたわけじゃない。

 エリカは単に自分が憧れたものをより大きなものとして認識したいだけなのだろう。弱い部分を見ないふりし、自分が憧れたものを立派なものにして――例え悪名であれ大きな壁としてある事を望んでいるだけだと思う。

 そこにたどり着けない自分と、それを追い続ける自分。その狭間の葛藤に答えを出すには、理想(シャクナゲ)がより大きな存在としてあってくれればいい。弱さなど一片も持たない存在であればいい。

 そうすれば追い掛け続けてきた自分も、諦めようとした自分も納得出来る。

 今も諦めきれていなかった自分にもだ。


「だったら――だったらっ!ウチの憧れはどこに向かえばいいのっ!?あんな惨めな想いをして、悲しい想いに潰されそうな時に救われたウチは、何を目指せば良かったのよっ!」


「知らないわよ。なんでも目指せばいいし、好きな方向に歩いていけばいいじゃない。あいつみたいになりたいなら構わないと思う。でもあんたは『あいつにはなれない』。絶対になれないの。

 それにね、あいつは格好付けだけど、いい格好をしたくてあんたを助けたんじゃないよ?あんたを縛りつけたくてあんたに手を差し伸べたワケじゃないの」


 認められないのか、はたまた分かっていた事を告げられて、言葉を上げるしか出来なかったのか。

 エリカの周囲から、その叫びに合わせて空気が破裂するような音が響く。

 それでもカーリアンは、結局は追い詰められた先――木々と岩に囲まれた袋小路のような場所で静かに言葉を返した。

 もう一発ぶん殴ってやりたくても、それが叶わない自らの未熟に嘆息を漏らしながら。

 それでも負けない為に、今もなんとか腰にぶら下がっているポシェットから、彼女が持つ唯一の得物を取り出した。


「……お願いだからさ。あいつに助けられた事を理由にして前に歩けないなんて、そんな悲しい事は言わないでよ。あいつはあたしを助けてくれた。先へと続く道をくれた。あんたもそうだったんでしょ?

 そんなあいつをさ、夢中であいつを目指したあんたが汚さないでやってよ」


 それは長さ十センチほどの『針金』。なんの加工もされていないただの針金だ。

 単に整備班たる五班に切り分けてもらった堅く耐熱性が高い金属棒。

 それこそが、カーリアンの『剣』だった。

 それこそが今のカーリアンが『剣の姫』に追いつく為には必要なものだったのだ。

 それを両手の指に挟み、軽く力を籠める。感情を籠める。


「あんたじゃあたしには勝てない。閃光のエリカは紅のカーリアンよりずっと強いんだろうけど……エリカ、今のあんたじゃあたしには勝てるはずがない」


 その針金へとカーリアンの身体から迸る『紅』が収縮し、圧縮して――それらは赤く燃える炎の剣へと変貌した。

 真っ赤にたぎる紅の刃と化した。

 それを片手に四つ、両手で八本、それぞれ指の間に握りしめる。


「――これでケリよ。

 見せてあげる。錬血の後継であるあたしが造り出した、あたしだけの紅き世界を。

 本物(錬血)を超える為に鍛えてきた、(カーリアン)が彩る『赤の境界』をっ!」



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