2―42・Good―bye,days
――メーデー、メーデー、メーデー!なんなんだ、ここは!嫌だっ、こんなワケの分からない所で死にたくないっ!メーデーっ!た、助け――
そう喚く声だけを残し、穴だらけなって墜落していく戦闘機を見下ろした。
墜ちる戦闘機を見下ろした、と言うと不思議に思うであろうし、高速で向かってきて高速で墜落していく戦闘機パイロットの断末魔が聞こえるという事も、普通では有り得ない事だろう。
だが、そうとしか表現出来ないのだから仕方がない。
最後の声を聞いた少年は、自らが墜とした戦闘機を『虚空に走る幾つもの鎖の上から』見ていたし、驚愕と絶望がない交ぜになった声を『自分の世界』の中で確かに聞いたのだから。
最期に自分を見上げるパイロットの瞳も見えてしまったのだから。
――あぁ、今日もまた……。
そんな思いにも溜め息すら出なかった。
人の死に慣れたワケではない。人の死を受け止めたワケでもない。
単に疲れきった心には溜め息を吐くだけの気力がなく、擦りきれた彼の精神にはすでに新たな傷を負う余地がなかっただけだ。
だから先ほどの少年の独白に続く言葉があるとしたら、それは自らを貶める自虐の言葉ではなく、自らを死に至らしめる傷を心に刻む為の自傷の言葉であっただろう。
地上より遥か高空に立つ少年の視線の先には、北方の地からやってきた国軍の軍勢が見える。
その中に出来るだけ多くの自走型無人兵器がある事を望み、そんな技術は確立だけはしていても、普及しきっていない事実を痛み、痛む自ら胸を抉るかのように掻き抱く。
胸に爪がめりこんで血を流し、その爪がかかる力に耐えきれず剥がれても。
噛みしめすぎて切ってしまった唇から顎を伝い、大地に赤い血が流れ落ちても。
広大なる灰色の虚空に走る鎖の上に立った少年は気にしない。
体の痛みなど感じていないかのように自らの傷をいとわず立ち続けて。
「足りない。足りない。足りない。まだまだ足りない」
そう憑りつかれたかのように繰り返す。
――自分の力が足りない。
――世界を抑え込む力が足りない。
――この世界で他人を殺さない為の力が自分には足りていない。
そう幾度も幾度も繰り返す。
だから目の前に迫る軍勢も、斥候だったのであろう先程の戦闘機のパイロットも、この世界で殺す事になってしまったのだ、と。
まだ本格的に開戦はしていないのに、分かりきった真っ黒な結末に思いを馳せると、吐き気を覚えるほどの嫌悪感を籠めて空を見上げた。
そこにある明々とした色を持つ月を睨むかのように。
その存在に持ち得る限りの負の感情をぶつけるかのように。
そうしなければ――自分以外の何かに、多少なりとも責任を押し付けなければ立っていられなかったとしても。
そうしなければ、慣れる事のない精神の傷に心が壊れてしまったのだとしても。
それはかなり自分勝手で、利己的な考えだったと言えるだろう。年端もいかぬ少年らしい弱さの現れだ。
しかし、そんな事に精神的に追い詰められた彼が気付くはずもなく。
自分の考えに一切の疑念を抱いていないかのような、狂信的としか表現出来ない輝きを瞳に宿して。
その盲信と狂信が、いずれ自分に牙を剥くものだとは知らないままに。
彼は再度自らの世界を廻す。
自分の周囲にある鎖達を舞わす。
彼方から自分と仲間達を殺す為に、国から遣わされた正義の味方(正規軍)を敵に回す。
『仲間達を殺させない為』という、いつも自らに言い聞かせている理由でさえも、すでに誰かに責任を押し付けたものなのだとは考えないままで。
「よぉ、クソガキ。お前はずっと一人で頑張ってきたな。たった一人で、ただがむしゃらに」
自らの世界で創られた紅蓮の道を、武骨な日本刀をぶら下げてシャクナゲは歩いていく。
ただ真っ直ぐに少年を見据えているその黒瞳は、今は二つの力で構成された刃の色を淡く揺らめかせている。
「今の痛みや犠牲も我慢すれば報われる、いつかは絶対に報われる時がくる、そう自分に言い聞かせてな。
でもな、お前の望むもので本当に人を救えるのか?お前が掲げた理想や欲しがった居場所なんかで人に報いる事が出来るのか?」
語る口調はとても静かなもので。
しかし、穏やかというには激情にも似た何かが含まれていて。
ただ『目の前にいる少年』に向かって言葉を紡ぐ。
「……違う。それは違うんだよ。理想の為に戦って救えるモノは絶対に人なんかじゃない。
理想の為に戦って救えるのは理想だけだっ。居場所の為に戦って守れるのは居場所だけなんだよっ!」
やりきれなさと怒り。
悲しみと寂寥。
そして苦痛と後悔。
その言葉が少年に届くかどうかに意味はない。そんな行為になんの意味もない事ぐらいは、彼が一番知っている。
過去は変わらず、幻はどうやっても幻の域を出ない。
今も自分を苛む繰り返しの悪夢が、この言葉でエンドロールを迎えるなどと都合のいい夢想もしていない。
それでも言わずにはいられなかった。ただ言わずにはいられなかっただけだ。
「お前はそんなモノの為に命を奪ってきたのかっ!?そんなモノの為にお前は戦ってきたっていうのかよ!?」
いかに溢れそうになっても涙は流さない。
走り寄って目の前の悪夢を掻き消したくなってもそれも我慢した。
まだまだ言い足りない。全然言葉が足りていない。
だから全ての衝動を力ずくで抑え込んだ。
道を切り開く仲間の記憶達はまだ保つから、限界ギリギリまで言いたいだけ言ってやる事にしたのだ。
「いつからだ……いつからお前はっ!
お前はそんなモノで心を塗り固めて、見えないものにすがり付いて自分を守るようになったんだよ!
最初は──最初からそんな大層なもんを望んだわけじゃなかっただろ!?あいつの望みを、その果てを見たかっただけだろっ!?」
――神様、お願いです。神様じゃなくてもいいです。誰でもいいですからお願いします。助けて下さい。
あいつを助けてやって下さい。あいつは悪くなんかないんです。いいヤツなんです。優しいヤツなんです。凄いヤツなんです。みんなに必要なヤツなんです。
だからお願いします。お願いします。助けてやって下さい。
俺の幼馴染みを助けてやって下さい。あの『世界』から解放してやって下さい。あいつが本物の怪物になる前に助けてやって下さい。
そんな願いは当然叶わなかった。叶うはずもなかった。無神論者のすがる言葉には、ついに救いは訪れなかった。
神様を信じていた少女にすら、結局なんの救いの手も差し伸べられなかったのだ。それは当然の結果なんだと思う反面、彼の中に僅かにあった信仰心――僅かに残っていた幼さは完全に錆び付いた。
でももしその時の彼が――全てが手遅れになってしまった過去の自分が、最後の最後になってから彼女の為に祈るのではなく、最初からたった一人だけ、彼女だけを救おうと行動していたのなら、結果は違っていたかもしれない。
仲間達の為という枷を自らに科していなければ……周りの誰かを言い訳に使って、その結果言い訳としたものから逃れられなくなっていなければ、違った結果もあったのかもしれない。
そう思う。そう思ってしまう。
「いつから理想なんかに縋って、見えないモノに縋りついて今を見なくなったんだよ!?『いつかはこんな真似をしなくてもよくなる』『いつかはみんなで笑い合える』『いつかは』『いつかは』って、笑わせんなっ!そんな風に背負って背負い続けて──!!」
いくら『今』を繰り返しても、背負ったものに報いられるだけの成果はなく、焦燥感に身を焦がした。
ただ今日より先に期待を先伸ばしにして、押し付けて、それでも誤魔化し続けて走ってきた。
いつしか仲間達と共に今を変える為の行動だったものは、まだ見ぬ未来への期待と過去への償いに姿を変え、そして新たに戦う為の言い訳へと在り方を変えた。
過去には数で報いようとして。
溢してしまったものを、助けた仲間(命)の数とその未来への可能性で購おうとして。
結果、全てを取りこぼした。
背負い続けた末に残ったものは、ただ信じていないものに祈るだけの結末と、最後の最後になってからようやく大事な個人の為に祈るという不様な結果だけだった。
「それじゃあ、いつかなんて来ないんだよ!いつまでたっても来るワケがないだろっ!!だってその『いつかは』今の続きなんだからっ!!」
今日が駄目だったら明日へ。それが駄目なら明後日へ。
ただ先送りして、先送りにし続けて、その時々の間違いを押し殺した。
そうしなければ、今までの間違いは無駄だったと認めなければならない。
そうして誤魔化さなければ、自分は単なる過ちを繰り返してきたんだと自覚しなければならない。
自分は罪を幾重にも重ねて、その上にさらに結局は言い訳を乗せて、何一つ得られなかったんだと理解しなければならなくなる。
「今日を犠牲にしただけじゃ明日は変わらないっ。そんな事ぐらいすぐ分かるだろうがっ!。それじゃあ結局明日も犠牲にするだけなんだって気付けよっ!さらに先にある明日の為に同じ事をするだけなんだってさっ!!」
それは耐えられなかった。
彼には耐えられなかったのだ。
だから彼は今の責任にして。
今現在の状況のせいにして。
自分が一番辛い場所に立つ事で、罪に対する報いを受けた気になって。
そうやって心に折り合いをつけて。
まだ見ぬ未来にだけ期待をよせて。いや、『期待したふり』をして。
ただ止まる事を恐れるかのように走った。
止まってしまったら――振り返ってしまったら、もう走れなくなる事が分かっていたから脇目もふらず走り続けたのだ。
その結果があの結末だった。
何も残らず、一番身近な人も残らない。後悔しか残せず、罪しか残っていない最後だった。
最初から大事なものだけを抱えていれば、それはそれで後悔もしただろう。
ただし、そこにはほんの僅かな救いもあったはずだ。なのに、それすらも残らなかったのだ。
止まる機会など山ほどあったのに。
周りを見回す機会もいくらでもあったのに。
今の状況の先にいる自分が、果たして笑っていられるかどうかぐらいは考えられる知恵があったはずなのに。
「……お前は間違いに気付いた瞬間に止まるべきだった。考えるべきだったんだよ。
たまには立ち止まって周りを見てみろよ、そうすれば気付けたはずだ。お前は一人じゃなかったって。いつであれどこであれ、お前は一人じゃなかったんだって事にさ」
もはや自分が何を言っているのか、シャクナゲには分かっていなかった。
創られた道の直中、すぐ近くに顔がはっきりと見える距離で。
気付けば思い出していた。
気付けば過去を嘆いていた。
どうしようもなく溢れてくる感情のままに、言葉を連ねていた。
「地獄の中でも一緒に足掻いてくれたヤツらがいただろ。そいつらが足掻き疲れて、ちょっとばかり道を間違っちまったなら、すぐさまひっぱたいてやれば良かったんだよ。我慢して、自分だけが合わせる必要なんてなかったんだよ」
ほんの僅かな手遅れが全てを台無しにしてしまう事がある。そんな事は子供にすら分かる理だ。
それでも考えてしまう。今になっても考えてしまうのだ。
もし、もしほんの僅かでも早く、過ちは過ちでしかないんだと認めていれば。
ほんの少しでも勇気を出して、最初の一歩を踏み出してさえいれば、例え『あの時』のように彼女と対立する事になったとしても、その結果は全く違っていたんじゃないか、と。
いや、間違いなく結果は違っていただろう、そう思う。
なぜなら、故郷での仲間達は――そしてその中でも『彼女』は、彼にとって本当に自慢出来る存在だったのだから。
「……そうだろ、それぐらい気付けよ。バカで……可哀想な俺」
だから彼は、最後の最後でそう言って。
愚かな自分自身と、その立場に立ってしまった過去を憐れんで、残された距離を歩き始めた。
災厄の灰色はいまだ猛威を奮っていた。
どこまでも彼を殺し尽くすべく迫っていた。
それでも二人の間にある道だけは、シャクナゲが造る静寂が広がっている。
混じりあい、溶け合った二つの灰色世界内において、紅蓮の道が作るその場所だけが静かな領域だった。
嵐の前の静寂さ。陳腐で使い古された表現でありながら、その境界はそう呼ぶ他ない静けさをもって『過去』と『現在』を繋いでいたのだ。
「お前は逃げているだけだ。まだ見ぬ『いつか』に逃げて、怯えて、皇って道に転げ落ちているだけだ」
シャクナゲの目の前にいる幻。
それは状況を理解したつもりになって、状況に見合う力もないくせに最善を望んで、悪化していく環境と変わりゆく仲間を見ても、仲間達と対立する勇気もなく最後の最後まで先送りにして。
「──お前は俺には勝てない。絶対に勝てるはずがない」
どうしようもなくなって。
なんの救いも残されていない状況になって。
変わってしまった『彼女』を見ていられなくなった後でさえも、目を反らし、大逃げをかました愚者を模したもので。
そして、変わってしまった彼女を止めるという名義で戦って、どんな結果になったとしても彼女から目を反らせる道を選んだ、そんな臆病者だ。
そんな自分を自覚して。
今になってようやく本心から認められた。
「……これで最後だ。これが『今の俺』が持っていて、お前が持っていないものだ」
そう宣告する言葉は呟きのような小さなもので。
ただし、そこにはありったけの想いを込めて、忘れてはならない『過去』へと言葉を手向ける。
「俺が抱えているこの力を、この刻みつけられた記憶を、お前が操る単なる『記録』に過ぎない力で砕きたいのなら──」
そしてシャクナゲは今まで何度となく制御を離れていた猛卒達、果敢に攻め続けていた力の手綱を再びしっかりと握りしめた。
握り砕かんばかりに紅の刀の柄を握りしめ、最後の最後に残された障害――少年の正面に今なお残されている災厄の灰色領域へと、ありったけの力をぶつけるべく声高く吠えた。
「──せめて後五年は苦しみぬいて、悩みぬいてから出直してこいっ!このくそったれ!」
その言葉と共に、世界への侵略者に対して果敢に立ち向かっていた全ての紅き刃は掻き消えた。途端に強まる圧力は、未だ残されているシャクナゲの世界を圧迫する。
しかし彼はそれを気にもかけなかった。自分に残された世界が軋んでも、その視線は一切反らさない。
五年、彼が今の地に来て五年も経つのだ。
その五年間でシャクナゲが出会った仲間は、相棒たる女性一人のみではない。他にも多くの仲間達がいる。その記憶は自分の中にしっかりと残っている。
今も灰色の空を舞う無色の刃はその内の一人。
災厄が産み出した力を留める不可視の壁や宙を翔る真っ赤な炎、衝撃や震動を飲み込む音源もそうだ。
そんな仲間達の中には、彼女が抜けたからといって――錬血とその弟子が戦列を抜けたからといって、あっさりと敗けを認めてしまうような諦めのいい人間はただの一人もいなかった。もっと足掻いて、足掻いて、足掻きぬいてみせる生き汚い連中ばかりだった。
むしろ今のような状況であれば、この場所(守り)を仲間に任されたという信頼に応えようと、なお奮い起つようなそんなバカな連中ばかりだったのだ。
それを彼は知っている。
だからこそ彼は、今も世界の境界を守ろうとする力達には見向きもしなかった。
――信じると決めたなら最後まで信じきれ。信じる事は力になる。
それこそが、シャクナゲがこの五年で学んだ大事な事なのだから。
二人の距離はもはや指呼の間だった。一飛びに満たない距離しか残されていない。
それは意地と意地のぶつかり合いが出来る距離だ。純正型同士による世界の喰らい合いではなく、領域の侵し合いでもない。『核』と『核』で勝負が出来る間合いだ。
そしてその距離こそが彼の望んだ戦場だった。この間合いこそが『世界のぶつかり合いでは劣る』と自覚したシャクナゲが、唯一確実に勝ちを拾える距離だった。
ほとんどの純正型を全く寄せ付けない灰色。
圧倒的なまでの攻撃範囲を持ち、敵対者の体よりも先に、その心を殺してしまいかねないだけの手数をも持ち、それ故に最強の一角とされた少年の事。そんな彼の事はシャクナゲが一番理解していた。
新皇・灰色に勝てる者などそうはいない。彼を相手に回して必勝を約束出来る者など、この国『最悪』たるもう一対の新皇以外には存在しない。
特にこの災厄の世界では、彼ほど絶望を体現した存在は他にはいまい。どれだけ願っても狂えず、狂ったふりすら出来ず、最後には逃げ出したという負い目すら負って孤独に溺れた彼ほど、この災厄が現す絶望にマッチした存在はいないだろう。
そして、そんな彼に僅かばかりでも理解を示す者では、この精神世界において絶対に勝ち目がない。
絶望的な力を相手に回した上、さらに相手に理解を示してしまう事は、この精神の在り方が力を持つ世界では致命的な敗因となる。
そんな条件がある中で、もしこの災厄が混じりこんだ世界において『彼女』以外に灰色に勝てる存在を挙げるとすれば、他の誰もが知らない彼の弱さを知っている者で、なおかつ灰色という異常に心を殺されない者。そして誰もがその名前を恐れ、誰もがその異常を認めた灰色を、真っ向から否定出来るものだけしかいない。灰色の在り方を全否定できて、過ちは過ちなのだとその全てを許さずにいられる人間。そんな存在は彼しかいなかった。
剣の姫や白銀の妹分、紅纏う少女では、少年の歩みを理解してしまい……あるいは理解しようとするが故に勝てなかっただろう。
さらに言えば、世界の強度……あるいは狂度においては劣っていると認めていても、そこに現した力では負けていない、灰色の力を知っていても、絶対に負けてはいないという自信を持つ彼だけが勝てる相手だった。
今の意地と気迫のぶつかり合いが出来る距離において言えば、その想いは必勝の確信を持てるものへ変わっている。
それこそがこの『絶望』に抗う為の大きな力となっているのだ。
彼は消した分の力の紅の全てと、錬血の繋がりの全てを、握った紅蓮の剣に宿してさらなる力で煌々と燃やす。強度を増し、明度を増した刃を誇示するかのように掲げる。
空にはいまだ走る飛炎。
周囲には極大の音波の塊と乱舞する風刃。不貫を誇る不可視の壁。
それらも強大な力ではあるが、それらに決着を任せるつもりは全くなかった。背中を預けて、全身全霊で信じられる存在であってくれればそれだけでよかったのだ。
それだけでずっと強くなれる気がしていたし、実際に強くあれる自信がある。
そして何より、他人任せに――『世界任せ』にする自分はもはや捨てるつもりだった。
長く足踏みをしていたノロマな自分は、まずそこから始めるべきだと思ったから、彼は自身での決着こそを望んでいたのだ。
「分かるか?お前の単なる『記録』に過ぎないモノと、俺が今抱えているものとの違いが?」
風刃と飛炎が混じり合い、少年の周りを固めるあらゆる力を飲み込んでいけば、音波による振動弾はただ真っ直ぐに少年へと至る最後の道程を切り開く。
その道を走り抜けながら、シャクナゲが掲げたのは紅蓮の刃。
今は亡き最初の相棒が、ただ一人血と想いと意志で鍛えあげ、連結した刀で……託してくれた折れない心。
今は彼女の弟子である少女の紅を纏った『朱の刃張り』。
「分からないんだろうな。でもそれでいいんだ。
だってもう俺は、お前より先へと歩き始めているんだからっ!」
振りかぶられた紅蓮の剣を受け止めようと、少年はその手の平から鎖を伸ばし、それを青く輝く水圧の刃へと変えると、迫る紅蓮の剣を受け止めるべく頭上に掲げた。その力は……純正型の理が入り交じった刃は、単なる鎖では受けとめきれないと判断したのだ。
甲高い音を立てる半透明な剣。硝子で作られた剣を思わせるそれ。
その力もシャクナゲはもちろん知っている。少年が掲げる力の中に、彼が知らないものが混じっているはずがない。
それは関東にいた頃の仲間であり、部下だった青年の力だ。
シャクナゲとなる前の彼が、他の新皇達──中でも『絶対毒』を操る少女を相手取って起こしたクーデターにおいて、身代わりとなって処刑された友人の『水分を操る力』だ。
空気中に含まれた水分を収集し、圧縮し、超高速振動させる切り裂く刃だ。あらゆるものを斬り裂く『デュランダル』と呼ばれた必殺の刃だ。
その力は純正型である同僚達をも抑えて、彼の仲間内では最も攻撃力の高かった力なのだからよもや見間違うはずもない。
「その力の重みが分からないヤツが……その力を単なる重荷としてしか見れないお前がっ!!」
それでもシャクナゲは躊躇う事なく『紅蓮』を『水刃』に叩きつける。かつての『最強の記録』に対する躊躇など微塵も感じさせないまま、ただ真っ向から振り下ろす。
激情をたぎらせ、怒りすら乗せたその表情に恐怖など入る余地はない。
その力を知っているからこそ――その力を使った仲間がいかに気高く、いかに誇り高かったかを知っているからこそ、彼には許せなかったのだ。
重そうに、でも惰性で攻撃を防ごうとする少年が。
ただ近接戦最高の力だから、という理由でそれを掲げた過去の自分が。
「――その『剣』を掲げるなっ!」
その叫びは魂からの叫びで、許しがたいものに対する弾劾の言葉だ。それに呼応するかのように紅蓮は力を増す。
バシュッ!
そして僅か一瞬の邂逅。刹那の接触で、薄い青の刃と紅蓮の熱は大量の白い蒸気へと変わる。
それすらも振り下ろされる『紅蓮』が巻き起こす高熱――敵対者に煉獄を思わせる熱を放つ、紅の生んだ上昇気流に吹き消されて、あっさりと霞みと化した。
「……だから言っただろ。お前じゃ俺には勝てないってな」
そして。
そのぶつかり合いの後、そこに立っていたのは彼一人だけだった。
いまだ明々と輝く刃を持った男。当たり前のように押されに押されていた彼だけが、それが当然といった風情でそこにはいた。
「お前の世界は俺の世界よりも強いけどな、お前は俺よりもずっと弱いんだよ」
青き刃の所持者であった少年――災厄の最悪が産んだ悪夢を、その体を肩口から綺麗に両断されていた。
呆然とした表情で、僅かにその口元を歪めながら。
それを見て、そんな残骸を見て、彼は気分が悪そうに顔をしかめてみせると、ゆっくりと空を見上げた。
自分の世界にある、二つから一つに減った赤き月を。
「散々苦労して、泥にまみれる覚悟を決めてから出直してこい。この大バカ野郎」
三部三部。長尾は出るし、学園も出るけど、他は顔出し程度に新顔が出るぐらいですかね。
ほとんどなんも考えてません。
どこまで話を持っていくかぐらいしか考えてないですね。
長尾はキャラクター決めてますが、出し方をどうするか未定だし。スズカはのんびりさせて、カーリアンはああさせて、シャクナゲはこうさせて……。
とりあえず三部で黒鉄編は終わりな予定。
その次からは関東ですから、組織としての黒鉄はメインじゃないですしね。
とりあえず終わったらまた一月か二月かお休みします。
よろしくお願いします。