2―41・Lost Memories
誤字、脱字(特に濁点や脱字)が増えたのは、これは本当にスマホのせいです。
特に濁点。
読み返しても気付かない時が多々あります。
申し訳ありませんが、慣れるまでまだまだかかりそうです。
あとがきは連載バージョンでやってみようかと思ってましたが、人物紹介を入れる事にしました。
灰色の風が彼のトレードカラーである黒い上衣をはためかせる。
その日本人の変種では珍しい漆黒の髪を逆立て、皮膚を撫でる。
それを少しだけ煩わしく思いながら、シャクナゲは轟々と息吹を轟かせつつ迫る災厄の世界を見やる。
そしてわずか十メートル四方という、いつもの灰色世界からすれば、箱庭のごとき領域のみを自らのものとしながら、その災厄の力に対して小さな感慨と共に息を飲んだ。
――あぁ、これが『俺』が殺してきた相手が最後に見た絶望か。
辺り一面を食いつくし、この十メートル程度の領域以外の全てを侵しつくし、いま最後に残ったこの場所まで殺しつくそうとしている異界を見て、ふとそんな事を考えてしまう。
辺り一面を覆う異界の脅威に対して、言葉にしようがない痛みを感じて、まるで胸が締め付けられる錯覚を覚えてしまったのだ。。
今まで積み重ねてきた咎。
忘れるには重すぎる過去。
今なお自らを苛む黒き夢。
それらを思い、そんな中で消えていったものを思い、消してしまった存在に思いを馳せる。
もはや後戻りは出来ない。初めて人を殺した時にそう思った。
先に進むしかない。そう自らを駆り立てていた。
自分はもう、『背負ってしまった』のだから……汚れてしまったのだから、引き返す道などどこにもない。
そう理解したつもりになっていても。
そう言い聞かせていても。
自分の力が足りなくて、全然足りてなくて、致命的に無力だったからいっぱい人を殺してしまったけれど、そんな事実よりもなお『やったのは全部この世界なんだ』と、そう考えていたという自覚こそが鋭い刺を胸に突き立てる。
そうしなければ、彼は立っていられなかった。
それは事実だ。
他の誰のせいにも出来ないから、自分の中にあるもののせいにしなければ、自分を保っていられなかった。
それも間違いない。
生きる事に、自分が生き続けているという事に対して、彼にはそんななんの言い訳にもならない戯れ言が必要だった。
そんな自分自身をシャクナゲは知っている。
スズカを妹にし、彼女を誰よりも大事にする事で、不幸にしてきた人々に対して、『自分にはスズカがいるから……妹がまだいるから戦わなきゃならないんだ』と。
仲間達が変わってしまっても、『スズカだけは自分達とは違う道を歩かせるから』と。
そう言い訳にして、拠り所にして、最初の理由だった『幼なじみの代わりにして』。
彼はなんとか生きてきたのだ。
弱い彼でも、生き続けていられたのだ。
そんな考えこそが、彼が犯した罪の中でも最も卑劣な罪だろう。
そんな思いか、心をキリキリと締め付ける。
そう、『彼』は『最強の変種』などではない。
『始祖の一人』ではあっても。
『強大なる関東の皇』ではあっても。
彼は誰よりも弱く、どこまでも脆いただの人間だったのだ。
「はっ……本当に俺そのものだな。鏡を見ているみたいだ」
──でも、違うな。
出来るだけはすっぱで、ぞんざいな口調を心掛けながらそう呟いて、シャクナゲは無理やり口元を歪めて笑ってみせた。
自分らしさを思い出すかのようなぎこちなさで笑みを刻んだ。
「本物か偽物かで言えば、お前の方が本物なんだろうよ。俺は所詮紛い物の偽物だ。俺自身が何年もかけて、お節介な連中の影響を受けて造りあげただけの粗悪品さ。
──お前は皇で、お前が本当の俺だ」
その存在を否定したいワケじゃない。
過去を認められないワケじゃない。
許し難い存在ではあっても、それを認めていないわけではない。
むしろ目の前にいる存在は、自分の記憶にある自身そのモノなのだろうと思う。
その力に相反し、矛盾しきった弱さは、灰色――白でも黒でもない、どちらにもなれなかった自分以外には見えない。
でも『今の自分』とは絶対的に違う存在なのだと確信を持っていえる。
「でもさ、お前は俺なんだろうけど……どこまで行ってもやっぱり俺自身なんだろうけど、俺はお前じゃないな。黒い絶望も白い悪夢も、確かにお前は知っているんだろうさ。失われた命も見てきたんだろうよ」
いつもよりずっと狭い世界に逆巻く力の群れが、ゆっくりとその在り方を変えていく。『イージス』という、力が密集した領域に広がっていた兵達がその色を違えていく。
無限の幻像が敵対する力を惑乱するように生まれ、甲高い音源が力を増していく。
そして不可視の壁はシャクナゲに迫る力を留め、紺碧の雷が他の雷撃を飲み込んだ。
「それでもな……それでも俺のやってきた事は全部俺のモノなんだ。罪も咎も絶望も悲しみも、やっぱり全部俺だけのモノなんだよ。
俺の為に死んだヤツも、殺してしまった命の重みも、俺が自分で背負っていくんだ。この身にしっかりと刻んでいかなきゃならないんだよっ。
それは絶対にお前のモノなんかじゃないっ、『この俺』だけのモノだっ!」
そのシャクナゲの言葉とともに、幾筋もの鎖が新たに虚空より生まれたかと思うと、それら全てが『理に従って』再度紅色の輝きを放つ力へと変わる。
その紅色の力が持つ光は、シャクナゲの周囲をあっさりと焼原へと変えると、そこへさらに新たな鎖が炎の海へと突き立った。
その鎖に刻まれた力は溢れる紅を圧縮し、『炎が連結された剣』を何本も作る。
灰色の地面から伸びるような形で何本も造る。
中心にいる彼を囲むかのように創る。
何十振りもの炎の剣。
灰の積み重なった大地に突き立つ紅蓮の刃。
それは眩い輝きでもって灰色世界の中でも強い力を示した。灰色の大地に突き刺さったその無骨な有り様は、まるでその剣の所有者の生き様を示しているかのようにも見える。
「自分でやった事は全部自分で悲しんで、全部自分で苦しんで、全部自分で背負っていくんだよっ!どんなに重くても、どれほど辛く感じても、どれだけ目を反らしたくても、自分の背に抱えていかなきゃいけないんだよっ!それは誰にも肩代わりされちゃいけないんだっ!例えそれが過去の愚かな自分が相手でもっ!」
轟。
膨れあがる灰色は、殲滅の為の軍勢と化した暴走する灰色に真っ向から向かい立つ。
灰色世界の中でもなお輝き、なお存在感を示す炎の剣陣の中心で、しっかりと敵対者を見据えている『核』の意志を示すかのように。
そして紅の刃達はゆっくりと大地を離れて宙へと舞い上がり、その先端を『過去』へと向ける。
「……お前は俺には勝てない。俺は力なんて欲しくないと思ってきたけど──今もそう思っているけど、お前なんかじゃ俺には絶対に勝てないっ」
そう呟く言葉と共に、紅蓮の刃は甲高い音を立てる。
それは単に熱せられた空気と、凝縮された炎が、他の力と干渉しあい、共鳴しあっただけの音なのかもしれない。
錬血の残した力と今も共にある紅をいきなり合わせた事によって、灰色世界のどこかに無理が出ているのかもしれないし、単に熱くなった空気が上昇気流を生み、細かな灰と灰がぶつかりあっただけの音なのかもしれない。
しかし、それでもシャクナゲは小さな笑みを浮かべるだけで、その手のひらを目標に向けて振るってみせた。
――彼にはその音が、どこか懐かしい声で発破をかけているように聞こえたのだ。
「Go-ahead(進軍せよ)!Sword-Force……Spiral(歪の剣陣)!」
剣陣を操る剣の姫はもういない。
少なくとも生きてはいない。
そしてあるはずのない『他の力を含んだ錬血の剣』。
それは『もはや存在するはずのないという、絶対の歪みを含んだ剣の軍勢』だ。
その『歪』は向かってくる災厄を引き裂き、力を薙払いながら、今なお広がり続ける暴走した『真なる灰色世界』の中に道を作っていく。
先ほどまで押され捲っていた、もう一つの灰色世界の中に確かな道を築く。刃だけでも、紅だけでも成せなかった事をやってみせ、他の力達の先駆けに相応しい戦果を示した。
それは二人の戦闘区域全面からすれば、ほんの僅かな一点だけだっただろう。とはいえ、暴走する灰色に押し勝ってみせたのだ。
たった一人が歩くには十分なだけの『道』を切り開くという形で。
イージスの領域から広がるわけではない。
ただ、真っ直ぐに『災厄の核』への道を最短距離を繋ぐだけだ。
──当たり前だ。
その光景にシャクナゲはそう思う。彼にとっては当たり前の結果だったのだ。
なぜなら、その力は今は亡き相棒の血で鍛えられた剣達が造る最強の陣形……かの親友の言葉を借りるなら、その『記憶』だ。
確かに剣の数は本物の剣陣よりもずっと少ない。その出来も見劣りするだろう。
剣を構成する炎が秘めた力も、本物の『紅』には全く及ばない。彼女が感じてきた痛みが、その積み重ねたる過去が、この紅には込められていない。
シャクナゲたる彼の過去が、彼女の絶望に勝るなどと傲慢な事は言えない。言えるはずがない。
だがしかし。
それらは例え模造品であれ、たかだか真似事のようなものあれ……そして本物に比べれば螺旋のように捻曲がった粗悪品のようなものであれ、その強さがはっきりと『記憶に残っている(世界に刻まれている)』限り、この剣の軍に敗走はありえない。この剣の軍が押し負ける事など、彼は絶対に『許さない』。
刀幻境と味方には呼ばれた剣の園。
剣の姫と敵には恐れられた、今も相棒だと信じている女性が誇った最高の攻撃陣形。
しかも、そこにその相棒を今も追いかける少女の力……いずれはあの錬血を――誰もが認める最高位の黒鉄を『超えてみせる』と言ってのけた、後継者の強き紅を上乗せしたのだ。
──たかだか『造られた悪夢』ごときに負けるはずかない。
それはシャクナゲにとって、ただ一つの信念だった。神を否定し、運命を拒み、人を信じると決めた彼にとって、その想いはもはや信仰と言い換えてもいい。
ただ愚直に、その想いが見えない偶像を崇拝するものより弱いはずがないと信じた。
他者に言い訳を求める人間なんかより、脆いはずがないと根拠はなくとも確信していたのだ。
「……お前は俺に勝てない」
再度告げたその短い言葉は、そういった想いの全てを籠めたものた。
そんなシャクナゲの言葉に、願いに、そして想いに応えるかのように、紅蓮の記憶達はさらに奮い立ち、より猛然と、ただひたすらに苛烈な勢いで、敵対するあらゆる力(記録)を切り開いた。そして切り裂いた端から燃やし尽くした。
支配領域は圧倒的に劣っていても、シャクナゲと少年を結ぶ直線において言えば、優劣はすでに逆転している。
他の領域は食い尽くされ、いまなおイージスが数の力で攻め立てられながらも、少年という一点にだけ向けられた戦意は道を切り開いてみせる。
無意識による殲滅――自身の意思を込めないまま、ただ殲滅の結果だけを残そうとする灰色と、はっきりとした意思を込めて進む灰色は、すでに同じ色でありながら全くの別物だ。
そんな二つの領域の境を飛ぶ、全てを切り裂く血の刃が宿した燃やし尽くす業火の紅。二つの異端が織り成す力が、災厄の灰色の中にただ真っ直ぐな紅蓮の道を造る。
それに続いて破壊の音弾が飛び立ち、無色の刃が舞い狂う。
そうして切り開かれた道を、シャクナゲはゆっくりと歩きだした。
傍らの地面に突き刺したまま、唯一攻撃に参加させていなかった強き刃をその手に取りながら。
その無骨な日本刀にも真っ赤な力を灯しながら、ただ真っ直ぐにもう一人の『灰色の皇』を見やる。
力の種類──数自体は今となってはシャクナゲの方が劣っている。イージスを食い破ろうとする力に比べたらかなり少ないぐらいだろう。
支配領域の差は理が一番力を発揮する領域の広さの差だ。つまり力が現界できる領域の差なのだ。無限とも言える端末は、それらが具現出来る領域があってこそのものでしかない。
シャクナゲの世界を食い荒らし、膨張しきった異端の灰色を相手に、狭い領域に集められるだけ力を集めても数でかなうはずがない。
それは見た瞬間にわかるほどの差だ。
それでもシャクナゲには焦りなど微塵もない。
彼はあり余る力の中から、いくつかを選び抜き、それをイージスの領域内において完全に制御しきっていたのだ。そう、坂上と戦った時よりもずっとしっかり制御していたのである。
少年への道を切り開く為に必要な最小限を使い、少年を止める為に必要な最低限だけを使いこなす。その為に予備兵力はなく、全てをフル稼働させているが、それだけに『イージス』内において言えばかつてないほど完全に統制出来ていた。
それでも普段なら上手くはいかなかったかもしれない。
ここが現実世界に広げられた灰色世界であったのなら、いかに狭い領域であっても彼には支配しきれなかっただろう。
彼には五年近いブランクがあり、元々制御には甘いところがあったのだ。なんの理由もなく、今回に限り制御が上手くいくはずがない。
その理由については、彼自身分かっていた。
ここは無意識下の世界。内面の世界、精神の世界だ。
つまり『記憶の世界』でもある。
ならば、ここでなら現実世界よりも完全に……肉体という枷がなく、記憶が鮮明に浮かぶ分だけ完璧に、力の群れを制御出来ると考えたのだ。
そしてそれは間違っていなかった。
いや、精神の世界だけにそう思い込む事こそが有効だったのかもしれない。今まで使った事がなく、ただ自身に刻んだだけの『イージス』が上手く作用したのも、恐らく無関係ではないだろう。
それゆえに圧倒的な破壊の軍勢、無制御による殲滅の灰色に、制御された灰色が拮抗しえた。道を切り開く事でその考えを真実としてみせた。
しかしそんな風に現状を把握こそはしていても、シャクナゲにはそんな後付けの理屈など必要なかったと言える。それが出来ている理由などより、出来ている結果だけがあれば良かったのだから。
その結果こそが、シャクナゲとしての彼の目的――『ノーフェイトを壊す』という目的と、自分は過去に負けないという確信には大事なものなのだから。
そんな考えもまた、かつての『灰色』と彼との間にある明確な差であり、彼なりの変化の証でもある。
皇と抗う者の差であり、他人に言い訳を求めてきた者と、自分で背負っていくと決めた者の差だ。
――血にまみれた手を悲しみながらも、自らの頬を叩いて弱気に渇を入れ続け、ずっと自分で――自分だけの意志で己の道を真っ直ぐに歩いていた相棒。
――『死にたくない』と一人の時には慟哭しながらも、他人の前では決して弱さを見せず、最後には『お前になら安心して後を任せられる』そう言ってくれた親友。
そんな人々を知っているかいないか、託されたものがあるかないかの差だ。
そんな自らを誇るかのように。
まるで『皇ではない自分』を見せつけるかのように、彼はゆっくりと築かれた道を歩き出す。
焦る様子はどこにも見られない。ただ真っ直ぐに先へ続く道を阻む『暁が造った災厄』を見据えながら、彼はその手に握る刃に力を籠めた。
人物紹介・マスターシヴァ
本名芝浦尋。純正型変種。
関東の路地裏で暮らすストリートチルドレンだったが、変種グループ『道』に拾われて徐々に才覚を表していく。
その世界の特殊性は、道のトップ連にも見劣りしないほどに稀少なもので、個人戦闘という面だけを見れば、恐らく純正型でも随一の力を持っている。
その力の中核たる彼の世界は、純正型でありながら他の純正型にも見えないという特異点があり、それゆえに彼を純正型と見ない者もいる。
しかし彼が純正型である事は、その肉体に刻まれた『身体的な証』と、『世界を知覚出来る』点から間違いない。
実は彼の世界は、『その肉体に内包されたもの』であり、純正型にも見えないのではなく、『純正型以外にも見えるものを外郭としている』だけである。
それが純正型にとっての常識であった『純正型以外には見えない』に抵触し、純正型以外には『見えない世界』は持っていないと認識されたのだ。
いわばシャクナゲの『灰色世界』の変化版で、ただ世界の形が人の形をしているだけ。
その世界の理は『使役』
。世界そのもの――つまり肉体そのものを、核の思考のみで完全に操る力。
理自体は『拒絶』や『具現』ほど強力ではない――というより脆弱な理だが、純正型の世界にとって一番の弱点となる肉体(核)そのものを、理の使役対象としているだけあり、他の純正型よりも遥かに高い……まさに人間離れした肉体強度を持っている。
さらに他の純正型の世界そのものを砕く力は全く持っていない代わりに、他の理からの干渉を受けにくい特性がある。
例えば言霊の『暗示』や『催眠』程度では、肉体に認識されて言霊が効果を現す前に、シヴァの肉体を完全使役する理が打ち消してしまうのだ。
その肉体強度と理の特性を生かして、世界そのものではなく敵対する核そのものを攻撃するスタイルを得意としている。
現在では、中部地方の新羅、北陸の長尾とともに中日本3強の一角とみなされており、関東軍に対抗する勢力の主戦力として、東海地方の政権に席を置いている。
厳密にいえは彼は皇ではなく、一地方軍に所属しているだけであり、政権の主たる立場にはない。
彼が『マスター』たりえるのは、東海地方ではなくそこの軍部であり、他の地方の皇達とは違う立場にある。




