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2―39・Voice






 ──ガガガガガガガガガガッッッッッッ────!!


 百を遥かに超え、目視では確認しきれない線の群れが、互いにぶつかり合い、削り合い、殺し合うかのように舞い狂う。


「Set──!」


『……Set』


 共にお互いを否定し合うかのように……お互いの存在自体を許せぬと告げるようにぶつかり合う鈍色の鎖達。

 それらはそれぞれが蛇のようにのた打ちながら、死を告げる為に空を駆ける。それを阻むモノは、自らが生み出した(具現化させた)力以外は認めない、同じく空を舞う死を告げる無限の蛇。


「Set──!」


 シャクナゲが指を翻し、意志を向けるだけで蛇達は死の牙を剥く。


『……Set』


 ノーフェイトが生み出した灰色の悪夢は、それらをあっさりと防いでみせると、返す力でそれと同等以上の攻撃を繰り出してみせる。

 その度に蛇達はあっさりと対消滅し──そして消えた数以上の蛇達が再び虚空に生まれゆく。

 それら蛇達は単なる空を舞うだけの鎖ではない。かつて日本という国の東部、首都のあった地方では、あらゆるものを殲滅し尽くした破壊の尖兵だ。

 壊し、殺す為だけの力が具現したものだ。

 空を舞う人類の叡智で造られた戦闘機をただ一筋の力で叩き落とし、地を走る重厚なる戦車を圧倒的な数でもってスクラップに変えた存在だ。

 虚空から舞い落ちる流星雨の爆撃じみた攻撃で、人の営みを築いていた街を、都市を破壊し、最後には国を傾けた異界の存在だ。


 その鎖の力は、単体では決してそう攻撃力の高いものではない。鎖は鎖。抉る為の形をしているワケでも、切り裂く刃を持っているワケでもない。

 ただ単にその身に宿す一つっきりの理と、その圧倒的なまでの数でもって、あらゆるものに対しての絶対的な脅威となる。

 『ベクトルイーター』と名付けられた、どんな力のベクトルでも極小化させる理は、他のどんな力を持つ変種であれ敵とはしなかった。どれほど強大な力であれ……そして科学の粋を凝らした兵器であれ、その理のみで細い鎖を最高の盾と変えた。

 『ウロボロス(無限の蛇)』と名付けられたその膨大な数は、広大無比な異界の中で死の舞踏を舞い狂った。

 『灰色世界』と単純に名付けられた灰色の異界を、『殲滅世界』と畏怖させたほどの力を示してみせた。


 十代半ばのまだ若い少年を、新たな人類の皇と呼ばしめ、人々を魅了し、絶対的な存在だと盲信させたほどのモノなのだ。

 『新皇』。新たな人種の皇。人の変種が生まれた新しい世界の皇。

 この世界の核はそう称された。

 あるいは蔑視された。

 そう、彼の──彼等の過去は、全てこの『異界』によって紡がれたのだ。




 ここは闇と光が入り混じり、黒と白が互いを主張し合い、互いを殺しあった灰色の世界。

 広大なるその世界を支配し、果てなき領域を使役する二人の支配者は、互いに動く事なく、視線だけを交わし合って、互いの端末におのが生命を賭ける。

 火薬の匂いも、科学の力もなく、ただ自らが持つ一つっきりの理でもって、お互いを否定しあう。


「Set──」


 ──廻せ。廻せ廻せ廻せ廻せっ。

 己が世界をカラカラと廻し、クルクルと使役して、力の母体となる鎖を飛ばす。

 ──壊せ。壊せ壊せ壊せ壊せっ。

 己が持つ『具現の理』を使い尽くして、その理の持つ意味とは反対に近い『消滅』を相手に願う。


「──Raging-chain(荒れ狂う大蛇)!」


 シャクナゲのワードに従い、幾つかの鎖が螺旋を描くようにその身を飛槍と化せば、少年は自らの端末を横合いから幾つもぶつけて、凄まじい勢いで迫る幾重もの蛇を撃墜する。

 変わって少年が自らの端末を弓なりにしならせ、空を引き裂く勢いを持って蛇の先端を砲弾と化せば、シャクナゲは自らの鎖を弾幕として張り、数を持って迎撃する。


 無限対無限。

 無制限対無制限。

 広大対広大。

 そして灰色対灰色の戦いに終わりはない。


 まさしく千日手。

 全く同じ力量を持つ者同士が戦えば、その結末は二つしか有り得ない。

 つまり互いの一撃必殺でどちらか……あるいは共に倒れるか、今のように延々と戦い続けるかだ。

 この二人の場合、今の段階では攻撃は数を持って補う他なく、一撃で決まる展開にはなりにくい。その上、無限に近い数で補った防御は非常に堅いものだ。

 つまりなるべくしてなった、陥るべくして陥った千日手。

 無限であり、無制限であり、広大故の千日手だ。


 ──吼えろ。吼えろ吼えろ吼えろ吼えろっ。

 それでも二人は決まり手を繰り出せないままで、世界に殲滅を命じる。

 相手を打倒しえない不甲斐なき世界に、戦意という燃料を注ぎ込んでいく。

 シャクナゲの意志に従い、舞い狂う蛇が灰色の世界を飛び、力の端末が核たる存在の命で、少年の全てを否定すべく牙を剥く。

 大地を埋める灰が絶え間なく宙に舞い、二つの緋色が天高く煌々と煌めきを馳せる。

 終わりの見えない殲滅世界同士のぶつかり合いは、まさしく二つの灰色世界が喰らい合う戦争そのものであり、互いの否定を叫ぶ理同士の殺し合いだ。

 もしこの殺し合いが現実世界で実現したならば、どれほどの大都市であろうとも、広大なる灰色の荒野へとその姿を変えてみせただろう。

 『具現の灰色』、あるいは『殲滅の灰色』は、その身に宿す強大な理などよりも、常識外れの広大さと広大さが併せ持つ物量こそが脅威とされていた。

 圧倒的な支配領域でもって、あらゆる場所を包み込んできたのだ。それが二つある異常に耐えきれるものなどありえない。


 憎悪と怨嗟と嫌悪を剥き出すシャクナゲと、空虚と孤独と悲哀を滲ませる少年。

 全く同じ世界を持つ、全く同じ存在たる二人。

 究極的に相似しておりながらも、全くの対極に当たる二人。

 彼等のぶつかり合いが現実世界で起こる事は有り得ない。『具現』と『広大』を持つ者など、二人としているはずがない。

 もしいたとしても、その結果はやはり殺し合いにしかなり得ないだろう。

 この二人のように『全く同一の二』でなかったとしても、互いに牙を剥き合う他なかったはずだ。


 『圧倒的な破壊』、『完全殲滅』の力を持つ者が最終的に望む事は、やはり自己の破壊と自我の殲滅しかあり得ない。

 特に彼等のように自らの力を忌避していれば、自分の力と同質の悪夢(モノ)などその存在自体が許し難いものだ。

 例えシャクナゲが過去の自分を忌避していなかったとしても、彼等は出会った瞬間に殺しあう他なかっただろう。

 シャクナゲと新皇・灰色。

 異端と異常と異界。全てを併せ持つ灰色同士の殺し合いを避ける方法などなかったのだ。



 だからこそ彼らは、ただお互いを一刻も早く否定し、一瞬でも早く抹消すべく、世界に進化……あるいは退化を求める。

 必然として二人ほぼ同時に世界を廻す。


 ──カラカラと

 世界の一部である歯車を廻し

 ──ガラガラと

 空に浮かぶ赤き月を動かし

 ──ゴロゴロと

 自らの中に眠る狂気を起こす。



「……Set(廻れ)!」


『──Shift Up 2nd-World(より壊れた二つ目の世界)』


「Another Birthday(歪の生誕日)!」


 シャクナゲは叫ぶように、魂を底の方から震わせるかのように。

 少年はただ淡々と宣告を零すように告げる。

 全く同じ言葉(ワード)

 手のひらを天に向けた左手を、くるっと回転させる仕草まで全く同時で。

 そこに込められた感情に差違はあれど、全く同じ願いを持って世界を変質させる。

 月を欠けさせ、鎖に歓喜を走らせる。

 灰色の風が大地を走り、旋風のように核を中心として渦を巻く。


 そして、生まれた時から異常たる世界に、さらに大きな亀裂を走らせる。

 くるっと回した手の動きが、まるで合図であったかのように歯車が回り始める。



 歪み、進む。

 壊れ、退く。

 欠けて歪む。

 歪みが産まれ、一つ目の世界が飲み込まれた。

 Chain-World(鎖の世界)が、歪な力の世界へと進化し、退化する。

 蛇の世界に新たな力が吹き込まれ、もう一度世界は生まれ直す。

 そして二つの灰色世界は、全く同質の理を持ちながら、全く同じタイミングでありながら、全く違う形へと変貌したのだ。








 廻り始めた異界に、轟々と轟く力の大群が吹き荒れる。

 そこは虚空から生え、大地から這い出て、空間を覆う鈍色の蛇達が支配する異界から、一歩先へと進んだ世界。

 あるいは一歩後退した世界だ。

 空に浮かぶ一つっきりの赤以外は、無彩色が埋める世界。

 それはかつて一人の少年が絶望し、心を置き去りにした負の象徴だ。

 多くの人々を飲み込んで、殺し尽くしてきた異界だ。


 ──『灰色世界』──


 単純に世界を満たす色からそう名付けられただけの領域に、新たな力が生まれゆく。より強い歪が無音の産声を上げた。

 その世界の住人である鈍色の蛇達は、その生誕を喜ぶかのように鈍色の体を震わせる。そしてゆっくりと世界が内包する具現のプログラムに沿って変貌し、力と色を空間に広げていった。

 さながら灰色のキャンパスに、力という色を塗りたくるかのように。

 もしくは灰色の原稿用紙に、無限の可能性を持つ力という文字を載せるように。


 何本かの鎖はその身を色とりどりの炎へと変え、それとは別の鎖は氷雪の嵐となって空間を切り刻んでいく。烈風が大地を引き裂けば、甲高い音の塊が粉塵をさらに舞い上げる。

 それらは同じ理から産まれながらも、全く同じものではなかった。所々に確かな違いが見受けられたのだ。

 そんな二つの灰色世界の中心で向かい合った二人は、それら歪の中でも無言であり、従えた力達のみが牙を剥き合う。


『……消えろ』


 二人の内の若い方──よく似た二人の内の少年とも言える年齢の男は、一言そう小さく呟き、自らの周囲に広がる一方の灰色世界に……荒れ狂う異界の一つに力を解放させていく。

 それらは未だに無言で佇んでいるシャクナゲよりも強い力で、世界を震わせる。

 そしてその荒れ狂う力は、相対するもう一つの灰色世界を殺すべく侵攻を開始した。

 全く同質であるべきなのに、どこまでも異質な灰色へと牙を剥いたのだ。


 二人の男を取り巻く二つの灰色の世界。

 荒れ狂う動の灰色世界と、静寂なる静の灰色世界。

 あるいは無感情なまま攻撃意志を剥き出しにする灰色世界と、溢れんばかり殺意を静かに内包している灰色世界。

 そこに大きな違いはない。

 ただ灰が積み重なった灰色の大地に、虚空に浮かぶ歯車。真円から少し歪んだ四分欠けの緋色の月。

 目に見える限りは全く同じ世界で──どこまでも異常な皇種とも呼ばれた純正型の領域だ。


 顕現した力も大した違いはない。

 確かな違いはと言えば、やや年かさの青年が扱う力の方が兵数──つまり力の種類が多いというぐらいだろう。

 重ねた年数の分だけ、積み上げてきた記憶分だけ、現した力の数が多いという程度の違いでしかなかった。

 しかし少年は、その程度の違いなど気にする事もなく、自軍の兵達に軽く左腕を掲げて自らとよく似た青年の殲滅を命じる。

 領域の主として厳かに。

 世界の皇としてあるがままに。


『──Terminate』


 力の全解放……領域内の異物を完全殲滅する為に設けた、あらゆるものの終わりを示すべく設けた言葉(ワード)で。








「幻に過ぎない、所詮は俺の『内面での争い』に過ぎないと分かっていても、やっぱりいい気はしないな。本当に最低で──どこまでも最悪だ」


 ノーフェイト。

 運命を殺す運命毒。人の精神を甘い幻覚で留めてしまう精神毒。そんな理を与えられた錫杖が、今どこにあるのかは彼にも分からない。

 この『内面世界』のどこかにあるのか、はたまた現実世界に回帰しなければ見つける事が出来ないのか。

 それは彼には分かり得ない。

 甘い甘い──有り得なくても、求めてやまなかった幻に包まれていたあの時から、きっと『場所自体は変わっていない』のだろう。それぐらいしか分からず、小さく嘲笑うように口元を歪めてみせる。


「精神世界、心象領域といったモノはお前(災厄)の独壇場だとしても、これはちょっと気が効き過ぎてる。ブラックジョークとして見れば最高だけどな」


 ここはきっと自分の心の中で、ノーフェイトに捕らわれる前から『自らの内側で展開していた灰色世界』のままで、彼を捕らえきれなかった災厄が入り込んだだけの自分の世界なのだろう。

 その災厄から追っ手とも言える使者が、過去の自分──シャクナゲと呼ばれた彼が、最も忌避する存在である辺り、余りにも皮肉が過ぎて嗤うしか出来なかった。


「甘い夢で捕らえきれなかった者は、その者が最も恐れ、嫌う存在が心を殺す……ってところか。

 いくら智哉でも、追跡者──いや、俺の場合は断罪者と呼ぶべきかな。それを過去の俺に設定するほど性格がひん曲っちゃいないだろうしな」


 ここで過去の自分と戦う事に意味などないかもしれない。ひょっとしたらあるのかもしれないが、ただの徒労に終わる可能性もある。

 なにしろ『彼』は所詮は幻だ。単に最悪を冠し、模倣しただけの偶像だ。

 希望とは正反対なものを集めてノーフェイトが造りし幻影だ。

 しかし、そう理解しながらも、シャクナゲは過去の自分から目をそらせないでいた。

 目の前にいるのは、過去の──恐らくは現状に抗う為に、自分の力を使う事に躊躇いを持たなかった頃の自分。

 いわば本当の意味で『新皇』だった少年だ。

 いつか、いつかは……そう考えて、ただ先だけを見て現実(いま)を押し殺していた過去の亡霊だ。


「……本当に気が利いてるよ。偽物だとしても──紛い物で造り物に過ぎないと分かっていても、お前にだけは絶対に背を向けられないって辺りが最悪だ」


 それが分かっていても、過去の自分に背を向けるわけにはいかなかった。それは彼にとって絶対に譲れない事だったのだ。

 関西で色々知って、多くの仲間を得て、ようやく前を向き始めた自分が、『過去の自分程度』に負けるなど許せない。そして何より、この何年かで多くの仲間達に出会った自分が、『その仲間達を得たせいで弱くなった』などとは断じて認められないのだ。

 いまだに心に大きなしこりとして残る『坂上』が幻影として現れたなら……あるいは『彼女』が絶望からの使者として現れたとしても、まだ彼は冷静でいられたであろう。

 今のような気持ちは抱かなかったに違いない。血が滲む心を自覚しながらも自らを保てていたはずだ。

 痛む心や猛る想いを幻だと割りきり、抑える事が出来ただろう。

 目の前の少年以外ならば、それが例えどれだけ絶望的な力を持つものであれ、ここまで彼の心を乱したりはしなかった。

 即座に今出来る最善を考え、ノーフェイト破壊に向けて動き始めただろう。彼はその為に持てる力の全てを使うと決めてきたのだから。


「……本当に最悪の幻だ」


 力を従えた『少年』を見やり、荒れ狂いながら迫る力を見据えながら、一番凶悪だった頃の灰色をと相対する。そして力を振るう事に躊躇いを覚える自分を、内から膨れ上がる黒い感情で抑えこんでいく。


 今の自分が過去の自分に勝てるかと言えば、勝算は正直言ってかなり低いだろう……心を乱されながらもシャクナゲ自身そう自覚していた。

 負けるわけにはいかないと思いながらも……この相手にだけは負けられないと考えながらも、彼の中にある冷静な黒鉄としての部分は、的確に互いの戦力ぐらい把握している。


 過去の自分は今の自分よりも絶望している。そしてその絶望に抗う為に世界を凶悪に染めている。人の命を食らい慣れた灰色世界は半ば抑制を無くしていて、それが当時の自分には当たり前だった事を覚えている。

 それらのファクターを鑑みて、シャクナゲは自らの敗北する未来を的確に理解していた。

 これらは単純な兵数の違いなどで埋まる程度の狂気ではない。年季で埋めるには抱えた絶望の差が大きすぎる。

 今の自分とは在り方が違う。

 取り巻く環境が違う。

 シャクナゲである彼が持つ物をこの少年は『まだ』持っていないが、この少年が抱えているものを──孤独という名前の猛毒を、絶望という名前の漆黒を、シャクナゲは薄れさせてしまっている。

 そしてそれは、灰色世界の強弱に大きく関わっているだろう。

 なにしろこの灰色世界は彼そのものなのだから。


 まさしく目の前の存在は、シャクナゲにとって災厄そのモノであり、逃れられない天敵だと言える。

 ノーフェイトには、幻覚を破った者や現実へと回帰しようとする者、そして幻覚で捕らえられなかった者を抑える力がある事は間違いない。

 それも対象者が内心で最も畏怖し、最も恐れ、最も嫌悪する存在を汲み取り、呼び出すのだろう。


 ――持ち主の性格の悪さと底意地の悪さが垣間見えるってもんだ。


 それが自分にとっては『過去の自分』だったのだろう。そうシャクナゲは考えて、今は亡き親友に再度悪態ついた。


 過去にノーフェイトと向かい合った時は、この状態にすらもなれなかったのだから、正確なところはもちろん分からない。

 あの時、初めて向かい合った時は、使用者──使用予定者であったアカツキがいなければ、死ぬまで甘い毒に捕らわれ続ける羽目になっていただけだ。だから今となっては知りようがない。


「本当に笑えるな、最高に最悪過ぎて笑える。もう笑うしかない」


 でもそんな今の自分を誇りに思う気持ちは欠片も出てこない。浮かぶ笑みもどこか禍々しさが滲むそれだ。

 目の前の自分──過去の過ちの象徴に対して、彼はどす黒い感情が滲み出て抑えられない。

 自分を殺せば過去が清算されるワケではない。

 それは彼にも分かっている。

 今のこの国の現状が覆るワケでもない。

 そんな事はあり得ないと知っている。

 起こってしまった事、起こしてしまった事はもはや変えられない。

 しかしそれが分かっていても、シャクナゲの心は荒ぶり、どす黒い感情が湧き出てくるのだ。


 ──Terminate


 だから同じように世界に殲滅を命じようとして。

 終末の端子に全てを任せようとして。

 戦いの結果が分かっていても、衝動に行動を任せようとして。

 自らの罪の象徴たる存在を殺し尽くそうとして。




『忘れるな』


 ──声が聞こえた気がした。


『あたしも連れてってよ』


 ──忘れられない声が聞こえた気がした。


『もう負けないよね?』


 ──そう、大事な言葉が聞こえた気がしたのだ。


 自らの従えた力から――灰色の大地に突き立つ刃と、空を走る紅色の光。そして自分の世界に入り込んだ親友の存在を感じさせる気配から、彼は確かに声が聞こえた気がしたのだ。



『これからはお前が最初の黒鉄だ』


 そして――その声により思い出してしまう。

 燻る黒い感情の中でも思い出されてしまう。


『お前は一人じゃない。もう一人ぼっちの孤独な皇なんかじゃない。お前はただの俺の親友、それだけでいいだろ?』


『あんたを一人っきりにはしないよ。もしこのミヤビさんが万が一いなくなっちゃったとしてもさ、『あたしの子供達』はあんたの側にいてくれる。あたしの願いを忘れないでいてくれる』


 残された言葉を。

 残してくれた大事な遺産を。

 今も自分の世界に力として居座るお節介な相棒と、純正型の力は残してやれないからと言って、暇を見つけては書き溜めていた『手記』という形で、自分のいた証を残してくれた親友がはっきり脳裏に浮かんだのだ。




 しかし、聞こえるはずのないその声に気を取られた内にも、彼を殺し尽くすべくもう一つの灰色世界は迫る。

 確実に周囲の景観ごと消し飛ばすだけのその力には、なんの感慨も、一切の容赦もない。

 ただ世界のあるがままに、『自身の理に寄らず存在しているもの』を全て食い尽くす。

 その尖兵である力達は、戦意を無くしたかのように呆然と辺りを見やるシャクナゲを包み込み――彼の姿は、少年が解放した異端の灰色に飲み込まれていった。


スマホ使いにくいっす。

今回は何か後書きを書くつもりでしたが、慣れない操作にいっぱいいっぱいで延期。

また何かあればお知らせにでも書かせて頂きます。

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