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2─37・Infinity-Air






 水鏡のスイレン。

 彼女に対する評価は、彼女をよく知る者とよく知らない者の間では──あるいはごく身近にいる者と名前だけは知っている者の間では、両極端に位置していたりする。


 見るからにたおやかで控え目な所作と、浴衣がよく似合ったすっきりとした顔立ち、藍色の細い髪の毛は細く白い肌と相まってどこか清廉な雰囲気を感じさせる。

 彼女を慕う人間が男性のみに限らず女性でもかなりの数に上るのは、そういったものの他に穏やかな笑みを絶やさない柔らかな印象があるからだろう。

 過去に傷を持つ者が数多く所属する黒鉄にあって、いつであれ誰に対してであれその笑みでもって対応する彼女は、間違いなく黒鉄の中で最精鋭たる第三班の『良心』として認識されている。

 もちろん極端なまでに反対の要素を持つ『不貫』がいるからこそ、その印象が強まっているという理由もあるのだが。


 しかし、それはあくまでもスイレンを遠くから見ている者の意見であり、『水鏡のスイレン』に対して抱いている印象のようなものであり、彼女のごく身近にいる存在が知っている彼女の本質ではない。


 彼女が民政部のお歴々を相手に、心を抉り、魂を削るような言葉の数々で舌戦不敗を誇っている事など、黒鉄の上層部以外は知りもしない。

 ほとんどの者は『老獪かつ石頭な民政部の首脳陣を相手に、一歩も退かず黒鉄の為に議論では矢面に立っている』などという、普段のイメージに見合うキャラクターを信じているのだ。

 スイレンを相手に顔をひきつらせ、粘っこい汗をダラダラ流して、舌戦不敗を相手に必死に立ち向かっている民政部の苦労など知ろうともしない。


 彼女が仲間には非常に穏やかで、どこまでも柔らかい印象を持つ女性であるあまり、敵対者にはどこまでも冷たく、果てもなく無慈悲になれる事を知らない。

 なぜ彼女だけが『近衛殺し(インペリアルキラー)』と呼ばれているのか、他にも関西統括軍の精鋭集団、『近衛』を打倒したものはシャクナゲやアゲハ、過去にはミヤビやクロネコもいたというのに、なぜ水鏡のスイレンだけが『インペリアルキラー』と呼ばれ、敵方に恐れられていたのか。

 そんな事まで誰も考えない。


 錬血のミヤビという鬼教官が、その教え子達に教える『生き残り方』の中に、『これだけはやっちゃいけない黒鉄ルール』というものがあるが、その中に『水鏡のスイレンだけは絶対に怒らせちゃいけない』というものがある事など、錬血の教え子達でなければ知り得ない。

 錬血の教え子達がスイレンに対して異常に敬意を表している理由など、水鏡がかの鬼教官と背を預けあった歴戦の黒鉄だから、ぐらいにしか考えていないのだ。

 あの『紅』ですら、水鏡に対して遠慮を見せるのに、それですらもスイレンに対して好意的な解釈をしてみせるのである。


『あぁ、さすがはスイレンさんだ』と。



 しかし彼女に近しい者達──本当の彼女を知る者達は知っている。

 彼女の怖さも。

 彼女の残酷さも。

 そして彼女の強さも知っている。


 今はもういないある黒鉄は知っている。

『スイレンはめちゃくちゃ頑固だから。シャクの心を折れるヤツがいたとしても、スイレンの心を折れるヤツなんかいっこない』と。


 かつては同僚で、今は違う班に所属している少女は知っている。

『レンがブチキレたりしたトコなんて見た事はないけどぉ、ブチキレたりしないままでもあいつは十分怖いヤツだからぁ』と。


 別の最強を冠する黒鉄は知っている。

『スイレンは身体能力は低いけど、戦闘能力が低いワケじゃないよ。あいつはスキルと経験でそれを補うヤツだから』と。


 さらに別の──実質は最強である黒鉄の少女は知っている。

『スイレンは最後の一人だから。最後に残ってしまった一人だから、自分は最後の最後まで生き残らなきゃならないと脅迫観念にも似た思いを持っている。そういう相手が一番怖い』と。


 近しい相手であればあるほど。

 側にいる者であればその距離感が近いほど。

 過去を知っていれば知っているほど。

 よりその強さと怖さが見えてくる相手。


 水鏡のスイレンとはそういった女性なのだ。









「ねぇ、ヨツバ。もうそろそろ諦めてくれる気にはならないかしら?」


 スイレンのその言葉に──辺り一帯から反響して聞こえてくる声に、それでも瞳を閉じた男は無言で一歩足を進める。

 途端飛んでくる細く鋭い刃にも。

 辺り一帯から感じられるその刃にも負けない鋭い殺気にも。

 彼は全く躊躇を見せる事なく、さらに一歩前へと踏み出す。


「いかにあなたでももう不死身には追い付けないわよ。ナナシの足ならもうすぐ地下へと足を踏み入れるわ」


「あんた、ほんまに分かってやっとるんか?今までずっと地下には誰も入れへんようにしてきたやろ。それが俺とあんたの仕事の一つやったはずや。それがなんであいつは入れる気になった?」


 どんな攻撃にも、どんな言葉にも無言を貫き、辺りから感じられる殺気の刃に生物の体に刻まれた本能が警鐘を鳴らしても──彼には全く効かない無意味な攻撃とはいえ、水鏡の攻撃にその身を晒していても、ひたすらに無言だった男は淡々とした口調で口を開いた。


「今はもう、今までとは変わってしまったのよ。昨日と同じ明日はこない。そんなものは来ちゃいけないの」


「そうか」


 ──ならあんたが全面的に味方やったんは昨日で終わったんやな。


 そしてヨツバはスイレンの言葉にそう返して。

 最後の確認に対する答えを聞いて。

 憂いを帯びた、どこか諭すような響きのスイレンの言葉にもはっきりと敵対を示してみせる。


「あんたを傷つけんと不死身を追いかけたかったんやけど、それが無理ならしゃあない。

 あんたじゃ俺は止められんって事をちゃんと記憶に刻んだる」


 そしてそう言って、再度自分に向けられた鋭い刃を空中で微細な欠片へと砕いてみせる。

 全く触れもせず、意志を向けた様子も、気にかけた風もないままで、スイレンの攻撃を塵へと返す。

 それだけではない。ヨツバの立っている場所を中心に大地が抉れ、まるで爆心地であるかのような──その中心で巨大な力が膨れあがり、大地を圧したかのようなクレーターが刻まれていく。


「──解」


 ヨツバの小さな呟きはその不可視の力場がもたらす破壊音にかき消された。

 彼が築く精神防壁の物質化により作られた領域は、そのまま攻撃性を有した防壁となる。

 大地を圧し、空気を震わせ、あらゆるものの侵入を認めない精神防壁は、それそのものがぶつかって『あらゆるものを破砕する力』となる。

 広がり始める不貫の盾は、そのものが全方位を圧迫し、廃絶する力場となるのである。


「あんたは俺に勝てん。水鏡は所詮泡沫の夢幻。浮かんだ月も一投の小石で消える淡い世界や」


 そしてその上で、的確にスイレンの方向を──スイレンの本体がいる方向を見やりながら、いつものように抑揚のない口調で告げる。


「──裂」


 広がっていた力場は小さく欠け、360°四方に展開されていた不貫の盾の一部がざっくりと裂けて刃となる。

 その姿がスイレンに見えたワケではない。

 ただその軌跡が──裂けて一閃の線と化した盾の軌跡が、大地を切り裂き、空間を引き裂いた跡が見えるだけだ。

 恐ろしい速さで進むそれは、まさしく不可視の刃といえるそれで、ヨツバの言葉に不吉を感じて本能的に回避してみせたスイレンの藍色の髪を一房空に散らす。



「もう言葉は必要ないやろ。あんたの幻は踏みにじって先行かせてもらうわ」


「──無限幻想(インフィニティ・エア)


 一歩。また一歩と歩を進めていくヨツバ──黒鉄最凶の凶人(まがびと)を前にしても、スイレンは一歩たりとも後ろには引かなかった。

 ただ自らが持つ『幻覚を見せる力』を最大限に解放させて、伏せられたその瞳と視線を交わす。


 自分の能力が不貫のヨツバに対してどれほど脆弱なものなのか。

 かつての新皇のガードとしていかに不足なものだったのか。

 今も苦しんでいる友の最も古き友人としていかに無力なものなのか。


 そんな事は彼女自身が一番分かっている。彼女こそがその無力を最も理解している。

 しかし、彼女こそがその無力を一番後悔してきたのだ。

 そんな彼女に──スイレンという名前を持つ友の理解者に、ここで引くなどという選択肢はない。

 そんな答えは有り得ない。

 故郷を捨て、仲間を失って、家族すらも──血を分けた弟でさえも残されていない彼女にとって、自分だけが最後に残された意味を見失う事だけは絶対に許せないのだから。



「ねぇ、ヨツバ」


 語りかける言葉落ち着いた響きのそれで。

 いままさに自分の命や、その誇りに手をかけようとしている凶人に対するものとは思えない静かなもので。

 広がる『無限幻想』と名付けた力の領域は、ゆっくりと幻を広げていく。


「あなたの過去は私も知っているわ」


 もはや構える刃もなく。


「でもその過去を理解してあげられるなんて、そんな傲慢な事は考えてはいない」


 本体をそのまま晒して。


「だって私の過去にも、仲間であるあなたにさえ理解されたくない事があるもの」


 広がる泡沫の幻だけを武器に。

 無力な幻影のみを力として。


「そんな私の過去が……培ってきた後悔を積み重ねた力が──」


 ──安易にあなたの過去に負けるなんて思われたくないわ。


 現実を浸食していく。

 幻が……単なる背景に有り得ないものを写すだけの力が。

 光の屈折によるだけのたわいない夢幻が。

 ゆっくりと瞳を伏したヨツバの現実をも蝕んでいく。

 光を拒んだ不貫ですらも飲み込んでいく。


「私は最強のグレイガードだった男のたった一人の姉。そして最後の一人。

 過去により心を、世界を拒んだあなたが、過去を積み重ねてきた私に簡単に勝てるだなんて間違っても思わないで。それはとても不愉快だわ」


 光の反射と視覚の混乱による幻。

 認識を狂わせ、思考にノイズを走らせ、空間を支配したかのように『みせるだけ』の幻が、光を受け入れない瞳を伏した男に影響を与えられるワケがない。

 精々がその柔な光の残像に付与した僅かな気配でもって、空間認識をあやふやにするだけだ。

 それだけのはずなのに、ヨツバが初めて軽くその閉じた瞳を震わせる。

 まるでその目蓋の奥にある眼球を、あちこちに這わせるかのように。


「瞳を閉じて、光を受け入れない相手には無力な力。所詮は泡沫と消える夢幻。

 そうね。私の力はその程度。『あの子』のように全てを切り裂いて、道を開く力なんて持っていない。同じ血を持った双子でありながら、私の力は姑息で卑怯で裏技じみたものよ」


 でもね、と続け。

 今までにない凄惨極まる笑みを浮かべ。

 歩みを止めた不貫を真っ直ぐに見つめる。


「その力は卑怯で卑劣な手段を厭わなければ、結構使える力なのよ?

 光を瞳で受け入れなくても、その影響まで受けない人間はいないわ。光は肌で、五感で必ず感じるものなのだから」


 瞳を閉じていても目蓋を焼く光は感じられる。

 目蓋越しに陽光を感じ、ライトの光を見る。

 明るい日差しを肌に感じるのは、陽光の熱によるものだけではない。生まれ持つ本能によるものだ。

 目を閉じ、光を拒絶していても、昼と夜を真逆に感じる事はないだろう。

 そして光を掻き乱して生み出した夢幻に、僅かとはいえ気配すら持たせる事が出来る『水鏡』からすれば、目蓋越しに届ける僅かな僅かな光で──視覚以外の五感や本能で感じる光で、脳に幻を刻む事ぐらいは出来ないはずがない。

 より明確に感じられる気配。あちこちから感じる視線。敵意に殺気。それらはかの凶人を完全に覆い込み、包み込む。


「ようこそ、私の夢幻境へ。歓迎するわ、不貫のヨツバ」


 そう言って凄みのある笑みを浮かべると、『夢幻境』の主であるスイレンは優雅に一礼してみせた。

 瞳を伏していてもなお感じる幻に、僅かながらとはいえ『初めて』かの不貫に困惑を浮かべさせた事に小さな満足感を感じながら。


ガード三人組の簡単紹介。

詳しくはそれぞれの個人紹介に譲りますが、当初の設定などを書いてみます。

最近こういったあとがきしてなかったですしね。

本名等はここ以外では出ないかも。


水鏡・スイレン

本名・繰崎蓮(くるさき・れん)マークでのみ『レン』という呼び名が出ている。

双子の弟がおり、二人揃って関東で『道』に所属。これまた二人揃って灰色の軍に属していた。

姉である彼女は後方支援や不正規戦を得意とし、弟は真っ向からのぶつかり合いで力を示す、と反対のタイプだった。


能力は『視覚の支配』、あるいは『錯覚の支配』。


こだわりとして和服や和風の小物をこよなく愛している。


口が上手く、人をからかう事も嫌いではない。

彼女を慕う人間も多いが、彼女を苦手とする人間もまた多い(カーリアンやカクリ、マルスにサクヤなど)。




牙桜・ヌエ

本名・夜鳥美哉

七班に所属し、班長であるスズカを溺愛している。

また『夜狩』に対しては格上である事を自認し、コキ使いまくっている(自分の方が先にスズカに従っていたんだから、後輩は後輩らしくパシリになれ、という事らしい)


能力はまだ不明。

虫を自在に操っているが、それが能力に関係しているかは後に記述。

多分もうバレバレだろうから書いておくと、彼女も純正型。

夜狩は見た事のある人間がいても、彼女を見た事がある人間はかなり少ない。

余りにも表に出てこない(めんどくさいらしい)、彼女の存在自体を黒鉄に伝わる都市伝説の類と信じている人間すらいる。

普段はスズカからヌエと呼ばれているが、たまに昔の癖で『ミヤ』と呼ばれたりもする。

錬血をライバル視していた節があり(ミヤと錬血が呼ばれた際に自分が反応した時から)。



夜狩・シュテン

本名・酒井典斗

ヌエと同じく、班長であるスズカを溺愛しているが、これはどちらかと言うと力の割に危なっかしいところがある『妹』に対する感情みたいなもの。


能力は不明。

植物を操ってみせたが?

牙桜に比べると黒鉄としての表の仕事もこなしている為、それなりに顔見知りもいたりする。

実はスズカとヌエの食事を作っているのは彼で、七班の資材を保管したり、帳簿をつけたり、七班の作戦について考えたり(スズカが大元、彼は微調整、ヌエは文句を付ける)、必要な生活物資を補充したりも彼の仕事。

七班の主夫ともいえる。もしくは七班専用家政夫。

シャクナゲをライバル視している(兄ポジションで)

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