番外編・万色繚乱の白銀世界
この話については活動報告に詳しく書いています。
サクマ様がコメントで質問をくださっていますから、よろしければそちらもお読みください。
次話から本当にスズカターンです。
簡単に言えば今回の話は、シヴァとの決着前に『彼女、本当はめっちゃ強いんですよ』とアピールした話。
「お嬢、本当に行くの?」
金髪の少女の言葉に、お嬢と呼ばれた少女は小さくコクンと頷いてみせた。
それは白いターバンが乱雑に巻かれた頭を、ほんの僅かに上下させただけの仕草ではあったが、その様子に迷いらしきものは全く見られない。真っ直ぐに遥か遠くを見据えるその紺碧色の瞳は、なんとも言えない様々な感情を宿してはいたが、迷いだけは一切含まれてはいなかったのだ。
「まぁ、お嬢ならそうするかなぁって思ってたけどね」
「ここにいたいのなら美哉はこっちにいてもいい。無理に付いて来てなんて私には言えない。美哉には美哉の居場所があるから」
でも、と続けて少女は儚く笑う。
寂しそうに、でも固い意志を秘めてそっと笑う。
「……もうここは私の帰る場所じゃなくなった。あの人がいないこの街は、もう私の居場所じゃない」
その身に『冠された色』と同じ銀色がかった髪を風に流し、纏った真っ白な外套を翻しながら、後ろに控えた美哉と呼ばれた少女へと視線を向ける。
白銀の道、白銀の皇と言う二つの含みを込めた呼び名である、シルバーロードと呼ばれる少女はそう言って真っ白な外套を脱ぎ捨てた。
まるでその白いコートと一緒に、その可憐さからすれば大仰過ぎる立場と呼び名を捨て去るかのように。
「分かってる?お嬢が抜けようとしても『他の三人』は絶対に許さないわよ?特にお嬢を警戒している山吹はね。何より『新皇』を掲げる軍として、これ以上『色の失墜』は許されない」
「……」
「抜けた『あの人』もいずれはきっと無色に捕まる。自分にはあの人しかいない──少なくとも無色はそう思ってるから」
美哉の口調は相変わらず軽い調子でありながら、その言葉の端々に僅かな恐怖が見てとれた。
特に『無色』と呼ばわった時には僅かに震えてすらいた。
それでも銀色の少女には迷いなど微塵もなかった。恐れもなければ戸惑いもない。普段のどこか気弱な印象からは想像も出来ない頑固さで、美哉の言葉にはっきりと答えを返す。
「魔女が私を留めるのなら、彼女の『言葉』を砕いて私は進む。グライが私を攻めるのなら、彼の濃紺を消し飛ばして先へ行く。無色が止めようと私は歩みを止めたりはしない」
彼女の言葉から感じられるのは絶対の決意。
自分の考えは絶対に曲げないという確固たる意志だけだ。
「私は帰るべき場所に帰りたいだけだから、その邪魔は誰にも絶対させない。私の道を遮れるのは灰色と呼ばれたあの人だけ。私に『お帰り』と初めて言ってくれた悠兄ぃだけ」
「……彼は逃げたのよ?」
美哉の『逃げた』という言葉にも──言いにくそうに告げた真実でも、少女は視線をぶらす事はない。
「そこは怒る。怒って怒って……絶対に謝ってもらう。私を連れていかなかった事は絶対に謝ってもらう」
ただその言葉を受け入れて、その結果も受け止めて、それでも考えを変えないとはっきりと告げる。
「でも、私も謝るべき。私はずっと守られてきただけだったから。ただ甘えて、灰色と同じ立場の白銀になった事だけで満足して、灰色としての悠兄ぃの苦悩に何も手を貸してあげられなかった。最後の決断を下すまで何も出来なかった。
だから──今度こそ私は悠兄ぃを助けてみせる」
さらに今までの自分をも見据えた上で、それでも『兄』が必要なんだと伝える。
何もしてあげられなかった自分。
灰色と無色がぶつかった後でさえも、白銀たる自分にはなんの被害もいかないように、灰色の意志に守られていただけの自分。
兄から長尾という純正型が台頭しはじめた北陸に向かうように言われ、首都圏から出された事を当初は不満に思っていたのに、その事実でさえも白銀たる彼女の為だった事に後になって気付いた愚かな自分。
灰色と無色との争いにおいて、最後まで頼ってもらえなかった自分。
それを踏まえて、『今度こそは』と彼女は決意を口にする。
「他の三色でも私は絶対に止められない。私の世界はあらゆる障害の存在をを否定する。全てをまっさらにしてでも私は行くと決めたの」
そう言って、その頭に軽く巻いていたターバンを振りほどき、風に流すように捨て去ると、懐から取り出した地味に過ぎる黒一色のニット帽を被った。
最初に兄から贈られたお古の帽子。
単に彼女の証を隠すだけの役割を持った、洒落っけの一切ない真っ黒な帽子を。
「今ここで、白銀の皇は死んだ。
私はスズカ。ただのスズカ。帰るべき場所に帰りたいだけのスズカ。それでいい」
そう言って、スズカは先へと一人歩き始める。
ただ真っ直ぐに西に向かって。
唯一生き残った『グレイガード』の女性が残した、『灰色の皇は関西に逃れた』という言葉だけを頼りにして。
そんな珍しく考えなしな行動を起こし始めたスズカに、『シルバーガード』・夜鳥美哉は苦笑を漏らす。
そして彼女の子供達をもう一人のシルバーガードへの合図代わりに送った。
(全く。例え関東を抜けるにしても、情報を集めて手順を踏めばずっと楽になるのに。
ま、気が逸って珍しく頭が回っていないお嬢のフォローをするのも、私たちの役目なんだけどね)
そんな事を考えながら、美哉は一人、同僚の大男が来るまでの間、自らが仕える少女を守るべく頭をフル回転させていく。
引き連れてきた北陸平定の為の軍勢を北陸に向かう途中で勝手に停止させて、地域一帯の情報を混乱させる為に同僚は残った。
適当な指示でもって要所に駐屯地を作らせ、中部の勢力と関東軍、北陸軍を警戒させてそちらに視線を向けさせる為にだ。
もちろんそれなりの時間を稼いだら、その同僚も雲隠れして合流する予定だが、それまではシルバーガードの一たる美哉が一人で、西に真っ直ぐに向かうスズカを助けなければならない。
(警戒すべきは関東に残っている山吹、か。無色は灰色が抜けた事により茫然自失としているらしいし、濃紺は東北に出張ったまま。
『言霊の皇』、スペルロードが追いすがってきたら──やっぱお嬢頼みになるかな)
もっとも『スズカを助ける』とは言っても、白銀たる彼女こそがシルバーガード二人よりもずっと強いというのが事実だ。
それを計算に入れて、確実にスズカを西へと向かわせる事こそが、彼女の役目なのだ。
「待ってくださいよぉ〜!お嬢、私も一緒に行きますからぁ〜」
気の抜けた声を張り上げながらも、美哉は絶対に追いすがってくるであろう『山吹色』との邂逅へと思考を馳せる。
白銀対山吹色。
灰色対無色に次ぐ、二人の新皇のぶつかり合い。
変種の皇二人による戦争に対して軽い憂鬱感と、それ以上の恐怖に苛まれながら。
「ねぇ、シルバー。大人しく東に帰る気はないかい?面倒なのは嫌いなんだ。同じ立場の二人が争って怪我をするなんてバカらしい事だ。そうだろ?」
関東を抜け、東海地方に入るか入らないかの辺りまで来たところで、美哉が予想していた通り『彼女』は追いすがってきた。
声をかけてきたのは、やや長身の中性的な顔立ちをした細身の女性だった。束ねられたライトブラウンの長髪を風に流して立ちはだかっていたのだ。
山吹色の布きれをその腕に巻いてはいたが、一目でその人物が新皇の四番にして『イエローロード』、サンライトイエローの世界を支配する『言霊の皇』だと見抜けるものはいないだろう。
飄々とした態度はふてぶてしさをにじませていたが、他の新皇達のような大物感や威圧感、人を惹きつける魅力や圧倒的な美しさは持っていない。
ただ彼女と相対した人物の全ては不気味なものを感じ、その乾いた印象を持つ紫紺の瞳に空寒いものを見とるだけだ。
「……そう思うならあなたが引けばいい」
それでも同格たる元新皇の少女は、その山吹色の女に対して恐れる事なく向かい合う。
警戒はしても警戒をしすぎない。
言霊を恐れていても恐れすぎない。
ただ真っ直ぐに視線を交わし、白銀としての彼女の領域──白銀世界を広げていく。
「私はね、君をもの凄く高く評価してるんだ。恐れていると言っても過言じゃない。君を灰色が連れてきた時は、恐れと同時に歓喜に震えたほどだよ」
その声音は単調な響きのアルト。女性にしてはやや低い乾いた印象を持った声だった。
『恐れていた』、『歓喜した』という割に、その言葉には余りにも抑揚がない。
大袈裟に肩をすくめてみせても、天を仰ぐような仕草とともに額に手を当てて見せても、その声の調子にはなんの変化も見られない。
「君も知ってるだろ?灰色や……ひょっとしたら無色よりも、白銀を私が高く評価しているって事はさ。そうだね、君と戦うぐらいなら、灰色や濃紺と戦った方がまだマシだと思っているほどなんだよ」
「私はあなたが嫌い」
「知ってるさ。私の事を『魔女』だと呼んで嫌ってる事ぐらいはね。私も好きか嫌いかで言えば君の事は嫌いだよ。でも、それと能力に対する評価は別物だ。君も私の力の事は評価してくれていたと感じていたんだけど……それは勘違いじゃないよね?」
「……」
からかうような、どこか真剣味の感じられない山吹色の言葉であったが、広がっていく白銀の領域に対抗するかのように、自らが支配する『山吹色の世界』を広げる。
白銀世界とほぼ同等の範囲を持ち、白銀世界と同じ程度に濃密で異常な純正型の世界を。
灰色ほど異端ではなくとも、他の純正型よりはずっとはっきりとした存在感を持つ『言葉が力を持つ世界を』。
それを後方で見ていた二人は、皇たる二人が放つ圧倒的な威圧感、空間を歪めるかのような圧迫感に飲まれていた。
シルバーガードと呼ばれ、新皇の側近たるガードと呼ばれる人々の中では、グレイガードとインビジブルガードに並ぶ強者とされた二人ですら身動きを封じられたのだ。
二人揃って言葉を発する事もなく皇たる女性二人を見つめ、『一人やってきた言霊の皇』を牽制する真似すらも出来ない。
「無言は同意と見ても構わないよね。ならば大人しく帰ってくれないか。
灰色の事は大丈夫さ。彼は無色のお気に入りだ。どこに逃げても必ず連れ帰るよ。君はそれを待ってればいいんだ」
「くどい。なんと言っても無駄。邪魔をしたいなら好きにすればいい。あなたを蹴散らしてあの人のところに私は帰る」
あくまでも淡々と。
でも珍しく嫌悪感を滲ませたスズカの声が、白銀世界と山吹色の世界の境界に軋みを上げさせる。
白銀世界が世界の核にして皇たるスズカの感情を受けて、山吹色の世界を侵蝕すべく力を強めているのだ。
「……君の拒絶と私の言葉。相性は最悪だよ?君の拒絶は『君が生きる為に必要なものを拒絶出来ない』。つまり『空気』だけは完全に拒絶しきれない。そんな真似をすれば、世界の核たる君が死んでしまうからね」
それでも言霊と呼ばれた女性は揺るがない。揺らぎ一つ見せないままで、自分とスズカとの『相性』……戦う事に対するデメリットを挙げてみせる。
拒絶の世界を作る白銀にとって、最も苦手な能力を持つと分かっていた言霊の皇のその言葉に、白銀の守護者達はようやくスズカの前面に出ようとして──軽く掲げられたスズカの腕にその動きを止められた。
助けは必要ない。
言葉はなくともその意志が読み取れて、二人は仕方なく視線でもってのみ自らが仕える皇に敵対する女を牽制する。
もっとも二人が前面に出て言霊の皇とやり合えば、無事では済まないのは二人の方だろう。
目の前にいる二人は、二人ともが『皇種』とされた変種の皇たる存在なのだ。例え純正型で、ガードと呼ばれる関東軍随一の力を持つ変種だとしても、皇たる存在にはかなわない。
彼女等はその力のみでもって『皇』とされた、生まれついての純粋なる強者なのだから。
「君は空気を伝播する『音』……『言葉』は拒絶出来ないんだ。
知ってるだろ?君の拒絶は『先に行けば』無色の絶対毒ですらも、防ぐ可能性がある異常な世界だけれど、私の言葉だけは拒絶出来ないんだって事をさ」
「本当にくどい。そう思うならかかって来ればいい。私が拒絶出来ないものは、灰色だけだと言う事をあなたに教えてやる」
変種の能力には『相性』というものがある。強力な力を持つ純正型とはいえ、それは無視の出来ないファクターだ。
いや、強力な力を持つ者同士であればあるほど、その相性というものは勝敗を分ける大きな要因となりうる。圧倒的に一方が勝っていればまだしも、実力が拮抗する者同士であれば『相性』こそが一番大きな勝因にも致命的な敗因にもなりうるのだ。
それを指しての言霊の言葉にもスズカは躊躇う様子を見せない。
むしろより一層苛烈な勢いで白銀世界を広げていき、山吹色の世界を飲み込むかのごとく圧迫感を増していく。
それに言葉の皇たる女は小さく溜め息を漏らし──世界に理を刻む。
その呼び名のごとく、言葉でもって力を示す。
「……仕方ないね。『硬直せよ、白銀の肉体』!」
「──其は銀月、降り注ぐ破壊の光」
白銀世界に紛れ込む『言霊』という異物に対抗すべく、スズカも躊躇う事なく破壊の理を穿つ。
圧倒的な力を持つ拒絶の法則は、スズカの定めたワードに従い白銀世界にある理を回していく。
相手の存在そのものを否定すべく、そして白銀世界以外の異界を全て拒絶すべく、高らかな音を放つ銀鈴はその音色を拒絶の力として放ち、轟々と轟く破壊音とともに全てを破砕していく。
銀鈴から放たれた斥力が大地を割り、空間を引き裂いて山吹色の世界に迫る光景。
それは空想上の大魔法使いが放つ究極の呪文を連想させる威力でもって、あらゆるものを飲み込んでいくが、それでもその力を向けられた言霊の皇はせせら笑うかのような表情でスズカを見た。
ただ一言、『歪め』と言うのみでその力の大半を防いでみせたのだ。
「はっ、やるね。私の言葉だけを僅かなりとも拒絶するとはさ。さすがは身を守る力だけなら新皇随一の白銀」
僅かにぎこちない動きを見せるスズカが、自らの言葉による力に捕らわれた様を見て、そう揶揄するかのような言葉を女は投げかけた。
『言霊の皇』と呼ばれる女の力は、自らの山吹色の世界を抜ければ、生物に対しては暗示に近い力を持つ。
炎を生み出す言霊を放てば、その炎の熱をスズカは拒絶してみせただろう。
風を刃と化す言霊ならば、風という現象を否定しただろう。
しかし、スズカ個人に対して『束縛』、あるいは『硬直』を命ずる言霊は、『言葉』そのものを否定しない限りは防ぎようがない。
例え空気の振動を拒絶しても、『言霊の皇が言葉として力を放った事実』までは拒絶出来ない。言葉としてスズカ個人に向けられた時点で、山吹色の皇の理は発動する。放たれたという事実でもって山吹色の世界は回り始める。
空気そのものを拒絶し、音を否定出来ても完璧には防げるかどうか分からない力だ。
絶対毒の皇ならば『絶対毒で言葉の意味を汚染して』防いでみせただろう。
あるいは灰色の皇ならば、『広大な灰色世界による、距離を取った殲滅戦』でもって主導権を握れただろう。
そのどちらも出来ないスズカには……空気を拒絶出来ない白銀には、言葉が力を持つ山吹色こそが天敵だと言えた。
「忌まわしの銀槍──大通連」
「我が言葉は力となる──『アイギスの楯』」
それでもお互いに躊躇う素振りは見せない。仲間だった事実など今のこの場には関係なかったのだ。
そして放たれた力は、それぞれが必殺……あるいは絶対防御として用いる理だった。
鬼姫の剣と女神の楯。
それらは互いにぶつかり合って殺し合う。
いや、威力だけならば大通連が勝っていた。『アイギスの楯』という言霊だけならば打ち破ってみせただろう。
『大通連』は白銀と呼ばれたスズカにとって必殺を現す理だ。その威力は攻撃に特化した濃紺や、多数に対しての殲滅戦を得意とする灰色でも現せるかどうか分からないほどのものなのだ。
使用者であるスズカ自身も、その力の影響で後方に吹き飛ばされるほどなのだからその威力のほども分かるだろう。
そう、言霊の皇が二度、そして三度、足りなければ四度五度と、楯が破れる前に重ねて『アイギスの楯』を現せなければ、決着はあっさりと付いたはずだった。
「さすが奥羽の鬼姫。東北の始祖。私の『楯』を突き破り、さらに手傷を負わせるなんてね」
しかし、重ねて紡がれた『楯』がその決着を拒んだ。
幾重もの楯は拒絶の銀槍に刺し貫かれながらも、その軌道を僅かにずらしてみせたのだ。
言葉という理で刻まれた『女神の楯』は、その名前に恥じぬだけの力を示したのである。
それでもさすがに言霊の皇も無傷とはいかない。その二の腕をざっくりと切り裂かれてはいる。
しかし、亜音速で迫る『白銀の皇必殺の大通連』を真っ向から受けてその程度で済んだのだから、役割は十分以上に果たしたと言えるだろう。
「やっぱり君は行かせるワケにはいかないね。灰色と君が組むのは危険過ぎる」
そして自身が最高の理を編んで放った大通連が防がれた事に、気を取られていたスズカに再度『硬直せよ。動く事あたわず』と暗示の理を放った。
「君は強いけどね、その拒絶じゃ私の言葉を完全に拒絶しきれない。私の言葉は世界を抜けても使い方次第では強い力を持つからね。
私の言葉は君を絡め取る事が出来る。絡め取られた君はさらに弱り、私の言葉にもっと捕らわれる」
言霊の皇は、新皇達の中でも最も力の扱いに長けている変種だ。その点だけは、他の新皇達の追随を許さない。
それもまた彼女にとっての自信に繋がっているのだろう。
たしかに攻撃力といった面では、他の新皇達には遠く及ばない。言葉に宿した力は、山吹色の世界を抜ければ途端に威力を落としてしまう。
そんな力で自らの世界に守られた純正型を殺す事など至難の業だ。
それでも彼女の言霊は『新皇の一角』に名前を連ねているのだ。
他の新皇達には出来ない力の使い方と、その巧みな制御力でもってだ。
「あなたは強い。あなたは賢い。あなたは戦い方が上手い。
それでもあなたは私の事を分かっていない」
下手に力が強いだけの純正型よりもずっと厄介な相手を前に、それでもスズカは揺るがない。
硬直を暗示された体は、先ほどよりもさらにぎこちない動きを見せていたが、それでもその瞳の光は強さを失ってはいなかった。
「私がいかに暗い場所にいたかを知らない」
むしろより強まっているような印象すらもあり、さすがの言霊も嘲笑う調子を抑えてスズカを見やる。
追い詰められた白銀がその立場に見合わないだけの戦意を放っている事に、今まで泰然とした態度を崩さなかった言霊の女が僅かに呑まれる。
「一人ぼっちで山の中にいた寒さ。
真っ暗な夜の怖さ。
近寄る全ての人間を敵とみなさなければならない虚しさ。
私はもう、あんな場所には戻りたくない。私にはあの人が必要なの。
邪魔を──するなっ!」
スズカの瞳の光は、もはや『狂気』を思わせるほどのもので──強迫観念に追い詰められた狂人を思わせるもので、関東ではどこか控えめな印象をスズカに持っていた言霊ですらも、その変貌には目を疑った。
「……白銀の彼方より来たりて」
そして──
スズカのワードに従って、今まで単調に鳴り響いていただけの『銀鈴達』が上げる悲鳴を彼女は聞く。
「我が身の深淵に帰るモノ」
狂ったように甲高く鳴く白銀世界の声を聞く。
「砕ける欠片は白銀で、こぼれる雫は黒銀色」
黒いニットを剥ぎ取り、証を晒した白銀の少女が自らの世界をぐちゃぐちゃにする様を見る。
勝てると踏んでいた相手が……灰色よりは相手取りやすい少女だと踏んでいた相手が、実は一番相手に回してはならない類のモノだと知る。
そして辺り一帯は、スズカから広がった『狂える白銀世界』に飲み込まれた。
防御に徹した山吹色の世界をも飲み込むかのごとき勢いで。
予定が狂い、逃げに徹した言霊の女がその領域をからくも脱出するまで、世界は白銀が彩る万色の繚乱に壊され尽くした。
スズカの後方で唖然とした表情を見せている二人っきりの仲間がいる場所を除いて、その一帯は白銀世界の理に食い尽くされたのだ。
その狂った世界の現れ方は、スズカに魔女と嫌われていた言霊の皇をもってしても──絶対毒の皇を身近に知っている彼女をもってしても、最悪と言えるだけの力を持っていて。
自分ではどうしようもない相手だと認識せざるを得なくて。
新皇はまた一つ『色』を堕とす。
表向きでは新皇と唯一呼ばれた灰色に続いて、白銀という色までも。
それがどんな影響を後に与えるのか。
何故、その後何年も元新皇二人に追っ手がかけられなかったのか。
それは後に語られる事もあるだろう。
──灰色の男と白銀の少女が関東に戻る機会があったのなら。