2─32・赤札付きと死神の代名詞
「爆破能力、か」
それが本当ならば──エリカの言葉が真実ならば、非常に珍しい能力である事はカーリアンにもわかった。
数多くの変種が所属する黒鉄の中でも、さっき見たような現象を起こす能力を持った者はいない。
もちろん『アルミのコップを四散させた』という結果だけを見れば、同じ事を出来る者は何人もいるだろう。しかし、破裂する際に目に見える外的要因が見当たらず、爆破するかのように発破音を残して物質が四散するような能力をカーリアンは見た事がなかった。
その爆破という現象を起こした原理みたいなものはわからない。
単に破裂させただけなのか、それとも他の何かしらの現象が働いたのか。
カーリアンの元副官である白髪の少女なら、今の爆破を見ただけで多少なりとも何かを読み取れただろう。
物事を理屈付けて考える事や、それに必要な観察力、一つの考えに捕らわれない思考の柔軟さ、そして何より僅かな会話の中から裏を読む年齢に見合わない狡猾さがカクリにはある。
エリカの言った『爆破能力』が本物の『爆発』によるものかどうかの判断も、カクリならばカーリアンよりも的確に下してくれただろう。
何しろ東海という出生地で、『カーリアンがカーリアンとなる前』に暴れまくっていた頃から、カクリにはそういった役割があったのだ。
東海随一の同族殺しと呼ばれた『死にたがりの紅』。ひたすら敵を探して突っ走っていた『死にたがり』の後をずっとついて歩き、無茶をしそうな時や罠がありそうな時は、しがみついて行かせないという態度でもって引き止めてみせていた。
凄惨な記憶からか失語症となっていても、体当たりでもって死にたがりの舵を取ってみせていたのだ。
だからこそついカクリの存在に思いを馳せかけて、そんな自分にカーリアンは小さく渇をいれる。
──大丈夫、大丈夫。あたしの力なら単に爆破するだけの能力なら、いくら珍しくっても負けっこない。ううん、どんな力であってもそうそう負けなんかしない。あたしがこの一年ひたすら鍛えあげてきた紅はそんなにヤワじゃない。
そう言い聞かせて、カーリアンはゆっくりとその心の中に紅い光を灯す。絶えずくすぶってきた猛き炎を自分という炉にいれる。
──戦いになったら自分の力を信じるな。強い能力を持っていても過信をするな。変種の持つ力には相性というものがあって、それは覆しがたいアドバンテージになる。
──いざという時は自分が努力してきた時間だけを信じろ。自分の力を磨いてきた今までだけを信じろ。それだけはどんな状況でも、誰が相手であっても絶対に嘘にはならない。
──その為に自分を甘やかすな。今頑張っていれば、それはどんな時でも絶対に揺るがないものになる。
──戦う事に震えそうになったらまずは足をしっかりと踏みしめろ。そして自分の周りにあるものを思い出せ。
──息が上がっても大きく口を開けて息をするな。歯を食いしばっていても息は出来る。しかし、だらしなく大口を開けたままでは体に力なんか入らない。
──戦う事から逃げ出したくなったなら逃げてもいい。でもその前にまず考えろ。自分が逃げたくなる状況に、自分が逃げた後で向かい合う事になる仲間達の事を考えろ。
そう自分が叩きこまれてきた事を反芻して……彼女が師とした女性から体に叩き込まれてきた事を思い出して──カーリアンはスイッチを入れる。
カチッと撃鉄を引くイメージで、精神を『戦闘』に向けて切り替える。
ここで自分が引けば、この先エリカと向かい合う事になるかもしれない『彼』の事を考える。
エリカと面識があり、かつて仲間だったという一人の男の事を考える。
もちろん彼が負けるなどとは思わない。
例え『新皇』ではなくとも──その力は使わずとも、『黒鉄最強』が負けるはずなどないと信じている。
それでも間違いなく手傷は負うだろう。
身体の傷だけではない。『面識のある相手』で『かつての戦友』を傷つけたという心の傷が深く刻まれるに違いない。
──ダメ。それだけは絶対にダメ。そんな結果にだけは絶対にさせないっ。
それだけを思い、熱を噴き出した炉にさらなる燃料をくべていく。
そして黒鉄であるという自負を抱えて、自分の立ち位置をしっかりと認識して、負の感情のままただ敵を傷つけてきた『死にたがり』ではなく、いっぱしの戦士として戦場に立つ覚悟を決める。
向けられた戦意と高ぶっていく戦闘への緊張感に、急速に燃え上がっていく紅が紅蓮の炎となってその身から溢れそうになるのを、自分の覚悟の内にゆっくりと沈めていく。
紅蓮の猛りはそのままに。しかしその猛りに狂わされる事なく、それをしっかりと支配して。
怒りや憎悪といった自分の感情に対しての甘えを捨てて、自らの意志だけで誰かを傷つける黒鉄としての自分を──『狂気に頼った炎』ではく、たった一人でこの一年ひたすら鍛えあげてきたカーリアンの紅を燃やしていく。
「……言っとくけど、あたしはすっごく強いよ」
「でしょうね。そうでなければ困るわ。あなたは最初の障害。今のウチが『アレ』を手にするに相応しいか、あなたには──彼女によく似たあなたには、それを見極める相手になってもらう事にしたのだから」
「あたしはあたしよ。でもこれがミヤビのやり残した事だってんなら、あたしが代わりになったげる」
そう言って紅色の稲妻を辺りに迸らせながら、自身を見やってくるエリカに向けて低い姿勢を取ると軽く掲げた右腕を突き出した。
そしてその腕を振り子のように軽く上下に振って、その先に力が集まっていくイメージをかためていく。
その右腕の先端、あるいは場合によっては左腕の先端こそが、カーリアンにとって力を向ける為のスコープの役割を果たす。両腕を違和感なく使いこなせるように訓練してきた彼女は、単に立ち位置によって使う腕を変えていた。
そんなスタイルも、力の扱い方を知らなかった頃とは違う、無意味に……そして無駄に余波を撒き散らす戦い方ではなく、一撃必殺を狙って彼女が磨いてきたスタイルだ。
元よりカーリアンは、灼熱と言っても過言ではない火力を扱う能力者だ。発火能力者としては間違いなく最上位の力を持っている変種だろう。
それを考えれば、余波を無駄なぐらい盛大に撒き散らす戦い方こそが、実はもっとも効果的な戦い方だという事は自覚している。
なぜなら人間の体は、カーリアンの紅に耐えられるようには出来ていないからだ。なんの準備も変種の力もなく、紅の余波を防ぐすべなどありはしない。
それでも一点集中による無駄をなくしたスタイルを使うのは、自分はもう『死にたがり』なんかじゃないという思いによるものが強い。誰彼かまわず憎しみを振りまき、周りを巻き込む事もいとわない戦い方など今の彼女には出来ないのである。
それだけの『燃料(憎悪)』が今はない、とも言えるであろうが、燃料があったとしても今の彼女は『カーリアンが確立したスタイル』を使う事を選んでいただろう。
何故なら、そのスタイルで戦う自分を彼女は誇りに思っているのだから。
「まずは小手調べかしらね?」
そう言って、拾った握り拳ほどの岩をエリカが投げつけた事が開戦の号砲となった。ほんの無造作に投げつけてきたそれが四散する事で先手を打ったのだ。
しかしカーリアンはそれを避ける事すらせずに、小さく爆散して散弾と化した小石の群れを紅色の電光で撃墜する。
その紅に触れた散弾は、あっさりと異端の炎に包まれて勢い無くすと、代わってカーリアンがその腕を掲げる。
「小手調べなんて余裕ぶっこいてたら、熱いじゃ済まないかんね!
──鮮烈の紅っ!」
その言葉に反応し、指先に収縮した紅き電光は紅蓮の炎を撒き散らす槍となり、一直線にエリカへと向かって宙を走る。
この『言葉』、『言葉に出す事によって瞬時に力のあり方を決める方法』は、カーリアンのスタイルの中で唯一シャクナゲに習ったものだ。
言葉にする事により固めていく力のイメージ。
力のあり方を決める『ワード』を持つ事。
今思えばそれらは、彼自身が自らの力を律する為に使っていた方法なのだろうとカーリアンは思う。
その言葉によって固められた力のあり方は、先ほどのエリカの攻撃と同じように辺りに力を四散させる紅を放つ。
ただし、その殺傷能力だけでいえば段違いだ。燃え上がる炎を撒き散らす紅の電光は力が広がった領域をそのまま炎の海へと変える。
「……あらあら。あなた、ひょっとしてヒエンよりも発火能力者としてだけ見たら、ずっと強いんじゃないかしら?」
「言ったでしょっ?今の黒鉄が昔の黒鉄に劣るとは思うなってねっ」
紅の光は何かに着弾すると熱波を生む炎となり、鮮烈なる赤色を周囲に振りまいていく。
普通の炎よりもずっと色の濃い紅蓮の炎。その色こそが彼女の炎を指して『紅』と呼ばしめたものだ。
「それはこれから確認させてもらうわ。
先に言っておくけれど──ヒエンもミヤも昔のウチよりはずっと強かったわよ?」
「ミヤビがあんたより強い事ぐらい……知ってるってのっ!」
炎の海による熱を、纏った外套を軽く翻して退きながらも、ニッと唇を歪めてみせるエリカに、カーリアンは次々と紅の熱線降らせる。
音もなければそれ自体には熱もない赤い閃光。それを軽い身のこなしでかわしながら、脇に立っていた広葉樹の幹に無造作に手をあてた。
「破っ!」
次の瞬間、エリカが軽く手を当てた部分が大きくはぜる。
ささくれを作り見事に裂けた表面は、まるでその部分に小型の爆弾が着弾したかの様相で、ごっそりと抉れて内部の幹を覗かせていた。そのまま大樹といっても過言ではないその樹は、あっさり横倒しに倒れてカーリアンの頭上へと迫る。
「そんなもんで──」
「──なんとかなるなんて思ってないわよ?」
それを軽く後方へのステップでかわしてみせるカーリアンに、エリカは倒れていく『幹の上を駆けて』迫る。
枝葉でカーリアンの視界を遮り、思考を倒れゆく大樹に向けてカーリアンの紅が自分に向くまでの僅かな隙を突くよう格好で、その黒い外套を翻しながら右手をカーリアンの顎もとに差し込むように伸ばした。
──危険だ。この『手はヤバい』。
その伸ばされてきた手を、自らの手ではねのけようとして……膨れ上がる『予感』に辛くも回避という手段を取る。
転がるように不様な格好で、その手をかわす方法を取ったのだ。
何故かはカーリアン本人にも分かっていない。自慢であり、大切な宝物である赤いハーフコートでなかっただけマシだとは言え、数少ない私服が土埃にまみれるのを気にする余裕すらなく、気がつけば『勘』に従って転がりながらギリギリ手をかわしたのだ。
かわされた手はそのまま背後に立っていた木に当たり、かわして距離を取ったカーリアンとエリカは再び向き合った。
「あらあら、残念。チェックメイトかと思ったのだけど」
「おあいにく様……ってうわっ、白いパーカーが斑になっちゃったじゃないの!」
「それだけで済んで良かったと思いなさい。自分の手でウチの手を払おうとしてたら──」
その言葉の先は聞くまでもなかった。
エリカが手を当てたままにしていた木が大きな発破音と共に砕ける様が全てを語っていたのだ。
「これはまだ言ってなかったはずなんだけど、ウチは手を当てたモノを爆破させる能力があるの。石も木も……例えば人の肉体でさえもね」
そう言って黒い外套についたウッドチップと化した木片を払いながら、小さく小首を傾げてみせる。
「なんでウチの『手』が危ないって分かったのかは分からないけど……ひょっとしたら、あなたもクロネコと同じような『直感』を持っているのかしら?
なににしても、これからも精々気をつけなさい。ウチの手に触られたら──痛いじゃ済まないわよ?」
「……なんつう危ない能力持ってんのよ」
人体よりもずっと強度が高い木を四散させるだけの爆発だ。痛いで済むワケがない事ぐらいはカーリアンにも分かる。
殺傷力に特化した能力は多々あるが、エリカのそれは殺傷能力のみを持つ純粋に誰かを傷つける為だけの力だ。
カーリアンの紅とて殺傷能力だけをみれば黒鉄でも随一の力を持っているが、エリカの『爆破』は紅と比べても遜色はない。
むしろ触られたら『爆発』という結末は、人体にとってずっとタチが悪いかもしれない。
それでもエリカはカーリアンの言葉に小さな笑みを漏らしてみせる。
「それはお互い様でしょう?『死にたがりの紅』。あの化け物、マスターシヴァの顔に消えない傷を付けたあなたに──」
「……あたしをその名前で呼ぶな」
パチッ。
揶揄するようなエリカの言葉に、カーリアンから紅の稲妻が一際大きくはぜる。
エリカの能力を知っても、彼女の戦意は萎えるどころか膨れ上がっていた。
──今ここで逃げたら、この先仲間達がこの爆破能力者と向き合う事になる。
刻みこまれた教えが、怯えを消してくれた。
『死にたがり』と呼ばれる嫌悪感は消えなくとも、それを憎悪に向けずに済んだのは間違いなく黒鉄としての記憶のおかげだ。少なくともカーリアンにはそう思えた。
「あたしは黒鉄第二班──じゃなかった、黒鉄第三班・班長シャクナゲの補佐役。紅のコードフェンサーよ。それ以外の名前をあたしは持ってない」
「……そう」
「死にたがりと戦いたかったならおあいにく様。確かに試練としちゃやりがいのある相手かもしれないけど、彼女はあんたとは戦いたくないってさ」
そう言って、カーリアンは斑にデコレートされたパーカーを脱ぎ捨てて、再度構えを取る。
「だからあたしが相手をしたげる。最強の剣使いの弟子にして黒鉄の補佐官。これだけの肩書きがあれば、あんたの欲しいものの番人としても不足なんかないでしょ?」
「そうね。ウチはもうコードフェンサーじゃない。赤札付きの『閃光』、ロストコードを持つ女。
ふふっ、確かに不足なんてないわね。今のあなたでもウチの相手には十分以上ね」
──本気でいくわよ。
そう告げて。
赤札付きの爆破能力者と、かつては死神の代名詞とまで呼ばれた『元・死にたがり』の発火能力者はその力を解放させていく。
共に誰かを傷つけるだけの能力を持ちながらも、一人は自らの妄執に突き動かされ、もう一人は自分以外の誰かの為だけを思いながら。
最近は本文中にある言葉を題名にする事にしています。
考えなくて済む分楽……じゃなくて、その方が話の内容に直結した題名になりやすいので。
次回はスズカターンな予定です。
マスターな人とのやりとりですね。
でも彼女のシーンのラストは、マスターな人との決着じゃないんですよね。
その先にちょっとした出会いがあって、それがラスト。
スズカターンは多分あと3、4回でラスト。
シャクナゲターンはその倍ちょっとでラスト。ナナシもいるしね。
カーリアンターンはシャクナゲよりちょっと短いぐらいでラスト。
あとアオイやらヨツバやスイレンやら、そしてマルスやらのシーンをちょろっと書いて終わりです。
先が……あんまり見えていない気がするのは気のせいでしょうかね?