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2─30・宵闇に包まれる前に






「来なかったね」


「そうね、諜報員だか連絡員だか知らないけれど何かあったのかしら?」


「……今日も来なかったわね」


「……?そうね。今はこの街も混乱しているから、何かトラブルにでも巻き込まれたのかしらね?」


「何かあったかどうかなんてどうでも──よくはないけど、それは問題じゃないわ」


「そう……なの?」


 昨日一日いた橋の下でカーリアンは一人猛々しく気炎を上げていた。

 高々と掲げた握り拳が年頃の少女の割に無駄に雄々しい。カーリアンはやや溌剌とし過ぎた印象もあるが、見た目も美しいと言っても過言ではない少女なだけに、普通ならばその仕草に違和感を感じてもおかしくはないだろう。

 そんなカーリアンを横目で見て、エリカは開いていたページに折り目を入れてから本とじた。


 ──こんな仕草が似合い過ぎているところまで彼女に似なくてもいいと思うのだけど。


 しかし、隣で見ていたエリカがそんな事を思うぐらいには、その雄々しい仕草が似合っていたりする。


「問題はこのあたしに!わざわざお使いを頼んでおいて!結局無駄足を踏ませてくれた副官にどの程度ヤキを入れるかよ!」


「そこが問題なのね」


「大問題よ!今のあたしは一応班長補佐って役割があるのに、あの副官野郎ったら班長補佐を顎で使ったあげく、わざわざ光都くんだりまで無駄に足を運ばせてくれちゃったのよ!?カクリと一緒にこってり絞ってやるんだからっ!」


 ただカーリアンの場合、気炎を上げてそれで終わりではなく、パチパチと赤い稲光が宙を走ってしまう辺りタチが悪い。

 その赤い稲光が、『発火能力者』である彼女の力の発露である事がすでにわかっていたエリカは、少しだけ距離を取り小さな溜め息を漏らした。


 昨日までのカーリアンは思慮深さと短慮さ、慎重さと短絡さが複雑に入り混じって、コロコロと印象を変えていた。

 時折薄い殺気じみたものをエリカに放ったかと思えば、やおら朗らかになってみせたりとコロコロと表に出ている感情を変えてみせたのだ。


 ──それが今日起きたらいきなりここまで落ち着いてみせるなんて、眠っている間に何かあったの?


 正直な話、ここまで感情に『ブレ』がなくなるとエリカからすれば気味が悪くもある。

 もちろん『ブレ』がなくなったと言っても、感情そのものに起伏がなくなったワケではない。それは現在の『副官にヤキを入れる』と気炎を上げまくっている状況を見ても明らかだ。

 ただ、『エリカに対しての接し方』、そして『エリカに対して向ける感情』にブレが見られない。

 昨日と比べてエリカ自身にはなんの変わりもないのに、だ。

 昨日と態度を変えたワケでもないし、口調に違いがあるワケでもない。昨日と同じくカーリアンの力を測っている部分もあるし、腹に一物も含んだままだ。

 確かに多少カーリアンに興味を惹かれる部分はあれど、そんな好奇心に近いものなどエリカの目的の前にはさほど重みがあるワケではない。だからこそエリカ自身の態度は変わらない。

 そんな彼女をエリカは少しばかり警戒し、同じく膨れ上がる興味が顔をもたげてしまう。


 目の前で自分が起こした癇癪が廃材に火を着けた事に、あわあわと泡を食って火を踏み消している年下の少女に。

 そんな癇癪まで『副官』とやらのせいにして、またまたいやに勇ましく帰還宣言をしている姿に。


 ──本当に面白いコ。


 エリカは内心でそう小さくひとりごちて肩をすくめてみせる。

 仕草がやたら雄々しく、感情が読みやすく、なおかつその感情のベクトルが常に上向きであるその姿は、かつてよく見知ったもので。

 よく見知った、今はもういないはずの女性とそっくりなもので。

 『レッドコード』である閃光としては少しだけ憂鬱な気分になる。

 そんな少女を利用して現在の廃都の情報を集めつつ、帰り道の伝手を得ようとしている自分自身と、『アレ』を手に入れようとした時に立ちはだかるであろう彼女と戦わねばならない時を思って。







「帰り道はどうするの?」


「歩きよ」


「……はっ?」


「歩いて帰るの。ドゥーユーアンダスタン?」


 今現在も関西地方で孤立している都市、廃都『カリギュラ』。

 冗談のようなノリで名前が付けられたとしか思えないその都市は、レジスタンス活動が活発な関西地方において、そういったレジスタンス達の中心と言っても過言ではない都市だ。

 東にある関西統括軍の都市、戦都とは絶えず抗争を繰り返し、西にある水都とも時折思い出したかのように争っている軍事都市。

 むしろ規模的に言えば光都に次ぐ規模である上に、食料自給率や今も残された数多の工業施設などを見れば、もはや都市国家と言っても過言ではないレベルだろう。

 武装は関西軍所属の光都や戦都に劣るとしても、黒鉄というレジスタンスに所属する人々の人的戦力でいえば決して見劣りはしていない。むしろ今の混乱のさなかにある戦都や光都などを上回っているほどだ。

 辺り一帯を敵地に囲まれていても自立してやっていけたのは伊達ではないという事である。

 もちろんアカツキと呼ばれるレジスタンス『黒鉄』の創始者が計画した、『都市防衛計画』によるものが大きい事も間違いないが、『廃都』となる前の『神杜』という都市の下地が大きかった事もまた事実だ。


 そんな都市……辺り一帯を長らく敵地に囲まれてきた街だけに、周辺には『関所』が随所に敷かれている。

 関西統括軍が敷いた関所だけではない。廃都のレジスタンスが交代で見張りに立つ警戒施設が置かれているのだ。

 警戒施設とは言っても簡単な櫓と狼煙台があるだけのものから、比較的堅固そうな建物を中心に簡易ながらも柵と壕を掘られた小さな砦じみたものまである。

 それらがエリカにとっては問題だった。


 簡易なものであっても、ひょっとしたら『そこに彼女を知る者がいるかもしれない』。

 砦並みの施設ならば、それなりの戦歴を持つ黒鉄が間違いなく詰めているだろう。

 そうなった場合、黒鉄の本部である廃都に連絡が行く事は確実だ。最悪、連絡云々以前にそれら関所兼防衛施設に、昔からの『符号持ち』がいれば厄介な事になる。


 だからこそ、それら黒鉄の警備の目をすり抜ける為だけに、カーリアンが帰りに用意するすべが頼りだったのである。

 彼女が車を用意しているのであれば、それに乗っていくだけで黒鉄の目はフリーパスだろう。帰りにカーリアンが黒鉄の砦に寄っていく可能性もなくはないが、彼女の知り合いとなれば『顔馴染み』以外ならやり過ごせると読んだのである。



 ──それがまさか帰りは歩きだなんて。


 計算があっさりと狂い、思わずエリカは唖然としてしまう。

 敵性都市一つを跨いで帰還する方法がまさかオール歩きでの強行軍だとは考えもしなかったのだ。

 またカーリアンが──先ほどまで『副官』とやらにブチブチ文句を言っていたカーリアンが、帰り道について不満や不安を漏らしていなかった事が、なおさらエリカにとって予想外の事に思わせた。


 普通ならば今までの段階で、帰り道が歩きという事に対して愚痴や不満を漏らしているだろう。なにしろひたすら歩いても、位置関係や距離から一日では帰れるか微妙な場所だ。

 それなのに彼女は帰り道について、エリカの前では不満らしきものを見せていなかったのである。

 だからまさか『歩きで帰る』などとは思わなかったし、『帰りが歩きだとあっけらかんと言われる』などとはもっと思ってもいなかったのだ。


「えっと……分かっているとは思うけれど、廃都まではかなり距離があるわ」


「……??そうね?歩いてきた事はないけど」


「歩いて帰る事に不満はないの?」


「不満?」


 はて、と小首を傾げてみせるカーリアンに、疑問を投げかけたエリカは思わず立ち眩みを起こしそうになる。

 不満など全くなさそうな、少なくとも今はその事を『なんとも思っていなさそう』なその仕草に。


「確かに歩いて帰るなんて面倒だけどさ。みんなだって廃都で苦労してんのに、班長補佐のあたしが帰り道を楽したいなんて勝手は言ってらんないし」


「……」


「それに不満を言ったらそれがどうにかなるの?」


「……はぁ」


 ──忘れてたわ。そう言えばミヤも物事が決まるまではゴネたけれど、決まってしまった後までグチグチと不満を言うような人じゃなかったわね。

 それに自分の立場や力を利用してまで、自分だけが楽になる道を選べるコでもなかったわ。


 この赤髪の少女と全く同じようなスタンスを持っていたかつての顔馴染み。彼女からも同じように首を傾げつつ同じような事を言われた過去を思い出して。

 同じように心底不思議そうな瞳で見られた事を思い出してしまって。

 狂ってしまった計算を『まぁ、仕方ないか』と納得してしまう。

 そんな感覚すらも懐かしいもので、エリカは小さく肩をすくめてみせてから先に歩き始めたのだった。







「ねぇ」


「……あんまり聞きたくない気がするけれど、なにかしら?」


「……ここってどこ?」


「……はぁ」


 カーリアンに関して言えば、これから何があってもどんな事をされてもびっくりしない心構えはあった。少なくともエリカはそのつもりだった。

 昔の顔馴染みはいろいろと破天荒で、あっさりと常識をすっ飛ばしたかと思えば、非常識すらも蹴っ飛ばしてみせるような女性だったから、カーリアンに関してもその女性と向き合っていた時と同じように考える事にしていたのだ。


 ただ自分の街に帰る時になって『真っ直ぐ北』に向かった時にはさすがに首を傾げてしまった。

 それでも好意的に『真っ直ぐ東に向かい戦都を越えるよりも、迂回するルートを取っているのだろう』と考えて黙っていたのである。

 まさか間違って北に向かっているなどとは思ってもいなかったし、明けてそう間もなかった陽が中天に差し掛かるか否かの時間になってから、『迷っただけ』と暴露されるなどとは露ほども思っていなかった。

 思いたくなかった、といった方がより正解に近いかもしれないが。


「……こんな事言いたくはないけれど」


 いろんな意味で言いたくもなければ認めたくもない事実を口にするのは、さすがのエリカでも疲れたような口調になってしまう。


「あなた最初から北に直進しているわよ?さすがに古都よりは光都の方がまだ近いけれど」


「……うそっ!?」


「本当よ。てっきり戦都を迂回しているか、はたまた少し光都から離れた場所で車でも調達するつもりなのかとばかり思っていたのだけど」


 迂回路にしては北過ぎる位置まで来た時点で、エリカは光都の連中の目が届かない場所まで行って、関西軍に所属する車を力ずくで奪う為かと考えを改めた。関所を襲うか、あるいは古都との連絡に走る車を奪うかする為だと信じたかったのである。

 それにしてはカーリアンが首を傾げだしていた事が訝しく思えたが、その仕草は見なかったふりをした。

 その矢先にこんなやり取りをする事になるとは考えたくなかったのだ。



「なんでもっと早く言わないのよ!?」


「それはさすがに理不尽というものよ?あなたが自信満々で先を歩いていたんでしょう?ウチはあなたに付いて歩いていただけなんだから」


「それでも普通『おかしいな』って思ったらすぐ言うもんでしょ!?」


「ええ、そうね。全くもってその通りよ。あなたの言い分は正しいわ、カーリアン。

 これから帰る先があなたの街じゃなければ……あるいはあなたが自分の家への道も分からないような、小さな子供だったのならもっと早くに声をかけていたでしょうね」


「……うっ」


「それに、ウチが一年以上もあの街を空けていなかったらすぐさま間違いを指摘したいたと思うわ」



「……むぅ」


「唸ってもダメよ。もちろんそんな上目遣いで睨んでみてもダメ」


 エリカの言葉にバッサリと斬られたカーリアンがなにやらブツブツと愚痴を垂れていたが、そんなものには目もくれず、彼女はすっと真横……よりやや後ろ方向に指を立ててみせる。

 灰都があるであろう真東よりもやや南よりの方向を。


「今まで自覚していなかったのかもしれないから言っておくわね。

 カーリアン、あなたって間違いなく方向音痴よ」


「うっさい!」


 ──今までカクリの言う通りに作戦行動を取っていただけだから、廃都の外の地理なんかわかんないわよ。

 あたしってこの辺りの産まれじゃないし!


 そんな言い訳にしてもどこか情けない言葉を背中に聞きながら、エリカは今日何度目になるか分からない溜め息を漏らした。


 ──このコは厄介さでいえばミヤよりも数段上手だ。少なくともミヤは方向音痴じゃなかったし、こんな風に可愛らしく膨れてみせたりなんかしなかった。


 自分がかつて仲良くしていて。

 世話にもなって。

 命さえも何度となく救われた女性に、言動から性格からそっくりでありながら、遥かに手のかかる少女。

 そんな少女に、実はエリカは心底参っていた。

 手のかかる少女でありながら、なんとなくその『手のかかる』辺りが放っておけないという感覚に陥ってしまっていたから。

 今はもういない昔馴染みの女性には、積もり積もった莫大な借りを受けておきながら、結局エリカはそれを仇で返してしまっていたから。

 もはや返す宛てもなかったその借りを、そこはかとなく被って見えるこの少女に返してしまいたくなっていたから。


 ──あぁ、もう!こんなはずじゃなかったのだけど!


 たまたま見かけただけの黒鉄。

 たまたま見かけてしまっただけの少女。

 その少女を見かけた際に自分が描いていたプランが、もはや根っこから木っ端微塵に砕けてしまっている現実に、エリカは目眩すら覚えていたのである。


 ──やるなら早くするしかないわね。

 そうしなければウチは本気じゃいけなくなる。本気で行かなければこのコには勝てない。


 寝首を掻いてやる事には抵抗があった。

 そんな手法ですら普段のエリカならば躊躇なく取れただろう。しかし、カーリアン相手には取りたい手ではなかった。


 ──真っ向から話してみて……そして結果戦いになったのなら、それは仕方のない事でしょう?ミヤ。


 そう考えて、真っ直ぐに廃都へと向かっていた方向を少しばかり修正する。

 一年前の記憶を掘り起こし、このあたりの地図をなんとか脳裏に思い起こして、戦都とも光都ともある程度距離があり、なおかつ関所のなかった場所へと向かう。

 歩く速度ですらも、夕刻に差し掛かる頃にそのあたりへと着くように調整しながら。


 ──陽が暮れるまでに、宵闇が広がる時間までにケリを付ける。『宵闇』に包まれながら彼の仲間を傷つける、なんてさすがに気分はよくないものね。


 そして。

 閃光を冠された女は、らしくないやり方でもって動き始める決意を固める。

 欲しいものをただ手に入れる為だけに。

 ずっと願っていたものを手中にする為だけに。

 そんな自分らしくない感傷に浸っている自分を、軽く鼻で笑ってしまいそうになりながら。


すんません。遅れました。

この分だと来週も微妙そうです。

頑張りますけどね。今書いてるあたりって難しいんですよね。

プロット書いてあっても、会話やら地文やらはないですから、一から書くしかないですしね。


本当のところを白状すると、少し先のシャクナゲターンやスズカターンを書いてたんですけど。

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