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8・サブクライシス






 カリギュラ郊外近くに位置する『第三班専用居住区』。

 そこの一角にあるアパート・響谷荘は、かなり年季を感じさせる風貌を持った建物だと言えた。

 壁には大震災にでもあったかのような亀裂が縦横無尽に走り、それがより一層近寄り難い雰囲気と、来客を拒む様相を醸し出しているように感じられる。


 ……こんな言い方をすれば何か曰わくありげに聞こえるかもしれない。だが、もっと正直な感想を率直に言わせてもらうならば、『ボロくて古くて今にも倒壊しそうなアパート』、これで説明が事足りるようなアパート──それが響谷荘である。


 かすれた文字で『響谷荘』と書かれた歪んだ看板が、これまた何か曰わくありげであり、何回か訪れた事のある私ですら入るのをためらわざるを得ないような建物である。



「カクリさん、ようこそ」


 入り口でにこやかに迎えてくれた青年にも、アパートの雰囲気とのミスマッチさゆえに怪しさを感じるくらいだ。

 正直ちゃちなホラーハウスよりも断然タチが悪い。というよりホラーハウスなんか目じゃない。

 少なくともホラーハウスではゴキブリなんかは出ないだろうし、倒壊に巻き込まれる心配もないだろうから。


「……相変わらずボロ」


「ボロいのは認めますがね」


 苦笑するここの管理人……三班副官であるアオイに対し、私は茫然自失に近い内心を叱咤し、覚悟を決めて中へと足を踏み入れた。


 庭先には雑草が青々と生い茂り、地面が全く見えない。ついでに言えば、その雑草の下を何かが這いずる気配もする。


 もしこれが私の聴覚や視覚、そして認識能力が産み出した架空の存在感なのだとしたら、私の想像力もなかなかのモノだ。

 もし現実の気配なのだとしたら、この場で回れ右をしたくなるから、そんな戯れ言でなんとか思考を埋め尽くした。



「さ、どうぞ。汚いところですが」


 ……その言葉は実際は適度に片付けられていて、それでも謙遜として言うべき言葉じゃないだろうか?これでは正直謙遜も謙虚もなく、事実をそのまま言っているだけでしかない。


 だから私はハッキリと言ってやる。


「……ゴミ屋敷」


 と。


 それでもアオイは笑ったまま『どうぞ』と勧めてくるのだから、大したツラの皮の厚さだと思う。

 まぁ、こんな『ゴミだめ』には三班の者でもそうそう近付かないだろうし、それを狙ってきたのだからこれ以上文句を言うつもりもなかったが。


 だからギシギシ軋む床にも、天井を走り回る小動物……ネズミの足音も気にしないフリをして抜けそうな階段を上がり、実際に抜けた跡が見受けられる廊下を抜けて二階の一室へと入った。


 もちろん一歩歩くごとに、『優秀な副官であるアオイ』の株は、世界恐慌も真っ青な勢いで急暴落していったが。








「お茶を──」


「……持ってきた」


 部屋に入るなりお茶をいれようと立ち上がるアオイを止め、バッグからペットボトルを2つ取り出すと、アオイへと1つ手渡してやる。

 二班本部にある食堂で、空きペットボトルにつめてきたモノだ。

 別に手土産のつもりなどない。


 単純に『このアパート内に置かれていたモノを飲み食いする気にはなれなかった』し、『飲み食いするところを見たくなかった』からあらかじめ用意して持ってきただけのモノだ。


「あ、頂きます」


 そう言ってペットボトルを開けるアオイに、私は小さく頷いてみせると、自分も一口だけ含んでからさっそく本題を切り出す事にした。

 長い時間この場所にいるのはさすがに色々はばかられるし、何よりこのアパートで夜を迎えるのは怖すぎるから。






 ──本題。

 それはシャクナゲと私が懸念している『裏切り者』の事だ。


「裏切り者……ですか」


「……そう」


「シャクナゲはそう言ってましたか?」


「……そう」


 簡単に裏切り者の懸念について話すと、アオイは考えこむように顎もとへと手をやった。

 これが彼の考える時にする仕草なのはすでに知っている。

 そして今、考えている事についても私には予想が出来ていた。

 彼とて『内通者』がいる可能性については考えていたのだろう。その上で

『三班のメンバーに裏切り者がいる事は有り得ない』

 そう考えているのは間違いない。


『シャクナゲを裏切る者が三班に万が一いるならば、自分は絶対に気付いている』

 とも考えているハズだ。


 それは盲信と言えばそう言える内容の思考である。

 自分の身内と、自身の目を過信している考えだとも言える。

 だが、それについては『私も異論を挟むつもりはない』。





 理由は簡単──シャクナゲがリーダーだから、である。

 つまり、『私の大好きなカーリアンの信頼をも受けた』男が持つ、不思議な求心力は私も認めているからだ。

 まぁ、私はシャクナゲなんかより『可愛いカーリアン』の方を深く信頼しているが。


 そしてアオイ──

 彼の事も私は評価している。

 美的感覚や掃除能力については0点だが、その優秀さはシャクナゲの右腕として──そして最精鋭たる黒鉄第三班の副官として不足なモノではない。

 そう、彼は決してバカでも無能でもないのだ。

 シャクナゲの影に隠れて目立たないが、彼の副官としてずっと側にいた男だ。

 身内相手だからといって目を曇らせる程度なら、最前線に立ち続けるシャクナゲのフォローなど出来はしまい。

 全班員の把握と、シャクナゲとの繋ぎ役。そしてシャクナゲがその力を振るう際には、班員達の進退を決める決断力を持っている。彼がいるからこそシャクナゲは1人で行動する事が出来るし、三班が最精鋭でいられるのだ。


 ……まぁ、力自体はシャクナゲやカーリアンと比べるべくもないし、何か突出した能力があるワケでもないので、あくまでも『サブ』としては優秀といった感も否めないのだけと。


 ……そして美的感覚だけは最低ラインをも下回っているが。



「二班の方で心当たりはありませんか?」


「……二班は……有り得ない」


「それは……何かしら確証があっての発言ですか?」


 その無遠慮な言い方には正直カチンときたが、カーリアンがシャクナゲほどの信頼を得ているかを考えれば、それも仕方のない事かと思い直す。


 何せカーリアンの2つ名……悪名や過去の荒れようは有名だ。

 残酷で残虐に、ヴァンプを狩る変種。

 同族を狩るハンターにして死にたがり──

 全て焼き尽くす灼熱の使い手。

 これだけ設定があれば、悪名なんて尾鰭羽鰭に背鰭までついて広まるモノだ。


 そしてその全てが、同じ地方から流れてきた者によって広められたモノでもある。それゆえに信頼度の高い話だと認知されているのだ。

 しかもタチの悪い事にその悪名は数も多い。両手両足の指を使って数えても、さらに何人分かの指が足りないほどに。


 その上、私達の地元を支配しているヴァンプ共の長……マスター・シヴァと名乗る狂人からは、目が飛び出そうな額の賞金がその首にかけられていたりする。関西発行の最高額賞金首はシャクナゲだが、それに迫る額が彼女の首にもかけられているのだ。


 つまりは1地方のトップ自体が、カーリアンの2つ名を喧伝していると言えよう。

 それだけに彼女個人を知る者でなければ、カーリアンは畏怖の対象にしかなりえない。


 まぁ、『カーリアン非公認ファンクラブ・紅薔薇会』が、二班メンバーを中心に結成された事もあり、徐々にカーリアンの事を誤解する者は減ってきているのだが。

 もちろん、その紅薔薇会の主席兼創立者がこの私なのは言うまでもないだろう。




「……今回の作戦……二班で事前に知ってたのは……私だけだから」


「カーリアンとあなただけしか知らなかったってワケですか……」


「……それ違う」


 なるほど……と言った感じで頷くアオイに、私は待ったをかけるように口を挟む。私の言葉の意味がちゃんと伝わっていないのだろうと思ったからだ。


「……カーリアンは少し空気が読めないから……私が黙ってた。……今回の作戦は……カーリアンも直前まで知らなかった事……」


「…………」


「……だから二班は有り得ない。……二班に必要だった準備は……全部私が手続きをした。

……もちろん他の班員に……疑われるような下手も打っていない」


 これほど確実な証拠は有り得ないだろう。そう思い、小さく口元を歪めてみせた。

 何せ『カーリアンですら作戦開始直前まで知らなかったのだ』から。



 普通一般班員は、伝達事項などを班のトップから伝えられる。もしくはその副官から伝令される形となる。

 だが二班に限ってはカーリアンの性格があんなだから、定期的に開かれる定例会議には私が参加する事が多いのだ。

 彼女もそんな会議には出たがらないし、他の班の者も私が代理出席をしていても文句など言わない。


 ……カーリアンの性格がああだから。


 まぁ、そんなずぼらなところも、カーリアンの可愛いところなのは言うまでもないが。


 彼女が文句を言いつつも会議に出向くのは、シャクナゲが何かのついでに二班まで彼女を迎えにきた時か、シャクナゲと話す機会がなくて少し寂しくなった時くらいのモノだ。


 そんな乙女チックなところも……以下同文だ。



「……二班の実権は副官にあり、か。カーリアンも大変ですね」


「……ぶい」


 何故か私を怖いモノでも見るような瞳で見てくるアオイに、なんとなくブイサインを返してから、私は小さくお茶をあおった。


「まぁ、それはそれとして……です。黒鉄に内通者がいると仮定するなら、候補を上げておきましょうか?」


「……そうね」


「あっ、先に言っておきますが、ウチにそんな輩はいませんよ?ウチの連中はシャクナゲに何度も命を助けられた者ばかりです。彼の為に命を張れる者ばかりだと断言出来ます。なんならこの首をかけてもいい」


「……そんな汚い首はいらない。……それに元々……三班を疑うつもりもない……」


 なにせ三班は、黒鉄の中でも一番危険な役目を負う事が多い班である。

 班長であるシャクナゲが自分からそんな役目につきたがるのだ。彼に従うメンバーがそんな彼に従う以上、三班が一番激戦区に当たるのは必定と言える。

 黒鉄に裏切り者がいるとしても、そんな危険な役目を負う班には入るまい。

 それに三班は班員同士の繋がりも深い班だ。昔からの顔馴染みも多い。おかしな動きをすれば一番目立つ班と言えるだろう。

 だから私は、無条件でアオイの言葉を切り捨てた。


「……汚い、ですか。清潔にしているつもりなんですがね」


「……あなたの美的感覚は信じられない。……このアパートを見れば……信じる気も起きない」


「はは、手厳しいですね」


 そう言って苦笑するアオイにも私は無言で返し、脇に置いていた鞄を漁る。

 そして中から一冊のノートを取り出した。


「……ここに私が知る限り……事前に作戦を知り得た者を挙げてきた……」


「ふむ。つまりそこから取捨し、絞ろうと?」


「……もちろんこの中の者が……直接話を流したとは限らない。……部下に話した者がいて……そこから流れた可能性もある。……クリシュナの『白鷺』も疑うべき。……でも足掛かりは……このリストの中にある」


「なるほど。つまり私の方でもノートのリストを絞り込み、あなたの方でも絞っていけば──」


「……そう、かなり数は限られる」


 即座に理解したらしいアオイにしっかりと頷いてみせると、私はゆっくりとノートを開いた。





 無力な私に出来るのはこれぐらいしかない。裏で手回しをするぐらいしか出来ない。

 私は余りに非力過ぎるから。

 そう思えば自嘲的な笑みが浮かびそうになる。

 それが歯がゆかった時期もあった。


 しかしこれが彼女──私に名前をくれたカーリアンと、彼女が大事にしている居場所を守る為に、私が出来る唯一の事だと今は信じられた。

 それは私の力はその為のモノだと信じられたから。私にはこの頭を使うしかないと悟ったからだ。


 だから私は、こうしてカーリアンの影でい続けるのだ。




アオイ……黒鉄第三班の副官。自然発生型の変種。

生まれは他地方らしいが、班の仲間達であれ過去を知る者はいない。

二十代前半の長身細身の男。

能力については知られていない。(曰わく、『変種としての私には大した事なんか出来ません。単なる物質操作……テレキネシスの劣化版みたいなモノです』らしい)



スキル


補佐能力・A(副官に必要な能力は、全て持っているランク)


交渉能力・B+(他班との交渉を一手に請け負えるランク)


身体能力・C+


料理・A+(趣味の領域は越えている)


テーブルマナー・A+(同上)


美的センス・E-(班のメンバーですら、家には遊びにこないランク)


掃除能力・E-(美的センスと互いにマイナス補正)


作り笑い・C+(班の仲間以外にはとりあえず作り笑顔)


忠誠心・A


隠し事・A(過去を一切秘密にしている)


仲間想い・B+(班の仲間第一)

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