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2─26・ノーフェイト

短いです。

多分今までで一番短いです。

しかもちょっと違和感ある語りかもしれません。






 永らく闇の中にいた『それ』は、創造主より与えられた機能を遺憾なく発揮した。


 本来は持ち得ぬはずの力を、ねじ曲げられて付与されたままに。

 造られた当初に望まれた形で。

 なんの矛盾も、僅かな意志も、『それ』自身の想いもなく、ただ自らの中に組み込まれた『在り方』のままに力を解放した。


 自らに触れようとするもの、自らを傷つけようとするもの、そして自らの『現実を否定する』領域に入った力ある者を飲み込んだ。

 何年か前に一度取り込んで、虜にして、自らの確立する『領域』に溺れさせた事がある心脆き男へと、その機能を振るってみせた。


 もし『それ』に意思があったのなら、その男の無謀を嘲笑った事だろう。あるいはまたも自らの前に立った男の愚かしさを憐れんだだろう。

 それほどかつてのその男は、あっさりと……そして完璧に『それ』の力に心を捕らわれた過去があるのだ。


 現実をあっさりと捨てて。

 夢の中の幻に心を通わせて。

 それに違和感一つも感じる事なく溺れきって。

 甘い幻に縋った過去があったのである。


 普通の人間ならば多少なりとも『現実』に捕らわれる部分があるはずであり、いかな『それ』の力を持ってしても、その現実に捕らわれる部分を完璧に抑えきる事は不可能だ。

 矛盾のない幻は作れないのである。

 死んだ人間を死んでいない事にした幻には、当然『その結果に至るあり得ぬ過去』が作られる。

 起こったはずの事件を無きものとすれば、その事柄へと至る為プロセスが全てねじ曲げられる。

 つまりより辛い過去であればあるほど……そして悲しい思い出が多ければ多いほど『甘い夢』は『矛盾にまみれてしまう』のだ。

 そう、例えばその男の過去のように、『変種』と『既存種』に人々が分かたれた事に全ての悲しみの要因があれば──ほとんどの過去がそこを起点にしたものであれば、『変種は生まれなかった』という壮大な矛盾を生むしかないのである。

 数多ある悲しみを全て消す為には、その男の過去は絶望が多すぎた。悲しみと苦しみが溢れていた。死に別れた者が多すぎて、死別よりも深い溝が出来た者達が多すぎたのだ。

 それら全てを補完するには、より多くの矛盾を生まなければならない。より致命的な矛盾を用いなければならない。

 だから『それ』は、『人の変種は生まれなかった』という壮大な矛盾を『甘い夢』の核にせざるを得なかった。

 その男を夢で捕らえるには、そこまで有り得ない『過去』を造りあげねばならなかったのだ。


 それは普通ならば違和感の一つぐらいは感じてしまうほどのあり得ぬ世界。

 現実とは全く違う価値観を持つ世界。

 他の人間であれば……ほんの少しでも『変種がいる現実』に何か思い入れがあったならば、あっさりと壊れかねないほどの矛盾を含んだ世界だ。


 それでも彼はあっさりとその『夢』に捕われた。

 現実の方を否定し、夢に縋った。

 彼自身がその世界の矛盾を肯定し、矛盾を受け入れて、夢に溺れた。

 『それ』の創造主が割って入らなければ、その命が潰える瞬間まで男は『夢』に浸っていただろう。

 『それ』の力が強力なものであるだけではなく、その男の弱さと脆さ故に。


 今回もそうだった。

 そのはずだった。

 あっさりと『それ』の侵食を受け入れた。

 その精神に備わっている防壁でさえ僅かな抵抗でしかなく、滲み出す甘く深い霧は男の奥深くまで染み渡った。脆すぎる防壁はなんの障害にもならなかった。

 侵食し尽くし、その男の『現実』を喰らい尽くせるはずだった。

 ただ一点、精神の一番深い場所にある一点のみが『夢』の侵食を受け付けなかっただけで、そこ以外はほとんど全てが『夢』の毒素にまみれていたのだから、『それ』がそう判断しても不思議はない。

 その『夢』が入り込めない場所、一切の『色』を否定した無彩色の領域は、単に不可侵なだけで──入り込めないだけで、『夢』を否定はしなかったから。

 ただそこにあるだけで、なんの動きも見せてはいなかったから。


 もし『それ』があらゆる生物が持ち得る警戒心を持っていたのなら、前回の時にはなかったその『不可侵領域』に最大級の注意を払っただろう。

 絶対的な夢幻を対象者の脳内に現界させる『それ』──『ノーフェイト(運命の否定)』の能力をもってしても入り込めない心象領域に、本能的な恐怖を感じたはずだ。

 何物をも拒絶し、何者のものであれ『他の理』を否定する、小さくはあれど絶対的な領域としてたゆたう無彩色の塊に対して、あらん限りの手を打たなかったのは、ひとえに『ノーフェイト』は器物でしかなく、どこまで行っても偽物でしかなかったからに他ならない。


 創造主のあらゆる『快楽』を喰らい、夜に見る『夢』を喰らい生まれた、『偽物の夢』を作り出すだけの器物に過ぎなかったからだ。

 だから対象者という名前の獲物が望む世界を構築し、それを見せるだけという決められたプロセスのみをこなした。

 かつて完全に犯し尽くした男を、前回と同じ夢で縛ろうとした。

 その男が……前回あっさりと捕らわれた彼が、何故また過去と同じ轍を踏むのかを考える事はなかった。

 それを許されてはいなかった。


 『運命の否定』──『現実の否定』であるそれは、人に対して用いられるものとしては最高の精神兵器だろう。そのように造られた。

 絶望ではなく偽物の希望を見せて人の心を縛る機能は、間違いなく欲望を持ち、希望を持つ人間には抗い難い能力だ。

 だがそれは、『結城智哉という創造主』、『アカツキという使用者』があってこそ活きる能力なのだ。

 何故なら『それ』には考える機能がなかった。理解する力も理解しようとする意志もなかった

 あらゆる事に知恵を回す使用者、人間というものをよく知る使用者がいない『それ』は、その時点で重大な欠陥を抱えていたのである。


 それでもそれは与えられた使命を果たすべく回り続ける。

 対象者が夢を否定しても。

 否定する力を持っていても。

 現在の対象者が、その心の奥底にたゆたっていた灰色の領域を広げ、夢を完全に消し飛ばしてみせても。

 『それ』は受諾した使命を果たすのみ。

 与えられた役割をプログラムにこなすのみ。


 『ノーフェイト』が持つ防衛の機能は、『希望』を見せるその基本能力だけではない。

 希望で縛る力だけではない。

 獲物を捕らえ、その希望を覗いてそれを展開出来るという事は、反対のものである『絶望』をも展開出来るという事だ。

 対象が疎む存在をも覗き、希望に代わるそれを具現させられるという事だ。

 『ノーフェイト』には、人の希望を理解して現界させる能力がある。その与えられた能力を用いれば、反対の存在である絶望をも覗き見て、それを現界させる事も出来るという事である。


 希望と絶望。

 その内の『希望』を持って対象者を飼い殺し、希望を否定した存在は『絶望』で殺し尽くす──それが『ノーフェイト』に与えられた二重の絶対防衛機能。

 アカツキという異端のアイテムクリエーターに与えられた……与えられてしまった能力。

 他の誰にも利用されないように、その力が他者に触れられないように与えられた自衛能力。



 希望を否定された時点では──灰色に夢が喰らい尽くされただけでは『現実を否定する偽物』は終わらない。

 希望を食い尽くされても、夢からは覚めない。

 何故なら捕らえた時点で『絶望』という楔は打ち込まれているから。

 対象者を取り込む希望の世界の外側に、対象者を囲う絶望の世界が作られているのだから。


 希望が打ち払われた時からその世界は回り始め、的確に対象者が疎み、否定し、忌み嫌う存在を『夢の中の現実』に生み出す。

 対象者とノーフェイトが互いに干渉し合う二重の世界を修正する為に……完全に犯しつくす為の刺客として、絶望の象徴が送り込まれるのだ。


 今回の対象者の場合のそれは、圧倒的に反則的な力を持った──『対象者自身』。

 対象者が何者よりも疎み、嫌った存在は『過去の自分』。

 そう、対象者は──シャクナゲという男は、他の何者よりも自分自身を恐れていた。

 自分よりも強大な力を持つ存在よりも、自分という存在を嫌悪していた。

 そして誰よりも……過去に出会ったどんな敵よりも、『かつての自分』を忌み嫌っていたのだ。


 そして──

 二つの灰色が、ノーフェイトとシャクナゲの意思が混ざり合う領域内で巡り会う。

 シャクナゲの精神という核を中心に構築された世界で、有り得ぬ邂逅が実現する。

 同一の能力を持った、全く同じ存在同士が殺し合うという、現実世界では起こり得ない戦いが展開する。

 現実世界でも現在ではほとんど起こらない、変種の中でも規格外である『皇種』同士の争いが、『現実を否定する偽物』の手によって演出される。



 今は亡きアカツキが『ノーフェイト』という災厄に施した、最後にして最大の防衛機能が回り始める。


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