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7・ベネトレイター

今回、かなり手直しをしたのですが、何か納得のいかない箇所がある……気がします。

おかしな箇所がありましたらご指摘お願いします。





「3日も眠ってたのか……」


 目を覚ますと、俺は見た事のある殺風景な部屋にいた。

 その部屋は、今俺自身が寝転がっているパイプベッドと、見知った顔の青年が腰かけている安パイプ椅子、そして布切れと評してもいい薄手のカーテンが一枚だけしかない寂しい部屋だ。

 本当に殺風景で、天井や壁はコンクリートが剥き出しになっている。壁紙すらない辺りからして、殺風景さもここに極まれりと言えるだろう。


「心配しましたよ。カーリアンが連れてきてくれた時には、血まみれで意識もなかったらしいですし。スイレン達も『自分達が作戦に参加出来ていれば……』って後悔してましたからね」



 だがこんな殺風景極まりない部屋ではあるが、実はこれでも病室だったりする。それもこの街では、最上級の部屋と言ってもいいくらいの上部屋だ。


「あんまり無茶をしないでくださいね。ウチのメンバーは心配性な連中が多いんですから」


 そう軽く睨むように見つめてきながら、椅子に腰かけた青年──副官のアオイは、愛用の果物ナイフで手際良く皮を剥き、切り分けたリンゴを差し出してくれる。

 その視線を笑みでかわしながらも、一切れ摘んで口へと運んだ。

 滅多に口に出来ない果物の甘酸っぱさが、乾いた喉と口内を潤してくれた。




 三班の副官であるアオイは、落ち着いた雰囲気を持つ俺よりもやや年上の男だ。その柔和な印象からしても、決戦班と呼ばれる三班の副官には見えないだろう。

 また中性的で、優しげな容貌からか女性人気も高い。

 実務においても非常に優秀で、様々な雑務、他班との交渉などをソツなくこなす頼れる副官である。





 あっという間にリンゴ一個を収めた腹は、文字通り3日は何も食っていないかのように減っていた。しかも目が覚めてから一時間近く、検査などで水以外口にしていなかったのだ。

 リンゴの酸味が空きっ腹によく染みる。


 今いるこの部屋は『神杜総合病院跡地』──黒鉄第二班、救急班の本拠の一室だ。

 もちろん病院としての機能は半分以上死んでいるが、それでもこの『廃都』カリギュラでは唯一活動している医療機関である。


 看護経験がある者や、数少ない医者の全てが配属されたこの廃病院は、カリギュラ内でも随一の人口密度を誇る場所だと言えるだろう。

 当然、カーリアンやカクリの執務室もこの中にある。


 そんな病院跡地で、重傷を負っていたらしい俺は3日ぶりに目を覚ましたのだ。



「でも、さすがはシャクナゲですね。例え撤退中でも、クリシュナの知事だけはキッチリ潰してみせるんですから」


「向こうから出て来てくれたんだ。力を過信してるヤツだから助かったよ」


 1人無茶をして、何日も眠っていた俺を気遣ったのか、そんな事を晴れやかに言うアオイ。

 だがそんな気遣いが分かりつつも、その言葉に対しての笑みには苦いモノが混じるのを禁じ得ない。


 ──潰してみせた、か。

 アオイの嬉しそうな声を聞きながらも、俺の中では暗鬱たる気持ちが広がっていく。


 それは同じ『人間』を殺した罪悪感。

 クリシュナ知事だけじゃなく、何人もの人間を殺した感慨。

 例え避けられなかった事だとしても、これをしっかり胸に刻んでいかなければ、俺もいずれ『ヴァンプ』のようになる。

 力に驕れば、俺は間違いなく危険なヴァンプになる……そう確信すればこそ、アオイに無条件で笑みを返す事は出来なかったのだ。


「……すみません。不謹慎でした」


「いや、いいよ。ただ俺は力を誇って笑うワケにはいかないんだ。符号持ちだからね」


 俺が笑っていない事に気付いたのか、それとも口が過ぎたと思ったのか、そう謝ってきたアオイにはなんとか笑み返してみせる。


 コードフェンサーだから……ね。

 甘さの言い訳にしか聞こえないな。


 そんな自嘲を含んだ苦笑を。







「頼もぉーー!!」


「……もぉ……」



 そんな気まずい空気を打ち破ったのは、聞き慣れた2つの声だった。

 威勢のいいソプラノと、『仕方ない、付き合ってやるか』といった感慨が多分に含まれたアルト。

 そう、この病院跡地の警備責任者と実務責任者である、二班のツートップたる少女2人のモノだ。


「ようやくお目覚めみたいね、こんの迷惑かけまくり野郎っ!!」


「……野郎」


 そう言うと2人の内背の高い赤髪の少女は、ツカツカと歩み寄ってくると『椅子!』と言いざまアオイをその場……俺の寝台脇の椅子から追い落とした。

 もう1人、背の低い白髪の少女は、手に抱えた盆──食堂から持ってきたらしい盆を軽く掲げてみせ、


「……椅子」


 そう言ってジッとアオイを見据える。

 『自分の両手は塞がっている』というアピールしてみせるその少女に、アオイは苦笑を漏らしながらも立てかけてあったもう一脚のパイプ椅子を持ってくると、『どうぞ』と勧めてやった。


「あぁ、カーリアン。食事まで持って見舞いに来てくれたのか?」


「あんたバカでしょ!?これはあたしの分よ、あたしの分っ!!」


「……これ、私の」


「そりゃ残念。あぁ、アオイ。悪いけどなんか食堂から持ってきてくれないか?リンゴじゃ足りないみたいだ」


 椅子を強奪され、壁際に立ったままのアオイにそう頼むと続けて俺は口を開いた。



「それからウチの連中に、明日には復帰するからって言っておいてくれ」


「……明日は無理。……ちょっと様子見。……シャクナゲにも休みが必要」


 そんな俺の言葉に、小柄な方──二班副官にして、この医療機関の実務責任者でもあるカクリが小さな声でドクターストップをかける。


 『救急班としての二班』のトップはこのカクリという少女だ。

 まだ幼い──と言えばカクリは怒るかも知れないが、まだ十代半ばでありながら、その類い希なる知力ととっさの判断力は、本職の医者達をも圧倒するモノを持つ……らしい。

 まだ大掛かりなモノや切開が必要な手術は、熟練の医師達に一歩及ばないらしいが、それも経験の差でしかないと噂に名高い逸材だ。


「カクリがダメってんなら、シャクは絶対ここから出さないからね!?」


「……からね」


 何故か嬉しそうにそう宣言するカーリアンが、警備責任者兼黒鉄第二班のトップに立っているのは、単にカクリが『カーリアンと一緒じゃなきゃ絶対イヤ』と言ったからである。

 まぁ、『二班も現場に出る事になるし、力の強いコードフェンサーがいた方がいいだろう』という理由もあり、カーリアンがトップ、カクリが副官という体制になったのだ。

 本来ならばカーリアンは、強行班である一班か我が三班に配属されていただろう。

 彼女の力は後衛向きのモノではないのだから。

 つまりカーリアンは、班長という名前の二班専属用心棒、もしくはカクリ専属のボディーガードに近い。


「明日……が無理なら、今週中と伝えておきましょう。みんな心配していて落ち着きがありませんから」


 妥協案をだし、確認するようにカクリを見やるアオイに、白髪の少女は思案するように小さく首を傾げ


「……3日は様子見……それならいい」


 そう言って、一瞬カーリアンを見やってからコクンと頷いた。


「……3日か。ま、いっか。3日は絶対安静!抜け出したらこんがり焦がすよ?」


 そんな物騒な事をカーリアンはにっこり笑いながら言うと、『ほら、アンタは三班のところに行ってきなさい!』と所在なげに立ったままのアオイを追い出した。


「……カーリアンは独占欲が強い」


「独占欲……?」


「あ、あんたは黙って寝てりゃいいのっ!ほら、出汁巻きだけ恵んであげるから口塞いでなさいっ!!」


 カクリの言葉に疑問符を投げかける俺に、何故かカーリアンは大慌てでカクリの口を片手で塞ぐ。

 そしてもう片手に握った箸で出汁巻きを掴むと、俺へとそれを差し出した……というより突き付けたが正しいかもしれない。


「……ん……あーんだ……はい、あーんって言わなぐっ──!?」


 なんとか口を塞ぐカーリアン手を押しのけ、口の端を軽く持ち上げる笑みを浮かべながらそう言うカクリを、カーリアンはその赤の瞳でキッと睨みつけ、再び強くその手で白髪の少女の口元を押さえつける。


「……騒がしいな。一応病室だぞ?」


「うるさいっ!おしゃべりなカクリが悪いんだっ!」


 そう言って無理矢理俺の口へと出汁巻きを押し込んでから、フンッと鼻息荒くそっぽを向く。


 まぁ、なんでもいいんだけどさ──


「カクリ、顔真っ青だぞ?あんまり強く塞いだら息も出来ないんじゃないか?」


 ──取りあえずこれだけはツッコミを入れておくべきだろうか?なにせ鼻まで手で覆っているのだ。息も出来ないだろうから。


「えっ……?カ、カクリっ!?」



 慌てて口を塞いでいた手を離し、カーリアンは真っ青な顔で目を剥いている自らの副官を見やる。


「……カーリアンに……殺されるトコだった」


「お、お喋りなアンタが悪いんだからねっ!?」


 ──相変わらずだな、カーリアンもカクリも。

 そんな感慨を抱き、騒がしい2人に肩をすくめながらも、俺は騒がしい2人を苦笑混じりに見やったのだった。








「じゃあ一班は約半数を失ったのか……」


 あの後、アオイが運んできてくれたモノは、消化に良さそうな──もっと言えばイマイチ腹にたまらないモノばかりだったが、それでもなんとか空腹は満たせた。


 見舞いに押しかけてきた三班の仲間達を、カーリアンが『救急班・班長権限』でアオイごと追い出した以外は、落ち着いた時間だったと言えよう。


 その食後に──もっと言えば押しかけてきた三班のメンバーを退室させた後に、俺は今の現状をカーリアンから聞いているのだ。

 まぁカーリアンから聞くよりもカクリから聞く方が確実、という気もするのだが、こればっかりはこの2人の『仕様』なのだから仕方がない。

 カーリアンが話す役、カクリが細々補足する役というのが、このコンビの造りなのである。



 だが、黒鉄の現状を聞けば聞くほど、部屋は暗鬱としたモノに包まれる。



「一班のナナシやコードフェンサー達も頑張ったみたいだけどね。完璧待ち伏せしてたみたいで、混乱をきたした班員を纏める事すら難しかったみたい」


「……みたい」


 ナナシとは一班のトップに立つコードフェンサーで、場数だけならカーリアンを凌ぐ男だ。

 しかも一班は我が三班とは違い、3人いるコードフェンサー全員が今回の作戦に参加していたのだ。

 それなのにメンバーを纏められず、半壊をきたして撤退せざるを得なかったというからには、将軍率いる関西軍も相当周到に迎撃準備をしていたという事だろう。


 ……そしてその事実は、ある可能性を示唆しているに他ならない。


「裏切り者がいるな」



 そう、それは黒鉄の情報を流す存在が内部に──しかも黒鉄の中枢近くにいる事を示唆しているのだ。


「裏切り者っ!?黒鉄にっ!?」


「……黒鉄に?……まぁ、そうなるわね」


 全く考えもしてなかったのか大げさなほどびっくりするカーリアンと、その彼女に一応合わせておいてから俺の考えに同調するカクリ。

 そのコンビの対比を見てから言葉を続けた。


「今回の作戦はかなり綿密に、秘密裏に準備した作戦だったんだ。なんせクリシュナの知事や実力者達を始末して、その混乱に乗じて街へと拠点を置く……今後を見据えた大事な作戦だった」



「確かにそうだね。アンタんトコ主体で、何十日にも渡って話し合いを進めてたらしいし……」


「……前日までに作戦概要を知ってた者はかなり数が限られる。……クリシュナの反抗組織も一枚噛んではいるけど」


 そう、今回の作戦概要は、班のトップクラスの者かその側近……そしてクリシュナに潜むレジスタンス、『白鷺』のメンバーのごく一部しか事前に知らなかった事なのだ。

 普段は黒鉄全部が一丸となって活動する事が大半なのに、今回だけは万全を期して秘密裏に事を運んだ。

 それほど力を入れ、確実を帰した作戦だったのだ。


 班の長としては『唯一変種ではない側の人間』である五班の班長など


『ここまで秘密にする必要があるのか?』


 と言っていたくらい、万全を期して準備を進めていたのだ。


 この事実は──




「……この黒鉄の中枢近くに……将軍の手の者がいるのは間違いないと思う」


 カクリの言う通り、考えもしなかった懸念である『裏切り者』という要素が、『黒鉄』に潜んでいるという事を示唆しているに他ならないのだ。

前回、アオイを書くと言っていましたが、シャクナゲ紹介1。


シャクナゲ……二十歳前後、自然発生型変種。関東方面出身。

一番最初にコードを与えられた変種であり、黒鉄初期からのメンバー。

当初のコードは『宵闇』。

『暁』というコード持ちと対比となるコードだったのだが、現在では『黒鉄』のコードで呼ばれている。

『黒鉄のシャクナゲ』の名前は、単なる所属組織名と名前を表すモノではなく、そのまま二つ名として有名。

また関西軍発行の賞金首の中では、今は亡き『アカツキ』を抜き、最高ランクの額がかけられているお尋ね者でもある。


スキル


銃撃・A


状況把握能力・B+(的確に先を見据える能力。本来はA+だが、ネガティブと独断専行でマイナス補正)


身体能力・A+(変種の中でもかなり高い身体能力に入る)


戦術眼・B


カリスマ・S(班のメンバーはおろか、他班の者にも慕われる能力)


知力・B


格闘・C+(二丁拳銃を扱う点、つまり両手が塞がっている点からマイナス補正)


直感・B


ネガティブ・A(かなり後ろ向きな性格)


鈍感・C+


奥手・B(ネガティブとプラス補正しあっている)


独断専行・B+(1人で突っ走るスキル)


女性人気・A-(カーリアンや他コード持ちと仲がいい点でマイナス補正。つまり近寄りがたい)


皮肉・B+


カッコつけ・B+

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