2─17・牙桜は誓いに身を捧げ
──スズカを頼むよ。この子には出来るだけ明るい場所にいて欲しいんだ。
かつての仲間であり、初めて好きになった少年にそう頼まれた時から、彼女は今の彼女になった。
本当は嫌だった。そんな頼み事をなんで自分にするのか、よりにもよってなんで他の女の事を自分に頼むのか、そう朴念仁な少年に問い詰めたかった。得物を首筋に突き付け、悪口雑言でもってなじってやりたかった。
それをしなかったのは、ひとえに彼の立場をよく知っていたからだ。
ゼロ……能力ゼロで幼なじみの腰巾着をしていた立場から、その幼なじみに並ぶ立場へと立ってしまった苦悩を知っていたから、その理不尽な頼みを受け入れざるを得なかったのだ。
彼女は本当にその少年の事が好きだった。
頼りなくて、本当は情に脆いくせに、常に必要以上に冷静ぶっていて、幼なじみや仲間をまとめようとしている姿は、ちぐはぐさよりも必死さが見えた。
ルックスは並みより上程度でしかないくせに、時折誰よりも輝いて見える事があった。
考えるよりも先に行動を起こす方が性に合っているらしい、グループのリーダーとヴァイスリーダーより、普段はずっと苦労しているくせに、仲間内からは『腰巾着』と呼ばれている様を最初は情けなく思っていたハズなのに、その事に対して周りに憤りを覚えるようになったのはいつからだっただろう。
力に目覚め、世界に目覚めた時には、見合わない苦労をしていた少年に見合った対価が与えられた、そう思っていた。
力を持っていない事で、心ない仲間内からは蔑まれていたのだから……グループ上層部の内で、一人だけ能力による世間からの蔑視を受けていない事を妬まれていたのだから、これで彼は仲間達に認められ、余計な苦労をしなくて済むだろう。
そう安易に考えていたのだ。
その目覚めた世界が、あの『灰色』でなければ。
あの異端尽くしの異世界でなければ。
証を持たない純正型という異端ですら、霞む世界でなければ。
無能力であった彼のガード達……彼の苦労を知る僅かな者達は、これであの少年は本当に仲間だと認められると、そう誰しもその目覚めた世界に喜んだというのに。
その喜びはあっさりと絶望によって塗り潰された。
彼が抱える圧倒的な異界に、より最悪な状況があるのだと知らしめられた。
蔑視と弾圧に苦しむ仲間達は、目に見える異界を持つ彼に……目に見える圧倒的な力に、救いを求めたのだ。
何十、何百、何千という人々が、目に見えない力を持つリーダーやヴァイスリーダーより、彼に救いを求めるようになった。
彼より強いであろうリーダーの少女より、安易に目の前に晒された力に縋った。
そこで、少女は気付いた。
仲間達も気付かされた。
あの力は救いになどならない、と。
少なくとも、あれは彼が求めたモノではなく、少年の救いにはならないのだ、と。
彼は一度たりとも力を欲した言葉は言わず、そんな彼を周りで見ていた自分達だけが『彼に力を求めていたのだ』と。
能力ゼロの彼を守る為にリーダーに付けられたガードは、いつしか皇の近衛兵へと姿を変え、そのガードの一角だった少女は、かつて抱いていた自らの浅はかな考えに、奥歯がすり減るほどに歯噛みしながらずっと少年を支えてきた。
少年を皇へと祭り上げる者達から、ゼロだった頃より側にいた……いつしか放っておけなくなって、気付けば想いを寄せていた彼を守る為に。
変わらず少年を支える者が減っていき、彼に縋る者達が増えていく中で、心を砕いて戦ってきたのだ。
それなのに──。
そんな自分に、余所から連れてきただけの少女のお守りを頼むのか。
そう声を張り上げて、涙を流して訴えたかった。
自分じゃなくても他にもいるだろう。
何も自分に頼まなくても、他に頼りになるヤツなら何人かいるではないか。
思わず少年の背中に隠れていた銀色の少女が、彼女の視線にビクッと震えるほどに睨みつけてしまう。
それでも……それでも真っ直ぐに見つめられ、笑いかけられながら
──頼むよ。こいつにはさ、俺と同じ道を歩かせたくないんだ。本当はどこか遠くの……そうだな、暖かくて優しい場所にでも連れて行ってやれたらいいんだけど、残念ながら安全そうな場所が思いつかなかったんだ。だったら──
『信用出来る誰かに任せるしかないだろう?』
そう言われてしまって。
『道』の中心として、唯一のリーダーとして、新たなる存在の守護者として、望まぬ位置に押し上げられた少年に、浅はかで無能だった少女は何も言う事は出来なかった。
少年は朴念仁ではあっても気が利かないワケではない。むしろ年齢不相応に聡いぐらいだ。
きっと彼は彼女の想いを知っていたんじゃないかと思う。
そしてそれを利用して……その思慕の念も罪悪感も無力感も利用して、こんな残酷な事を頼んだのだとしたら──
──なんて甘いヤツなんだろう。
そう思わざるを得ない。
身近な人々の中で一番若くて、色々な想いから一番後悔しているであろう少女に、『贖罪』の機会を与えようとしているのだから。
自らを恨ませるような方法で、自分が悪者になってまで、彼女にまで救いを与えてくれようとしているのだから。
『俺と同じ道を歩かせたくない』
『信用出来る誰かに任せるしかないだろう?』
そう言って、彼女へと別の道を差し出してくれたのだから。
だったら……それが分かってしまったのだったら、彼女には頭を下げてこう言うしかない。
精一杯の恨み言と、ありったけの罪悪感と、歯噛みするほどの無念と、言葉に現せないほどの感謝を込めて。
『……了解致しました。我が親愛なる皇』
せめて『友人』ではなく、『仲間』でもなく、『皇』という言葉に代える事で、自らの内にある想いを抑えこみながら。
残酷で優しい少年に、精一杯の皮肉を効かせながら。
そしてその少年から視線を外すと、どこか興味を見せながらも、恐る恐るといった様子で少年の背後から顔を出していた少女へと視線を向ける。
『スズカ、とお呼びしても?』
二人のやり取りに腰が引けながらも、その呼びかけに慌てたようにコクコクと頷く少女。
異様にやせっぽっちで、怯えたように少年にしがみつく彼女を見やり、出来るだけ柔らかい笑みを浮かべてみせる。
『わたしは夜鳥。夜鳥美哉と申します』
自分の不器用な恋が終わり、為せなかった贖罪が新たな形へと変わる事に、寂寥感を感じながらも、彼女にはその道を歩くしかなかった。目の前で恐々と引きつった笑みを返す少女には、出来るだけ暖かい場所を歩んでもらう為に。
託された願いを果たす為に。
『わたしとお友達になってもらえますか?』
金髪青眼を持った落ち着いた雰囲気を持つ少女は、夜鳥から鵺へと名前を変え、ガードからコードフェンサーへと立場を変えて。
何年も経った今でも、その誓いに殉じ、銀色の少女の側にいる。
おちゃらけた雰囲気にその生真面目さを隠しながら。
穏やかな面と酷薄なる面に、自らの内面が別れてしまう痛みを乗り越えて。
やせっぽっちだった彼女までが皇となり、荒れ果てた道を歩んでいても、自分が彼女にとっての暖かい居場所となる為に。
いつしか贖罪や捨てた想いによるモノだけではなくなっていても、その誓いこそが根本にある事は今も変わってはいない。
「ん〜、なんかぁ、水賊連中は相手しなくてもいいみたい」
かつて高速のインターだった場所にバイクを止め、一旦小休憩を取っていた時に、ヌエはいつも通りの緩やかな口調でそう言った。
そのインターは、山の中腹のそれなりの面積を開拓して出来た場所で、なかなかの広さを誇っていたが、現在では乗り捨てられた古い車と、打ち壊され、内装から建材まで盗られてボロボロになった休憩所しかない寂れた場所だった。
そこの駐車場で、停められた大型バイクの隣に着けられたサイドカーにもたれかかったままボーっと空を眺め、しばらく黙考していたかと思うと、ヌエは小首を傾げて隣を見やる。
隣では車体にもたれるように体を休めているシュテンがおり、気だるげな雰囲気を隠す事なく恨めしげな視線をヌエへと向けた。
「……いいクソ身分だな、おい。人が一日運転しどうしでクタクタだってのによ」
「あん?じゃあテメェがそのナリの割に地味くせぇな力を使うか、コラ。そのショボい力でわたしのスキルの代わりが出来んなら代わってやるよ、この能無し野郎」
「ちっ」
悔しげに舌打ちを漏らし、でも言い返せないのか視線を逸らすシュテンに、鼻で笑うような息を吐くと、ヌエは再度空を見上げた。
そしてそこから彼女の元へと舞い下りてきた、『子供』へとその手のひらでかざしてみせる。
「なんかさぁ、水賊連中にはぁ~、三班副官が行くみたい。念の為にぃ、あいつの見張りに付けといた子供が知らせてくれたしぃ」
その小さな手の平には、平均よりも大きなサイズのナツアカネが身を横たえ、かすかに痙攣を繰り返していた。
弱々しく少女の手のひらにすがるように。
でも少しずつその動きを緩慢にさせながら。
「頑張ったね。すごく助かった」
手のひらでゆっくりと死にゆく働き者だった子供に、心の底から労りの言葉を告げると、サイドカーより降りて地肌が剥き出しの山裾へと歩を進めた。
休みなく飛び通しで、報せを持ってきた代償となった小さな命を、大地に返す為に。
そして手のひらで硬い地面を掘り返し、ゆっくりとそこに横たえる。
「ありがと。ごめん」
せめて最後ぐらいは穏やかな気持ちでいられるように、小さく念仏を唱え、心からの礼と詫びを述べながら。
「出不精な無名の一番が出張るとはな。なんかあったって考えるべきなんだろうが、何があったんだろうな?」
「それはわかんないなぁ。わたしだってぇ、子供達と簡単にしか意思を交わせないしぃ〜」
背後に歩みより、伸びをしながらもことさら明るい口調でそう声をかけてくる男に振り向いた時には、すでに彼女はいつも通りの笑みを浮かべていた。
穏やかな口調の時も、スラング混じりに罵倒する時も変わらない、柔らかな笑みをその口元に刻んでいる。
それにシュテンは小さく息を漏らすと、こちらもいつもと変わらないぞんざいな口調で口を開いた。
「ま、何にしても、あいつが出張るからにゃ、俺らまで別に出向かなくてもいいだろ。何を考えてんのか、あいつにクソ提督がなんとか出来んのかは分かんねぇけどよ、あいつは『遺産』を持ってるんだ。なんとかするアテがあるんだろうさ」
「だと思うよぉ〜。アオイに付けた子だけが飛んで来たしぃ、他には大きな動きもないみたい。まぁスイレンやアゲハはぁ、子供達の目じゃ捕まんないんだけどぉ〜」
そう言うと、ヌエは自分よりもかなり大柄な男の方へと期待を滲ませた瞳を向ける。
何が言いたいのか、その瞳を見ただけで分かってしまって、シュテンは思わず浮かんだ苦笑で返した。
──用事が終わったんだから、お嬢んトコにさっさと行こうってか?全く、分かりやすい性格なんだか、分かりにくい性格なんだか。
そう心中で漏らし、彼は大きく肩をすくめてみせた。もちろん口に出して言うような真似はしない。
口にしてそんな感想を言えば、彼女の事だ。罵詈雑言と面罵痛罵と脛に叩き込むようなローキックが返ってくるであろう事が、長年の付き合いからシュテンにも分かっている。
それでもこうして、一応期待を込めた視線で意思を通してくれるだけでも、今の彼女の機嫌がそう悪くない事が見て取れた。役割を終えた子供の亡骸を抱えていた時の沈んだ様子はすでにない。
──都合よく、名目だけでも仕事が終わった事が嬉しいんだろうな。
そう考えながらも、シュテンは少しだけ黙考するように顎へと手をやる。
確かに役割は終わったも同然だ。学園には相変わらず動く気配はなく、厄介な水賊には三班副官が出張っている。交渉の為か、はたまたそれ以外の為なのかは分からなくとも、上手くいかせるアテがあるのだろう。
それにもし仮にアテがなかったり、ヘタを打ったりして、三班の副官が水賊に捕まったりしたとしても、彼らには全く関係がない。
『あの男ならなんとかすると思っていた』
と言えば、二人が従う少女に対する言い訳としては十分だ。
「あ〜、じゃあそろそろ東に行くか?お嬢に付けた子供から知らせがないって事は、あのクソ狂人とまだ闘り合ってないか、もしくはぶつかったばかりかってトコだろ。俺らが行きゃ助けにゃなるだろうしよ」
そこまで考えると、いまだに期待を込めた瞳を向けてくる少女に、あっさりと同意する事にした。
ここで下手に反対を唱えたりすれば、どれほどの凶暴な子供達をけしかけられるか分かったものではないし、この真っ直ぐな期待を込めた視線には抗い難いモノを感じていたからだ。
長年の付き合いからか、シュテンはこの小柄で凶悪な同僚には基本的に逆らいにくい。もとより気が乗らない仕事だったのだからなおさらだろう。
「おぉ〜、万年童貞の割にはぁ、珍しく話が分かるじゃないですかぁ〜」
──しかし返ってきた言葉は、そんな人の神経を逆なでするような言葉で。
「童貞を偏見すんな、ついでにもう童貞じゃねぇ、さらに言うなら万年も生きられるか……ってどんだけクソツッコミ要素が入るんだよ!?」
思わず律儀に、そしていつも通りにツッコミを返してしまう。
「せっかく褒めたのにぃ、相変わらず腐ったさくらんぼ野郎は細かいですねぇ〜」
「すっげぇ上から目線だな、おいっ!」
「上から目線ってか、立場が明らか上なんだよ、阿呆。いいからさっさと車出せよ、トロ臭ぇ×××野郎だな。底辺這い蹲る下僕その二風情が」
そして最後にはこれまたいつも通りに『地』が出てきて、今まで何故かかわせた事がないローキックを叩きこまれるのだ。
「……くっそ、いつか絶対押し倒してやるからな」
「やってみろよ。体が痛みと毒で倍に膨れ上がるまで、子供達の洗礼を受けさせてやる」
ケラケラと笑いながら容赦のない蹴りを受け、ちょっとした意趣返しじみた言葉には、全く洒落になっていない脅しをかけられて。
筋肉質な大男と小柄で可憐な少女は東を目指すべく、止めておいた大型バイクへと向かって歩きだした。
関西と東海で分けられた地の境界線。
そこにある関西地方東端の防衛都市。
将軍を名乗った男から改名を受け、東海地方に対しての防壁の役割を求められた『山都・アルビオン』へと向かう為に。
牙桜さんと夜狩さんの二人の紹介は、以後に回します。
代わりに身体的なプロフィール(設定決めただけで明記はしていない、特に今後作品内で明記しないであろうデータ)を何人分か。
これは初期に決めたメールのまんまをコピーして、短くまとめています。
シャクナゲ
身長177cm 体重65kg
黒髪と黒瞳を持つ自然発生型変種(純正型変種)
好きな食べ物 りんご、和食全般
嫌いな食べ物 基本的に発酵させた食べ物、納豆やおくらなどのネバネバ系
好きな色 黒
嫌いな色 白
好きな人物 アカツキ? ミヤビ? スズカ(妹)
嫌いな人物 ヴァンプ 坂上晴臣
ワイヤーアクションをワイヤーなしで行える身体能力と、地形や天候、現状を把握しての戦術の取捨に定評あり。
基本的に偏食だが、現在の食料事情から好き嫌いを言わなくなった。
頼み事をされるのは得意だが、頼み事をするのは苦手な性格
カーリアン
身長168cm 体重49kg
赤髪赤瞳の突然発生型変種。パイロキネシスト。
好きな食べ物 和食系
嫌いな食べ物 しいたけなどの一部茸類
好きな色 黒、紅
嫌いな色 青(嫌いな人間から)
好きな人物 シャクナゲ、カクリ、スズカ
嫌いな人物 オリヒメ(ウマが合わない、ノリが合わない、能力も正反対)
基本的にわかりやすい性格をしており、嘘が嘘になっていないぐらい嘘が苦手。
周りに仲のいい人物が少ない為か、仲がよくなった人物には全身全霊で信頼を寄せる。
物を癇癪で壊す事も多いが、実は料理が得意という似合わない特技を持っている。
カクリから甘やかされ、シャクナゲからも甘やかされており、スズカと同じく基本的に甘やかされる側の人物。
スズカ
身長156cm 体重42kg
純正型変種。斥力使いで拒絶の世界の王
好きな食べ物 暖かい食べ物、誰かと食べる食事
嫌いな食べ物 冷たく冷えた食事、簡易食料
好きな色 黒、白、赤
嫌いな色 銀色
好きな人物 シャクナゲ、カーリアン、ヌエ、シュテン。
嫌いな人物 アカツキ、魔女
茫洋とした薄い表情を持った少女。実年齢よりも若く見える(実は数ヶ月だけカーリアンよりも年上)
好きな人物、自分を好きになってくれた人物には甘えるが、それ以外の人物にはどこか身構えたところがある。
寂しがりだが我慢強く、裏工作じみた真似は嫌いだがたまに裏で動く。
能力においては、カーリアンをして黒鉄一と呼ばれる、レジスタンス黒鉄で最強の少女。




