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2─15・紅と閃光の思惑






「で?戻ってこようと思ったのは、やっぱり今回の騒動が原因なワケ?」


 そうことさら軽い調子でカーリアンは言った。

 今回の騒動……それはつまりは関西統括軍の将軍が黒鉄のシャクナゲに襲撃され、行方が分からなくなっている件、そして廃都を根城にするレジスタンス・黒鉄が真っ二つに分かれ、廃都内で睨み合っている事を指している。

 光都の関西統括軍上層部は否定しているが、人の口に戸は建てられないものだ。

 いくら隠してはいても、将軍がシャクナゲに襲撃された事実は高い噂になってしまっている。その為、現在関西各地では統括軍に対する反乱が幾つか起こっているのが現状だ。

 黒鉄の動乱については、カーリアンが噂に聞いただけでも、将軍無き後の行動方針を巡るモノ、シャクナゲが力を持ちすぎる事を警戒する一派によるモノ、などなど様々な噂が囁かれていた。

 もちろんその中には『荒唐無稽な真実』も含まれている。

 とても信じ難い、とても許し難い真実も当然含まれてはいるのだ。

 ──曰わく、黒鉄のシャクナゲは、関東の地において『新皇』と呼ばれるヴァンプの王だった。

 そんな普通であれば眉唾物でしかない真実も、雑多な噂に紛れて細々と流れていた。不思議なほどに信じられていない、単なる噂話の一つとして。


「まぁ、そうなるかしら?一応ウチも黒鉄には結構な期間所属していたわけだし、命を助けた相手もいれば逆に命の恩人も中にはいるわ。気になるのが当たり前の人情でしょう?」


「あんたの人情は置いとくとして、先に言っておくけど、あたしはシャクナゲに付いてる派閥……いわば今じゃ少数派よ?」


 閃光を名乗った女の言葉に、そんな考えを首を軽く振って払うと、カーリアンは牽制混じりにそう言った。


「ウチは黒鉄に戻りたいの。黒鉄とは、暁の彼が作って、宵闇の彼が所属する組織の事でしょう?」


 それを気にした素振りもなく、目の前の女は平然とそう言葉を返す。

 閃光を名乗った彼女の言い分は、いちいち当たり前のモノに聞こえた。かつて支え合った仲間を気遣うのは、一度袂を分かったとしても当たり前だろう。

 現在は敵味方に別れた間柄とはいえ、かつて同僚だったナナシやカブトの事が、カーリアンも気にはなっているのだから分からない話でもない。

 年中いがみ合い、力をぶつけ合っていたオリヒメは別として、やっぱり同じ黒鉄達に力を向ける事は、出来れば避けたいとカーリアンも思っている。力を用いなくとも分かり合える機会があるのならば、そちらの方が全然いい。もし彼らが、別勢力からの攻撃を受けたなら、手助けするべきだと考えているほどだ。


 そして『黒鉄』を冠する彼が、黒鉄でなくなる事なども有り得ない。今では彼こそが最初の黒鉄であり……最後まで彼は黒鉄で在り続ける事だろう。

 例え他の誰もが彼を『ヴァンプに対抗する者』だと認めなくとも彼は黒鉄で、彼と共にある者こそが黒鉄なのだ。少なくともカーリアンにとってはそれが真実だ。

 だから閃光の言葉自体には理解は出来る。


「一旦は抜けたんでしょ?なのに『やっぱり気になったから戻ってきました』なんて理由じゃ、到底納得は出来ないわね」


 しかし、この元『閃光』の場合は別だ。理解は出来ても納得は出来ない。彼女の話には、何か裏があるように思えてならないのだ。

 何故なら彼女は、一度『一身上の都合』で黒鉄を抜けているというのだから。

 それが今回の騒動を聞きつけたぐらいで、戻ってこようなどと思うだろうか?

 一度その仲間達に背を向けた以上は、それ相応の覚悟を持っていたハズなのだ。もう二度と顔を出せない、ぐらいは考えていただろう。

 なにしろ、弱小勢力に過ぎなかった黒鉄から背を向けたのだ。逃げ出したワケではなくとも、周りにはそう思われてしまうであろうし、彼女自身も負い目を感じていただろう。

 そう、彼女の言い分を全て信じたならば、その点が訝しく思える。


「そうでしょうね。ウチとは面識ないし、信用は出来ないのも無理はないわ。でもここで相互理解を深めようとしても限界はあるでしょう?」


「…………」


「だからもし彼が──かつて『宵闇』と呼ばれた黒鉄が、ウチの復帰を認めてくれたのなら、貴女も味方をしてくれないかしら?」


「……あいつが認めるのなら、多分誰も反対しないわよ。あたしだって反対なんかしない」


 『宵闇』。

 それはかつての黒鉄のリーダーであり、唯一黒鉄を仕切れた『暁』と対になる存在に与えられた符号。最初の符号所持者たる男に与えられた呼び名だ。

 今現在、彼はカーリアンが所属する派閥のトップであり、黒鉄が現在の混乱に陥った原因でもある。

 彼女を『死にたがりの紅』から変えてくれた人々の内の一人で──さらに変わりたいと考えた理由にもあたる人だ。

 その彼が最初に持っていた符号が『宵闇』。暁が死んだ時に黒鉄から失われたロストコード。


 今でこそ死した暁に代わり、最初の黒鉄として、彼は『黒鉄』のシャクナゲなどと呼ばれてはいるが、かつてはその全身黒ずくめの出で立ちと、黒い二丁拳銃を用いて死を振り撒く様から、後方の本営で都市や勢力を守る『暁』に対して、前線で仲間を守る『宵闇』と呼ばれていたのだ。

 黒鉄のシャクナゲ、あるいは近衛殺しのシャクナゲ……そして最近では『始祖殺し』のシャクナゲなど、様々な呼ばれ方はあれど、その原点は『宵闇』の二つ名じみたコード──関西のヴァンプにとっては、今でも忌み名となっている符号だ。


 そのシャクナゲがこの『閃光』の帰還を承認したならば、他の誰かが反対意見に回るとは思えない。カーリアン自身、閃光の事は知らないままでも、彼の意見は最大限に尊重するつもりであるし、その意思に逆らってまでもシャクナゲの為に動き、黒鉄を二つに割った『水鏡』やアオイが反対するとは思えない。

 周りには基本的に無関心を貫くヨツバならばなおさらだ。

 反対に回りそうなのはカクリぐらいであるが、まさか彼女も周りの意見をまるっきり無視して、自らの考えを押し通しはしないだろう。

 現在はアオイの補佐官という立場もあるカクリは、基本的に無理やり我を通すような真似は避けるタイプだ。裏方からこそこそ動いて、自らの意見が通りやすくはしても、『これはどうしようもない』と思えば足掻かないのである。

 そう考えたからこそのカーリアンの言葉だったが、目の前の女──エリカは小さく笑うと、黒い外套ごしに小さく肩をすくめてみせる。


「普通ならそうでしょうね。でもウチの事に限って言えば、水鏡やカブトは反対するんじゃないかしら?」


「スイレンが?今の状況からして、カブトが反対する可能性はあるかもしれないけど、彼女が彼の意見に反対するなんてあり得ないと思うけど」


 少なくとも、何度も顔を合わせた定例会議では、いつであれ一歩引いた位置から、シャクナゲやアオイのサポートをしていた姿しか見た事がない。

 あーだこーだと喚いては、シャクナゲや黒鉄に無理を通そうとする民政部を、穏やかな笑みのままでやりこめる様や、ふらっと出歩いてはなかなか帰ってこないヨツバを、引きずるようにして連れ帰ってくる姿は何度か見た事があったが、基本的には穏やかで波風を立てない人物という印象だった。


 ──スイレンを怒らせたらメッチャ怖いからにゃ〜?とりあえず怒らせたなら、シャクにとりなしてもらいなさい。もちろん、額がすれて血が滲むくらい頭を地面にこすりつけなきゃダメよ?

 と、『黒鉄で賢く生きる方法・要注意人物編』として、師であるミヤビから教わっていたぐらいだから、その印象のままの人物でない事は明らかだが、幸いにして彼女が怒った姿をカーリアンは見た事がない。


「ウチは黒鉄を出ていく時にちょっと揉めたからね。それに水鏡(彼女)って几帳面でしょう?間違いなく一度抜けたウチにいい顔はしないし、いつかまた出ていくかもしれないと思われるだろうからね」


「あたしも別にいい顔をしてるつもりなんてないわよ?」


 確かにスイレンってばちょっと几帳面かもしれない……

 カーリアンも確かにそう思わなくはない。

 趣味であるガーデニングで、細々した作業をしている姿と、寒い時期であれ浴衣を愛用しているという、少し偏執狂じみたこだわりを思い浮かべれば妙に納得してしまったのだ。

 さすがに冬は上から陣羽織やコートを羽織ったり、マフラーを巻いていたりするが、彼女が完璧に洋服を着こなしている姿は見た事がない。一度も見た覚えがないという辺り、服装にはかなり徹底したポリシーがあるのだろう。


「それでも貴女には後ろ楯お願いしたいわ。帰るまでに仲良くなれるかもしれないし……なんなら貴女のお仕事のお手伝いをしてもいいのよ?」


「あたしがなんの為にここに来てるのかを知っているみたいね?」


 そんな確認するようなカーリアンの言葉にも、エリカは不器用な笑みを浮かべたままで、ことさら呆れたような仕草で肩をすくめてみせる。


「ここは昔から、この都市の諜報員と落ち合う時に何度か使ってた場所の一つだもの」


 確かに郊外にもほど近いという位置や、住宅街から外れているという立地、川があり四方に視界が開けていながらも、橋の下という事からあまり人目にはつかないという条件は、人目をはばかりながら落ち合うという条件に当てはまっている。

 カーリアン自身は今回のような任務に着いた事がない為、他の場所については全く知らなかったが、ローテーションで落ち合う場所を変えているだけだとしたら、かつて黒鉄だったという彼女が、こういった場所をある程度知っていてもおかしくない。


「光都での諜報活動自体は、昔はあんまりなかったのだけれど、やっぱり状況が状況だものね。コード持ちを派遣してもそうおかしくはないでしょう?」


「……なるほどね。確かにそこまで知っているなら、かつて黒鉄の関係者だったのは嘘じゃないみたいね」


 光都自身に諜報員を入れていない事は彼女も聞いていた。むしろ他の地方と隣接している、北の古都、東の山都、南の守りである白都、黒鉄に対する前線都市たる戦都に対して潜り込ませている人数の方が、多いぐらいだという。

 それらカーリアン自身が持つ知識──最近になってなんとか覚えてきた知識を総動員して、目の前の女の言葉を判断していく。


「ウチが普通のレッドコード(裏切り者)で、諜報員達や落ち合う場所まで知っていたほどなら、あの『副官』さんがこの場所を指定するワケがないから?」


「……そうだけど、まだ信用はしてないわよ?」


「あら、残念。まぁ、あっさりとレッドコードを信用するような人物を、こんな敵地ど真ん中に派遣するワケもないのだけれど」


 信用は出来ないにしても話自体に矛盾は見えない。だが、なんらかの理由があって色々知っているだけで、完璧に入り込むまで尻尾を見せないだけなのかもしれない。

 かつての黒鉄を知っており、アオイが指定したこの場所の意味を知っていても、やはりそれだけでは信用には足らない。

 彼女を派遣したアオイであれ、判断ミスぐらいはするだろう。

 ならばやはりここは現場の自分の判断で、『確実』にいくべきかと考えてより深く悩んでしまう。

 目の前の女は、カーリアンの勘からすれば黒に近い灰色だ。目に見えて敵対はしてはいなくても、敵視するには値する。


 ──でも……。

 疑わしきは罰せよ、という考えでもいいのだろうかと、そんな甘い事も考えてしまうのだ。

 疑わしきは罰するという在り方が、今の自分に相応しいのか。彼の補佐としてこの考え方は誇れるのか、その点で悩んでしまう。

 ひょっとしたら全て事実かもしれない。そして、例え何か裏に事情があったとしても、味方をしたいと思っている事は事実かもしれない、そんな事も考えてしまう。

 今の二つに分かれた黒鉄において、戦力となるモノはいくらいても構わない。例え彼女が『シャクナゲ』の在り方を認めなくても──別の派閥である一班や四班に入る結果になったとしても、それを理由に同行を断るという事をカーリアンはしたくない。


 そんな事を考えよりも、向き合って話せばいずれは分かってくれるかもしれない、という可能性の方を取りたかった。

 それは多分、甘い感傷に過ぎないのだろう。危険なだけの考えに過ぎないのかもしれない。

 でも、それが彼女が付いて歩くと決めた彼の望むモノであり、理想なのだろうとも思う。

 正面から向かい合って話す機会を持つ事をこそ、カーリアンが知る彼は望むはずなのだ。

 そこまで考えたならば、どうするかはあらかた決まった

 カーリアンは班長補佐であり、彼の考えをも補佐すべき対象なのだから。


「あんたを信用はしないけど、シャクに話を通すくらいならしてもいい気がする」


「…………シャク」


「どうかした?」


「いいえ。懐かしい呼び名だと思っただけよ」


 『シャク』という呼び名に、今まで落ち着いた態度を崩さなかったエリカが、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべる。それに訝しさを感じたが、カーリアンはそれを表情には出さないままで、軽く流しておいた。

 もちろん警戒レベルは一段階上げてはいたが、なんとかそれを『紅』といった形に出さない程度に抑えこむ。


「とりあえず、連れてはいってあげるけど、不審な真似をしたら──」


「貴女が相手になる、って事ね?」


「そうよ。もちろんシャクがあんたを危険だと判断したのなら、あたしが後始末は引き受けるつもりよ」


「後始末、ね。心配しなくてもシャクナゲならば、ウチの事許してくれると思うのだけど、もしそうなったのならば手加減して欲しいものね?」


 軽く笑みを浮かべ、小さく肩をすくめるエリカに、カーリアンはいまだ僅かに発露していた紅の網を強引に霧散させる。

 そして油断なく見やる視線をなんとか力ずくでほぐし、目の前にいる黒ずくめの女を、『敵』というカテゴリーから『やや敵より』というモノに変えて、なんとか心中の敵愾心を抑えこんでいく。


 ──手加減?

 そんなモン出来ないに決まってるでしょ。


 そう内心で一人ごちながらも、今までの制御訓練で培ってきた自制心を、総動員して冷静ぶるのが精一杯だった。


 『紅』を扱うモノとしての直感が言っている。

 自らを害せる力を持つ者を、本能的な直感で関知する事に関しては、黒鉄でも随一たる彼女には分かっている。

 目の前の女性は、敵意や害意すらも燃やす、紅を従えた自分すらも傷つけられるだけの存在なのだと。

 水鏡や不貫、蒼や碧兵、不死身や風塵、そして錬血や銀鈴にも感じていた、強者に対する感覚。それをこの『閃光』を名乗った女……エリカに対して、カーリアンは確かに感じていたのだ。


「あたしは紅。一年くらい前から黒鉄をやってるわ。カーリアンって呼んでいいから」


「貴女が紅なのね。元東海地方随一のヴァンプ殺しで、通り名は確か『死にたがり紅』……だったかしら?」


「カーリアン、よ。それ以外の呼び名は好きじゃない」


 得心がいったように軽く頷くエリカに、カーリアンは努めて冷静な口調でそう返した。

 そしてことさら平坦な口調で言葉を続ける。


「あんたも元黒鉄なら、他の連中の過去を無闇につつく事がマナー違反だって事ぐらいは知ってるでしょ?」


「……そうね。全く持ってその通りね」


 その様子にエリカは少しだけ面食らったような表情を浮かべ、続けてそれを意地の悪い笑みへと変える。


「まぁ今の黒鉄(連中)は、そんな基本を忘れちゃったヤツも多いみたいだけれど」


 その言葉が指す意味に気付き、カーリアンは思わずハッと息を呑んだ。エリカが言外に指している事柄を悟って、思わず彼女を真っ直ぐに見据えてしまう。


「いくら過去が罪悪にまみれていても、宵闇の彼が黒鉄で成した業績は嘘じゃないというのに。そうは思わない?」


「……その口振りだとあんた、元から『知ってた』のね?」


「ウチはあの人の部下だったからね。他にも色々と知っているわよ?例えば……暁の彼が造った遺産の事とか、ね」


 カーリアンの言葉に、意地の悪い表情のまま言外で肯定を返すと、エリカはそっと距離を測るように歩み寄っていく。


「実はね、ウチがいなくなってからの一年で、黒鉄はおバカさん達の集まりになっちゃったのかと少し心配していたのよ。でも、貴女みたいな人もいたみたいで安心したわ。これは本当よ?」


「……あたしはあんたを連れてくって言った事を、絶対に後悔しそうな気がするわ。残念ながらこれは本心よ」


 それを見ながらも、カーリアンは小さく肩をすくめるだけで返し、大きな溜め息を吐いて憂鬱を吐き出してみせる。


「まぁ、連れてくって言った以上は、変えるつもりもないけれどね。あんたを野放しにするよりは、いざという時に責任を取る方が楽っぽいし」


「安心なさい。宵闇は絶対にウチを許してくれるわ。彼は『そういう人』でしょう?」


 その知ったかぶった物言いはやや面白くなかったが、それは全く持って彼女言う通りだろうとカーリアンにも思えた。

 シャクナゲを名乗る男は、例え目の前の『閃光』が許し難い裏切り者だったとしても、絶対に最後には許してしまうだろう。水鏡やカブトが許さなくても、彼だけは苦悩した後に許してしまうに違いない、

 彼は『そういう男だ』と、カーリアンにも思えたのだ。


 カーリアンが知る限り、彼が今まで絶対的に敵対した存在は、将軍とその近衛総長だった男だけだ。

 将軍率いる関西軍に敗れた反関西統括軍を掲げる勢力を、自らが手引きして黒鉄へと引き入れた事もあるし、武装盗賊団にさえ情けをかけて仲間に引き入れた事すらある。

 近隣で迷惑をかけない限りは、武装盗賊団の討伐にもあまり乗り気ではないぐらいであり、『不貫』が気ままに盗賊狩りをしているからこそ、ある意味バランスが取れているとすら言えた。

『あいつはちょっと他人には甘すぎる』

 そうミヤビが──メチャクチャをする事にかけては黒鉄随一でありながら、甘さも多分に含んでいたあの錬血が、かつてはそう溜め息混じりに愚痴を漏らしていたほどだ。


 黒鉄の在り方として敵対した将軍と呼ばれた男と、謀略でもって『錬血』に幾重もの足枷をかけた上で、さらに彼女の生徒を楯に取って殺した外道。

 個人ではあの二人以外に、彼が感情を剥き出しにして敵視した存在をカーリアンは知らない。恐らく関西の地では他にはいないだろうとすら思っている。

 その二人共に、シャクナゲは独断でもって暗殺に向かった過去があり、二人共にその報復は失敗に終わっている。しかし、二人共が現在ではその立場を失ってもいるのだ。

 将軍は一度は彼を撤退に追い込んだものの、二度目の邂逅ではカーリアンの目の前で片腕を失くし、近衛総長だった男はある時期からその姿を消した。

 坂上晴臣という元将軍は、彼に敗れてその地位を追われ、自らの側近に死に場所すらも奪われて。近衛総長だった『旭』は、まるで何かから逃れるかのように、関西から遁走してしまっているのだ。


 その二人に比べれば、目の前のエリカにどのような事情があったとしても、彼女がそこまでシャクナゲに敵対した存在だとは思えない。彼女の口調からもそれが分かる。

 シャクナゲの過去を知っていても、どこか親しげな雰囲気を持つ事から分かってしまう。


「……なら、やっぱりあいつは許しちゃうんでしょうね」


 そう分かるからカーリアンは笑ってしまう。笑うしかないから笑ってしまう。

 その甘さと、絶対的に相反する非情さのバランス。歪に歪んでいるその様を、溜め息混じりの笑みで認めてしまう。


「いいでしょ。あたしはあんたの事は聞かない事にする。それを判断するのは、あんたの過去を直接知るヤツがすればいい」


「味方はしてくれないのね?」


「出来るワケないでしょ、あんたの事を何にもしらないのにさ」


 そして内部での疑念や悪意、敵意の諸々全てを完全にねじ伏せながらも、カーリアンはそんな様子を見せないまま肩をすくめた。


「これでも最大限に妥協したつもりよ」


 そう冷静に告げてから立ち上がると、一足飛びに反対岸へと飛んだ。

 閃光を名乗ったカラスを思わせる黒ずくめの女のすぐ近くに。


「あんたを廃都に連れてってあげる。あんたがいなくなってからも、あいつが守ってきたあの街に。今のあんたに何か裏があったとしても、あの街を見て考え直してくれる事を期待する事にするよ」


 そしてそのまま右手を差し出すと小首を傾げる。


「短い間になるかもしれないけどさ、よろしくね」


 そう言ってカーリアンは握手を交わし、内心では溜め息を漏らす。


 ──信じるのって難しいよね。いくらシャクの判断でもさ、その全部を信じきるってやっぱりちょっと難しいよ。


 そう苦笑混じりに、自らに『教育』を施した女性に愚痴をこぼし、『信じるって気持ちは力になるんだよ』と茶目っ気混じりに語った、金色の男へと心の中で中指をおっ立てる。

 そう、自分を変えてくれた女性と、『彼』を今でも縛っているいけ好かない男。

 今でもあの街に、自らの遺志を残している二人にだけ心中で弱音を見せて、彼女は自分のやり方を信じる事にしたのだ。


 ──ったくさ、仕事も始まってない内から厄介事抱えこむなんて、これって絶対ミヤビから受けた悪い影響だよね。

 今は亡き師に聞かれたら、拳骨の雨が降りそうな事を少しだけ考えながら。


 ──あんたが道を切り開く為に力を使ったなら、あたしのこの力は道を照らす為に使う。

 あたしじゃミヤビの代わりにはなれないけど、それでもいいよね。

 そんな事を考えて、今まで何かを決める時は他人任せだった彼女は、自らの意思だけでまた一歩踏み出したのだ。


次週は更新自体をお休みします。

書き溜め分はありますが、多少予定にない話が出来てる為、どのように組み立てるかを考え直す為です。

あと、年末にむけて諸々の調整をする為です。

これを年内最後のお休みとして頑張っていきますので、一週明けにはまたよろしくお願い致します。

そろそろ15万pvが見えて参りました。

感想等もお待ちしていますので、よろしくお願い致します。

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