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2─14・赤札付きの閃光






 目的地は光都の郊外にも近い、やや寂れた場所にある橋の下だった。

 ──なんていうか、昔の不良が決闘する時に待ち合わせするような場所よね。

 そんな益体もない事を考えながら、カーリアンはゆっくりと腰を下ろした。そして担いでいたショルダーバックに手を突っ込むと、入れておいた簡易食糧を取り出して一口それをかじる。

 黒鉄独自の簡易食糧は、干した果実などを、多少の塩と一緒に小麦粉や芋を擦ったモノに練り込み、焼き上げ乾燥させたモノが支給される。

 水気はなくパサパサで、塩気が口の中の水分を奪っていく上、その味は決して美味しいとは言い難い。もっとはっきり言ってしまえば、腹は膨れるがマズいモノだった。


「……相変わらず美味しくないし喉が乾く」


 慣れてはしまっても、思わず顔をしかめずにいられないその味に、小さく毒づきながら欠片も残す事なく腹に納める。

 そして、軽く唇を湿らせる程度にペットボトルのお茶で喉を潤してから、簡易食糧を包んでいた包みを丁寧に畳み、ペットボトルと共にバックへとしまった。

 ──資源は大切にってね。

 そんなどこかの標語じみた事を考えつつ、待ち合わせまでそれなりにある時間を、いかにして潰すかについて思案を巡らせていく。

 何もせず、ただボーっと待つだけで過ごすような時間は、勿体無く思える。そんな余裕など自分にはないと思えてしまうのだ。

 ──この美味しくない簡易食糧を、少しはマシに改良してみるのもいいかも。

 などと考えてはみても、それも廃都にいてこそ出来る事だ。恐らく黒鉄のメンバーなら誰しも、この味気ない簡易食糧には苦しめられているであろうから、きっとみんな喜んでくれるだろう……そう考えると、少しだけその頬が綻んだ。


 こういった遠出にあたる作戦や、隣の戦都との戦闘など長期に渡る作戦の場合は、かさばる弁当などを個人で持っていったりは出来ない。簡易食糧を幾つかとペットボトル入りの水、それだけが支給される。

 もちろん部隊ごとの作戦行動の場合、輜重(しちょう)部隊──食料や装備を運ぶ部隊はちゃんとある。ずっと簡易食糧ばかりを口にしているワケではない。

 しかし、いつでもどんな時でも、落ち着いて食事を取れるとは限らないのだ。乱戦の最中、あるいは各自命がけでの血戦の最中、片手間で取れる食事は絶対に必要となってくる。

 その時に備えて、一食分だけ弁当を持っておくぐらいならば、簡易食糧を二つ持ってくる方が荷物は少なくなるし、よっぽど腹にたまる。また、その味は最悪ではあるが、行動に必要な分の栄養価がある事も間違いない。

 今回のカーリアンの場合、お手製の干し飯のおにぎりと干し肉を幾つか、そしてドライフルーツと味噌を少量持ってきてはいるが、それは簡易食糧に飽きてしまった際の取って置きだ。彼女が個人で用意したご馳走なのだ。

 干し肉は薄く味噌を塗って軽くあぶり、干し飯は小さな器に入れた水で戻してから、味噌を溶かして食べるのである。ドライフルーツは割と洒落たデザートになる。

 カーリアンの場合は、支給を受けた簡易食糧と共に干し飯や干し肉、干した果実などお手製の携帯食糧も持ってくるのが常だったが、他のメンバーはやはりそんな面倒な真似も出来ないだろう。

 昔を思えば不便極まりないが、食べられるだけまだマシであり、材料があり工夫の余地があるだけ全然いい。

 廃都はビルの屋上から北にある山裾、各班本部の近くや本部地下まで、ありとあらゆる箇所を食糧調達の為に畑として開墾し、保存庫として利用していた。また畜産にも知識がある者が寄り合い、精を出しているおかげで、食糧自給率は飛躍的に上がっている。

 それもこれも全てが、アカツキの都市防衛計画によるモノであり、それがあったからこそ何年も孤立していても戦えたのだと言えるだろう。溜め込んだ財を払ってみかんの木を買い取ると、山の奥深くの一部を段々畑のように開墾し、カリギュラ印のみかんまで作っている辺りかなり徹底されている。

 塩田も作られているし、他にも果汁や塩、大豆や他食材を元に色々と改良された調味料まで作っている。

 かつては関西でもかなり大きな都市として知られた廃都は、現在では関西でも随一の食糧自給率を誇っているのだ。


 現在では、各班ごとでも食料事情には工夫を凝らしており、中でも特に救急班であった元二班は、食材の加工や調理方法など、現状でも出来る独自の創意工夫といった面において、他の班の追随を許していない。その面でも二班との合併は、三班のメンバーから諸手を挙げて歓迎されたほどだったりする。

 メンバーのほとんどが前線に立つ事が多い三班と一班は、食料の備蓄云々以前のそういった面において言えば、一歩も二歩も他班からは遅れを取っているからだ。この二つの班において言えば、食料とは保存方法と量こそが重視されていたのである。


「はぁ、廃都にいない時に限ってこんな事思い付くんだよね。栄養価だけでまっずい簡易食糧の改良なんて、すごくやりがいありそうなのにさ。なんで今まで思い付かなかったんだろ」


 そう漏らしながらも、今思い付いた事を帰ってから独自に実践すべく、頭の中にしっかりとメモしておく。

 ──今までそれだけボーっとしてたって事かな。

 そんな反省も含めて。


 しかしそうなると、今ここでも出来る事は限られてくる。

 いつもの日課。場所はどこであれ、やる気さえあれば出来る事をするしかない。

 つまり力の制御訓練。

 今までずっと繰り返してきた、紅の制御力を増す為の訓練でもしておこう……そんな考えに落ち着いて、そっとその白い右手をかざした。

 拳のまま、座った目線の高さへとゆっくりと掲げる。そしてこれまたゆっくりと、じっくり時間を賭けてその手のひらを開いていく。

 その手の中に生まれゆく小さな紅の光。それはとても小さくて、儚い光だった。

 それを敢えて小さく留めたままで、少しずつ燃料を……内にある感情を込めていく。

 彼女の紅は、何かに対する『感情』を燃料に、『意思』を発火源にする。内側から無限に湧いてくるモノを燃やすのだ。

 しかしそれは、感情を向ける対象が必要だという事であり、力が向かう先が必要だという事だ。一人っきりでひたすら感情を燃やすというのは、やはりなかなかに無理がある。つまり力を減じてしまうのである。

 それを敢えて行う事で、より自在に力を扱うすべを覚えるというのが、彼女が行っている制御の訓練だ。

 一人っきりで内から感情を引き出し、それを限界ギリギリで留める事によって、自分が扱える火力を伸ばす事と、紅を扱う事によって剥き出しになった感情を制御する方法を得る。自らの力の手綱を、しっかりと手中にする。力を向ける対象がなく、萎んでしまいそうなそれを限りなくたぎらせ、吹き出しそうになる紅をしっかりと抑える。

 これこそが彼女の能力を考察した上で、ミヤビとシャクナゲが考案した、紅という異端を操る彼女専用の訓練となる。

 それを毎日毎日繰り返していく事で、彼女は確かな制御力を身に付けてきたのだから、二人の能力を見る目はかなり確かだったと言えるだろう。

 最初の頃などは、たぎらせる事は出来ても抑える事が出来なかった。あるいは全く力が発露しなかったりもした。

 それを思えば、確かに成果が見える訓練でもある。


「ん〜、今日はいまいち気分がのってないかも」


 もちろん一人っきりでこなす訓練なだけあり、かなりモチベーションに左右されるモノではある。上手くいく時はかなりの紅を留めておけるが、上手くいかない時はほとんど力を発露しない。手のひらを掲げて『うんうん』唸るだけで終わる事も当初は珍しくなかったし、現在でもたまにある。

 今も小さな紅がチロチロと燃えてはいるが、その外観通りの力しか持っていない事が彼女には分かってしまう。

 それを一旦霧散させると再び腕を掲げ、もう一度気合いを入れて紅を生み、また霧散させる。それの繰り返しをひたすら続け……ふと自分を反対側の川岸から見ている視線に気付く。

 いや、その手にした能力の塊が、彼女が意識するよりも早くに別個の存在へとその力を向けようとして、そこで初めて視線に気付いたのだ。

 殺気も敵意もなくとも、彼女の紅は他の意思や力に反応する。純粋にカーリアン個人の感情を燃やしたそれは、別個の感情に反応する本質があるのだ。

 その本質を利用しなければ、二班班長として一人で敵の奇襲を警戒し、班員を守る事など出来はしなかっただろう。


 そこにいたのは、同年代からやや年上の女性だった。どこまでも無遠慮に見ているだけなのに、それなりに気を張っていた彼女が気づかなかった、という点だけを見ても油断のならない相手だと思える。

 とっさにカーリアンは、『燃料』の向かう矛先をその視線の主へと定め、警戒を強めていく。


「あっと、お邪魔しちゃったのかしら?ウチの事は気にしないで、どんどん続けて続けて」


 確かな対象を間近に得た途端、先ほどまでの小さな紅球とは違う、圧倒的なまでの紅の渦が広がっていき、放電するように力をバラまいていく。


「……んー、やっぱり、さっきトラックを燃やしたのはまぐれじゃなかったみたいね。さっきからチョロい能力をチマチマ使ってたりしたから、拍子抜けしそうだったのだけれど」


「……あんた、だれ?さっき泣きながら逃げ帰った連中に、泣きつかれて出張ってきたクチ?」


 パチパチっと小さく弾けるような音を立て、紅の閃光はカーリアンを包んでいく。それは先ほど、人狩りの現場で使った時よりも濃い紅色で彼女の白い頬を赤い光に染める。

 まるで使用者であるカーリアンの警戒を現すかのように。



『一番怖い相手、警戒しなきゃならない相手はね、自分より強い力を持つ敵対者じゃないんだよ』


 そう彼女は教えられている。というより、師に生き残る為の心得として文字通り叩き込まれている。


『自分より断然強い、格上の相手からはさ、取りあえず逃げなさい。背中向けて一目散に脇目もふらず逃げるの。それでその敵よりも強い仲間に頼ればいい。それだけの事でしょ?』


 自分やシャクナゲ、いなければスイレンやスズカ。この誰か頼ればいい……そう言って、逃げ伸びる事で仲間の役に立てと教え込まれた。

 『絶対に背中を向けてはならない時』はあるけれど、そんな考えを持っていいのは一人前になってからだ、と。


 ──じゃあ、どんな敵が警戒しなきゃならないってのよ?強い相手じゃないなら弱い相手に警戒しろっての?

 そう自らを叩きのめし、マウントポジションをとる師に、ふてくされながらも彼女が聞いた時、横暴なる師はもう一発拳骨を落としてからこう言ったのだ。


『本当に怖いのは敵か味方か分からない相手。なかでもその相手が、自分の理解の範疇を『一瞬でも超えていた』時だよ。そういう相手はね、例え自分を弱く見せていたとしても、実際は自分より強かったりとかするし、味方っぽく見せていても、背中にナイフを隠してたりとかするからね』



 そう言った師の言葉を信じるならば、目の前の女性は条件を完璧にクリアしていた。カーリアンは彼女が近付いていた事に気付かなかったし、敵とも味方ともしれない相手だ。

 なにより、品定めするようなその瞳は、上から見下ろすモノのように感じられる。

 アッシュブラウンの髪と同色の瞳、そして猫科を思わせる顔の造りは、師であるミヤビと印象的には似ている部分が多い。しかし、朗らか過ぎて裏表が全くなさそうなミヤビと比べれば、目の前の女性は可愛いというよりも美人な造りのせいか、冷たい印象を受けてしまう。


 銀色の縁なしメガネも、青白くも見える薄い色の肌も、病的で神経質な印象を持たせるし、下ろした長い髪が放射状に地面に広がっている様は、どこか無頓着さと異質さが垣間見える気がする。

 極めつけには、適当に肩に引っ掛けただけにも見える野暮ったい黒の外套だ。よく見ればそれは、元々は黒いコートだったであろう事が分かるが、今ではぼろ切れになるまで着古されており、まるで凶鳥としての鴉を連想させる。

 そのボロボロな外套を纏う姿が、まるで傷だらけの羽を持った鴉を思わせるのだ。


「違うわ、あんな連中とは全く関係ないわよ」


 女性にしては低い掠れたようなその声は、穏やかな響きを持ちながらも油断出来ない何かが内包されている気がする。

 それはもちろん、カーリアンの力の発露を見ながらも、気にした素振り一つ見せない事も関係しているだろう。


「それを信じろって?この光都の中で関西軍(あの連中)の敵だとでも言うつもり?」


「だと言ったら?もしかしてたったそう言うだけで、ウチの事を仲間だとでも思ってくれるのかしら?」


 女の言葉に、カーリアンが敢えて鼻で笑うような仕草を返してみせても、相手はたいして気にした様子も見せない。

 それどころか、どこか試すような──いたずらげな返答に、思わずカーリアンの方が息を呑んだ。


「まぁ、初対面のウチの事を信じられないだろうし、信じてくれなくてもいいのだけれどね──黒鉄さん」


「…………っ」


 『黒鉄』。

 そう呼ばれ、看破されても、攻撃しなかっただけまだ自制が効いた方だと言えるだろう。

 なんとか平静を保ち、そして射るように細めた赤い瞳を女性へと向ける。

 実は危ないところでカーリアンは攻撃しかけていた。敵だと判断し、紅を向けそうになった。

 この都市において黒鉄という存在は、名前そのものが敵対者を指す言葉に他ならない。光の都は関西を根城とするヴァンプ達の首都であり、黒鉄はそのヴァンプに抗うレジスタンス(反抗勢力)だ。

 さらに言えば現在の光都の混乱も、『黒鉄』の名前を持つ男が深く関係している。その情報があちこちに浸透している可能性まで考えれば、カーリアンが過剰に警戒してしまうのも無理はないだろう。


「……もし本当にあたしが黒鉄だったらどうする?捕まえたら賞金くらいは貰えるかもよ?」


 ──この街の(ここ)は、あたしにとって場所が悪い。

 そう判断して、カーリアンは理性で感情をなんとか抑える。

 いかに橋の下であれ、派手にドンパチをやらかしては、都市を警邏しているヴァンプに発見されてしまうだろう。


「そうでしょうね。あなたほどの力ある変種なら、かなりの賞金が首に懸けられいるのでしょう?

 ──まぁ、ウチにはそんな賞金、必要なんてないのだけれど」


「……ふん」


「なにより今の関西軍に、律儀に賞金を払う余裕があるとも思えないしね」


 ここは不本意だけれど一旦退くか、あるいは一撃で決着をつけるか。

 そう思考を巡らせるカーリアンに、女は抑揚のない口調のままでそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

 その身長は、女性にしてはやや高いカーリアンとほぼ同等ぐらいだろうか。変種か否か以前の問題として、間違いなくなんらかの武道を身につけているのだろう。野暮ったい外套ごしでその体のラインは見えないが、立ち姿は真っ直ぐと芯の通ったモノで、ブレが全く見えない。

 不気味なほどに真っ直ぐな立ち姿で、逆にどこか不自然さを感じてしまうほどだった。


「簡単に自己紹介をするならね」


 距離にして五メートル強。身体能力に長けた変種ならば、一飛びで川を渡り、間を詰められる距離だ。

 それを計りながら思わず腰を引き、座っていた姿勢から態勢を整える。

 まるで猫科の動物のように低い姿勢のままで、いよいよ警戒を深めていくカーリアンに、女性は体を覆っていた外套を軽く払いながら小さく笑ってみせる。

 唇を不器用に歪める、どこか不慣れな印象を持った笑み。

 笑う事には慣れていない人間が、なんとか表情を歪めてみせただけの笑みを。


「ウチもあなたと同じ黒鉄なのよ」


「……はっ?」


 そして事もなげにそう言う女性に、カーリアンは思わず間抜けな声を上げる。

 もちろん警戒は緩めないが、一瞬だけ呆気に取られてしまう。


 ここらに入り込んでいる黒鉄の諜報員達は、そう能力の高くない──有り体に言えば、元はこの辺りに住んでいただけの人間ばかりだと聞いていたからだ。

 強い能力を持つ人間は、どう気を付けていても、いつかはその力がバレてしまう可能性が高い。そして強い戦闘能力を持つ事が、高い思考能力を持つ事と同義というワケでもない。何より、土地に馴染むという点においては、やはり元々その土地に住んでいる人間に勝るモノはいないのだ。

 だからこそ黒鉄の諜報員は、現地に縁がある人間か、元々そこに住んでいた人間かをあてがっている、そうアオイから彼女は聞いていた。


「あら、信じられない?」


「そうね、信じらんないわ。だってここはあたしみたいなのが油断したりしたら、あっさり寝首をかかれるような土地でしょ?」


「確かにね」


 それなのに、目の前の女は自らを『黒鉄』だと言った。

 彼女は間違いなく『力を持つ側』であるのに……シャクナゲやスイレンなどの百戦錬磨を誇る仲間達と比べて、経験といった面では圧倒的劣ると自認しているカーリアンにすら、その纏う空気だけで警戒を促させるほどであるのに、光都に入りこんでいる同朋である、と言ってのけたのだ。

 力の発露などなくとも、その纏う空気は間違いなく強者のそれであり、油断ならないタイプだと五感に訴えかける何かがある。向かい合った瞬間から、カーリアンは本能的にそう悟っている。

 そう、あのアオイが、力をあまり必要としていない諜報員に回すような人材だとはとても思えなかった。


「その慎重さは悪くないわよ。正確に言えば、ウチは黒鉄を抜けた黒鉄なの。つまり『レッドコード』なのよ」


「レッドコード……」


 その言葉を聞いた瞬間、カーリアンから滲む警戒心は、はっきりとした敵意と殺意へと変わる。

 関西軍の権力に恭順したコードフェンサーの符号は、レッドコードとして抹消される。

 彼女がレッドコードを名乗ったという事は、そのまま蔑まれるべき裏切り者だと自ら名乗ったという事に他ならない。


「……だったらやっぱりあんたは黒鉄じゃないじゃない。元黒鉄で現在は権力に尻尾振ってるってクチなら、あたしが一番嫌いなタイプよ」


 レッドコードの裏切りにより散った仲間は少なくない。カーリアンの師である『錬血』も、レッドコードからの情報漏洩によって散った一人だ。

 それを思えば、元よりあらゆる感情の沸点が低いカーリアンの思考は、あっさりと紅色に染まり、感情を司る回路が焼き切れそうになる。


「なんか話があるってんなら聞いてはあげるけど……あんまりつまんない事は言わないでよ。あたしって、我慢ってヤツにつくづく向いてないみたいだからさ」


「ウチは一年とちょっと前まで『閃光』と呼ばれていたわ」


 バチバチと弾ける紅の電光。たぎる感情を詰め込み、あらゆるモノを灼き尽くそうとうねる力。

 そんな灼熱の導線が辺りを紅く染め、カーリアンの冷たい言葉を受けてもなお、全く意にも介した様子はないままで、『閃光』を名乗った女は言葉を続ける。

 どこかノスタルジックな雰囲気滲ませながらも、いつかどこかで見た事がある、強く儚い表情を浮かべて。

 あくまでもゆっくりとした敵意を見せない口調のままで。


「黒鉄風に言えば元『閃光のエリカ』……になるのかしら。ウチの『閃光』は確かに抹消されているのだけれど、それは別に裏切り者の『赤い札』が付けられたってワケじゃないの。ワケあって故郷に帰還しなくちゃならなくて、ね。話し合って抜けさせてもらったのよ」


 膨れ上がっていたカーリアンの敵意を、いつか見た不器用な笑みを浮かべたままで、真っ直ぐに受け止めてみせながら。


「事情があったとは言え、手前勝手な事を言って黒鉄を抜けたのに、やっぱり気になったから戻ってきたってワケ。

それにあたってなんだけれど、相当な力を持つ貴女……多分コード持ちなんでしょうけれど、貴女に黒鉄への帰還について後ろ盾をお願いしたいの」


 ──やっぱり一度抜けたからには、一人じゃ戻りにくくってね。

 そう言って、包帯でぐるぐる巻きにされた右腕を外套から差し出し、鬱陶しい外套を払いのけると、その場で小さく礼をしてみせたのだった。


一応本文中でほとんど説明しているつもりだけれど、念を入れて用語とか設定とか解説・あとがき版。


世界……単純に世界、もしくは領域とも呼ばれる、純正型変種のみが作り上げる事が出来る、特殊な異界。

世界を形成する純正型によって、景観から範囲、その世界が有する特有の理まで全く異なっている。

特に理というモノにおいては、その世界の在り方そのものの根幹にまで深く関わっており、その理が現す力が純正型の力という事になる。

今まで出てきた純正型の世界と理については以下の通り。


坂上晴臣……物質として存在するモノ以外、つまり空間や風、あるいはそこを燃やす炎などまで『削る』という理を持つ、赤錆色の世界。

世界の範囲から出た力は、空間の断裂に変質する。範囲は二メートル四方。

スズカ……あらゆる物質や力を遠ざける『拒絶』の世界。

世界から出た力は『斥力』といった形に変わる為、質量を持たないモノには効力が薄いが、その世界の理が及ぶ範囲内においては、あらゆる存在を拒絶する力が働いている。もちろん変種の能力においては、拒絶しきれないだけの力を持つモノもあるが、それでも拒絶という理に受ける強制力は強く、攻撃力は何段階も下げられてしまう。

銀色の鈴が空間を幾つも舞う、白銀色の世界。範囲は十メートルから二十メートル?

シャクナゲ……灰色の世界。

力という概念に当てはまる存在を具現化する理を持つ世界。

その理を現す為の世界の端末に過ぎない鎖だけでも、相当な力を持っているが、意外と欠点も目立つ世界。純正型の領域に対する攻撃力の低さ、世界を使役するためにかかる負荷、精密な力の発露を出来ない大味さ、鎖の数で補わざるを得ない攻撃力と防御力など。

一番の特異点は、純正型以外にも視認出来る世界だという事と、広すぎる領域を持つ世界だという点。範囲はまだ載せていない……ハズ。




レッドコード……赤札とも呼ばれる裏切りの符丁。関西軍や他地方軍に降った者の中で、コードを持っていた者達が特にこう呼ばれる。

普通のヴァンプよりも『裏切り者』という点から恨まれる傾向にあるが、元々はコードフェンサーでもあった為、レッドコードとは高位のヴァンプばかりという事でもある。

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