2─13・錬血の後継
彼女はかつて黒鉄としての先輩であり、師にも当たる女性に猪と呼ばれた。
猪でももうちょっと後先考えて突っ走るとも評された。
迷惑を顧みず、ただ無闇やたらと突っ込むしか能がないとまで言われた。
そしてそう言われる度に──迷惑をかける度にボコボコに殴られ、メタメタに蹴られ、ひたすらにひっぱたかれながら、しょっちゅう体罰上等を掲げるその教官に折檻を食らいまくった。
なまじ彼女が強かったからこそ……戦い方を知らぬままでも、その能力だけでもって『一級のヴァンプ殺し』として知られるほどだったからこそ、その師である女性も手加減が出来なかったのだろう。仕舞いには両方ともに熱くなってしまい、大抵の場合が周りに迷惑をかけまくるほどの大喧嘩になったモノだ。
その喧嘩の様はまるで怒れる龍と虎のごとき様相で、二人が揉めているとなれば、半径数百メートル以内からは仲間の姿が消え失せるほどだった。
その大喧嘩の末に、毎度火を吹く彼女(龍)が、騒がしい師(剣歯虎)にノックアウトされて、その後で延々と説教を食らう羽目になっていたのだ。
その師はかつてこう言っていた。
『あんたは将棋の駒で例えれば香車みたいだね』と。
『真っ直ぐ前にしか突っ走れないから、ただ愚直に突っ込んでるのかな。でもそれじゃ、あっさり取られて終わるしかないよ』と。
『アンタは誰かの支えがあってこそ生きる駒で、後ろから誰かを支えるすべを覚えてこそ、前を走る駒が力を発揮するようなそんな駒なんだ』
『盤の上を縦横無尽に走り回る方法を覚えなさい。周りには一杯助けてくれる人がいるんだよ?だから周りをちゃんと見渡して、自分が突っ走る方向をしっかり見定めなきゃダメ。アンタにはいつかさ、あたしを超えていって欲しいから』
……そう言って教育的指導を施したのだ。
能力で言っても経験から見ても、間違いなく黒鉄最強クラスの『剣匠』。規格外である銀鈴を除けば……いや、その銀鈴にすらも迫るとまで言われた『黒鉄の錬血』。
かの『水鏡』をおいて、『自分よりもずっと強くて、ずっと強か』とまで言わしめた、生粋の戦闘技能者。
創造者であり、鍛冶師であり、剣の騎兵であり、鬼教官であり、指揮官でもありながら、ムードメーカーをも兼任する純粋なる黒鉄。
その異質な剣の創造者にして使い手たる女性こそが、カーリアンの力を──強力なだけでありふれていた『発火能力(紅)』を、最も高く評価していたと言っても過言ではない。
いつかは自分を超えられる、そう断言してみせたほどに。
その師はいつもいつも折檻……あるいは説教の後、毎度毎度彼女に抱きついて、わんわんと泣いてみせた。
馬鹿で考えなしで、いつも師を怒らせている生徒の無事を喜んで、無茶をしがちな生徒の無鉄砲を怒って泣いたのだ。
いつでも誰が相手でも折檻肯定で、拳骨上等。仲間の為に泣いて、仲間の為に怒って。
仲間達には生き残り方をまず教えて、どんな存在でも、生き残り続けてこそ強くなれると信じて、真っ直ぐにぶつかってみせて。
そして誰よりも感情が豊かだった。
その師の影響が、今の彼女の性格に現れている事は間違いない。
彼女は──紅を冠され、香車に例えられた真っ直ぐな少女は、その師のような女性になりたかったのだから。
黒鉄の戦場ではいつでも先頭に立っている男──レジスタンス・黒鉄が誇る『最強』たる青年の隣で、ずっとその背中を守っていた少女。
百に迫る刃を精製し、連結し、支配して飛ばす非常に珍しく強力な能力も、高過ぎる身体能力も、女の子らしく可愛らしいそのルックスも。
確かに全てが羨ましくはあったが、それら全てなどよりもずっと、その立ち位置にこそ憧れたのだ。
先頭に立つ男に先駆けて剣の弾幕を飛ばしつつ、怯んだ敵に突っ込む男に合わせて斬り込むと、誰よりも……何よりも強固で高い壁として、黒鉄の象徴たるその男を守っていた。
男の背後を任せられた相棒として──その守護者として、最前線に立つ男の背中を絶対に敵には見せなかった。死角を敵に晒す事はなかったのだ。
無骨な刀を振るいては敵を近づけず、大地より土を連結した刃を飛ばしては敵を貫き、華美な矛で群れる敵を薙払っては、最前線に立つ男の背中の代わって、その身を血の雨に濡れさせた。
戦場にあっては常に先陣を切りて獅子奮迅。
刃の群れを率いてはいかなる場であれ一騎当千。
守護者としてはまさに鉄壁。
彼女こそが黒鉄と呼ばれた男の最初の相棒であり、最初の味方。
一番前で戦う男にとっても、最高の味方であり唯一の相棒。
その姿はまるで王将に従い、その脇を堅める金将のごとく。
果敢に突っ込んでいく、攻めの要たる飛車のごとく。
そして刃という無数の従者を従えて、主の為に血路を開く騎士のごとく。
その光景は、血に塗れた戦場には似合わない、どこまでも美しい一枚の美術品のような在り方で。
幻想的とすらも言える、不敗の象徴の片割れで。
そこに失ってしまった絆を彼女は垣間見たのだ。
──多くの半人前を救う為に、師たる女性が一人倒れるその時まで。
関西軍近衛総長たる男が率いる軍勢を前に、彼女がたった一人きりで立ちふさがったあの時まで。
不出来な弟子の中では、その図こそが、黒鉄の守りが絶対であるという証明だったのだ。
だから彼女──カーリアンは、師であるミヤビとよく似た性格をしているのかもしれない。
彼女のようになりたくて、その代わりを務めてみせたくて。
──後は頼むから。
その最後の言葉を果たしたいと思うからこそ、彼女の性格はミヤビに似てきたのかもしれない。
それは模倣でもなんでもない。憧れの対象をただ真似ただけなどとは、誰にも言わせるつもりはない。
彼女自身の目標として、今でも『錬血』の姿が変わらずに在る……ただそれだけの事なのだから。
『アカちゃんじゃまだまだあたしの代わりにゃなれないにゃ〜。うん、まだ安心して任せてあげらんない。いつかは代われるかもしんないけど、あたしも大人しく譲る気はないかんね?』
かつて言われた言葉を……当時は納得せざるを得なかった言葉を、いつかは絶対に覆してみせると誓った。その誓いが今でも変わっていないだけなのだ。
しかし、カーリアンの元副官である少女や、現在上官となった黒鉄を冠する青年からすれば、少し物申したい部分があった。
──似るのはいい。目標とするのもいい。なにしろ錬血は間違いなく最高の黒鉄だ。
生き残るすべも、誰かを守る為の強かさも、全てが最高クラスの戦士だ。
錬血を目標とする黒鉄は、彼女の教え子達を含めて決して少なくはない。『音速』も『響音』も、彼女に戦い方と生き残り方を教わり、今でも戦い続けている錬血の後継だ。
カーリアンに比べれば些か未熟ではあれど、彼女らが最年少でコードを戴いた裏には、師のスパルタ指導も無関係ではない。
でも、と思う。
そう、いかに優秀な黒鉄の後継であれ、出来るならば似なくていいところまでは似ないで欲しい……そう彼等は思うのである。
錬血の後継達は揃いも揃って、仲間達を非常に大切に思う余りに暴走しがちな傾向があるが、特に紅たる彼女はそれ以外でも錬血によく似ていたのだ。
しかも似なくていいところほど。そして、思わず元副官や現上官がボヤいてしまうほどに。
曰わく、錬血のミヤビは、基本的に嫌いな仕事はあらゆる口実の元にサボるクセがあった。
曰わく、錬血のミヤビは、気にいらない人間を叩きのめす事に毛ほどの躊躇いもなかった。
曰わく、錬血のミヤビは、口よりも先に手が、手より先に能力が出た。
そして曰わく──
この部分は最も誰かに受け継いで欲しくない部分であったのに、その願いに反してこの師弟(二人)が最も似てしまった部分。
曰わく……錬血のミヤビは、凄まじいまでのトラブル誘因体質だったのである。
「ん〜……」
カーリアンは非常に悩んでいた。悩みだしてまだ数秒ではあったが、間違いなく懊悩の最中にあった。
「おら、ええから来いやっ」
「税が払えへんなら、労働するしかないやろうがっ。ガキや女でも働けるとこ連れてけ言われてんねん」
目標だった二十階は超えているビル。かつてはガラス張りだったのだろう。あちこちに穴が開き、無事な面は一つとして残っていない。
そこに高さという地点を求めてやってきたのだが、その前では今のご時世ではありきたり、余りにも芸のない展開が待ち受けていたのだ。
「とっとと乗れっ!」
「俺らかて面倒くさいねん。はよ終わらせたいんや」
関西統括軍の旗を掲げたトラックと、銃を構えた一人の男。そして辺りで廃品を回収していた人々なのだろう、女性や子供が目立つ集団を脅しつけて、トラックに乗せようとする二人組の男がいた。
それは軍の名前を借りた人狩り。労働力を得る為の因縁付けとも言える行為だった。
それは全くもってどこにでもある出来事で、それこそ珍しくもなんともない光景だ。
関西という地は、統括軍の方針からか、その勢力範囲内ではそう人狩り自体多くない方ではある。しかし、東海地方や北陸地方との境界付近では、労働力の確保という面目で、各勢力が自らが支配する区域の人員確保の為に人狩りに精を出している、と彼女は聞いていた。廃都などの統括軍に従わない地域では、戦いが起こる度に、戦利品代わりに戦えない人々が何人も浚われていた事も知っている。
しかし、ここは光都のど真ん中で、しかも真っ昼間だ。そんな白昼に堂々と人狩りを行う辺りからしても、関西統括軍は瓦解を始めていると言えるだろう。
だが、彼女が悩んでいたのは、そんな現状を目の当たりにして、その情報の価値について悩んでいるワケではない。
関西統括軍が統率を乱している事は見てとれたが、それが今の彼女に直結しているワケではないのだ。
「……どうしよう。下手に手を出したりしたら、やっぱりマズかったりする?」
そう、今の立場を考えて、この場をどう収めるかについて悩んでいたのだ。
放っておく?
それが今の立場からすれば妥当だろう。今の任務は秘密裏の内に動けば、より確実にこなせるハズだ。それはカーリアンにも分かっている。
でも、見てしまった以上、『あの人達も大変だなぁ』では済ませられない。そんな風に考えられる性格ならば、いつまでもこんなところで様子など見ていない。
──困った。
誰かが『こうするべきだ』と言ってくれたなら、カーリアンは動きやすかっただろう。
その意見に賛成するか反対するかは差し置いても、自分なりに意見を出してパッと動けたハズだ。なにしろ彼女は、一度決めてしまえば悩む事はないのだから。
こんな風に、自分のやりたい事とすべき事の間で悩んだ時は、自分の周りの人間ならどうするかを考えて、彼女は決断を下す事にしていた。
周りの人間はみんな信頼出来るし、何より彼女自身よりは現状を把握するすべに長けているのだから。
──シャクなら……カクリなら……スズカなら……そしてミヤビなら。
そういつも通りに考えて──
「ちょっと待った────っ!!」
次の瞬間には、『介入に賛成三、反対一(反対が誰かは敢えて考えない)』が弾き出され……あくまでもカーリアンの主観による……彼女は迷う事なく声を張り上げたのだ。
その声に人々が呆気に取られる暇もなく、赤い稲妻じみた熱線が空間を走る。それが空間に歪なジグザグを描き、人々を無理矢理乗せようとしているトラックに着弾すると、そのトラックは見事なまでに炎上してみせた。あっさりと燃えないハズの金属の表面に赤い曲線が走り、トラックを赤く染める。そして燃料タンクの温度をも上げると、爆発炎上して炎を吹き上げたのだ。
「うっし。制御も威力もいいカンジっ!」
誰も巻き込まれてはいない事を確認し、あっという間に炎に巻かれていく中型トラックを見て、カーリアンは軽くガッツポーズを決める。
周囲の唖然とした表情は気にもかけない。
──紅。
そう呼ばれる彼女の発火能力は、単なる火をおこすだけの能力ではない。
普通のパイロキネシストが持つ発火能力は、単純に発火源を発生させるだけの能力だ。例えるならライターやマッチ、そんな類のモノを能力を持って発生させるモノに過ぎない。
それの強弱こそ、能力者によってマッチから火炎放射器までと千差万別だが、その原点だけは変わらない。それが燃料に着火し、炎を吹き上げさせるのが普通の発火能力の在り方だ。
だが彼女の紅は、あらゆるモノに炎を走らせる。それが不燃性の物質の表面であれ、水面であれ、だ。
しかもその指向性も高く、目標以外には着火させない事も可能だ。熱線という形で彼女の意思が着弾した先、そして彼女の手が触れた先であれば、何にでも着火する。
その力は、非常に強力というだけでは説明がつかないモノだ。燃料の代わりになるモノが必要となる。
それを満たすモノが『彼女の感情』、あるいは『意思』である。
彼女はそれを熱線として走らせ、着弾させると、炎を高く強く巻き起こす。例えるなら、対象にガソリンを撒き散らしたかのように、彼女の感情と意思がぶつかった先は、走る紅の線と共に猛火に包まれる。
あっさりと鋼の表面を炎が舐め、アスファルトを焦がし、大気を熱気が震わせていく。
彼女の炎は、着火源だけではなく燃料をも自らの内から零れたモノなのだから、ビルのコンクリートであれ、肉を持つ敵であれ、あるいは今のようにトラックであれ、あっさりと炎上させてガラクタへと変えていく。
「ふぅ〜」
いい仕事をした、とばかりに一息吐くと、いきなり叫んだかと思えば攻撃をしかけてきた彼女に、唖然とした視線を向けてくる男達へと向けて、その灼熱を照り返すほどに白い手を掲げてみせた。
紅の光が明滅し、チカチカと高温の炎熱を思わせる輝きを乗せたその右手を。
「……さて、と。好調をアピールしたとこで、今すぐ回れ右をするか、ここで真っ黒に焦げるか選ばせたげる」
辺りには彼女の力が発露する為の導線たる赤い稲光が走り、パチパチと小さな音が広がっていく。その稲光の全てが、他の意思が込められたモノ──弾丸や敵対する能力に触れれば発火する、彼女が関西に来てからの訓練で身に付けた守る為の紅だ。
あっさりと弾丸を融解し、そのエネルギーを燃やし、他者の能力を散らす、黒鉄最高の発火能力者たる彼女の力の具現だ。
この周囲に広がる紅き閃光を持って、彼女は今まで後方に位置する仲間達を守ってきたのである。
今まで相対した者の中には、コード持ちにも匹敵する力を持つ者もいただろう。それでも……それほどの力を持ってしても、彼女の紅にかかればある程度は力を削がれてしまう。
何故なら紅は、他者の能力により産まれたモノにさえ、意思を向けさえすれば着火させる事が出来るからだ。
『何にでも感情や意志を付着させ、それを燃やす事で対象を炎に包む能力』……それが彼女の『紅』。
その異端とも言える発火能力を持って、彼女は『紅のカーリアン』……あるいは、東海随一のヴァンプキラー『死にたがりの紅』とまで呼ばれるに至ったのである。
目の前で沈黙に落ちる連中……それは人狩りにあっていた人々も含めて……そんな彼女の異名を知っている者はいないだろう。彼女はまだ、黒鉄という組織の中では無名な方であるし、有名な存在である『東海のヴァンプ殺し』の事は知られていたとしても、まさかそんな人物が警告をして猶予をくれるほど、のんびり屋だとは考えられまい。
「テンカウントだけ待つよ。次は直で当てる」
それでも人々が口を閉ざしていたのは、彼女が『力を持つ側』だと理解せざるを得なかったからだ。それも人の叡智が産んだ銃火器すらも寄せ付けない、強者だと判断したからにすぎない。
並みのパイロキネシストでは、たかが一度の能力行使でトラックを炎上させる事は到底かなわない。大抵の車両の燃料タンクには、外部からの熱をある程度断つ工夫がされているモノだ。周囲が炎に包まれたからといって、あっさりと引火するなどあり得ない。
パイロキネシス自体は、人の変種が持つ力の中でもそう少なくない部類であるが、それだけに他のパイロキネシストと比べる余地がある。
つまり今の能力発露だけを見ても、彼女が並みの発火能力者ではない事ぐらいは一目で分かってしまうのだ。
「……九」
窮鼠猫を噛むと言うことわざがある。
その言葉通りに、力を持たない側の人間でも、武器や備え次第で力を持つ側を打倒する事は出来る。追い込まれた鼠のごとく、強者に噛みつく事は出来る。ある一定レベルまでの能力者なら、やはり銃火器の利便性や、人を殺す為に進化し続けてきた技術の前には屈してしまう。
しかし逆に言えば、ある一定レベルを超えた能力を持つ者には、知識で作った武器などでは到底届かない事も、この時代に生きる人間はよく知っているのだ。
関東で国軍を圧倒し、この国を壊した変種の王然り、関西で将軍と呼ばれた男然り。
窮鼠猫を噛むで済めばいいが、相手は鼠や猫などではないどころか虎でさえもない。人より強大な身体能力を持つ虎ですら、人の文明の進化の前では、絶滅の一歩手前まで追いやられているのが現実だ。
目の前の女が、その文明を壊してしまった存在(変種)の一人である事を考えれば、彼らが恐れる理由も分かるだろう。
「……八」
彼女がかつて師と大喧嘩をした際、剣歯虎に相対する、怒れる龍と称された(ドラゴンブレス並みの理不尽過ぎる火力から)のは伊達ではない。
先ほどの火力が人間に向けられれば、まさに骨しか残らない事は明らかだ。
そして、今もバチバチと歪に放電する紅い閃光を右手に掲げ、ゆっくりとカウントを続ける小さくその口元を、チロッと這わせた舌で潤す姿は、より一層彼らの恐怖を煽った事だろう。
内で広がる開放感、力を使う事に対する高揚感がどうしても滲み出るその表情は、強い力を持たない者には理解が及ばない類のモノなのだから。
「……七」
まだスリーカウントしか進んでいない段階でも、周囲の人々を恐慌に落とすには十分だった。それだけあれば、全員が混乱してはいても誰かが現状を理解出来る。
いきなり理由も告げず攻撃してきた理不尽を問い質す事すらせずに、人々はあっさりとその身を翻していく。
理不尽を問い質すのに必要なのは、倫理や論理ではない。それ相応の力が必要なご時世なのである。
先ほど人狩りにあっていた人々も揃って、慌てて逃げ出していく。狩る側だった者も狩られる側だった人間も、そこには差はない。
より強き者に対しては、その足並みを揃える事がある意味では自然であろう。
もちろん、逃げていいと言われたから、周りを気にする余裕なく揃って逃げ出しただけとも言える。
「六……ってもういないか」
カウントが半分もいかないウチに、たった一人残されたカーリアンは小さく笑い、辺り一帯に放射していた赤き導線を収める。
「……感謝が欲しい、なんて甘ったれた事を言うほど世間知らずじゃないけどさ、なんかやっぱ割に合わないよね」
──でもここは灰都じゃないし、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
そう呟いて、最後に一際太い赤き閃光を人々が逃げていった方向に飛ばし、大地に着火させると、当初の目的であったビルからあっさり背を向けた。こんな派手なマネをやらかしておいて、その場に留まっているワケにもいかない事ぐらいは、彼女にも判断がつく。
そしてアスファルトに放った紅の炎が、ただ逃げていくだけの人々に対する憤りを発散させていくのを背に、いずれ知らせを受けてやってくるであろう敵達をやり過ごすべく、いち早く合流地点へと足を向ける事にしたのだ。
──進んで偵察しよう、なぁんて似合わない事を考えてたから、割に合わない目に合うって事かな。紅は紅らしくしてろって事かもね。
そんな事を考えながら小さく吐息を漏らし、腰から下げたホルスターに手を這わせる。
似合わなくてもらしくなくても、変わるしかないんだから変わる、その意志に揺らぎなどはない。そんなモノがあるワケがない。手のひらに感じる確かな存在感は、その想いをより強くしてくれる。
……彼女は一度決めたら突き進むしか能がない。師から『猪突猛進を地でいく』と呼ばれた弟子なのだ。
今はただ、突き進む方向を見定め、方向転換をしているだけであり、存在そのものの本質が変わる事などあり得ない。
あり得ないのだが──
「『Whatever Will Be, Will Be』……なるようになる、か。でもあたしの場合、それは『Let It Be』と同義ってワケじゃないんだよね」
似合わない流暢な発音でもって告げた言葉は、師の口癖だったモノで。
続けて口にしたのは、変わらないままであるワケにはいかないと告げるモノ。
「あたしがケ・セラ・セラ、と言えるようになるには……やっぱ遠いなぁ」
──なるようになるよ、アカちゃん。
そう言っていた女性の事を思い出す度に、その境地の遠さが思い知らされた気がして。
未だに残る、一目散に逃げていく人々に対して浮かんだ、モヤモヤをかき消すように笑う。
そっと空を仰いでみる。
雲が満ち、灰色に染まった曇天を。
晴天とは切り離されち今の位置。空の青さからかけ離れた場所。
それこそが今の自分のいるべき場所のような気がして。
「まぁ、任されてみる。あたしなりに頑張ってみるよ、ミヤビ」
──とりあえずは、任されたお務めをしっかりこなすトコから、ね。
そんな心境を自覚してなおそう呟きを残すと、その場を後にした。
今の彼女が任された仕事を、彼女なりに完璧に……一歩でもいい方向にやり遂げる為に。
いつかは自分も、『なるようになる』と言える日が来る事を願いながら。
幕間ぽい話になった理由を書いたあとがき。
錬血さん押しなここ最近です。元より好きなキャラクターですし、非常に書きやすい。
今回も冒頭の錬血さんが出てくる部分は、当初もっと……半分ほどに短かったんですが、気付けばこんな長さに。
本当は次の段階まで話を進めるつもりだったのに、気付けば何故か幕間みたいな話になっていたりします。
あれ?と書いてる本人も不思議でしたが、まぁいいかと。
次こそは本編を……と思いますが、最近では番外っぽい本編に関係ない、いつか使う予定で書いていてもいつになったら使えるか本人もよく分かっていない話のストックが、本編のストックよりも増えているという、よく分からない状況です。
おかげで本人もちょっとストーリーがこんがらがっていたりもします。こういったモノが伏線になる予定は全く、これっぽっちもないんですが……いつかは伏線にもなったりするんでしょうかね。
あちこち組み換えて、話を付け足してみればいけるかな。いけないかな。
文字だけ連ねると後々苦労しそうです。今回なんて若干……いや結構書き方違いますし。これでもいくらかは修正したんですがね。
次回更新はノクターンだけ、かもしくはマークもまとめてか。
マークもまとめての場合は、その次の一週間は更新お休みして、ちょっと話の練り直しをする事になります。
ワケの分からないストック以外は、話のストックが減ってますしね。
そのあたりは活動報告にてお知らせします。