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2─12・新たなる紅





「というワケで、あたしは一人、光都に出戻りましたとさ……ってなんであたしがこんな事しなきゃなんないのよっ!意っ味分かんないっ!」


 そんな一人ノリツッコミを呟きながら、カーリアンは小さく地団駄を踏んだ。

 いつものスタイリッシュなポニーテールではなく、やや幼くも見えるツーサイドアップにまとめられた髪型は、その長い赤髪のボリュームを増して見せ、いつもより柔らかな印象を持たせている。

 服装もいつもの赤いハーフコートではなく、黒いシャツの上から丈の長い白いパーカーを肩に引っ掛け、下はデニム地のショートパンツ、足元は丈夫そうな編み上げの登山靴を履いていた。

 小さなショルダーバックが足元に置かれている以外は、手荷物らしきものは全くなく、腰からは革製の銃のホルスターらしきモノを二つぶら下げている。


 そんな彼女は、つい先日も来たばかりだった光の都、その片隅にある住宅街で、一人憤慨しながらもぶつぶつと文句を漏らして続けていた。


『カーリアンにはぜひ迎えに行って欲しい人達がいるんです』


 副官アオイのそんな言葉に従って……班長補佐と副官ってどっちが立場が上なんだろうなどと考えながらも、かつて関西統括軍の首都だった『光都・カエサル』へとやってきていたのだ。

 昔から関西随一の大都市であり、商業や政治の中心でもあり、変種による動乱の後には、黒鉄達がヴァンプと呼んでいる力に驕った変種達に、『光都』と名付けられた街。

 彼女の第二の故郷である『廃都』からは、『戦都』と名付けられた都市を越えたさらに先にある街である。

 もちろん今回は歩きでも、前みたいにシャクナゲのバイクで送ってもらったワケでもなく、三班の車を出してもらった。

 しかし、現地で下ろされたのは彼女だけだった。『帰りはどこかで適当に足でも拾ってください』なんて、ありがたい言葉まで運転手をしていた仲間から頂いて、一人置き去りにされたのだ。

 それがまた彼女の不満を大いに増大させている。

 この『頼まれ事』に関して副官補佐であるカクリなどは、実際に出向かされるカーリアン以上に文句タラタラで、アオイの私室に文句をつけに行ったぐらいだった。しかし、そこから小一時間ほどで帰ってくるなり


『……頑張って、カーリアン』


 と彼女の元副官はまるっきり意見を変えていたのだ。

 まぁ、カクリが上手くアオイに丸めこまれたなどとは彼女にも思えないから、またなんらかの裏取引があったんだろうと思っている。

 そう思えば、それなりに長い付き合いだけに僅かな苦笑が滲んでしまう。なにしろあの白髪の少女は、喜々としてそういう『裏取引』を行う少女だから。

 しかし、そんなやり取りで不満が解消されるワケもなければ、今の状況に納得出来るワケもない。


「シャクがいない今、あたしまでいなくなったら、一体誰が三班を守るってのよ!」


 何故なら今の彼女は、『班長補佐』なのだから。

 彼女は今の三班を守る職務と、仲間達の先頭に立って戦う義務が自分にはある、とそう考えているのだ。てっきり自分が班長の『代わり』をするものだと考えていたのである。

 それだけの能力を持っている自信があるし、三班に対する敵対者にも心当たりがあり過ぎる。

 僅かばかり残った冷静な部分では、『スイレンもヨツバもいる』などと思ったりしてはいた。しかし、そんな冷静な彼女の部分などは、意識の深層……しかも片隅に仮住まいをしているに過ぎない。

 つまりは他大多数を占める『不満』に見事に圧倒され、黙殺されていた。

 なにしろ彼女は、班長であるシャクナゲが地下に潜ると決まった時に、『班長補佐である自分には、その間班員達を守る義務がある!』などと、彼女なりに大層な覚悟を決めていたりもしたのだ。先頭に立つ事こそ三班の長の在り方なんだろう、それこそが『彼の補佐』としての役割だろう、そう考えて大いに気炎を上げ、やる気満々だったワケである。

 もっとも、『書類仕事は誰かに任せるとして……』という前置きはあったが。


「それなのに、『わぁい♪副官ちんにお使い頼まれちゃったぁ♪』……なんて言うか!これってまるっきり子供のお使いでしょっ!」


 ──知らない人に付いて行っちゃダメよ?


 などと、真剣にカクリに心配された事もまた不満だった。

 それがより今の現状に対する怒りを燃え上がらせる。


 いかに混乱してはいても、単身──あるいはごく少数で『光都』に入り込むなど、いかな精鋭集団たる三班のメンバーでも、誰にでも出来る事じゃない事ぐらいは彼女にも分かっている。

 分かってはいるのだが、それと納得出来るかどうかは、やっぱり別問題なのだ。


「こういった仕事こそ、『水鏡のスイレン』の役割でしょ!」


『今のところ、班長補佐にしかこれほど重大な任務を任せられる人はいないんです』

 そんな言葉に丸めこまれ……今になって丸めこまれた事実に気付いてしまって、彼女は一人『光都』の片隅で吠える。


「どうせあたしだけは暇してたんだけどっ!いつものごとくあたしだけが暇だったんだけどっ!」


 みんなが忙しい中、『今のところ』絶賛やる事募集中だった班長補佐に、白羽の矢が立っただけである事に気付いて……『頼める相手が他にいない』という言葉が、そのままの意味でしかなかった事に気付いてしまって。

 そんな彼女の額からは、無意識の内に紅の閃光が宙を走りだす。

 彼女の操る、あらゆるモノを焼き払う炎の意志が込められた赤き熱線が。


「副官の野郎、帰ったら泣くまでぶん殴ってやるっ!」


 そうは言っても、結局は三班班長になだめられて、許してしまうだろう事は分かっていた。それでもとりあえず一発ぐらいは副官をぶん殴る為にも、やる事をやってしまおうと考えて気持ちを落ち着ける。


「……あ」


 その時には、辺り一帯に『紅』が撒き散らされ、猛火が周囲の住居に移り、燃え上がり始めていたのだが。


「…………さて、愚痴はこれぐらいにして、お仕事頑張ろっか」


 そんな周囲の状況から、数瞬以上かけて無理矢理目をそらすと、『よしっ』と気合いを入れて──彼女は脱兎のごとく駆け出した。

 自分の癇癪が起こした火災を、脳内ではきっぱりとなかった事にして。

 『さっさとお仕事を頑張る』という名目で、面倒になる前にこの場から逃げる事にして。

 罪悪感を押し殺した放火魔の心境そのままに、足元に置いてあったショルダーバックを肩に担ぐと、彼女はその場から駆け出したのだ。






『光都と山都、及び古都を行き来し、情報を収集していた仲間と合流し、帰路の護衛をする事』


 それが彼女に与えられた仕事だった。

 もちろんそういった諜報活動についていた工作員はそれなりの数がいる。しかし、そういった工作員の全てを引き上げさせるつもりは、アオイにはなかった。まだまだ揺れ動くであろう関西東部を見る目が、これからも必要となる事が明らかだからだ。

 何より上手く人員を潜り込ませるのには、それなりの手間と資金がかかっている。引き上げさせるのにも、それ相応の人員と時間、手間がかかるだろう。

 しかし今回は、情報そのものを持っている連絡員と合流し、無事に『廃都』まで連れて帰る事が目的だった。つまり対象が個人なのだ。

 今まで個人ならば、多少の袖の下……つまり賄賂と口利きさえあれば通れたルートも、今の混迷が広がる現状ではどうなるモノか分からない。

 各地で起った盗賊集団が横行している現状で、関所を守る関西軍の者達の睨みが効かなくなっている以上……そしてその関所の番人すらも強盗に変わりかねない事まで考慮すれば、安全に情報を持ち帰るには、それ相応の戦力を送る必要があった。

 つまり腕利きばかりの小隊を送るか、『コードフェンサー』クラスの強力な能力者を派遣するか、だ。

 今までの三班の構成のままだったならば、アオイは小隊を派遣しただろう。黒雉隊の隊長を筆頭として、自らの黒兎隊からも何人かを加えた、腕利きばかりの迎えを寄越したと思う。


 三班のコードフェンサーである『水鏡』は、現状の三班においては動かし難い有用な戦力であるし、『不貫』は戦力としては水鏡にひけを取らない者ではあるが、そんな任務を任せるにはそれ以外の面で不安がありすぎる。『音速』は戦力も不安であれば、それ以外でも不安だった。

 なにしろ『音速』は廃都の外の地理に疎い。気づけば山都にまで行ってしまうかもしれないのだ。

 だから戦力は多少不安でも、プロフェッショナルである者達をまとめて、戦力を数で補って送っていただろう。


 ほんの少し前に『光都』まで行っていたコードフェンサーがいなければ。

 そして戦力以外に多少の不安はあれど、戦力には不安がない、目下やる事のない班長補佐がいなければ、だ。


 『紅』を冠する彼女は、有り体に言えば暇人だと思われていたのだ。少なくとも、しばらくまともな戦闘にはならないと判断したアオイからすれば、だが。

 それがアオイにとっては好都合であり、また不安要素だったのである。

 もちろん、戦力といった面で不安はない。使用出来る能力にはムラがあるが──簡単に言えば気分次第、しかも機嫌が悪いほど能力が高まるというタチの悪さがある──それでも彼女は一級の能力者だと言える。

 なにしろ『元救急班』たる黒鉄第二班の最大戦力であり、唯一の戦力でもあったのが彼女だ。

 二班は元々後方支援用の班ではあったが、それでも戦闘を全くしてこなかったワケではない。たまに奇襲を受けたり、予期せぬ接敵があった時などは、彼女がもっぱら敵を撃退していたのだ。

 二班の仲間達の先頭に立ち、敵を黒焦げにして、焼き払って仲間達を守ってきたのだ。


 たまにやりすぎて味方車両に引火したり、派手に炎を吹き上げ過ぎて、援護に来たハズの仲間の部隊がちょっとばかり巻き込まれたりするぐらいに、強力なパイロキネシスト(発火能力者)なのである。

 しかし、四班の班長である『蒼』との小競り合いで、ビルをまるまる一棟平地に馴らしてしまうなど、『泣く子も黙って平謝りする』と噂に上るほどに、一度怒れば災いが周り一帯に降り注ぐトラブルメーカーでもあった。

 つまりアオイの中では、緊張状態が続く廃都で、戦端を開く原因になりそうな人物ランク、堂々の一位でもあったのである。


 ちなみに僅差の二位には、『紅』とばったりあった瞬間から開戦しかねない、『蒼のオリヒメ』がついている。彼女は紅に比べれば理性的ではあったが、紅に関わった瞬間から点火済みの爆弾に変わるという厄介な面がある。

 結局はどっちもどっちなワケであるが、『蒼』にアオイから干渉出来ない以上、もう一方の『紅』をどうにかする必要があったのだ。

 それも考慮されて、彼女には『諜報活動をしていた工作員の出迎えと、帰路の護衛』という任務が与えられたワケである。


 加えて余談になるが、今回に限って言えば、アオイとカクリの間にカーリアンが考えたような裏取引はなかったりする。


『今の状況で四班に刺激を与えたくはないんですよ。防衛網の構築でこちらに時間をくれているワケですから、それを失う可能性は万が一にも避けたいんです』


 と言われ


『……言いたくはありませんが、カーリアンとオリヒメはどこか引き合う箇所があるのか、結構予想外な所でエンカウントしたりするでしょう?『斥候に出る』と散歩に出られた瞬間、ばったりなんて事になりかねません。かと言って彼女を執務室に閉じ込めておくワケにもいきませんし、大人しく閉じ込められてもくれないでしょう』


 などと嘆息されて、カクリには全くもって反論出来なかっただけの話である。

 もちろんただでは転ばないカクリは、彼が管轄する資材運用に対しての交渉や、彼女が行う事になった『新部隊の調練』についてのアドバイスなど、ちゃっかりと『カーリアンを使う為の交換材料』をもらっている。

 小一時間かかったのは、それらカクリ側からの交渉によるもので、カーリアンが考えているように『アオイが渋るカクリに交換材料を提示した』ワケではなかったりするのだ。



 何をどう考えてみても、上手く使われているとしか彼女には思えなかったが、副官達は副官達で涙ぐましいまでに現状維持に気を使っていたワケである。

 そのせいで、アオイ一人が憎まれ役になっているのだが、そんな事を気にするアオイでもカクリでもない。

 黒鉄五大アンタッチャブルの一人として有名な『燃やしたがりの紅』と、五指には入らないが補欠には入るその元副官『腹黒』に対して腰が引けるようでは、五大アンタッチャブルの内の二人が所属する第三班の副官は務まらないのだ。

 かくして反対意見も不満も聞き入れられず、カーリアンは不平を漏らしながら光都まで出張ってきたワケである。


 ──ったく、さっさと拾って帰ろ。シャクが帰ってくるまでには帰りたいし。


 そう言って腰から下げた、二つの革製のホルスターを軽く撫でる。

 そこにあるのは『黒鉄』の象徴。

 置いていくべきだとカクリや(それにかなり興味津々な様子で)アオイに言われたのだが、頑として譲らず任務に持ってきたモノだ。

 それを撫でる時だけは穏やかな笑みを見せ、『よしっ!』気合いを入れ直す。


 この都市から彼女の住む廃都までは、距離的にはかなり離れている。しかし歩いて帰れない距離でもない。優れた能力を持つ変種であり、変種なりの体力を持つカーリアンならば、一日歩き通しで行けばお釣りがくるぐらいだろう。

 それでも名前と風貌しか知らない人物と合流し、確かに間違いないかを確認した後で帰還するとなれば、それなりに手間はかかってしまう。何より今の情勢の中、真っ直ぐ最短距離で帰れるとも限らないのだ。

 廃都と光都の間には、廃都のレジスタンスの抑え込みと、西端に追いやられた日本の勢力に対する最終防衛ラインとしての役割を与えられた『戦都』がある。幾度も廃都に侵攻してきた都市であり、廃都のレジスタンスにとっても一番の攻撃目標でもあった『クリシュナ』がある。

 普通ならばそこを西から東に抜けるだけでも、なかなかに骨の折れる作業であり、骨の代わりに金が掛かる作業でもある。

 もちろん彼女は労力も金もかけず、車に乗って寝ていただけなのではあるが……それは帰りの行程に備えて体力の維持に務めていた、と彼女は主張している……同乗の三班班員達は戦都の強行突破に際して、銃弾の雨と追撃してくる車両を振り切る為に、かなり長い間カーチェイスを演じる羽目になっていた。

 今までならば、それなりの袖の下を用意する事で平穏無事に抜ける事も出来たのだが、関西統括軍が分解した現状では、そうもいかない可能性があったのだ。関西の地において、将軍と双璧を張る『シャクナゲ』が所属する黒鉄に対しては、間違いなく最大レベルで警戒しているであろうし、混乱している現状では、渡された袖の下に欲をかいた関所の兵が、強盗に変わらない保証もない。

 何より将軍がいない関西統括軍に気を使うといった行為自体が、シャクナゲ率いる三班にとっては士気の低下に繋がる恐れもなくはない。

 それだけにカーリアンも同乗する行きは、様子見を兼ねて強行突破を敢行し、帰りは東と西を警戒する戦都を迂回して帰還するルートを取る事になったのだ。

 つまり行きの行程だけ見ても、カーリアンは戦力として数えられ、上手く戦都の偵察に使われていたという事である。


 もちろん彼女自身は寝ていただけであり、三班班員だけで突破出来た以上、そんな事を知る余地はなかったのだが。


「時間まではまだあるけど、約束の場所までは行っとこっかな。念の為に『これ』は持ってきたけど、辺りを見回って警戒しとくに越した事はないし」


 そう一人ごちると、羽織ったパーカーのポケット越しにある自らの得物を確認し、よしっと気合いを入れてから視界内で最も高いビルへと向かって歩を進める。

 出来るだけ高い場所から、地形や比較的に人の少ない方面、警戒の厚い場所を確認する為に。

 この都市の現状をちゃんとその目で見て、記憶して、それを持ち帰る事もまた自分の仕事の一環だろうという、今までの彼女には似合わない、彼女なりに最良の判断を下して。


 そう、彼女は前回この都市に来た時と比べて、その内面は大きく変わっていた。意識して変える努力をしてきたのだ。

 行きの車の中でずっと眠っていたのも、どうしようもなくなるまでは、仲間達を信じきって体力の維持に務めてきたつもりだった。断じてサボって寝ていただけではない。

 むしろ今までの彼女の性格から考えれば、凄絶なカーチェイスなどは格好の暇潰しであり、喜々として仲間達を煽っていただろう。

 もちろん今でも興奮はしたのだが、そんな自分を無理矢理に抑えて眠るようにしたのである。それだけに眠っていた彼女には、同乗した三班の班員の方がびっくりしていたほどである。

 小さな事ではあるが、それも自分で考え、判断し、最良を選ぶ努力をするように彼女が考えている結果だ。今までの彼女は、与えられた仕事をこなすだけで、それ以上を求める事などはなかったし、任務外は比較的好き勝手にしてきたのだ。

 しかし、与えられた敵だけを排除し、守るべきを守ってきただけの自分では、ここから先には進めないと考えた。今までのままでは、今まで以上になんかなれっこない……そう自分に言い聞かせて、『紅』たる彼女は変わる決意をした。

 元より素直すぎる性質のある彼女は、その決意と自らに対する言い聞かせを繰り返してきただけでも、内面や考え方には多少の変化があっただろう。

 それでも今回は自ら動かず、暇を持て余しながらも仕事が来るのを待ち続けてきたのは、立場や状況が変わった今の現状がよく分かっていなかったからだ。

 今まで副官であるカクリに頼りっきりだったツケである。これまで表の事情にさえ疎かった彼女は、まずは色々と話を聞いて回って、改めて状況把握に務めていたが為に、自分から動きようがなかったのだ。

 ただがむしゃらに動いて、仲間達に迷惑をかけたくはなかったのである。

 そこだけを見ても彼女は変わったと言えるだろうし、今回の任務がタイムリーだったとも言えるだろう。なにしろカクリもアオイも、彼女自身の判断よりも最良の仕事をあてがってくれるだろう。少なくとも今の彼女よりも、あの二人は現状がよく見れているハズなのだから。

 カクリやアオイの危惧ゆえに任された仕事ではあったのだが、彼女なりに今回の仕事に対して胸に期するモノがある事も間違いない。

 今までの自分では出せなかったであろう結果を……なんらかの進歩を出してみせるという想いがあるのだ。

 確かにシャクナゲがいないという時期に、表に出されるという事には不満があり、不服も盛大にあった。出来れば廃都内の仕事を希望したかった。

 しかし、それで今までみたいにぶちぶち文句を言っているだけだと、あの時この都市で言った言葉が嘘になってしまう。嘘を吐いたつもりなどなくても、不平不満に捕らわれて行動にしない程度ならば、到底真実にはなり得ない……そう彼女は考えたのだ。


 ──あの時、自分が言葉にしてみせた高みには届かない、と。


 ──強くなる。『蒼』や『水鏡』、そして『銀鈴』や『錬血』よりも強くなる。

 彼女はそう彼に言ってみせたのだから。

 周りにいる誰よりも……女性ばかりを挙げている点は無意識だったが……強くなって、先に引っ張っていってあげると誓ってみせたのだから。


 だから彼女は変わるべくして変わらなければならない。自然と変わっていくのではなく、自らの意志と行動の結果で変わらなければならなかった。

 その為に考えた結果が、ただ言われるがままに諜報員を迎えに来るのではなく、ついでに光都の偵察をして、可能ならば拠点の一つにでも火を着けて、街の混乱に拍車をかけてやろう。そうすればシャクナゲが戻ってくるまで、光都は大人しくせざるを得ないかもしれない……そんな結論だったのだ。

 『近衛』がもしまだ他にもいたのならば、出来れば自分の手で討ち取ってやりたいとも考えてはいたが、そこまで一気に望むつもりはない。

 『水鏡』や『錬血』に並ぶ『近衛殺し』。黒鉄の強者としての証みたいなモノには惹かれたのだが、まずは一歩……そう自分自身を戒めてもいた。

 あまり高望みをし過ぎて、一番重要な案件を疎かにするつもりはない。『ついでにこなせたらこなしておこう』と言った程度でいい。

 そう考えているだけでも、彼女は大きく変わったと言えるだろう。



 ──目印は首から下げられた三枚綴りのタグ。それを掲げる相手に対する合い言葉は『宵闇』と『明けの明星』。

 そう確認しながら全く気負いを見せる事なく歩いていく。

 不満を抑え、今回の仕事に対して高ぶりそうな自分を抑えて。

 ここが彼女の嫌うヴァンプが支配する都市であるのに、それに対しては何か深く考える事もないままで。


「うっし!過ぎた事は仕方がないっ、反省っ!きっちり反省して、次回からばっちり生かすわよ、あたしっ!」


 少しばかり離れた背後で、空を舐めるように燃え上がりはじめた紅蓮の炎に、少しばかりの反省と今後の戒めを自らに架しながら。


 ……実際新たに行動を起こして、一番最初にする反省が『癇癪を起こして放火しない』という辺りからすると、彼女が目指す新生・カーリアンへの道のりは果てしなく長いのかもしれない。


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