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2─10・四番目の一人目






「……さて、と」


 そう呟いてアオイは小さく伸びをすると、凝り固まった体をほぐすように軽く伸びをした。

 そして先ほど執務室から退室していった、自らの補佐役たる少女に回す予定だった仕事……民政部宛てや他班に向けての書類仕事の山を、机の上でまとめてから立ち上がる。

 これらの仕事は、彼女にこそ適任ではあったが、別に彼女でなければこなせない類の仕事ではない。そう考えたからこそ、彼は彼女の前でこの用意しておいた仕事の話題自体を出さなかった。

 今ある書類仕事などは、言ってしまえば誰か適当に頭の回る人物に、それら書類の趣旨さえ間違えないように指示しておけば、それこそ子供に任せてしまっても構わない類の仕事だったのだ。

 三班班長、あるいは副官の名前でさえ出しておけば、誰が作成したかなどは関係なく、無視される事もないだろう。


 ──後で最終チェックだけ彼女にお願いすればいい。


 そう考えて、彼が補佐に用意しておいた仕事は後に回したのである。

 班長が副官補佐である少女に任せた仕事に比べれば、時間を稼ぐ為の牽制や、敵性部隊の士気の低下を狙った書類仕事などは、雑事と言っても過言ではなかった。

 今後における付加価値を考えれば、班長が任せた仕事の方が断然重要だと彼も考えたのだ。


 つまり、彼女に苦手な部門を任せる事によって、それに対する経験値を与えられ、なおかつ三班のメンバーにとって名前だけの役職に過ぎない『副官補佐』の名前に、それ相応の箔を付加出来る事に重きを置いたのである。

 その箔というモノが格になり、ひいては信頼になる。

 前線で命を懸けて戦う部隊である黒鉄第三班にとって、彼女がただの『カーリアンの知恵袋』のままであるか、『役に立ち、いざという時には頼れる副官補佐』であるかは大きな違いだ。

 なにしろ三班のメンバーは、全員が全員、徹頭徹尾に戦士達の集まりなのだから。

 あの関西事変以来、ずっと抗ってきた者達ばかりなのだから。

 そんな彼等は、自らが仲間と認めた者の指示にしか従わず、共に戦う事を良しとはしない。立場上は仲間である事を認めても、戦友であるとは認めない。

 彼女がいかに優秀でも、彼女自身を信頼出来なければ『その立場に関係なく』指示に従う事はないという事だ。

 この辺りは階級に縛られた軍隊などとは違い、レジスタンスという有志の集まりらしいと言えるだろう。

 厳格な規律こそが部隊には必要だという考えもあるだろうが、今の三班の在り方を変えるつもりは、アオイにも……そして班長であるシャクナゲにもなかった。

 それが『黒鉄』という集団の自然な在り方であるし、逆に言うならば、信頼出来る優秀な戦友の指示ならば、三班のメンバー達はどの班よりも勇敢に戦ってみせるという事でもあるからだ。


 班長補佐である『紅』には、そういった面での心配は全く必要ない。彼女には十分過ぎるほどの格がある。

 別に黒鉄最強のパイロキネシストである事など、そこには関係ない。

 『紅』のコードで呼ばれ、今まで三班を支援してきた二班を、たった一人きりの戦力で守ってきたという実績こそが彼女にはあるのだ。

 そして怪我をし、後ろに下がらざるを得なかった時に、彼女の力に守られながら治療を受けた事など、精鋭たる三班の班員ならばこそ誰にでもある。

 後方に味方支援部隊があるという事実、そして怪我を負ってそこに下がらざるを得ない時に、その部隊を守る存在があるという事実が、前線に立つ者にとってどれほどの安心感を与えるか。

 ずっと最前線で戦ってきた三班のメンバーは、その重みを知っているだろう。


 だが、元副官に過ぎないカクリにはその信頼がない。

 いかに一番優秀な支援兵であれ、彼女に代わる存在がいないワケでもない。例え実質部隊を運営していたのが彼女だったとしても、自らの手を汚して二班を守ってきたのは『紅』なのだから。


 しかしアオイからしてみれば、自らの補佐であるカクリが、いつまでも『カーリアンの元副官』という認識のままいられては困る。せっかく優秀な補佐(コマ)を得られたのに、それが最大限機能しないのでは意味がない。

 三班副官としてではなく、『無名の壱』として出る予定なのに……というより出ざるを得ないのに、自分の代理にすらなれないのでは困るのだ。

 何より、彼女のような本質的に優秀な『頭』役は、今の三班にとって何よりも欲しい人材でもあった。


 それを打開する事こそが、今回の仕事の目的だろう……そうアオイは考えている。

 今の現状で、支援用部隊を三班内に新設し、それをある程度のレベルまで調練出来たならば……贅沢を言うなら、かつて支援専用だった二班以上のレベルまで持っていけたのなら、彼女の実務能力はさすがに『信頼』に値する。

 目に見えた実績となる。

 それこそが、シャクナゲが彼女にこの仕事を任せた意図なのだろう。そうアオイは読んでいたのだ。


「それにしても、シャクナゲはどうやってカクリさんにあれだけのやる気を出させたんですかね。……大方『紅』を出汁にしたんでしょうけど」


 そう笑って、部隊新設と調練に対するアドバイスを、いつになく真剣に求めてきた──ついでに様々な交渉の末に、資材の使用権まで持っていった──副官補佐に溜め息を漏らす。

 しかし、『あの雑草野郎に、絶対目にモノを見せてやる』と、感情を燃えたぎらせていた様子には苦笑しか浮かばない。

 いや、上手くノセられたカクリが、そう言いたくなる気持ちぐらいはアオイにもわかるけれども。

 しかし、一応上官である副官の前で、さらに上官である班長に目にモノを見せるって……そう考えれば、溜め息の一つや二つくらい漏れようというモノだ。


「とりあえずこの書類は代わりにアザミに任せるとして……」


 そう表向きは自らが率いる『黒兔小隊』の副隊長であり、裏では『名無し』でもある少女への連絡用の箱に、おざなりに書類の束を放り込むと、そのまま無造作に執務室を後にする。

 明日には、カクリ用に用意しておいた文字通り『山ほどもある』書類に、アザミという名前の小隊の副隊長が、上官に対する呪いの言葉を吐きながらも、朝から晩までペンを走らせている姿が彼には想像できたが、彼女ならなんとかこなすだろうと気にしない事にする。

 ついでに最終確認を求められた副官補佐であるカクリが、ストレス発散にだめ出しをしまくる図まで浮かんでくるが、それもいつもの微笑のままでスルーした。

 忙しい時にはこれぐらいの量の書類仕事や事務仕事、さらには面倒くさい会談のような長時間かかる予定まで、ほぼ毎日のようにアオイはこなしてきたのだ。

 今みたいな非常時ぐらいは、アザミにも泣いてもらおうと考えて……小さくほくそ笑む。


 ──上手くすればカクリさんのやっかみ混じりのだめ出しで、アザミの実務能力の底上げも出来る、かな。今後はちょっと楽が出来るかもしれません。


 そんな事を考えながら。



 そのまま続いて隣にある自らの私室……自宅として使っているアパートではなく、事務棟に泊まり込む時用の個室へと足を向ける。

 そこが副官の私室である事を知る者は、三班のメンバーの中でもそう多くはいない。

 なにしろ、外開きの部屋の入り口辺りには、物置のように物が積み上げられている。ドアには『物置』と書かれたプレートまであるのだ。

 そこに無造作に入ると、室内に置かれた唯一使用出来る家具である寝台の脇に、無造作に立てかけられたままの二対の小剣をナップサックに入れる。後は余分なスペースに、簡単な身支度だけを適当に詰め込むと、すぐさま部屋を後にした。

 私室だと言うのに(物置と書かれているし、物置然としてはいたが)、入る時に鍵もかかっていなければ、出ていく時に鍵をかけたりもしない。

 そんな事など全く気にした素振りもなく、担いだ地味な革製のナップサックだけを手に、軽い歩調で歩き出す。


 そう大きくもなければ、複雑な造りのモノでもないナップサックの入り口からは、入りきらなかった二対の小剣の柄が覗いていた。

 赤銅じみた不思議と目に付く色をした柄が。

 その柄は鎖で繋がれており、歩を進めるに合わせてシャランと小気味よく鳴る。

 彼が歩き去った跡には、どこか涼やかなイメージすら持てる、透き通った音だけが残響となって残っていた。


 上官であるシャクナゲが地下に潜る事となってから、まだ半日余り。それでも周りへの差配を全て終えていた。

 その間に休みを取る暇もなかったが、全く疲労を感じさせない足取りで、彼は西へと向かうべく歩き始める。

 誰かに行き先を告げるでもなく、誰かに出発を見送られるワケでもない。

 それを気にかけもせず、簡単な身支度だけを持って、たった一人きりで。



 彼は誰よりも勤勉な事で仲間達からの信頼を勝ち取り、真面目で努力を惜しまない姿勢で副官として認められていた。彼自身がそれを自覚しており、副官になってからもその態度を崩した事はない。

 今の状況で誰にも告げずこの場を離れても、『黒鉄同士の戦いが土壇場で怖くなった』などと、浅はかな邪推をされる程度の信頼ではない自負がある。

 それだけの努力を見せてきた自信があったし、積み重ねてきた時間にも誇りがあった。

 ずっと『戦闘においては余り役に立たなくても、その判断には信頼が置ける副官』という立場を得る為に心血を注いできたのだから。

 時間を惜しむ余り、誰にも告げず急いで旅立っても……そして自分が少しばかり戦場を離れていても、簡単には崩されないだけのモノを築いている、という確信を持っているのだ。


「さて、じゃあ気ままな船旅と洒落込もうか。最近ストレスも溜まっていたし、いい加減肩肘張り過ぎて、肩もこっていたし」


 だから彼は、本部を出るなりいつもよりも気楽な口調でそう笑ってみせる。

 一旦表に出て、副官としての自らを見る者がいなくなったのなら、副官の仮面はもう必要ないのだ。

 むしろ『恭順』を得た四人目として……そして最初の無名として、いざとなれば自分達に敵対する事の意味を、力を持って知らしめるつもりならば、『温和な副官』の仮面は邪魔にすらなりかねない。

 なにしろ相手は格上で、面識の薄い相手で、積み重ねが通用しない存在であるのに、無理やりにでも我を通す必要があるのだ。

 交渉の末に『戦争』という手段をも、手札に入れておく必要がある。


「久々に二人っきりで遠出だよ。頼りにしてる、私の唯一の恋人(ひと)


 それでも表情だけは優しげで。

 肩からぶら下げたサックからはみ出した金属質な柄を軽く撫で、その鎖を愛でて。

 まるで本物の恋人にでも語りかけるような柔らかい言葉遣いで。

 ゆっくりと手配しておいた郊外の船着き場へと歩を向ける。



 西の『提督』を名乗る水賊少女。仲間の数は少ないながらも、瀬戸内という領海を関西軍から得た『純正型』。

 いざとなればその少女と、彼女が率いる荒くれ者揃いの水賊衆全てと、『戦争』をするだけの覚悟が彼にはあった。

 話し合いでは無理ならば、戦争でもって分からせる覚悟が。

 誰も見ていない地でたった一人、その身に血を浴びる覚悟が。




 『名無し』達の一番は、誰よりも努力を重ねて、誰よりも計算高く、誰よりも全てを捧げて、誰よりも多くを失って、そして誰よりも結果を優先する。

 戦争も話し合いも、唾棄すべき手段も真っ当な交渉も、真摯な態度も血を見る結末も。

 結果を得る為ならば、その過程の全てを割り切れる。

 何故なら彼は、すでに四番目の遺産──『ファム・ファタル』という結果を得る為だけに、かけがえのないモノを捧げた後なのだから。

 そう……もう何年も前に、今の自分へと至る過程を、割り切ってしまっているのだから。

 そんな風に変わってしまった自分に後悔した事など、ただの一度としてないのだから。


 だから彼は笑顔のままで多くを諦める。

 相対する水賊衆全ての命でさえも。

 そして、自らが今も捧げ続けている代償でさえも。




人物紹介・スイレン


水鏡のコードを持つコードフェンサーで、黒鉄第三班の中で編成された『黒猫』と名付けられた小隊の隊長でもある女性。

たおやかな良識人で、浴衣を愛用する点も相まって、容貌も涼やかな印象がある和風美人。

第一回ミス黒鉄(非公式)、第二回ミス黒鉄(公式イベントになった)で、ともに支持率一位の『ミス黒鉄』となっている。


しかしその実態は、『近衛殺し』、インペリアルキラーとまで呼ばれるほどの能力者で、『表の副官がアオイなら、裏の副官はスイレン』『アオイがシャクナゲの右腕なら、スイレンは左腕』などと呼ばれていたりもする。

黒鉄が結成されて以来の最古参メンバーの一人で、関東出身。

なお余り知られてはいないが、関東では新皇の側近中の側近でもあった人物で、関西に動乱の火が移るずっと前から戦ってきたという過去がある。

その為、能力を戦闘に効率的に使う経験値、それ以外にも応用を効かす応用力は、他のコード持ち達の追随を許さない。




スキル




能力A+(その能力は眩惑光后、あるいはクイーンメイブとかつては呼ばれていた。光と水気を操り、幻を生む能力である。それだけではなく、自らの幻像に限り、ある程度まで精神を同調させる事が出来る為、スイレン自身の幻像は会話も出来れば、多少の存在感まで持っている。ただしそこまで精緻な幻像は数体作るのが限界で、多くを作る事は出来ない。また『視界に移る』という事を媒介にした暗示に近い能力な為に、声は聞こえて目に見えるのにその幻像に触れられない。ただの幻としての幻像ならば百を超えた数を生み出せる。他にも目に見えるモノを見えなくする能力もある。人間を他のモノに見せる事は出来ない)


応用力A(能力やその他あらゆる面での応用が効く。他スキルのプラス補正)


容貌A(若干大人っぽく見える艶やかな美人)


こだわりS(和服を愛し、ガーデニングを愛している。また抹茶を心から愛しているのに、お茶請けは何故かフライドポテト)


意地っ張りB(意外と意地っ張りに見えて、心の底から意地っ張り。自らが正しいと思えば、班長連を平然と論破し、意地を通してみせる)


狂戦士使いB(三班の中で、シャクナゲについでヨツバに言う事を聞かせる事が出来る。ちなみにシャクナゲはA、アオイはC)


また他人をからかう事が好き。ヒナギクを子供扱いする他、カクリなどをからかう。

もちろんカクリが自分を苦手としている事を知った上で。

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