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2─8・紅と元副官の現実





「……おかえり」


 カーリアンが黒鉄第三班の班長室からあてがわれた自室へと戻ると、向かいの部屋をあてがわれているハズの小柄な少女……元二班副官のカクリが、いつも通りに部屋へと入り込んでいた。

 この白髪の少女は、最近何故か自らの部屋ではなく、カーリアンの部屋で様々な執務を行う事が多い。二班にいた頃もたまにそういう時があったが、三班本部脇にある事務棟に二人が部屋をもらってからは、ほとんど毎日のように彼女の部屋に居座っていた。


「ただいま。今日も忙しそうだね」


「……おかげさまでね。……全く、頭が痛いわ。……今にも過労で倒れそうよ」


 今日も部屋に置かれているちゃぶ台に様々な書類を広げまくりながら、顔を合わせるなりこれ見よがしな溜め息を吐いてみせる。

 小柄で真っ白な髪。その髪にも劣らない、透けるほどに綺麗な肌を持つ少女は、相も変わらず無表情を保ったまま、ちゃぶ台の脇にぺたんと座り込んで、せっせとなんらかの書類へとペンを走らせている。


「……二班の半数はこちら側に引き込んだけど……残りはもう無理ね。……あとは頭がガチガチ。……どうしようもないわ」


「あ、あはは」


「……いきなりあなたが解散宣言なんてするから。……私に任せてくれれば……せめてもう少し順序を踏めば……二班はほとんどそっくり持ってこれたのに」


 スッと視線を逸らせ、頭をポリポリと指先で掻くカーリアンに、いつになく冷たいカクリの言葉が突き刺さる。

 視線を逸らしているのに、少女の怜悧な視線に突き刺されているかのような感覚を覚え、カーリアンは思わず小さく身震いをしてしまう。


「だってさぁ。カクリに『三班に入る』なんて言ったら、絶対反対されるって思ったんだもん。だから二班を解散させて、班長って役割を無効にしようかなって」


「……はぁ、あなたって子供みたい。……確かに反対はしたわ。……多分あなたを説得しようともした。……でもあんな真似をされるぐらいなら……許した方がまだマシだった」


 ジトッと見つめてくるカクリに、カーリアンは思わず一歩下がってしまう。

 最近顔を合わす度にこんな会話を繰り返してきたのだ。いい加減聞き飽きてしまうぐらい同じ事ばかりを繰り返されていれば、いかに元上司にして今も上司という立場があろうとも、立場的に弱くなるのも仕方がない事だろう。


 先の一件──関西西部地域と中国地方を抑えている関西軍のトップである『将軍』が、『黒鉄のシャクナゲ』に敗れた一件は、地方一帯どころかこの国中を揺るがした。

 まず北陸地方の勢力が、再び版図を広げようと関西地方北部へと南下を始め、古都と名付けられた街へと攻撃を開始した。

 東海の勢力は西へと侵攻を始め、関西東部地域に軍勢を進めており、こちらは山都と名付けられた都市の軍勢をすでに撤退に追い込んだらしい。

 もっとも山都の軍勢を撤退に追い込んだのは、東海の軍勢ではないとの噂もあり、カクリにはその真偽を確かめるすべがない。ひょっとしたら……と考えている可能性はあるが、それも確かめられてはいないのだ。

 中部地方の勢力は今だに沈黙を守ってはいるが、いずれは勢力が関西に向いている北陸か東海へと攻め込む可能性が高い。また関西東部に向かい、三つ巴の激戦区と可能性もある。

 関西の各地はそれぞれその地域のトップだった知事が、そのまま権力を握り、地域ごとの争いが日常化しはじめた。

 かろうじて他勢力が侵攻を開始した東部地域の三大都市、山都、白都、光都の軍勢は、協調態勢を見せているらしいが、それもいつまで持つか……とカクリは考えている。

 東部の前衛都市である山都が落とされた事により、混乱が広がっており、他勢力に恭順の姿勢を見せるのも時間の問題だろうと考えているのだ。古都の知事はやり手だと聞いているが、正直後援もなく戦うのは厳しいと言わざるを得ない。

 また西へと追いやられた日本政府も、再び本州へと手を伸ばそうと中国地方に進出するであろうし、それらの各勢力の動きの果てに、近年ずっと動かなかった『関東軍』が動き始める可能性も高い。

 そう、『新皇』が──いや新皇達が、今は関西にいるかつての仲間の噂を聞けば、動き出す可能性が高いのだ。


 当然各勢力の動きについてはこの街にも入ってきている。

 しかし、この街の勢力は外に視線を向ける余裕などない。

 この街──中でもこの街の軍部とも言えるレジスタンス組織『黒鉄』は、未曾有の混乱の最中にあったからだ。

 最精鋭部隊とも呼ばれた『第三班』を中心とした混乱に。


 そんな中でも、元二班副官であったカクリは、色々と画策や根回しをして、第二班をまるまる手元に残したまま、カーリアンが望むであろう事柄に備えようとしていた。

 同志とも言える信頼出来る仲間達に指示を出し、自らも裏で暗躍して、二班内で発言力の高い人物に色々な手を打ってきた。

 流言飛語を流し、周りから孤立させたり、逆に二班副官として取り立ててみせたり、あるいは話し合いの余地がある人物には、最大限に時間を割いて真摯に向かい合ったりもした。もちろん権限や不当な蓄えを使っての買収もしたりしたが。

 そんな全ての事前努力を、当のカーリアン本人にいきなり壊されてしまっては、くどくどと文句ぐらい言いたくなるのも無理はない。


『二班は解散!これからも医療班だった事を忘れずに、みんながみんなのやれる事を頑張ってね!あたしは三班に付くから!』


 二班の面々を集めたかと思えば、あっさりとそう言ってのけた彼女の姿は、『カーリアン好き』では人後に落ちないであろうカクリでさえも、トラウマとなりかねない出来事だった。

 不幸中の幸いだったのは、その今までにない真摯な宣言と裏のない在り方で、同志達の結束が高まった事と、何人かの仲間達が付いてきてくれた事ぐらいだろう。



「……全く、忙しすぎてご飯を食べる時間も惜しいわ」


 二人の部屋と化している班長補佐・私室で、おもむろに備え付けの台所に立つカーリアンへと、カクリは聞こえよがしにそんな事を呟いてみせる。自ら縫って作った青と白のストライプ地のエプロンを纏ったカーリアンに、無言の催促をしているのだ。


「シャクにお弁当作るからさ、それと一緒でいいよね?」


「……卵焼きは甘いのがいい」


「了解」


 もちろんそんな催促などこの班長補佐に通じるワケもなく、当たり前のように元から二人分の食事と、一人分のお弁当の用意をしてはいたが。


 ──カーリアンって何回見ても意外なんだけど、家事はなんでも出来るのよね……そんな事を呟きながら、カクリは目の前の書類へと向き直る。


『シークレットクランからのサルベージした情報概要』


 そう上げられた書類は、秘密裏に交渉を進めていた黒鉄第六班副官・マルスより送られてきたモノだ。


「……向こうも余裕がないのかしらね」


 ──それとも六はまだ芽があるのかしら?


 そんな呟きと共により思考を巡らせていく。


 シークレットクラン。

 それは『情報班』である第六班の虎の子と言っても過言ではない存在だ。戦力が医療班であった元第二班を除けば、一番弱い班の存在理由と言ってもいい。


(完全に敵味方に別れたと思っていたけど、六班はまだ揺れている?それともこれは『無能』の策略?)


 パラパラと書類を流し読みしながらも、所望した情報が送られてきた意味を考える。


 副官補佐としてのカクリが一番警戒しているのは、第五班の『幻』だ。当面の敵対者である一や四よりも、ずっと『幻影』を冠する女を警戒している。副官であるアオイと協議した結果、彼も同じような考えだとの確信もある。

 だが、二番目に警戒しているのは、はっきりと敵対してはいない六の副官、唯一シークレットクランの深部を読み解いた『風塵』のマルスだったりする。

 副官であるアオイなどは、ある意味幻影よりも高く彼を評価していた節がある。

 そんな彼が、こうもあっさりと切り札を……まぁフェイクも織り交ぜた断片に過ぎないだろうが……切ってきた意味が分からない。

 カクリとしてもダメ元で、探りの意味で掛け合ってみたに過ぎないのだ。


「カクリぃ〜、今度塩申請しといて!切れちゃった」


「……分かった。……あとは?」


「卵も。魚しめる酢も欲しいかな」


「……酢、一応伝えとく」


 ──分からない事は後に回すべきね。


 そう結論を後に回し、台所に立つ彼女の元へと歩いていく。

 後ろで一つにまとめた紅の髪を、馬の尻尾のように跳ねさせながら料理をする少女。仕上がっていく料理のいい匂いに誘われたのもあるが、疲れ果てた心がその後ろ姿から得られる『癒やし』を求めたのも間違いない。


「……随分上機嫌みたいね?」


「んっ?そかな?」


 台所とは言っても、ガスもなければ当然冷蔵庫もない。水道だけは、氷を操る能力者や水の能力者がその能力で雨水やら川の水やらを分解し、蒸留水と化したモノを本拠地の深部に備え付けられたタンクに貯蔵してくれているから使える。だがあるのはそれだけで、台所とは呼べないような部屋だと言える。

 まぁ、今料理している彼女に限って言えば、『火』だけは困る事がないから、十分台所の役割を果たしているが。


「う〜ん。やっぱ冷蔵庫欲しいね。火力発電とかに定期的に協力してんだからさ、見返りを回してくんないかなっと!」


 そんな事をボヤキながらも、見事なフライパンさばきでいい色に焼けた卵焼きをくるりと返す。その手が直接フライパンのふちを握っているだけで火元がない点だけは、見慣れているカクリにしてもやはり異様に見えたが。


「……氷の支給、受ける?」


「いいよ、そんなもったいない真似。使う分だけその都度食堂に取りにいくからさ」


 冷蔵庫という名前だけの箱は、文字通りこの部屋ではただの箱に過ぎないが、氷の支給さえ受ければクーラーボックスの代わりにはなる。それをカクリは言っているのだが、その度にカーリアンは『たいてい食堂行くからもったいない』と言って断るのだ。

 カクリからすれば、食堂で食べるよりも『大好きなカーリアンの手料理』を毎日食べたいから、たびたびこう声をかけているワケだが。


「あぁ、そうそう。シャクのヤツがまた出かけるって話だけど」


「……出かける?……そう言えば弁当がどうとか言ってたわね。……でもこんな時期に?」


 正確に言えば『このくそ忙しい時期に』と言ってやりたいのをぐっとこらえる。彼の『黒鉄のシャクナゲ』は、彼女達が所属する三班方についている派閥では、最大戦力の一人と言ってもいい。

 それだけじゃなく、陣頭指揮を執る指揮官としては、全黒鉄を見渡しても最優秀だと言えるだろう。

 なにしろ彼が見ているというだけで、他の面々は死に物狂いで戦ってくれるのだ。

 正直な話、カクリの戦線予想図の中で、彼と彼が率いる直属部隊が占める割合はかなり大きい。それが一時的であれ抜けるとなれば、理由によってはこれからカクリは班長室に殴り込みをかけなければならないだろう。


「うん。スカシ野郎が残した……ノーフェイトだっけ?それを破壊しにいくって。みんながみんなスカシ野郎の能力を知っちゃったから、誰かが手を出す前に壊すんだってさ」


「……そう言う事は早く言って!」


 『ノーフェイト』。

 それについてカクリは聞き覚えがあった。ついさっき見た書類の中でも、その項目だけはしっかりと目を通していた。


 ──出来れば、出来れば見てみたい。


 そう思った。

 アカツキが恐れ、シャクナゲが破壊ではなく封印してきた存在。新皇を殺す為に作られた遺物。

 興味が出てこないワケがない。ひょっとしたらこちらの……『カーリアン側の切り札』になるかもしれない。

 そんな思いに駆け出そうとして──


「もうすぐおかず出来るけど食べないの?」


「……食べる。……食堂でご飯貰ってくる」


 後でいいか、シャクナゲもすぐには出ないみたいだし……と思い直したのだった。


スズカさんとシャクナゲ小話。

この組み合わせって、なかなか難しいんですね。関西に来てからだとマズいネタが色々と入りそうなんで、『レジェンド オブ シルバーベル』の直後辺りにしてみました。

完璧暇つぶしのあとがきなのに、なんというか色々と悩みました。

前後編に分けます。台本調はすっごく難しい。今回は間に合いませんでした。

今回の表題は『いただきますと半分こ』




「全部食っていいんだぞ」


 飾り気のないコンクリートが剥き出しの一室で、少女は黙々と食料を頬張り続けていた。

 冷たくなってはいたが、今まであんまり食べた事がないちゃんと味付けのされた食事……色取り取りのコンビニ弁当の数々に、まるで魅了されるかのように、箸を往復させる。

 その箸使いはぎこちないモノではあったが、そのスピードだけは弁当の空箱が増えるごとに増していき、ものの数分で彼女はすでに四つ目の弁当に取りかかっていた。

 向かい合って胡座をかいている黒髪黒瞳の少年は、ひたすら口に食べ物を詰め込み続ける、少し年下の灰銀色の髪の少女を嬉しそうに見つめ、少女は少年が差し出した食べ物に遠慮がちに手を伸ばしては、それを次々と口へと運ぶ。時折チラッと少年を窺ってはいたが、彼が笑っているのを確認すると、彼女は食事へと再び没頭していた。


「警戒しなくてもいいんだよ。それは全部鈴華の分なんだから」


 そう笑う少年は本当に嬉しそうで。暖かい微笑みを浮かべていて。

 それでも少女──鈴華はチラチラと少年を上目遣いで見やる。


「……あなたの分は?」

「俺はいいよ。あんまり腹が減ってないんだ」


 その笑う少年の言葉に嘘がない事ぐらいは鈴華にも分かった。

 広げられているコンビニの弁当には目も向けていないし、鈴華が夢中で食べているのを見ている表情は、本当に穏やかで嬉しそうに見えたからだ。

 それでも鈴華と呼ばれた少女は、チラチラと窺うように少年を見やり、最後に蓋を開けた幕の内弁当には手を付けないままで、箸を置くと小さく俯いた。

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