2─4・銀鈴と狂気の宴
「あっはははっ!いいっ!スッゴくいいじゃんかッ!!彼女ぉぉ!!」
大気を摩擦して飛来する拒絶によって放たれた轢を、その異形の豪腕を一閃させて弾くと、細身の体をバネのごとくたわめてからシヴァは前方へと飛ぶ。
まさに飛ぶと言った表現そのままに一足でスズカへと迫り、角張った手のひらを大鉈のごとく振り抜いた。
「……嫌い」
しかし、当たればスズカの頭部をあっさりとザクロのごとく変えるであろう、打撃というよりもはや斬撃に近いその一閃を、彼女はその細すぎる腕であっさりと受け止めてみせる。
いや、正確に言えば受け止めたワケではない。マスターシヴァの異形の腕と、彼女の手のひらの間には空間がある。
つまり彼女の力──斥力がシヴァを拒絶して受け止めたのだ。
「やるやるぅ。かぁっ、この腕の一撃を受け止めてくれたのって、君以外じゃ三人しかいないんだよ?」
「……嫌い。大嫌い!」
「ぐーちゃんこと新皇のグラビティロードとぉ、中部の新羅……あとウチのアンチクルセイダーのトップ、ファーストだけさぁ!」
大気が悲鳴を上げるかのように轟風を巻き起こし、二人が力をぶつけ合う場所を支点としてアスファルトの大地がひび割れていく。
それは純粋な力比べというには不可思議な、在らざる力が介入したぶつかり合いだ。
しかし、その中心たる二人の様子は明らかに違う。
スズカは自らの『拒絶の世界』を展開しているのに対して、マスターシヴァは一切『世界』といった純正型の証を示してはいないのだ。
それでも二人の戦いは拮抗していた。
スズカとて、関東では『白銀』を冠した新皇の一角だ。東北で始祖となり得たほどの力がある。
しかしその名前を誇って、マスターシヴァを侮っていたつもりは毛頭ない。それどころか彼女はかなり本気でぶつかっているつもりだった。
飛ばした轢は最高クラスの斥力を推進力として飛ばしたし、シヴァを殴った拳にも殺すつもりの拒絶を込めたつもりだ。
元はただの石ころといえど、銀色の力を最大限に受けた弾丸は、並みの人間ならば簡単にミンチへと変えるだけの力があるし、銀色の拒絶で覆われたその拳は、簡単にアスファルトを砕くだけの威力がある。
それでもシヴァはあっさりそれらを受け止めてみせると、逆にその腕が鉞のごとく振りかぶられ、スズカを引き裂こうと唸りを上げて迫ってくるのだ。
なんで自分の攻撃を簡単に受け止められるのか、などと自問はしない。シヴァに問う真似もしない。
その異常さこそが、マスターシヴァのマスターシヴァたる由縁なのだろう、そう自然と理解するだけだ。
いつかの兄のように、自らを傷つけながらも受け止めてみせたワケではない。力で拒絶に対抗してみせているだけであり、この少年ならばそれぐらいは簡単なのだろうと認識する。
そう、つまりこの少年を相手に、関西で今まで力を振るってきた時のような手加減は必要はないのだ、と。
そう考えてから、一際大きく拒絶の力を放つと、スズカは大きく距離を取った。
シヴァを簡単に弾く事は出来なくとも、拒絶のベクトルを変える事によって自分自身を対象から弾く事は出来る。それを利用して、彼女は一気に距離を開けたのだ。
そしてより銀色へと思考を馳せると、左腕をシヴァに向けて掲げる。
「……其は全てを射抜く忌まわしの銀槍」
いかにシヴァが強くても、逃げるつもりなど彼女には毛頭ない。
距離を取ったのは、単に力比べでは埒があかないと思ったからだ。
そして距離を開けると同時に、踏みしめるかのように大きくその足を広げながら、自身で設けた力の在り方を決めるワードを紡いでいく。
「其は悪鬼を裂き通る拒絶の刃」
その掲げた左腕に、彼女固有の世界にある銀鈴から散った鱗粉が集っていく。
それは純正型以外には見えない白銀の塊であり、対象を完全に拒絶する彼女の世界に属する力の欠片そのものだ。
それが急速に集まっていき、まっすぐに左手より伸びる。
『大通連』
その左腕から真っ直ぐに伸びるその銀の槍は、かつての仲間達にそう呼ばれた。
それは『鈴鹿御前』と呼ばれる鬼が使ったとされる妖刀の銘だ。
しかし槍のようでありながら刀の銘を持つそれの用途は、槍のそれでも刀のそれでもない。
彼女自身が接近戦自体をあまり好んでいないという理由もあるが、その『大通連』の在り方自体が、刀や槍といった凡百の武器としての用途を選ばせない、という理由が大きい。
それそのものが、彼女が使いうる最大限の拒絶を宿した、振るうには大きすぎる理を宿しているのである。
左手より伸びるその純然たる力の塊を、左手に右手を添える事でスズカはなんとか支える。
着込んだ衣服やニット帽は、風もないのに大きく後方へとなびき、彼女自身も踏みしめた足に力を込め、その場に留まる事だけで精一杯だ。
これを振るう事など、この『銀鈴世界』の支配者たる彼女にも容易な事ではない
「……それ、何かな、かな?なんか物すっごくヤバげな感じだよね?」
「これは簡単に言えば先輩に対する意志表示」
「先輩って……僕なのかな、僕しかいないよね?」
シヴァは意味が分からないとばかりに首を傾げる。それに対してスズカは初めて笑みを見せると、その異端の槍をより前へと突き出すかのように、大きく前傾姿勢を取った。
「そう。五人目になるハズだった先輩への、実際に五人目になった私からの声明代わり」
「……五人目って事は君は──」
「あなたにはこの先はない。先には行かせない。これはそういう意志表示であり、もう誰の道とも交わらせないという私の覚悟の証。あなたの『狂った道』は……私の白銀の道がここで遮る!」
その言葉を最後に、彼女は大きく後方へと弾き飛ばされた。
誰かに弾き飛ばされたワケではない。自らの槍の放つ力に、その華奢な体を飛ばされたのだ。
溜めに溜めた斥力が、支配者である彼女を飛ばしたのである。
その槍は、手を離れた刹那すらも視界には映ってはいなかった。
あっという間に真っ直ぐ飛び去ってしまい、今頃は完全にスズカの力の影響から離れた遥か彼方の上空で、その形成を失っている事だろう。
その途中にあったシヴァの右肩辺りを、ごっそりと削り取って。
純正型として、新なる種の皇の一角とも呼ばれた『マスターシヴァ』でも、反応すら出来なかったのだ。
当のシヴァは、腕を肩からあっさりこそぎ落とされたというのに、なんの衝撃も受けていないかのように突っ立ったままである。
それもシヴァの身体能力ゆえではない。単にそれほどの切れ味と威力を『大通連』は持っていたという事だ。
銀色にコーティングされた石の弾丸をも弾いた腕を、なんの痛痒も衝撃も感じさせないまま、妖刀の銘を持つ力の塊は刺し貫いたのだ。
「やるね。外傷を受けたのは……えっと、いつ以来だったかな、かな?ん〜、覚えてないや。どうやらウチのファーストと同じぐらいはやれるみたいだね、『後輩ちゃん』」
それでも──
それを理解した上でもシヴァは笑う。一瞬だけ呆けたように傷口を見て、地面に落ちた腕を見て、得心したかのように頷いてから笑ってみせる。
「腕をまるっと落とされる……これってかなり衝撃的だよね、ね?痛みっていうより高熱に苛まれてる感じだよ」
「……ちゃんと頭を狙った。でも外れたのは多分私の狙いミス。言い訳になるけれど、アレはまだ私には完璧に御しきれてはいない。多分あれほどの力を込めたなら、一生御しきれないかもしれない。本来なら──」
──痛みすら感じさせないまま、その狂った意識を司る頭部を刈り取るハズだった。
弾き飛ばされた空中で、華麗に態勢を整え地面に降り立ったスズカはそう続けると、腕を落としてなお笑う少年へと向かって歩きながら、足元の石ころを拾う。
そこにはなんの表情も浮かんではいない。端正な顔はまるで能面のようで、そこになんらかの感情を読み取る事は出来ない。
ただ拾った石ころを軽く掲げた右手の上の虚空に浮かべ、今にも飛ばすべく力を溜めていく。
「……後輩ちゃん、君はスッゴく強いよ。さっきまでなら君は僕のお気にになれてた。でもさぁ──」
そんなスズカを見て、シヴァはどこか冷めたような……がっかりしたかのような表情を浮かべた。先ほどまでの喜々とした表情はなりを潜め、どこか無感情にスズカを見ていたのだ。
「……その表情は気にくわねぇなぁ。まるで僕の知ってるあの人みたいだよ。力がありながら、誰とも違う特別がありながら──そして最初の一人でありながら、それを嫌っているあいつみたいだ。君ならこれが誰の事を言ってるんだか分かるだろ?」
「…………」
もちろんその人物が誰を指すのかがスズカには分かった。
その人物は彼女にとって人生の指標であり、力の使い方や物事の考え方を教えてくれた人だ。
人としての当たり前を教えてくれた先生でありながらも、欲しいモノはなんでもくれた大事な家族だ。
自分が似ている人物と言えば彼以外にはありえない、そうスズカは思う。
だって彼女はその兄みたいにずっとなりたかったのだから。その兄と同じになりたくて、考え方を理解したくて、ずっと側にいたのだから。
それ自体は当たり前で、彼に似ていると言われる事は誇りですらある。
「君がここにいるって事は、この先に『彼』もいるって事かな?『僕の代わりの五人目たる君も』、彼が連れてきたって情報は聞いてるからね」
「あなたはこの先に行けない。行かせない」
しかし、彼女は思わず舌打ちを漏らしそうになった。
何しろ自分の浅はかな意志表示により、この狂人に『この先』に対する深い興味を抱かせてしまったのだ。
「……教えてくれないんだ。じゃあ仕方ないね」
そんなスズカの冷めた言葉に、シヴァは小さな溜め息を吐き
「押し通って確認するまでさ」
そう言って落ちた腕を拾うと、ゆっくりとその前進を再開する。
無造作に、どこまでも無遠慮に進行を再開する。
ただ歩の向くまま、ただ真っ直ぐに。
スズカが構える銀色にコーティングされた石ころの弾丸を、まるで気にした様子もないままで。
そして落ちた腕をゆっくりと元あった場所へと押し付けながら、てくてくと歩を進めていく。
「後輩ちゃん、君は僕の『世界』について彼に……ひーくんに聞いてはいないんだろ?聞いてないハズさ。ひーくんは甘ちゃんだからさぁ、僕の事を誰彼かまわず話したりはしていないハズだ」
そう言って一歩踏み出した瞬間には、その押し付けただけの腕が……異形の手が躍動を始める。肉が盛り上がり、骨が軋む音が響いていく。
「僕の世界は誰にも見れない。見れっこない。僕の世界はこの『身体そのモノ』だからね」
そして三歩歩いた時には、すでに落ちた腕は元通りくっつき、それを掲げながらニィッと笑ってみせる。
「つまりね、僕にとっての身体は、それそのモノが武器であり世界なのさ。こんなのが傷ついてもすぐに『直る』。簡単には傷もつかない。だってこれは僕が完全に支配する『領域』なんだから」
飛来する轢を今度は受け止めもしない。抉られたハズの頭部は、ぶつかった衝撃に軽く仰け反っただけで、傷一つついてはいない。
「これに傷をつけられただけでも後輩ちゃんは強い方だよ。僕の身体は僕の望むがままに硬度を変えるんだからね。身体の構成物質の濃度を変えるなんて僕には簡単なんだよ。硬くなれって思うだけで硬くなる」
もはや血が滲む事すらもなく、打つがままに任せてただ歩く。
時折払うように振るわれる腕にも、銀弾を鬱陶しく感じている程度にしか見えず、その前進を阻む効力はまるで見られない。
「目に見えるこの腕だけが『特別』なワケじゃない。この腕で止められるモノは、本当ならどこでだって受け止められるんだ。わざわざ腕を使って止めてたのは単なる気分だよ。勝手にこっちの腕だけを警戒してくれたりもするしね」
無遠慮な前進を止めないまま首をコキコキと鳴らしながら小さく左手を振るうと、その指先が軽く裂けて血が滴った。
別に何かに切り裂かれたワケではなく、『単にそうなる事が当たり前の事』と言わんばかりに、ごく自然に裂けたのである。
「そんでもって僕の世界、この肉に覆われた僕だけの領域は、こういった使い方も出来るのさ。
──鮮血滴る赤き矢羽根」
そして血の滴るその腕を、空間を引き裂くがごとき勢いで振るった。
直後その左腕から滴り落ちる血流は、その振るった腕の勢いをもって辺りへと飛散していく。
それは赤き弾丸というよりも散弾に近い。暴悪なまでの勢いと、圧倒的な数で辺りの廃墟を砕き、街路樹をなぎ倒していく。
液体であるはずの血液が──凝固してもなお硬度の高いハズであるコンクリートを砕き、深く穿っていくのだ。
スズカにもその赤き弾丸は迫るが、それを彼女は辛くも銀色の領域で拒絶し、後ろに飛んで軽く距離を取った。
「そのワード式の使い方も、それによる世界の制御も、戦い方でさえも君はひーくんに習ったんだろ?僕もさ。僕もあの三人に世界について習ったんだよ。ひーくんとぐーちゃん、それからゆーちゃんにね」
あっさり銀色の領域に拒絶され、液体に戻った自らの血の滴をシヴァは気にも止めない。それどころか、単に力を見せつけただけだから、防がれても全然構わなかったんだと言わんばかりに薄く笑ってみせる。
「僕の腕はこんなだからさぁ、昔っからずっと一人っきりだったんだよね。何かを教えてくれるようなヤツもいなかったし、自分の力について学ぶ余力なんかもなかった。一人で路地裏に隠れ住み、残飯を漁って暮らすだけで毎日が精一杯だったよ。あの三人に会わなきゃ野垂れ死んでたかもね」
──その方が既存種の連中にとっては良かったかもしれないけど。
そう暗く嗤いながら歩むシヴァの腕からは、流れ落ちる血流はすでに止まっており、傷口さえも綺麗に塞がっていた。
それはすでに『自然治癒』などという領域ではない。
元々そういった、傷口の開閉ですらも自在な身体構造だったとしか思えないほどに、綺麗に傷口が塞がっていたのだ。
「あの三人に拾われて、ようやく僕になれた。僕は僕だけが持つこの狭い世界を理解した。その為に必要なワードによる世界の制御については、君と同じくひーくんの仕込みなんだよ、後輩ちゃん」
スズカがなおも飛ばす銀色の弾丸をまるで意にも介さず、眼中にもない様子でその体に受けながらシヴァはただ歩く。
淡々と無感情に言葉を連ねながら。
「でも君は、戦い方までもがひーくんによく似た感じだよね?どうせ殺るなら一撃で痛みを感じさせないように……とかはひーくんのまんまだ」
スズカから発する拒絶の意志をも、自らの身体が内包する世界で受け止めながら、ただ真っ直ぐに歩を進める。
すでに二人の距離は、シヴァの一飛びにも満たない間しかなく、緊張感がゆっくりと空間を満たしていく。
「それじゃダメダメだよ、後輩ちゃん。こっちまでシラケちゃうじゃんか。痛みで動けないぐらいに痛めつけてから改めて念入りに殺す、ぐらいの覚悟で来てくれなきゃね。狙いが甘いって分かってんのに、頭なんて小さい的を狙うからさっきの大技は外したんだよ。ひーくんみたいな甘い考えは、あの『灰色』だからアリなんだ。君はそんな考えなんか綺麗さっぱり捨てた方がいい」
展開される純正型スズカの銀鈴舞う領域に踏み込む異物は、嘲るような調子そう続け、マスターシヴァという狂人と向かい合う少女は、恐れも怯みも見せないまま狂人を待ちうけていた。
シヴァの言葉に返事すらも返さず、銀色の拒絶が支配する空間にその身を包み、真っ直ぐにその乾いた瞳を見据えている。
「返事もなし、か。潔さすら感じるぐらい君は真っ直ぐだねぇ。本当に君は綺麗だよ……胸がムカつくぐらいにね」
吐き捨てるほどの勢いもなく、ただ口を付くままに言葉を声へと変えるシヴァは、その銀色の領域を自ら歩みで侵していく。
普通の人間ならば、踏み入る事さえ難しいであろう、拒絶の意志を真っ向から受け止めながら、自らの世界──それを内包した身体で穿っていく。
「……灰色の皇は絶望に堕ち、重力の皇は孤独という毒に見舞われた。絶対毒は己を含めた全てを蝕み、言霊使いは汚れた世界をただ観るのみ。そして狂った道たるこの僕は、ただ一人、たった一人、より狂った世界を歩み続けてるってのに、最後の君だけがそんなに綺麗なんてさぁ……八つ当たりしたくなるじゃんか」
「其は全てを廃絶する銀鈴の唄」
「本当に無愛想で、どこまでも好戦的な後輩ちゃんだなぁ。
──黄昏の晩餐にて黄泉人を喰らう」
スズカの呟いたワードに合わせて、銀色の波紋が……斥力の波が周囲一帯をより凄惨に打ち壊していく中、マスターシヴァたる少年はその異形の腕を軽く掲げる。
そして斥力の波にその髪を後方へと流され、僅かに破れた服の切れ端をひらひらと舞わせながらも、まるで涼風にその身をさらしているだけであるかのように、無感情で無機質な表情のままそれをスズカへと向けた。
「後輩ちゃん、君は強いけどさ、すんごく強いんだけどさ、今はまだ『それだけ』だよ。皇ならば誰でも抱えている狂気を君は持っていない。ひょっとして君は純粋過ぎるのかな?ひーくんなら散々甘やかしてきただろうしね」
その掲げた手に赤い滴……腕のあちこちから漏れ出た血が集っていき、刃のようにその先端を尖らせていく。
掲げた腕を、まるでそれそのモノが生物であるかのように、重力に逆らって血液が這っていき、ゆっくりと形をなしていくのだ。
それは不可視の投擲武器として使ったスズカの『大通連』とは違う、誰にでも見える文字通りの血の刃だ。
向こう側が透けて見えるほどに薄い切り裂く為の凶器だ。
その刃の鍔もとは、肉が盛り上がって完璧に肉体と一体化している。
「其は深淵、其は煌めく銀の楯──」
その異形の剣を見て、スズカは本能的に拒絶の力を防御へと回す。
ついさっきまでは、対象を拒絶し、跳ね飛ばし、切り分ける事に使った力を、本来最も使いやすい形である防衛行動──攻撃を拒絶し遠ざける形へとシフトしていく。
別にその剣の異常さに臆したワケではない。
自分の銀弾がシヴァの肉体を打ち破れない以上、この血の刃は簡単な防壁では防げないと考えたのだ。
その意志を受けて、彼女の領域を司る銀鈴はより甲高く鳴く。
より多くの拒絶の粒子、銀鱗の煌めきをばらまきながら、せわしなく彼女の周囲を飛び狂う。
「まぁ何にしてもさ、ひーくんに会う前に君に会えて良かったよ。君をボロボロにして見せつけたなら、一体どんな反応をするのか……いい手土産にはなる。
──アーネンエルベの剣」
「其は銀龍。我が身を守る銀鱗の楯」
そして二つの力はぶつかり合う。
全てを切り裂く赤き剣と、全てを拒絶する銀の楯をその手にかざしながら。
共に人の変種達の中でも、皇と称されるほどの異常な力を顕現させながら。
そして共に皇と呼ばれた関東地方から堕ちた身でありながら、狂気に見舞われた堕ちた道と狂気を知らぬ無垢たる白銀の道は、共に縁のない西の地で交差したのだった。
人物紹介・スズカ2
彼女の力は斥力、つまり拒絶を支配する領域を作る能力であるが、それを表すワードが『嫌い』という意志表示であるのは文中の通りである。
しかし、拒絶をより強力に表し、明確な力として扱う為に設けたモノもある。
そのワードである『其は……』と続くそれは、彼女の中では禁忌の部類に属する力で、関西に渡ってからは使ってはいない。
『黒鉄に属する七班のスズカ』としては使わないと決めてきたからである。
そのワードによって操られる力は、『嫌い』と一言で表される力とは違い、絶大な力を発揮するモノばかりで、関東時代には敵対する純正型をも圧倒したモノである。
つまり『白銀』としての力であり、皇としての象徴でもあったワケのだ。
それを今の兄代わりの男にはみせたくないとの思いから、自分の中では封じてきたのである。
中でも『大通連』と称されたあらゆる存在を拒絶する力を込めたモノは、その一撃で刃が飛ぶ軌道上に存在する全てを消し飛ばした、スズカにとっても必殺の部類に属する力で、『灰色』と呼ばれた男にも『あれほどの力は俺にも現せない』と言われたほど。
本来は彼女の性格上からも拒絶による防御技や、斥力の波による味方の補助が得意なワケであるが、攻撃においても純正型随一と言えるほどの力が振るえるのだ。
欠点はと言えば、無作為に力を込めた為、支配者であるはずの彼女まで大通連は拒絶しようとする事である。
しかし、力の暴走自体はなく、灰色世界を支配する男よりもずっと上手く自らの世界と付き合っていると言える。
ちなみに兄代わりの男の前で『大通連』を使った事は一度しかない。
それは彼女なりの『いつまでも妹として、兄の庇護下の立場にいたい』という、ちょっとした願望からであり、『俺にも現せない』という言葉に『もうこいつは一人でも大丈夫』と思われたかも……と一人恐れおののいた事があるから。
大通連……鈴華御前という鬼女が使ったとされる刃。それをもって彼女は、東北の鬼王らを坂上田村麻呂と共に討ったという伝承がある。
スズカのそれは、刃の部分全域が全てを拒絶する力の塊で、対象に当たるとなしに絶対の切れ味……つまり無作為の拒絶によって引き裂くモノ。
ちなみにその拒絶の力は、支配者であるはずのスズカにも効くモノで、溜めに溜めたスズカへの斥力を使って凄まじい勢いで飛んでいく。
その為、投擲武器としてしか使えず、彼女自身も毎回後方に飛ばされる羽目になる。