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2─1・再来の花

ざっと1024文字きっかりのショートショートがあとがきに。

きわきわです。ギリギリです。

やっぱり次からは、2話に分けてあとがきにショートショートを載せようかと思います。

もしくはショートショートは諦めて、あとがきナシでいくか。

なにしろあとがきとかお知らせを書く文字的余裕がなくなりますから。

今回のお題は『スズカとカクリ』です。

スズカとカクリ……ものスッゴい書きやすいコンビから入りました。

お試しですから書きやすい系で。






 少女は想像の世界に思考をうずめていた。

 お気に入りのちょっと大きめな真っ白なニットの裾が、風にパタパタと流されるのを感じながら。


 自分には望むべくもない世界、あり得ない世界、望んでやまなくても絶対に届かない世界。

 届かないのならばせめて想像の翼を広げて、その世界へと思考をうずめる。自分にもそれぐらいの権利はあると言い聞かせて、彼女が構築した場所へと想いを馳せる。


 こうしていられる間だけは全てを忘れられた。辛い事にも嫌な事とも全てに折り合いを付ける事が出来た。


 ──こんな世界は嫌だ!一人っきりは嫌だ!もう誰かに傷つけられたくない!


 いくらそう声を枯らしても、どれだけそう願っても、ただ目の前にあり続けるのは敵ばかりで。ただ悪夢ばかりで。どこまでも絶望ばかりで。

 その全てをただ拒絶し続けた。孤独の銀色で薙ぎ払い続けた。

 その結果、より大きな敵に追われ続け、深い孤独まみれ、寂しさに溺れていった。

 彼女の幼少期の記憶の中には、ただ一人ぼっちで山の中の廃村にいた頃の記憶しかない。

 夏には北方に移動して、冬になれば雪の積もらない南に住居を移して、ただ誰にも傷つけられないように、そして傷つけないように、人目を恐れて生きてきたのだ。

 ろくな食べ物もなく、ひもじい思いをした。服も外敵から剥ぎ取ったモノを着続けた。暖かい寝床なんて望むべくもなかった。

 ただ一人で、死にたくなっても死ぬ事すら出来ないままで、ただその延長に惰性で生きていた頃の自分。それは彼女にとってとても悲しい記憶で、今でもたまに夢でうなされて目が覚める。


『……たった1つだけ?たった1人だけでもいい?そんな悲しい事言うなよ』


 あの時、あの場所で救いを得られるまでは、そのあり得ない架空の世界だけが彼女の拠り所だった。そこだけにしか彼女の居場所がなかった。

 家も家族も、友人や知人もなく、近寄る全てを拒絶するだけの現実は、とても痛くて悲しくて……どうしようもなく寂しい場所だった。

 夢の世界に暖かさを求めるしかなかったのだ。


『──だって君はこんなに暖かい。こんなに暖かくて、小さくて……こんなに可愛い手をしてる。だったら俺が触ってみたくなっても、ちっともおかしくなんかないんだよ?』


 あの時からだ。そう彼女──スズカは思う。

 あの時から現実に違う色が加わった。辛いだけでも悲しいだけでもなくなった。みんながみんな敵ではなくなった。


「悠兄ぃは近所のお兄さん。私は幼なじみ。カーリアンは同級生……」


 それでも今も変わらず想像の世界へと思考を広げるのは、やっぱり望んでいたモノに対する未練があるからだろう。そう彼女自身が理解していた。


 学校に行ってみたかった。

 友達と寄り道をしてみたかった。

 買い食いをして、ウィンドウショッピングをして、買いたいモノを買うか財布と相談して、でもお小遣いまで我慢しようかと自分をなだめてみたりして。

 たまに学校で文化祭……とかいうイベントがある時など、遅くまで友達と準備をして、結局帰りが遅くなった自分を、心配してくれた悠兄ぃが迎えに来てくれる。

 そんな『普通』を夢想すると顔が自然にほころんだ。

 きっとカーリアンは……現実でも唯一の友人は、そんな普通の世界でも兄の事が好きになって、自分は自分でやっぱり好きになって、いろいろとやきもきしあったり、相談しあったりするのだろうと思ったら、つい笑みが浮かんでしまう。そんな事を考えるだけで胸が高鳴っていく。

 ──やっぱり悠兄ぃは大人っぽい方がいいかな。カーリアンにはスタイルはかなわないし、背も負けてる。何より自分は奥手で口下手だ。

 彼女みたいにはなれなくて、でも自分なりに頑張って。


 そんな想像の中の自分を応援する事が大好きだった。普通を一生懸命に生きて、普通に泣いたり笑ったりする自分を想像すれば、その間だけは救われた。

 きっとあの時、あの場所で彼に救われていなければ、今でもそんな想像の世界だけが全てだっただろう。ひょっとしたらそんな想像の世界すらも失って、自分を見失っていたかもしれない。

 そう思えば震えがくる。恐怖の余り泣きそうになる。


「私にも守りたいモノが出来た。今の私なら大丈夫、大丈夫。きっと自分を応援出来る」


 砂塵が舞い上がる向こう、遠く地平線の果てから近付く轟音の群れを確認し、スッとスズカは立ち上がった。

 空を見上げれば厚い雲に覆われた曇天が広がり、それに向けてスズカはそっと小さく息を吐く。


 待ちくたびれたとは思わない。彼女がこの山都という街に来てから早くも3日が過ぎていたが、出来ればその待ち時間や労力は無意味に帰し、完全な徒労で終わって欲しかった。

 誰も住人のいない家で雨露をしのぎ、一人っきりで味気ない携帯食をかじり、夜は湿気った毛布にくるまって眠る。

 そんな日々を寂く思う気持ちだけはどうしようもなかったけれど、それでも我慢してこの街にあり続けた。

 全てはこの時の為、この瞬間に備える為だと言い聞かせて、一人っきりのこの街で東を警戒してきたのだ。

 ありふれた普通を想像して寂しさ紛らわせながら。


「シヴァ、通らせない、通さない」


 そっと架空の世界に向けていた思考を現実へとシフトし、その両手を軽く広げる。

 脳裏に浮かぶのは銀色の鱗粉を散らす『銀鈴』の世界。

 そしてその世界へと意識を向けながら、目の前に適当に散らした廃材や鋼材に、拒絶の意志を向けると小さくつぶやいた。


「──嫌い」


 それに合わせて目の前に積んでいた廃材はゆっくりと震えだす。彼女がその白い手のひらを向けると、それらは弾かれたかのように飛び去っていった。

 ただ真っ直ぐに、重力よりも強い『拒絶』の力に従って、捨て置かれた金属達は歪な形をした弾丸の群れと化す。


 ──『斥力』──。


 彼女が操る力は、簡単に言えばそれだった。

 正確に言えば、彼女は自らの体から対象に向けて斥力を放つ世界を構築出来るのだ。

 それが鬼子と蔑まれ、忌み子と恐れられた少女だけの能力である。

 その力は心底大嫌いなモノで、ずっと嫌悪の対象でしかあり得なかったのに──今でも吐き気を催すぐらいに憎いのに、今の彼女にはそれを振るう事に寸分の迷いもなかった。

 この力が『銀鈴のスズカ』として、兄の妹としてある為に必要なモノだと思えば、簡単に我慢出来たのだ。

 今も彼女の周りにはフワフワと舞う銀色の鈴が、響くような音と共に鱗粉を撒き散らしていた。彼女自身か、あるいは全くの同族である純正型にしか認識出来ない領域を構築している。

 その異界を無感動に見つめながら、そっとその身から大地に向けて力を放った。

 重力という当たり前の力を拒絶し、相殺する銀色の力を。

 その身を無造作に虚空に浮かべられるほどの異端の銀翼を。


「空色は嫌い。私のくすんだ銀色には似合わないから」


 そう呟いた小さな声は、先ほどまで想像の世界に微笑んでいたモノとは違い──熱の籠もっていない銀(金属)を思わせる冷やかな響きだった。





「動いた、か」


 そっと双眼鏡を下ろすと、彼女は小さく嘆息を漏らした。

 その腰まであるアッシュブラウンの髪を風に流し、やや垂れた愛嬌のある瞳を薄く細めると、その視線を裸眼でははっきりと確認しえない距離にいる銀色の少女へと向けたまま、小さく舌で唇を潤した。

 そしてずっと東を見据えたまま動かなかった少女が、ようやくその力を解放させて東へと注意を向けた事に、彼女は小さくほくそ笑むと、大きな伸びをしてから立ち上がる。


 銀鈴のスズカ──。

 彼女が知る限り、黒鉄という組織の中で最も厄介で、誰よりも強大で、そんなステータスからは信じられないほどに可憐な少女を監視し始めて、すでに三日が経っていた。

 山都という、関西圏では東からの勢力に対する防波堤代わりの都市を、たった一人で蹂躙し破壊した少女。その様子をつぶさに観察し、自分では勝てない事を改めて認識したからこそ、彼女は少女の動向を見張っていたのだ。

 山都の軍勢を蹴散らした後、少女が東へと注意を払っていたのはすぐに分かった。なんの為にかは分からなくても、東を警戒している事だけは分かったのだ。

 そしてつい先日無線から流れてきた情報……関西軍の将軍が暗殺されたという情報を聞き、すぐに今の状況が飲み込めた。そして少女が何をそこまで警戒しているのかも。

 それでもより確実を期す為に、東からの勢力が進んでくるまで少女を見張っていた。

 昔からその少女をよく知っていたからこそ、彼女が東に釘付けにされ動けない状況になるまで待っていたのだ。


「マスターシヴァと新皇の一角。さてどっちがより人外なのか……。興味は尽きないところだけれど」


 そう一人ごちながら、この三日間、銀色の少女を監視する為の根城としていた廃ビルの屋上を後にする。

 本当ならば、変種の皇同士のぶつかり合いを、高みの見物とばかりにギャラリーを決め込みたいところではあったが、それは彼女の本懐からはかけ離れた単なる好奇心によるモノでしかない。それを自覚していたからこそ、この国では誰もが興味を惹かれるであろう好カードに、ためらう事なく背を向ける。



 彼女には欲しいモノがあった。

 ずっとずっと憧れて、渇望して、狂おしいほどに求めたモノがあったのだ。

 それをスズカという少女は持っていない。マスターシヴァも持ってはいない。

 だからこそ、最強の変種二人のぶつかり合いに、特に未練などを持たないまま背を向けたのだ。


「スズカは今近くにいない。アカツキもすでにいない。ミヤビもいないし、カブトじゃ手に入らない。やっとこの時が来た」


 ずっと欲しくて欲しくて仕方のなかったモノを持つのは、たった一人の男だった。

 かつて少年だった男。黒髪黒瞳の変種。かつては絶望のどん底、闇の一番深い場所にいながら、今では強力な光を放つ存在。

 そんな彼がかつて持っていて、今では封じられたそれを求めて、彼女は西へと向かう。

 ほんの一年とちょっと前に後にした、今では『廃都』と呼ばれる故郷へと向かって。

 その所有者たる少年が今もいるであろう、懐かしき場所を目指して。


「……『あれ』は私にしか似合わない。ねぇ、シャク、あなたがいらないのなら、私にくれてもいいでしょう?」


 一度は諦めて、未練を引きずりながらもなんとか納得して──納得したつもりになって、それに背を向けたけれど、彼女は帰ってきた。

 諦めきれない思いに引きずられて。

 捨て切れなかった未練に手繰り寄せられて。

 関西に動乱の火が宿ったという情報を聞いた瞬間から、彼女は抑えてきた想いに引きずられた。欲しいモノに手を伸ばしたくなった。

 使われずに封じられてきたモノだからこそ、諦めきれなかったのだろう。そう彼女自身、自分の心情をそう自覚していた。

 誰の手にも渡っていないならば、ずっと想い続けてきた自分こそが、『アレ』の所有者に相応しい。

 そう自分自身に言い聞かせて、再びかの地へと舞い戻ってきたのだ。


「シャク……シャク、今度こそ渡してもらう。今度こそ、力ずくでも譲ってもらうわよ」


 そう呟いてその場を後にする。

 彼女の髪と同色のその瞳に狂気の色はない。あるのは底知れぬ深さを持つ執念だけだ。

 一年以上も抱えてきた未練が一気に燃え上がったかのように、その瞳には深く暗い色を持った炎を宿していた。




私はスズカが嫌いだ。いや、嫌いというよりも苦手と言った方が正確だろうか?

私をどこか子供扱いする雑草野郎は、彼女を指してこう言った。

『あいつは天才だよ』と。

そしてこうも言った。

『あいつがちゃんとした環境で学んでいたら、間違いなく歴史に名前を残しただろうな。俺が先生をして、後は独学で学んだだけであれなんだから』



私はスズカが苦手だ。

茫洋とした雰囲気を持ちながら、誰もが注目せざるを得ない空気を持つ彼女が、どうしようもなく苦手だ。

私の大好きな彼女は言った。

『スズカってばさ、なんか嘘とか見抜いちゃう雰囲気があるんだよね。見透かされてるって言うか』

と。

嘘を吐くのが下手な彼女ではあるが、人を見る目は間違いなく確かだ。

あの透き通るような黒灰色の瞳は、私が裏で動いている時ほど見透かすように見つめてくる。

ジッと。ただ真っ直ぐに。私の思考の奥底を見つめるように。

そんな彼女の視線に屈して、行動方針を変えてしまう私が最悪だ。



私はスズカが羨ましい……のかもしれない。

彼女と最初に出会ったのは、黒鉄が七班体制になる前の事。

当時から黒鉄の顔として名の売れていた、今では『黒鉄』の名前を冠する男の陰から、ちょっとだけ顔を覗かせていたのが彼女だった。

ビクビクと、オドオドと、どこか落ち着かない様子で、私と私の大好きな彼女を見ていた。


綺麗な少女だと思った。

私が今まで見た中では、誰よりも美しかった。

私が大好きなカーリアンよりも可憐で美しかった。

そこからして私には悔しかった。

カーリアンは人間味のある美しさだ。躍動感のある美だ。

対してスズカは人間離れした美しさだ。幻想的とすら言えた。

卑怯だと思った。ズルいとも。

その上彼女は、私達とは違って頼れる保護者が側にいる。その男の存在感に彼女は守られている。この街で彼女を『化け物』だと蔑む者は誰もいない。


もし彼女がただ守られるだけの存在──見た目通りの存在なら、ここまで彼女に対抗心を持たなかっただろう。

彼女がただか弱い存在であったのなら。

彼女はその保護者である男よりも強く、それでいてその男には従順。そこが私とは相容れない。


私はスズカが大嫌いだ。とても苦手で、誰よりも相容れない。

きっと私にとって対抗すべき存在としてあり続けるだろう。

でもそれは、手を取り合えないという事ではないのかもしれない。

だってある意味誰よりも彼女を認めているのは私だと思うから。

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